10話 王都からの視察団
その数日後、カイルは王都から予期せぬ知らせを受け取った。
アリアの元婚約者アルフレッド第二王子と、カイルの元婚約者である聖女リリアが、成婚の祝いと領地の視察を兼ねて派遣されるというのだ。
「ふざけるな! 新婚の祝いだと!? 散々振り回しておいて、まったくどこまで私をこけにする気か!!!」
カイルの怒号が響く。だが、以前のように魔力が暴発することはない。アリアの聖女の力が、彼の理性を繋ぎ止めていた。
アリアは知らせを聞き、妹と元婚約者との再会に複雑な思いを抱いた。
アルフレッド第二王子との婚約は名ばかり政略的なもので愛などはなく、むしろ邪険に扱われていたからだ。
(リリアと、アルフレッド殿下……。まさかこんなにはやく再び会うことになるなんて。彼らは、辺境伯様のこの変化に気づいたらどうなるのかしら……………。)
アリアは言いようのない不安を抱いていた。
数日後、一行がローゼンベルク城に到着した。
城のエントランスで出迎えたカイルとアリアの姿に、アルフレッドは言葉を詰まらせた。
カイルの体躯は相変わらず巨大だが、以前のような異常な熱気や赤ら顔が消え、どこか安定した威厳を放っている。
(おかしい。カイルは魔力過多で自壊寸前だったはずだ。なぜこれほど落ち着いている……?)
アルフレッドは脳裏で、王宮の禁書に記された一節を反芻する。
『無色、それは神の不在なり。器の欠落せる者は、光を宿す資格なし』
(……やはり、あのアリアがカイルを救っているなどという可能性は万に一つもない。禁書の記述通り、無色とは空虚であり欠陥の証だ。万色を束ねる白(全能)などという夢物語は、彼女のような蕾のまま枯れた小娘には当てはまらない。カイルの安定は、何か別の、辺境独自の強力な抑制剤でも見つけた結果に過ぎないのだろう)
アルフレッドは自らの論理的な正解に満足し、目の前の異変を無視することに決めた。自分が歴史上最も愚かな読み間違いをしていることなど、微塵も疑わずに。
一方、リリアは挨拶が終わるとすぐに姉のアリアに駆け寄った。
「お姉様! お元気でしたか!」
リリアは心配そうにアリアを抱きしめた。光り輝くような聖女の魔力を放つリリアは、隣に立つ無色透明なアリアとあまりに対照的だった。
「リリア、ありがとう。私は大丈夫よ」
アリアの微笑みに対し、リリアの瞳には困惑が浮かぶ。
(お姉様本当に顔色もいいわ…でもそんなことが、あり得るのかしら。私ほどの魔力を持ってしても、あの方の傍にいるだけで呼吸が苦しくなるほどだったのに……)
リリアはカイルに向き直り、震える声で懇願した。
「……辺境伯様。お姉様は……アリア姉様は、壊れやすく繊細な方なのです。貴方様の強大すぎるお力はあまりに荷が重い……。どうか、どうか姉を……大切に、その身に負担のかからぬようお願いいたします」
リリアの瞳には本心の涙が浮かんでいた。彼女にとってこの言葉は、かつて婚約者であった頃の自分がその魔力の奔流に耐えきれなかった経験から来る、精一杯の警告であり、願いだった。
カイルは、ふんと鼻を鳴らした。
「心配は無用だ、聖女殿。貴様の姉は、貴様が思っていたようなできそこないではない。彼女は、よくやってくれている」
「よくやってくれている、ですって……?」
リリアは絶句した。最高位の自分に不可能なことが、姉にできるはずがない。そう信じて疑わなかった自負が、音を立てて揺らぎ始める。
「……ふん。あとは想像に任せる」
カイルはそれ以上、何も語らなかった。
アリアの聖女としての特異な能力が知られれば、王家はこの希少さ故に必ず奪いに来る。
(やはり今回の視察、用心に越したことはないな)
カイルはアリアを背後に庇うように肩へ手を掛け、冷淡に言い放った。
「見ての通り、私は以前より体調が良い。……立ち話も何だ。貴様は少し休め。王都からの長旅の連中と無理に付き合う必要はない」
カイルはあえてアリアを遠ざけるように、早々に彼女を下がらせた。
無色の聖女という唯一の救いを守るため、カイルは冷徹な仮面を深く被り直した。




