99話 影の守護者:長男ゼノの独白
鏡の中の自分と向き合う時間は、ゼノにとって家族の歴史を紐解く時間でもあった。
一切の光を拒絶する、ガイアスと同じ漆黒の髪。家系の証であるバイオレットの瞳だけが、暗闇の中で鋭く光っている。
かつてこの屋敷には、眩いばかりの光が溢れていた。
白銀の髪をなびかせ、ローゼンベルク辺境伯カイルのもとへ嫁いでいった長女アリア。そしてプラチナブロンドの輝きを纏い、今やこの国の王妃として国王を支える次女リリア。
二人の妹が、この国に真の救いをもたらす聖女として、それぞれの至高の座を戴くまでに至ったことは、長男であるゼノにとって最大の誇りであった。
だが、妹たちが聖女としての光を放ち、舞台へと羽ばたいていった後、この家には清算されるべき影が取り残されていた。
「……ゼノ。あなたがその色を纏ったのは、妹たちの光を奪わぬためだったのですよ」
幼い頃、祖母マリアが語った言葉の意味を、今なら血を吐くような痛切な思いで理解できる。
マリアはこの家を統べる峻烈な守護者だった。彼女は、聖女を産み出すための一族の宿命を誰よりも重んじ、目的のために非情な采配を振るうことも厭わなかった。
アリアとリリアという至高の聖女を完成させるため、マリアとロザリアは、一族の男たちには決して窺い知れぬ覚悟で、その尊き血を守り抜いたのだ。
その陰で、父エルヴァンは王家との繋がりに固執し、権力を欲して闇の儀式に手を染めた。
父が呼び寄せた禍々しい魔力が、まだ幼かったゼノを飲み込もうとしたあの日。
「この子だけは、影に沈ませはしません!」
疲弊していたはずの母ロザリアが、狂気に陥った父の前に立ちはだかった。
母が身を挺してゼノを抱きしめ、闇から遮ったあの瞬間。ゼノの髪は、一切の光を拒絶する漆黒へと染まった。
ゼノは聖女の徴を持たぬ男子だ。しかし、彼の胸には、あの日母から受け継いだ闇を抱え、それを光へと変える力が静かに息づいている
今、アリアは辺境で命を繋ぎ、リリアは王宮で秩序を守り、それぞれが眩いほどの聖女の輝きで世界を照らしている。
ならば、この地に残された漆黒の髪を持つ末の弟を守り、幽閉されたままの両親を解放し、前国王時代から続く不正の根源を断ち切るのは、光の恩恵を自ら辞して影となった長男である自分の役目だ。
「……準備はいいか」
兄と同じ、深い漆黒の髪を揺らし、不安げにこちらを見上げる末の弟に、ゼノは力強く頷いた。
妹たちは聖女としてそれぞれの戦いを終え、光を掴み取った。ならば自分も、この漆黒の髪に誓って、家族を縛る最期の呪縛を終わらせなければならない。
聖女を輩出した家系の影を引き受けた男として。
そして、かつて自分を守り抜いてくれた母と、道を誤った父を救い出す息子として。
ゼノはバイオレットの瞳を鋭く光らせ、因縁の深淵へと足を踏み出した。




