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【短編小説】リーダー、自由になる

掲載日:2025/12/22

 むかし、ファミリーレストランはパラダイスだった。

 サンタムエルテの刺繍が入ったお揃いのスカジャンを着た俺たちは、いつも通りファミリーレストランの一番奥にあるテーブルに座っていた。

 電話ボックスみたいに狭苦しい喫煙室から戻ってきたリーダーがビニールソファに座ると、中で押し込まれた空気が俺たちを持ち上げた。


「自由ってのはよう、こう、難しいもんだよな」

 着座したリーダーが遠い目をしながら言ったが聞いているものは誰もいなかった。

 ある者は小説を読んでいるし、またある者はタブレットゲームをやったり、別の者はパフェを食べたりしている。

 机の上に置かれたキーが眠そうに光る。

 駐車場に並べられたバイクは、てんでバラバラの向きで俺たちを待っていた。


 バイク、単車、下駄、足、鉄の馬。

 呼び方は何だっていいけど、俺たちはそれに乗ってここに集まって、そして──

「なぁ、自由ってのは、難しいな」

 俺に視線を向けて言うリーダーは人差し指を自分の鼻に差し込んでいた。

 リーダーが何をしようと自由だ。

 太い指は大きな穴にシンデレラフィットしている。

 素晴らしい。


 俺はもう一つの鼻の穴から噴出される鼻息になびくリーダーの指毛を見ながらため息をついた。

「何ですか、それ」

 本来なら訊くのも面倒だが、俺たちにそこまでの自由は無い。ここの飯代を出すのはリーダーだからだ。

 太っ腹のリーダーは鼻に指を入れたまま、黄色い目で俺を見た。

「本を読んだんだよ。自由ってのは、何にも縛られないってことだろう」


「まぁそうですね」

 その本もどうせインターネットに影響されたんだろう。

 おれもそんなポストがバズっていたのを見かけた記憶がある。

 リーダーは俺を真っ直ぐ見ている。

 話を聞いているのが俺だけだからだ。

「でもそれってのはよう、孤独ってことなんだよな」

 リーダーは指を鼻から引き抜くと、何もついていないその指先を見つめていた。

「こうやってハナクソがどこかに消えちまうこともある」


 テーブルの連中はピクリとも動かない。

 お前たちの自由は、俺がこうやってリーダーの話を聞くことで成立しているんだ。

 俺のガス代くらい払ったってバチは当たらないと思うが、どうだ?

 しかし連中は俺を見ようともしない。

 俺とリーダーは自由だった。



 自由な俺はカップの中で冷めつつあるコーヒーを啜り、酸味の強いその液体の残りをどうするか考えた。

 自分からコーヒーに興味を移されたリーダーは少し大きな声を出した。

「聞いてるか」

 俺はコーヒーにミルクと砂糖を入れることで問題を解決して、リーダーに視線を移した。

「えぇ、まぁ」

 俺に自由は無い。



 リーダーは満足げな顔をすると、すっかり冷たくなった山盛りのフライドポテトをつまんだ。

「ハナクソはよう、俺に認識されてほじくられて鼻の穴から出る最中によう、どっか消えてなくなったわけだよな」

 そう言えばリーダーは鼻くそをほじってから手を拭っていない。

 リーダーは自由だ。


 俺は世界を受け入れる。

「そうなんでしょう」

 鼻くそをほじった指でフライドポテトを摘んで食べた自由なリーダーは、気の抜けたコーラを飲むとわずかに残った氷を噛み砕いた。

「でもハナクソは無くなった訳じゃないよな。どこかにある。俺にはそれがどこか分からないだけだ」


 消えたチーズはどこにいった?と言うベストセラー書籍があったのを思い出した。

 読んだ気がするが、内容を覚えていない。


 書籍の事を考え始めた俺は、リーダーの機嫌が悪くなる前に考えるのをやめた。

 つくづく俺に自由は無い。

「まぁ、そうですね。物理的に消失した訳じゃない」

「つまりそれが自由ってこどだよ、ハナクソは俺から自由になったんだ。でもそれは俺からの認識を失ったってことだから、きっと孤独だよな」

 リーダーは遠い目のまま暗い窓の外を眺めていた。


 チーズのことを考えていれば良かった。

 中身があるようで無いリーダーの話は全くもって時間の無駄で、リーダーは完全に自由だった。

 リーダーの世界に俺は存在していないのだ。たぶん、そこらへんに生えている木とかと同じくらいの感じだ。

 しかし木に自由は無い。

 そこに生えているものだからだ。


 俺はリーダーを自由な世界から引き戻しにかかった。

「つまり、リーダーが言いたいのは僕たちは自由であると言うことですね」

 リーダーは曖昧な顔をした。

「まぁ、そうだな」

「それはつまり孤独だと言う事です」

「うん」

「救助される見込みは無いと」

「そうなるな」


 リーダーは俺が何を言ってるか分かっちゃいない。だが分かってない自由をリーダーは持たない。

 何故ならリーダーだからだ。


 俺は酸味の強い冷えたアリアリのコーヒーを飲み下して、立ち上がりざまにリーダーを見据えた。

「でもぼくらの役割は無くなった訳じゃないので、全く自由ではないですね」

 リーダーは俺を見て

「お前らはいいよな」と言うと、太っ腹に挟んだ拳銃を咥えて引いた。


 乾いた音が弾けて飛んだ。

「仕事増やさないで欲しいよね」

「だから童貞なんだよ」

 本やタブレットから顔を上げた面々が重い腰を上げた。

 俺はリーダーのキーを持って駐車場に向かった。


 俺は自由だ。

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