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女子高生、ゆるく日本の神様めぐります  作者:


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6/9

映らないものを探す前夜

 旅の計画は、決まった瞬間から空気を変えるらしい。

 次の週、私はいつもより少し早く家を出て、学校へ向かう道を歩いていた。

 通学路にある桜の木はまだ蕾のままだけれど、幹が日に日に柔らかい色に変わっている。

 季節の変わり目、という言葉が、風の温度に混じって伝わってくる。

「ななみー! おはよ!」

 背後から明るい声。

 振り向くと、ゆいが大きなカメラバッグを肩にかけて走ってきた。

「朝からカメラ?」

「練習! 山って光がコロコロ変わるからさ」

「……もっと軽いランチバッグとかに入れればいいのに」

「カメラは命だから」

 そう言って笑うゆいの表情に、どこかいつもと違う真剣さが混じっている気がした。

 彼女の視線は、空を、光を、枝を、遠回りして鳥らしき影を追っている。

 何かを“捕まえよう”とする目だ。

「雲見神社、楽しみ?」

 私が聞くと、ゆいは言葉に詰まったように足を止めた。

「楽しみ……なんだけど。ちょっと怖い」

「怖い?」

「だってさ。

 『時間を撮る』って、どうやるの?」

 昨日千歳に言われた言葉。

 “形じゃなくて、変わっていく瞬間を大切に”

 言葉の意味は分かるのに、やり方は誰も教えてくれない。

「私ね、きれいな形を撮るのは、得意なんだよ。

 でも、“移ろうもの”って、形じゃないでしょ?

 形じゃないものを、どうやって撮るんだろうって」

 ゆいの声は弱くなったわけじゃない。

 ただ、まっすぐだった。

「動画にすればいいんじゃない?」

「それ違う」

 ゆいはすぐ首を振った。

「動画は映しすぎるの。

 “流れているもの”をそのまま全部捕まえてる。

 でも千歳さんの言った“時間を撮る”って、全部じゃないと思う」

 言いながら、ゆいは自分の胸に手を当てた。

「たぶん、全部映さないからこそ、写るものがあるんだと思う。

 私、それがまだ分かんなくて」

 私は、そこまで深く考えていなかった自分に気づく。

 旅の話をしているのに、私はまだ“受け取る側のまま”だった。

「……じゃあ、分かるまで一緒に探せばいいよ」

 思わず言うと、ゆいは目を丸くした。

「ななみは撮らないじゃん」

「撮らないけど、探せるよ。

 風の匂いとか、空の色とか、音とか。

 それって、写真になる前にあるものでしょ」

 ゆいは息を止め、ひとつ大きく笑った。

「それ、いいね。

 じゃあ、ななみの感覚を、私の写真に混ぜる」

「混ざるのかな……?」

「混ぜるよ。

 だって旅は二人で行くんだから」

 そう言い切ったゆいの声は、どこか安心に似ていた。

*****

 放課後、また風間神社に行くことになった。

 “報告会”じゃなくて“準備会”だとゆいは言った。

 普通の高校生なのになんだか活動っぽくなってきて、私は少し照れた。

 鳥居をくぐると、夕方の風がひやりと頬を撫でた。

 風鈴は鳴っていない。

 でも、鳴りそうな気配をまとっている。

「千歳さん、いるかな」

「まあ、いたら聞けばいいし、いなかったら……」

「勝手に座って準備会」

「それ、参拝せずにやると怒られるやつ」

 二人で笑い合っていると、拝殿の横に見覚えのある姿が見えた。

「こんにちは。今日もようこそ」

 千歳が、ほうきを置いてこちらに歩いてきた。

 神社の人はほうきを持っている率が高いのだろうか、とふと思う。

「今日は準備です!」

 ゆいが勢いよく宣言する。

 千歳は小さく目を丸くし、それから笑った。

「準備会ですか。

 旅は、始まる前がいちばん騒がしくて静かですよ」

「矛盾してる!」

「そういうものですよ」

 千歳は言って、境内の端のベンチに目を向けた。

 私たちはそこへ並んで座った。

「ななみ、聞いて」

 ゆいが口火を切る。

「山で“時間を撮る”って、どうすればいいと思う?」

 千歳は少し考え、言った。

「いちばん簡単な方法は、“決めないこと”です」

「決めない……?」

「何を撮るか、どんな写真にするか。

 最初から決めないことです。

 決めてしまうと、その瞬間に、目がそれしか見なくなるので」

 ゆいは息をのんだ。

 それは痛いほど分かる言葉だったのだろう。

「じゃあ、山に行って、“撮らないかもしれない”ってことですか?」

「ええ。

 撮らずに帰ってきてもいい。

 でも、それは“失敗”ではありません」

 ゆいは、ぐっとカメラバッグを抱きしめた。

「……怖いけど、楽しみでもある」

「怖さと楽しさは、隣にありますから」

 千歳の言葉は、軽いのに深い。

 まるで風が葉に触れるように、そっと届いてくる。

「それともう一つ、山では、音に注意してください」

「音?」

「風、鳥、枝、土を踏む音。

 光より先に、音が変化します。

 音に集中すると、写真のタイミングが分かりやすい」

 音と写真。

 ゆいがそれをどう受け止めるのか観察していると、彼女はゆっくり頷いた。

「音を、撮るつもりでシャッター切る……」

「はい。

 撮れなくても、耳に残ります」

 その言葉が好きだと思った。

 形にならない思い出のほうが、心に残る。

「ななみさん」

 不意に名前を呼ばれて、私は姿勢を正した。

「あなたは写真を撮りません。

 でも、見て、聞いて、感じることはできます。

 それを持って帰ってきてください」

「……はい」

「旅は、誰かと共有されて初めて“二人の旅”になります」

 その言葉がじんわり胸に染みる。

 私だけが感じた空気も、ゆいだけが見た瞬間も、混ぜて初めて旅になる。

「次の旅が、楽しみですね」

 千歳が穏やかに言う。

 ゆいが妄想爆発しかけの顔で頷く。

「じゃあ……準備完了ってことで!」

 夕暮れの風が、ひとつ鳴った。

 風鈴は鳴っていないのに、耳の奥で、小さく響いた。

*****

 その夜。

 部屋の机に御朱印帳を広げ、次のページに触れながら、私は思った。

 湖より深い空気が、山にはある。

 写真より短い“瞬間”が、山にはある。

 そして、それを全部受け止めるには、

 きっと、呼吸をゆっくりするしかない。

 ページの真っ白な紙が、まだ見ぬ山の匂いを待っていた。

 私は窓を開けて、夜の風を吸った。

 少し冷たい。

 でも、旅の前夜の風だった。

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