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女子高生、ゆるく日本の神様めぐります  作者:


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5/9

写真じゃなくて、時間を撮りに

 翌日の朝、私は机の上に広げた御朱印帳をぼんやり眺めていた。

 墨の色はまだ新しくて、触れたら滲みそうなほど濃い。

 昨日の神社で受け取った一枚。

 それを見ているだけで、胸の奥がじんわりしてくる。

 そこへ通知音。

 スマホを見ると、ゆいからのメッセージだった。

『次の神社、選ぼ!!』

 まだ朝の7時台だ。

 ゆいのテンションは、旅の翌日でも衰えないらしい。

『放課後、風間神社で計画しよ』

 その一文を見た瞬間、胸が少しだけ緩んだ。

 昨日の「報告会」の延長みたいで、なんだか楽しみだ。

 学校が終わると、私とゆいはそのまま風間神社へ向かった。

 部活帰りの生徒がちらほら歩いている時間帯。

 薄い夕陽が町を染めて、影が長く伸びる。

「ななみ、今日は山だよ、山!」

 ゆいはスマホを持ってはしゃいでいる。

 画面には候補の神社がいくつか並んでいた。

「山の神社ってさ、絶対写真映えするよ。

 ほら、霧とか、鳥居の隙間から見える山とか」

「映える、かぁ……」

「ななみ的には違う?」

 聞かれて、少し言葉に詰まった。

「ううん、そうじゃなくて。

 山の神社は、写真より空気を吸いたいっていうか……」

「空気?」

 ゆいが首をかしげる。

 私は言葉を探しながら答えた。

「湖は、水の匂いがしたから、足が軽くなった気がしたの。

 山は、もっと重たい空気がある気がして……

 重いって、悪い意味じゃなくて、深いっていうか」

 うまく伝わらないかもしれない。

 でも、それを言葉にしておきたかった。

 ゆいは少し考えてから、笑った。

「ななみって、やっぱ感性で生きてるよね」

「よく言えば、だけどね」

「悪く言ってないよ?」

 軽く笑うゆい。

 その横に見える鳥居の向こうで、風鈴が揺れる。

 夕陽を受けて、赤く小さく光った。

 境内に入ると、千歳が掃除をしていた。

 砂利の上に落ちた枯れ葉を、ほうきで丁寧に寄せている。

「こんにちは。今日も来てくれたんですね」

「旅の話、しにきました!」

 ゆいが元気よく言う。

 千歳はほうきを止めて、ゆっくりこちらに向いた。

「では、座って話しましょう」

 境内の端、小さなベンチに三人並んで座る。

 本当に“ベンチ神社”みたいだ。

「山の神社に行こうと思ってて」

 ゆいがスマホを見せると、千歳は少し身を乗り出した。

「どこも良い場所ですね。

 ただ、山の神社は、湖とは逆の空気になります」

「逆?」

 私たちが同時に問い返すと、千歳は指を立てた。

「湖は境目をほどく。

 山は、心に芯を作ります。

 どちらも必要ですが、同じではありません」

「芯……」

 その言葉を反芻していると、ゆいが口を開いた。

「でも写真としては、山のほうが映えるし。

 せっかく行くなら、見た目もいいほうがいいかなって」

 その言葉に、千歳はゆっくりと首を横に振った。

 否定ではなく、ゆっくりと。

「写真に写らないもののほうが、旅には多いですよ。

 写るものだけを追うと、疲れてしまうことがあります」

 ゆいの表情が、少し曇る。

 私も息を飲んだ。

「私は、映える写真が好きなんです。

 でも、この旅では、そうじゃないのも撮ってみたくて。

 だから、両方大事にしたいんです」

 まっすぐな言葉だった。

 ゆいなりの答え。

 千歳は、少しの沈黙のあと、笑った。

「それなら、山を写真に撮る理由が見つかりそうですね」

 ゆいの顔が、ほっと緩む。

「おすすめの神社、ありますか?」

 私が尋ねると、千歳は境内の山側を指さした。

「この町から電車で一駅。

 そこから、少し歩いた山の中に、小さな神社があります」

「名前は?」

「『雲見くもみ神社』といいます。

 天気によって姿が変わる神社です」

 雲見。

 雲を見る神社。

 名前だけで、もう山の匂いがする。

「そこに行く前に、ひとつだけ注意があります」

 千歳が言葉を続けた。

 夕陽の光が、彼の横顔を淡く照らす。

「山の神社は、写真よりも“時間”を撮るつもりで行ってください」

「時間を撮る?」

「空気も、光も、風も、全部移ろっていくので。

 形より、変わっていく瞬間を大切にしてください」

 ゆいは真剣に聞いていた。

 カメラを持つ手が、少しだけきゅっと締まっている。

「じゃあ、雲見神社に行こう。

 写真じゃなくて、時間を撮りに」

 ゆいが言って、私を見る。

 私は笑って頷いた。

「次の旅、決まりだね」

 風鈴が鳴る。

 鳥居の向こうに、夕陽が沈みかけている。

 空の色が、ゆっくりと変わっていく。

 写真では全部写せない。

 だからこそ、今しか吸えない空気がある。

 胸の中の空気が、また少し入れ替わった気がした。

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