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ダンスは暁とともに  作者: 寄賀あける


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7/23

 翌朝、鍵を返すため、レオンがロファーの店に行くとドアノブに『ロファーは魔導士の住処』と札が下がっている。


 酔いつぶれたロファーを送り、念のための用心に鍵を掛けて帰った。しかしロファーが留守となれば、返しようもない。魔導士のところまで届ける選択肢は臆病なレオンには欠片(かけら)もない。ロファーは合鍵を使ったのだろう。


 その頃、ロファーは魔導士の住処に着いていた。ドアを何度もノックするが反応がない。まだ寝ているのかと呆れるが、仕方ないので待つことにし、なんとなく裏手に回って馬小屋を(のぞ)きこんだ。


 常時手入れされていると見て取れる馬小屋だったが、今日は掃除も飼葉(かいば)も水もまだのようだ。ただ待つのも手持ち無沙汰と、小屋に入って掃除を始める。馬は一頭、ロファーが掃除を始めると、寄ってきて、撫でろと顔を寄せてきた。


 愛しく感じている、と昨日、魔導士は言っていた。この馬の人懐(ひとなつ)こさは魔導士に大事にされているからだと、馬面(うまづら)を撫でてやりながらロファーは思った。


 小屋の隅に積み上げられた飼葉を飼葉桶に移してやって、すぐそこにあった井戸から水を汲み上げ、水桶に入れてやる。そこへ牛飼いのマルの娘マーシャがミルクの配達に訪れた。


「おはよう、ロファー、頼まれたミルクを運んできたよ」

「おはよう、マーシャ。父さんの手伝いだなんて偉いね。魔導士様はまだ眠っているようだ」


 マーシャはマルが言っていたように、ロバにミルク瓶を背負わせていた。それを降ろすのをロファーが手伝っていると、()が急に開いた。


 よく見ると、勝手口のドアが開いていて、魔導士が欠伸(あくび)を噛み殺しながら立っている。そんなところにドアがあった気がしない。が、考えたところで無駄だ。どうせ魔導術とやらだ。


「おはようございます、魔導士様。牛飼いのマーシャでございます」

マルに教え込まれてきたのか、軽く膝を折ってマーシャが魔導士に挨拶する。


 マーシャと並ぶと、魔導士はマーシャとほぼ同じくらいの背丈に見えた。確かマーシャは十三だ、だとすると、やはり魔導士は同じくらいの年齢なのだろう。たぶん十四、だが、心はそれ以上に幼いと、ロファーは思った。


「うん、おはよう。代金はどれほど?」

「七パリン頂戴いたします」

ミルクはキッチンに運んで、と魔導士は中に入っていく。


 重いミルク瓶をマーシャに運ばせるのは気が引けて、結局ロファーがロバから降ろし、キッチンに運んだ。すると、(かね)を持って戻ってきた魔導士がそれを眺めて、『ふん!』と鼻を鳴らした。


 マーシャは代金を受け取ると、嬉しそうな顔をして帰って行った。無事に役目を終えて、一人前になったような気分なのだろう。


 マーシャを見送って勝手口から中に入ると、さっそく魔導士は湯を沸かし、ミルクを温めていた。


「そうだ、ロファー、紅茶と砂糖を探して持ってきて。食糧庫にあるはずだから」

と魔導士が言った。

「昨日配達に来たとき、適当に入れておいてって頼んだから、どこにあるかは判らない。あー、あと何か適当に見繕(みつくろ)って朝食の用意も頼む」


 人使いの荒い事だ、と思いながら、

「で、食糧庫はどこに?」

と尋ねると、魔導士は黙ってキッチンの奥を指差す。()り貫かれた壁ああり、さらに奥があるようだ。


 そこに行こうとして、ロファーが気づく。

「朝食って、昨日、ジュードが持ってこなかったか? 夕飯と朝用も付けてと頼んだはずだが」

「あぁ、そんなこと言っていたね。全部昨夜食べた。すごく美味しかった」

魔導士はニッコリしている。ロファーは肩をすくめるしかない。


 たまねぎのスープにスクランブルエッグ、パンは間に合わないのでパンケーキを焼いた。魔導士はティーポット二つにミルクティーを()れていて、料理を一口食べてはニッコリしてお茶を飲む、を繰り返す。


 勧められたお茶を飲みながら、魔導士の様子を見るともなしに見ていた。一緒に食べようと言われたが、もう済ませたからと断った。魔導士は少し寂しそうな顔をしたが、そうか、と言っただけだった。


 魔導士が淹れたお茶は、湯で出した濃い紅茶に倍以上の温めたミルクを足した贅沢なものだった。大瓶を毎朝だなんて使い切るのだろうかと思っていたが、これでは下手をすると足りないかもしれない。


「鶏、頼んでおいたよ」

思い出してロファーが言った。


「あとでここに届けてくれる。雌鶏が三羽か四羽、雄鶏は一羽」

「卵、産んでくれるかな?」

魔導士が目を輝かせる。


(ひな)(かえ)ったら、可愛いだろうな」

「えっ? 食用の卵を産ませるんだよ?」

ロファーが笑う。

「雛を孵していたら、庭中、鶏だらけになるぞ」


そっかぁ、と魔導士は屈託ない。

「二・三羽くらいは()やしてもよくない?」

それには、好きにすればいいさ、とロファーも反対しなかった。


「ねぇねぇ、今日はずっと笑顔だね。昨日みたいに怒ってない」

「んー、怒るようなことがないからじゃないか?」


「昨日、初めて広場で見た時、怖い人だな、って思った」

ジゼルが上目使いでロファーを見る。


「素敵な顔をしているのに、どうにも怖そうだから、ロファーにするか、少しだけ迷った」

上目使いはどうやらロファーが怒らないか、探っているようだ。


「怖がらせて済まなかった。わけが判らなくて混乱していたんだ。それにしても、顔が気に入ったって本心だったのか?」

呆れ気味だが、ロファーの口調は穏やかだ。


「もちろん! 特に目が綺麗だなって思った。綺麗な琥珀色(こはくいろ)の瞳……あぁ、もちろんバターブロンドも選んだ理由の一つだけど」

ミルクティーを注ぎ足しながら魔導士が答える。


「そうか、俺はてっきり馬鹿にされたんだと思ってた」

「なんで?」

不思議がる魔導士に答えずに、

「迷ったのに結局俺にしたのは髪の色がこんなだから?」

と尋ねた。


「なんでだろう……一目見たとき、この人だ、って思ったからかな。だけど、怖そうだし、どうしようって、あとから迷いが出たんだよ」

魔導士はスプーンでカップを掻き混ぜて砂糖を溶かしている。今日は面白そうな顔をしていない。


「今日は砂糖、踊ってない?」

魔導士は少し首を傾げたが、

「ミルクで見えないよ」

と笑った。そして、

「普段のロファーは怒らない?」

と、やはり上目使いで訊いてくる。


「うん、滅多に怒ったりしないね」

と言いながら、

「変な悪戯したら、思い切り叱ってあげるよ」

と笑った。


 鶏を持ってきたのは伝令屋の下働きのカールだった。馬車の荷台に、籠に入れた鶏と、木材と金網と釘、そして飼料の袋を乗せていた。


 言われた代金を支払うと、カールは部屋の中を覗き込みたそうだったが、

「なにか?」

とロファーが(とが)めると、『へへへ』と笑って誤魔化し、帰って行った。


 魔導士に興味を持つのも無理ないが、伝令屋の下働きが客の家を覗きこむなんてとんでもない。シスに教育がなってないと言わないと、とロファーは思った。


 そう言えば、鶏小屋の設計図を書いてくるのを忘れた。すると魔導士は

「隣の家にあるのを真似て作ってみる」

と、一瞬で鶏小屋らしきものを出現させた。


「大きさはこのくらいで?」

「そうだね、もう少し高さがあったほうがいい。そして中に鶏が乗れるような棚を作って」


 気が付くと、カールが持ってきた木材が少しずつ消えていく。『なるほど』と、魔導士の昨日の説明を思い出していた。


 完成した鶏小屋に(わら)を敷き、鶏を入れると、

「これが鶏か。食べたことはあるけど、生きているのを見るのは初めて」

と魔導士は大喜びだ。コッココッコと鳴き真似をして、鶏にまるで話しかけているようだ。


「早く卵、産まないかな? 産むところを見てみたい」

と言うので、環境が急に変わったからすぐには産まないと思うし、鶏が卵を産むのは早朝が多いと教えた。


「そっかそっか、ここに連れてこられて疲れているんだね」

上機嫌で

「部屋に帰ろう」

とロファーに言いながら、鶏小屋の傍らに置いたままになっている飼料の袋に指を向けてから、ひょいっと馬小屋の飼葉の横を差す。すると、一瞬で飼料の袋は飼葉の横に移動していた。


 勝手口からキッチンに戻ると

「そうだ、確かオレンジがあった。オレンジエードを作るから一緒にいかが?」

と魔導士が言い出した。


「オレンジエード? 作れるのか?」

半ば揶揄(からか)うようにロファーが言うと

「うん、作れるよ」

笑顔を向けてくる。


「食糧庫、見てくる」

ロファーを置いて行ってしまった。


 やれやれ、本当に子どものお守りだな。苦笑しながら、ケトルに湯を沸かしていると、すぐに魔導士は戻ってきた。


「お湯を沸かしてくれているんだ? ありがとう、ロファー」

ぎゅっと後ろから抱きついてくる。

「おーーい、火を使っているんだ、危ないぞ」

動揺を隠しロファーが言うと、『ごめん』と笑う。魔導士はロファーの動揺など全く気が付いてないようだ。


 魔導士がこさえたオレンジエードはレモングラスのお茶にハチミツを溶かし、そこにオレンジの絞り汁を加えたものだった。


「ハチミツも残り少ない。昨日頼めばよかった」

魔導士が言う。


「三・四日ごとに配達してくれと頼んだから、次の配達の時、ハチミツを入れるように言っておくよ」

ロファーの答えに魔導士がにっこり笑った。


「そうだ、オレンジの皮は蜜漬けにしてもいいし、刻んで乾燥させて鶏の餌に混ぜてもいい」

ロファーが言うと、魔導士は急に顔色を変え、

「もう捨てた、消しちゃった……怒らないで、ロファー」

と、声を震わせる。


「それくらいで誰が怒るか?」

「魔導士学校で、嫌いな食べ物を残すといつも怒られていた。真っ暗な闇の中に閉じ込められた」

「好き嫌いがあるのか?」

「グリーンピースとセロリが食べられない」

溜息をついてからロファーが言った。


「俺は好き嫌いくらいでおまえを罰したりしない。だいたい、俺はおまえを闇に閉じ込めるなんて事、できないから安心していい」

最後は苦笑混じりだ。それもそうだね、と魔導士は目を擦りながら言った。


 それから暫く、宙を見詰めて頷いたり、何やら呟いているような魔導士を眺め、大丈夫なんだろうか、と心配しながらロファーは時を過ごした。


 魔導士と言えばロファーを気にする様子もなく、かと言って存在を忘れたわけじゃないとばかりにロファーを見ては安心したような笑みを見せてくる。それには、頷いたり、笑みを返したりするロファーだ。


 魔導士が急に思い立ったように本棚を見詰め始めた。暫くするとひょいっ(・・・・)と一冊の本が飛び出してきた。魔導士は頷くとその本を引き抜き

「料理の本だよ」

と言った。


 腰かけて本を開いた魔導士の横に立ち、ロファーが『どれどれ』と覗きこむ。魔導士は少しだけ、子が親に甘えるように寄り沿ってきた。一歩退()きたい衝動を抑えて、ロファーはそのままにしておいた。


 本の中身は普通のレシピ本で、魔導術で調理するときの方法が書かれているかと期待したロファーは少しがっかりしたが、

「この通りにすればわたしにも作れる?」

魔導士が訊いてくると

「うん、できるさ」

と笑顔でその頭を撫でた。


 すると魔導士は嬉しそうに笑い、『それじゃあ、さっそく作ってみたい』とロファーを見上げた。

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