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ダンスは暁とともに  作者: 寄賀あける


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 生まれた時からわたしの力は並みはずれて強かったらしい。それで父は力の一部を封印し、使えなくしていた。父は偉大な魔導士だが、その父でもわたしの力を一部しか封印できなかったのだ。


「その封印ももうすぐ解かれ、力の使い方を学ぶ予定だったのに、その前に封印が無効化されて、わたしは無意識のうちに力を使った」


 無効化された理由は判らない。封印が弱まっていたのかもしれないし、わたしの中から突き上げる力が破ったのかもしれない。わたしを守るための封印だから、わたしの危機に封印の意思で解除されたのかもしれない。


「わたしを一目見て父は、封印が解かれていると呟き、そして、近々解くはずだったのだから、問題ないと判断した」


 それよりも、魚に変えられた兄を助けるのが先だと父は沼に向かった。父が一番心配したのは、わたしが無意識に兄に及ぼした力を解除することが可能かどうかだった。


「通常、力を発動させた魔導士になら、術を解くこともできる。だが、その時のわたしには無理だった。自分でも、何をしたか判っていないのだから。そして、術を発動させた魔導士以外が術を無効化できるかどうかは、やってみないと判らない」


 その数日前、わたしは覚えている限りで初めて、父と話した。そして『危険なことはしない』と約束していた。それをわたしは破ってしまったのだと、その時、わたしは思っていた。


「わたしの封印を確認し、兄を助けに向かう父の姿は恐ろしかった。燃えるような赤い髪が逆立ち、レンガ色の瞳から深紅の光が放たれていた」


 約束をしたとき『(ばっ)するようなことはしない』と父は言っていたが、以前、わたしは世話係から日常的に受ける罰を、とても恐れていた。


 闇に閉じ込められるのは、今思い出しても身体が震えるほど恐ろしい。


「それで、逃げた」

ここでジゼルがクスリと笑う。


「魔導士学校から抜け出すのに、姉がわたしの手助けをした。姉は魔導士学校の寮の談話室にある火のルートを使い、姉の家にわたしを連れて行った」


 火のルートとは、魔導士がよく使う移動手段だ、とジゼルが説明する。


「そこからわたしは市井に逃れた。必死に父も魔導士学校もギルドもわたしを探したが、わたしが寮の談話室から、父が愛人を囲っていた屋敷を抜けたなどと、思いつく者はいなかったようだ」


 わたしを探し、兄を探し、さすがの父も持ち前の冷静沈着さが消えうせ、仕事を放りだすほど必死で、周囲を驚かせたと聞く。


 とうとうわたしを見つけ、魔導士学校に連れ戻した魔導士が、父の弟がこの世を去った時でさえ、父はあれほど打ちのめされていなかった、とわたしを責めた。


 兄を見つけるのには三日かかったそうだ。掛けられた術は独特で、解術するのに呪文学の教授と父の二人で試行錯誤して四日、やっと人の姿に戻った兄は二日間、自分を魚だと思い込んでいて沼に帰りたがったらしい。


 うろこと共に全身の毛が抜けてしまった姿で、瞬きもせず口をパクパクさせて、耳から水を出す姿に、それまで一度も父を責めたことのない兄の母が、半狂乱で父を責め、(ののし)ったそうだ。


 兄が自分を取り戻すとともに体毛も生えてきたが、もともとは黄金色だった髪が父と同じ燃えるような赤い髪に変わり、瞳の色も琥珀色(こはくいろ)がだんだんと赤みを帯び、最後にはやはり父と同じレンガ色になった。


 もう兄は、自分は叔父に似ているのだと言えなくなった。兄は常日頃から、既にこの世を去り、伝説と言われる叔父に憧れ、自分は父ではなく父の双子の弟、叔父に似ていると言い張っていた。叔父は黄金色の髪に琥珀色の瞳をしていた。


 髪の色や瞳の色が変わってしまった兄はどこから見ても父に瓜二つで、兄も自分が父に似ていると認めないわけにいかなくなった。


 魚のほうが幸せだったと泣いていたが、やがて現実に向き合い、自分に向き合って、己の生き方を見極めなくてはならないのだと覚悟した。


「で、魔導士学校に連れ戻されたわたしを父が罰することはなかった」


 父は連れ戻されたわたしを見て、無事かと一言、そして、『それならばいい』とわたしの前から消えた。父とはそれきり会っていない。


 それから三か月、魔導士学校で力の使い方や、魔導士の心得や、生きていくのに必要最小限の事を学び、わたしは魔導士ギルドに登録されて、正式に魔導士となった。もちろん、魔導士の誓約をして、だ。


 飛び級する者もいるけれど通常は四年、魔導士学校で学んで正式な魔導士になるのに、かなりの特例だった。これ以上、学校において問題を起こすのを校長が避けたのだと、聞いている。


「わたしが兄への伝言を頼んだアウトレネルは兄の教育係で、兄を魚に変えたわたしを許さないと言っていたが、どうも宗旨替えしたようだね。兄も考えを変えたようだし」


 ロファーはジゼルが話すのをじっと聞いているほかなかった。


 ジゼルは時折、パンやスープを口に運び、ゆっくり咀嚼しては飲み込み、また話すと言った感じだったが、ロファーはとても食事をしながら、なんて気分にはなれなかった。


 ジゼルの生家が裕福で、父親が妾を囲い、その妾を使用人に『奥さま』と呼ばせるほどなら、たぶん貴族だと思いながら聞いていた。


 それが悪いと言うわけではないが、そんな家の息子だか娘だか知らないが、学校に預けて会いに来ることもしない父親が判らなかった。


 それに、今の話の中で、ジゼルが行方不明になった(くだり)では、父親は必死に探したと言ったが、母親の話は一切出てこなかった。


 いなくなったジゼルを母親は探すことすらしなかったのか? 父親にしても、無事を確認しただけ、と言うのは必死に探したのは愛情からではなく、別の理由があったからか、とロファーをガッカリさせた。


 両親とは一緒に暮らしていないと知っていたが、何か事情があるのだろうと思っていた。しかしいったいなんの事情だ? 裕福であっても一緒に暮らせない? 仕事で留守にするとか、そんな次元ではなさそうだ。


「ロファー、食欲がないのか?」

ジゼルの声にロファーがハッとする。ほうれん草を少し突いたきりの皿を見やる。


 ジゼルの言う通り食欲は失せていたが、ここで食べなければきっとジゼルは二度と自分の話をしなくなるだろう。


「魔導士って、どこの親もそんなふうに、自分の子どもを余所(よそ)に預けたりするものなのか?」

パンを千切りながら、念のためロファーは聞いてみた。もしそうなら俺がジゼルの境遇に腹を立てるのは間違っていると思った。


(そうか、俺は腹を立てているのか)

やっとロファーは自覚する。


「どうだろう。兄と姉は実母に育てられている。たいていは実の親が手元で育てるな。わたしは普通ではなかったから、学校に預けられた」

「普通じゃない、ってなんだよ?」

苛立ちをなるべく出さないように、それでもロファーはそう言わずにはいられなかった。


「普通じゃない子どもなんか、どこにもいるものか」

可笑(おか)しなロファー、ここにわたしがいるじゃないか」

ジゼルはそれこそ普通に笑っている。


「だって、親にとってはたとえどんな子だろうが、可愛い我が子なはずだ」

「わたしは親になっていないから判らない。今、ロファーが言ったことは、よく耳にすることだね。だけど、広い世の中には、自分の子を愛しいと思えない親がいても不思議ないとわたしは思う」


 言うだけ無駄だと、ここでロファーが黙る。ジゼルは判っていない。親の愛がどれほど子にとって重要か。そして親の愛を知らないジゼルはその重要さに気が付けない。だが……ジゼルの親ではない俺は、ジゼルにそれを教えてやることもできない。ならば俺は、何をこいつに教えてやればいいのだろう? この魔導士は、子どもの時に受け取るべきものの多くを、まだ受け取っていない。そのうちいくつを俺はこいつに与えてやれる?


 パンを千切って口に入れ、にっこりしてからミルクティーを口に含むジゼルをロファーは見詰めていた。


 食事を終え、そろそろ帰ろうとロファーが思うころ、オーギュがフリージアを連れて魔導士の住処に来た。これでまたロファーは帰れなくなる。


 西の街に行ってフリージアの家の焼け跡も見てきたし、向こうの粉屋の寄り合いにも行ってきた。街の世話役とも話してきた、とオーギュが言う。


「魔導士様が大地の清浄をしてくれたとかで、すぐに家を建てようと思えば建てられるんだけど、フリージアひとりであそこに住むのは、ね」

と、オーギュが言う。


「それであの土地は売ることにした。粉屋は西の街の寄り合いが引き継いでくれると言うし、フリージアがあの街に戻る理由もない」


 親父は『なぜ今まで内緒にしていた』と怒ったけれど、こうなったからにはフリージアの面倒を見るしかないと、俺とフリージアの事を許してくれた。

小父(おじ)さんに顔向けできないようなことのないように、って親父、泣いていたさ。古馴染みで、よく一緒に呑んでいたからね」


 オーギュの陰でフリージアがそっと目頭を押さえる。泣きはらした目元が痛々しいが、それでもまだ暫くは、涙が尽きることはないだろう。


 昨日より面窶(おもやつ)れしたよう見える。表情の暗さがそう見せるのかもしれない。無理もない、いきなり両親も住む家もなくしたのが昨日なのだ。


「フリージアが生まれてすぐの頃は、俺の嫁にするって二人で約束していたらしいんだ。だけどどっちも子ども一人のままで、約束は果たせなくなった。それがこんな形で実現するとは皮肉だと、親父が言っていたよ」


 この街のどこかに家を建て、そこにフリージアを住まわせる。その家が半年後に二人の新居となる、そう決めたとオーギュが言った。

「一年待つかと迷ったが、一年も一人暮らしは心細いとフリージアが言うんで。親父もフリージアがそう言うなら好きにしろ、と言うし」


 親父なんか、一年もフリージアをひとりで置いておいたら、俺に嫌気がさして他の男に走りかねないって言ったんだぞ、酷い親父だと思わないか? とオーギュが魔導士の住処に来て、今日初めての笑顔を見せた。やはり傍らでフリージアが少しだけ笑んだ。


 結婚祝いは何がいいかとロファーが問うと、

「そうだ、親父に今回のお礼はどうすればいいか魔導士様に伺って来いって言われているんだ」

とオーギュが言う。


「魔導士様に何かしていただいたら必ず謝礼を用意しないといけない、って親父が言うんだ」

そうなのか、とロファーがジゼルに問う。するとジゼルの答えは『その通りだ』だった。


「魔導士は生業(なりわい)だ。趣味や酔狂でやってるわけじゃない」

オーギュが手土産に持ってきた焼き菓子で口をもぐもぐさせながらジゼルが言う。話しに夢中になっていて気が付かなかったが、焼き菓子はジゼルにほとんど食べつくされている。


「魔導士様は、随分と焼き菓子がお気に召したようで……」

苦笑いするオーギュに

「うん、クランベリーが入っている」

とジゼルが答える。


「クランベリーは好物?」

きっと否定すると思いながらロファーが尋ねる。

「いや、好物ではない。だが、この焼き菓子の場合、生地の甘さと相まって、調和がとれてとてもおいしい」

「さようでございますか」

と、笑いだしそうなのをオーギュが我慢した。その横ではフリージアが目を丸くしている。


「で、報酬だが」

と、ジゼルが切り出す。

「とても美味しかった。もし、次に何かあった時は、またこれで頼む」

えっ、とジゼル以外がジゼルの顔を見る。オーギュが慌てて

「いや、魔導士様、これはほんの手土産で」

と言うと、

「手土産とはなんだ、ロファー?」

ジゼルがロファーに問う。急に振られてロファーが慌てる。


余所(よそ)を訪問するときに、挨拶代わりに持参する品物、といったところかな」

「挨拶とはなんだ、ロファー?」

「あ、挨拶ですか。まぁ、人と ――」

「いや、いいや、挨拶の意味など知っている」

「おい!」

その様子にオーギュがこっそり吹き出した。


 ジゼルはすました顔で紅茶を(すす)り、説明し始める。

「魔導士の報酬は基本的に決まりがない。ポーションなどを販売する時はギルドの協定でだいたいの値段が決められているけどね」

ジゼルがオーギュに向かって言う。


 そこへ

「ポーションって、薬? そんなものも扱っているのか?」

ロファーが横から入る。


 そう言えば、ジゼルがこの街に来た初日、風邪を何とかして欲しいと頼んだ男が渡された薬で、最終的には骨折したと噂になっていたのをロファーとオーギュが思い出す。


「うん、ここに棚がある」

ジゼルが立ち上がり、本棚の脇をタンっと叩いた。すると本が消え、棚には色とりどりの小瓶がずらりと姿を現す。


 若草色の小瓶をジゼルが指し、

「これは『リジュービネーション』若返りの薬。気持ちを若返らせ、身体をも若返った気分にさせる。おっと、飲みすぎ注意だ、赤ん坊になったヤツがいるとかいないとか」

と朗らかに言う。そして小さな声で、ただの滋養強壮剤だけどね、とニヤニヤしながら呟いた。それって完全に気分の問題だ、いや違う、問題はそこじゃない、嘘は言ってないのに騙す気でいる。ロファーは呆れたが、オーギュとフリージアは、棚が一瞬にして変わったのに驚いて、ジゼルの虚言に気が付かない。


「長老のお気に入りのポーションだ。ご贔屓(ひいき)いただいている」

ニヤリと笑い、ジゼルが棚の横を再びタンと叩けば、元の本棚に戻った。


 魔導士に対する成功報酬は、事前に金額を決めることが多い。だが、突発的な事柄で行動した場合、報酬を決めておくことができない。


 その時は魔導士の請求通りに支払うことになるが、そこは交渉次第だ、とジゼルが言う。そして

「強欲な魔導士に引っかからないよう気を付けることだ」

と笑う。


「今回、わたしは街の魔導士として、この街に来た救援要請をもとに動いている。街のために働いたのだから、報酬は街から貰う」


 だから、この焼き菓子は特別なご褒美として受け取ろう。わたしの住処を訪れるのに、気を使うことはない。


「しかしそれでは、こちらの気がすみません」

オーギュが食い下がると

「ロファー、なんとかしろ」

ジゼルがロファーに丸投げした。


 いい迷惑なのはロファーだ。

「ロファー、どうにか魔導士様に報酬を受け取ってもらってくれよ」

「うーーーん、オーギュたちの気の済む金額を持ってきたらどうだ?」

ロファーが言えば

「持ってきたって受け取らないよ」

ジゼルがさらりと言い切る。


「だいたい、オーギュはともかくフリージアは被害者だ。受け取れる道理がない」

ジゼルにそう言われれば、ロファーもそれもそうだ、と納得する。

「と、魔導士様が仰っている」

あっさりオーギュを見捨てた。


「そんな事言わないでなんとかしてくれよ、うちの親父が怒ると怖いのは知っているだろ? 俺が今、聞いて帰らなきゃ、親父がここに押しかけてくるぞ」

オーギュの父親のカミュにはロファーも子どもの頃、よく拳骨(げんこつ)を貰ったものだ。


 手に余る頑固親爺がここに来たらと思うとロファーはぞっとした。ジゼルのペースではカミュが大暴れしそうだ。やっとロファーも真剣に打開策を考え始める。


 そして、えっと、なんか忘れてないか? と思う。

「あ、そうだ。フリージアの馬、あれ、どうする?」

「そう言えば、馬を一頭助けたって言っていたね。うちの馬小屋は今、満杯だ。暫く預かって」

と、そこまで言ってから、オーギュはロファーが言わせんとしていることに気が付く。


「馬でもいいのか? 馬でいいのなら、こちらも助かるよ……いいよね、フリージア?」

オーギュの問いかけにフリージアは頷く。


「魔導士様、オーギュはシンザンを報酬として譲りたいと言っております。いかがでしょう?」

お茶に砂糖を入れてダンス見物に夢中になっていたジゼルが、ン? とロファーを見る。コイツ、人の話を聞いちゃいない、またもロファーがジゼルに呆れる。


「だから今回の報酬、オーギュはどうしても魔導士様に受け取って欲しいと言っています」

「ふむ……馬一頭貰ってしまうのは受け取り過ぎだが、どうしてもと言うなら譲ってもらおう」

どうもジゼルは面倒くさくなったようだ。どうでもいいよ感、満載だ。


「さぁて、これで話は済んだね」

ジゼルが立ち上がる。


 そしてオーギュたちを、気を付けて帰るようにと追い出しにかかった。


 ロファーには

「リンゴを収穫するから、ロファー、手伝って」

と言った――まだ働かせるつもりだ。


 オーギュたちを見送りもせず、ロファーの都合も聞かず、ジゼルは建屋を出て行ってしまう。それを見てオーギュが爆笑する。

「やっぱり、あの魔導士様は面白いな。ロファーでさえも歯が立たない」

「ただの人使いの荒いガキだ」

苦々し気にロファーが言うのもオーギュには面白く見えるようだ。


「ロファーのペースを乱せるガキなんて面白いじゃないか。それにしてもロファー、たった三日で、すっかり魔導士の助手が板についたな」

「冗談はやめてくれ」


 ロファーの愚痴に笑いながらオーギュたちが帰った後、リンゴねぇ、とロファーが庭でジゼルを探す。


 魔導士の住処の庭は全面リンゴが植えられていて、収穫適期のリンゴがたわわに実っている。見渡して、ロファーは気が付く。元のリンゴ畑より、ずっと広くなっている。


 ジゼルはひときわ大きなリンゴの木の下で、幹に腕を突いて梢を見上げていた。


 木の枝に留まる小鳥とでも話しているのだろうか? 三日前には思い付きもしなかった事を、ロファーは自然と思い浮かべている。


 そのうちジゼルは両腕を幹に回し瞳を閉じて頬を寄せ、にっこり笑う。その瞳が開かれたとき、自分に近づいてくるロファーを認めた。


「リンゴ、全部取ってもいいって」

「なんだ。木とも話せるんだ?」


「もちろん。木とも草とも、花だって」

木の周りをスキップしながら、歌うようにジゼルが言う。


 木に抱き付くジゼルの様子から、まさかね、と思った。が、もう驚かない。これからこの魔導士様とはきっと長い付き合いになる。いちいち驚いていてはそれだけで疲れてしまう。


「ほかには何と話せるんだい?」

回り続けるジゼルにロファーが問う。回り続けたままジゼルが歌う。

「風と歌は友達。春の花はお喋り。夏の花は高慢。秋の花は寂しい。冬の花は見つからぬ。一人ぽっちのわたし」



 童謡か何かかな? どこかで聞いた事があるような歌だと思いながら、ロファーはジゼルを眺めていた。


「だけど本当に声が聞きたいのはあなた。あなた一人だけ。お願い、どこにも行かないで!」

と、いきなりジゼルがロファーに飛び込んでくる。慌ててロファーは受け止める。そしてジゼルが笑い転げる。


「いきなり飛び込んじゃ危ない」

「判った。『行かないで』で飛び込むから」


 いや、そうじゃなくて……ロファーが言うのを聞きもしないで、ジゼルはまた歌いながら、リンゴの幹の中心に回り始める。収穫祭か? ロファーが苦笑する。


  海と波は友達

  白い貝は笑顔で

  青い貝は涙で

  黒い貝は寡黙で

  虹の貝は見つからぬ

  一人ぽっちのわたし

  だけど本当に知っていて欲しいのはあなた

  あなた一人だけ お願い どこにも


ここでジゼルがチラリとロファーを見る。


「行かないで!」

さっきよりも勢い付けて、思いっきりジゼルが飛び込んでくる。


 それをしっかり受け止めて、ロファーがジゼルを捕まえる。

「はい、これで終わり。遊んでないで、収穫を始めるよ。これだけ広いと陽が暮れてしまう」

ロファーの胸の中でジゼルがクスクス笑う。


「リンゴはジュースとジャムにして瓶に詰める。残りはみんなに配る」

「おい、それ、配るのは俺ってことか? それと、今日中にジュースやジャムにしようと思うなよ」


 どれほど実が採れるんだろう、と辺りをロファーが見回した隙に、ジゼルがひょいとロファーの腕をすり抜けて、笑いながら駆けていく。


 そして振り返り、ロファーに笑みを投げると、また歌いだした。違う歌だ。そして今度は幹を回らず、一本一本の木に触れていく。


 追いかけようとしてロファーは足を止める。ジゼルから何かキラキラしたものが湧き出るように飛び出して、周囲にばら撒かれている。触れられた木から赤い実が消えていく。


「いつでも、いつまでも、あなたが好きよ」


 今度は童謡ではなく恋の歌か? ロファーは黙ってその光景を眺めていた。

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