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ダンスは暁とともに  作者: 寄賀あける


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17

 すぐ広場に向かうと思いきや、ジゼルが真っ先に向かったのは長老の屋敷だ。門前に(はべ)っていた男に

「西の街は落ち着いた。我が街に何か変化はあるか?」

とロファーに尋ねさせる。


 何の変化もない、と男が答えると

「では、自警団を出して、出歩いている者には即刻の帰宅を促すように。特に広場から人を遠ざけろ」

と、やはりロファーに言わせた。


 ロファーは頭に直接響いてくるジゼルの声に従っているだけだが、

『なぜ自分で言わない?』

心の中でジゼルに訊くと

『わたしの声では相手が従わない』

と返事があって、そうかもしれないと納得した。


 どんなに偉そうにジゼルが言っても、偉そうに言えば言うほど反感と失笑を買うと思った。自分の街の魔導士とは言え、なり立てなのだから信頼度は低い。ましてジゼルの見た目はまるきり子ども、素直に従うには抵抗を感じるだろう。


 長老の屋敷から広場に向かう途中、すぐにジゼルが馬を止めた。伝令屋のシスの店の前だ。


 一階が店舗、二階が住居、建屋の横と奥に馬小屋や、荷馬車などを収めた小屋がある。


「ここは?」

二階を見上げながらジゼルが問う。


「伝令屋のシスの家だ」

「知り合い?」

「親代わりに俺の面倒を見てくれている」

ふうん、とジゼルがロファーを見る。


「親代わり、という事は、ロファーに親はいない? で、あなたの家は?」

「二親は他界している。うちはこの先、市場の近くだ」

「広場に行く途中に寄れる?」

ここからだと広場の向こうになると答えると、では終わったら見に行こうと、広場に馬を走らせた。


 広場に近づくにつれジゼルは馬の足を緩めた。周囲に気を配っているとロファーでも判る。


 広場まであと一区画といったところで、ジゼルが馬から降り、ロファーもそれに従った。


「広場に魔導士が三人いる……」

その方向を見ながらジゼルが言った。


「ホムテクトと、ヤツを連れ帰るためこの街に来た魔導士が二人。だから街の入り口の保護術が発動しなかった」

「危険はないということ?」

「いや、わたしがホムテクトを捕らえようとすれば、敵対するだろう。ホムテクトと同位の魔導士と少し高位の魔導士」

と、急にジゼルが振り返る。そしてロファーを見、ロファーに向かって腕を伸ばす。深い緑色の瞳がロファーを見詰める。


「抱き締めて、ロハンデルト。そして『大丈夫だ』と言って」

「!」


 (あらが)う間もなくジゼルはロファーの胸にすっぽりと収まっている。そうしようなどと思ってもいないのに、ロファーの腕はジゼルを包み抱き締める。


「大丈夫だよ、ジゼェーラ」

意識の外で自分の声が聞こえる。きっと、抱き締めたのも囁いたのも、魔導術でやらされている……眩暈(めまい)がしそうだ。すると、ジゼルが身体を離し、にっこりと笑った。そしてすぐ真顔に戻る。


《魔導士ジゼェーラの名において全ての神秘に命ず。ロハンデルトを隠せ、守れ、導け》


 ロファーに、ジゼルの声は聞こえていない。けれど何かが身体の中で弾けるのを感じていた。


「これでロファーはわたし以外には見えなくなった。敵にも味方にも。だからやたらと声を出してはいけない。存在を知られることになる」

そう言いながら、ジゼルはロファーを覆うように手を翳した。


「さらに防衛幕を張った。万が一見つかって攻撃されても動かないように。防衛幕が攻撃を受け止める。ないとは思うが、下手に動いて幕から出ると危ない」


 ロファーが何か言おうとするのを無視して、ジゼルは二頭の馬に向かう。そしてロファーにしたのと同じように、それぞれを覆うように手を翳した。


「サッフォたちはここから動かないように」

ヒヒン、とサッフォが返事をした。


「それで……」

と、ジゼルがロファーに向き直る。

「広場に入ったら、その場に止まれ。じき、わたしは指を鳴らす。そしたら、その時のわたしとの距離をなるべく保って動け。相手の魔導士から見て、わたしの後ろには立たないように。判ったね?」

何か言おうとするロファーを遮ってジゼルが早口で言う。


「相手がこちらに気が付いた。ゆっくりとだが、こちらに向かって来ている。広場から出してはいけない。行くぞ」

ロファーの返事を待たずにジゼルが早歩きで行く。走り出すのかと思っていたロファーは肩透かしを食らった気分だった。


 訊きたいこともあったが、すでに時を逸しているのだと察していた。仕方なく、ジゼルを追う。


 広場が近づくにつれ、ジゼルの歩調が遅くなる。広場に入るころには散歩でもしているかのようだ。


 入り口で一旦足を止める。そして中央にある噴水を見てニヤリと笑う。そこに立つ人影は三人、やはりこちらを眺めている。


 ()めるように三人を見ながら、ジゼルが左に移動する。ロファーは広場に入ったところで立ち止まり、次の指示を待った。


「探したぞ、ホムテクト」

ジゼルの声が広場に響く。

「この街の魔導士か?」

落ち着いた声が人影から聞こえてくる。


「わたしは北に仕える魔導士クリエンシルだ。盟友西の魔女の魔導士を連れ戻しに来た」

「それはご苦労、と言いたいところだが承服しかねる。ホムテクトは南の魔導士をひとり、街人を十一人、更に馬と雀を三体ずつ、無法にも殺めている。南ギルドにおいて処罰する」


 クリエンシルと名乗った男がジゼルをじっと見つめる。

「そこをなんとかあなたのお力で、とは参りませんか?」

「わたしはこの街の魔導士に過ぎない。罪人を見逃す権限などない。それに、なぜ西の陣地の者が来ない? 西が詫びを入れるのが順当ではないか」


「ジゼェーラ様ともあろう御方(おかた)がその辺りの事情、ご存じないとは思えませんが」

クリエンシルの言葉に、『ふむ』とジゼルが(うな)る。クリエンシルの後ろにいる二人の魔導士が『ジゼェーラって?』と、互いを探り合っている。


「そちらの事情がどうあろうと、南での罪は南で(あがな)われなければならない。クリエンシル様の苦しいお立場もお察するが、ここで許せば後々にも響きましょう」

今度はクリエンシルが唸り、考え込む。


「そう言えば」

ジゼルがぽつりと言う。

「先ほど、麗しの姫ぎみにお会いしました」

「ジュリに? どこで?」

「ホムテクトが騒ぎを起こした街で。もう、お帰りになっていれば良いのですが」

ニヤリと笑うジゼルにクリエンシルが舌打ちする。


「ホムテクト、自分でなんとかしろ」

「そんな!」

ホムテクトが抗議する前にクリエンシルは姿を消した。ジュライモニアの所在を確認しに帰ってしまったのだろう。


 チッと、今度はホムテクトが舌打ちする。その後ろからもう一人の魔導士が前に出て並んだ。

「まぁ、いいではないか、ホムテクト。クリエンシルのような堅物(かたぶつ)が消えて、却って好都合」

「モズフェルダム、あの魔導士を甘く見るな」


「なに、ほんの子ども、しかも一人。おまえと俺で押さえつけて、命乞いするまで可愛がってやろうじゃないか」

モズフェルダムに呆れながらもホムテクトが笑う。

「あぁ、押さえつけられたなら、好きにするがいいさ。俺は、ガキには興味ない」


「あの顔が苦痛に歪むのを想像するだけで興奮する。それとも善がらせてやる方が面白いか?」

モズフェルダムが舌なめずりしながらジゼルに近寄ってくる。その後ろで、ホムテクトが噴水の縁石に腰かけて、にやにや笑う。


 ジゼルは二人を眺めながら、左へ、左へと回り込む。その様子を、言われたとおり広場に入ったところでロファーは見守っている。三人の魔導士の内、一人は追っ払った。だが、どう見ても残った二人のほうが、性質(たち)が悪そうだ。


 ジゼルは周り込むばかりで、モズフェルダムとの距離は徐々に狭まっている。そしてロファーとの距離は遠ざかっていく。と、その時。


 パチン、とジゼルが指を鳴らした。広場が何かに包まれ、周囲の景色を消した。


 モズフェルダムがジゼルに飛び掛かり、ジゼルがそれを()けてさらに左に飛ぶ。ジゼルの動きに呼応するようにロファーの身体が引っ張られ、左回りに移動する。


「鬼ごっこでもするつもりかい? 結界を張ったってことは広場の中で事を終わらせるつもりだろうが、そうはいかない。捕らえた後は我が地にて、何日も可愛がり続けてやろうじゃないか」

モズフェルダムがジゼルに向かって腕を振り下ろす。噴水の近くでは立ち上がったホムテクトがジゼルに狙いを定めている。火球を飛ばすつもりだ。


 モズフェルダムが放った弾を、ホムテクトに向けてジゼルが弾き返す。ピューと口笛を吹いてホムテクトがそれを()ける。


 休む暇なくモズフェルダムが次の弾をジゼルに投げる。どうやら風の(かたまり)だ。ひょいっと、ジゼルが()けると、後ろでつむじ風が巻き起こった。


 ジゼルがモズフェルダムを睨み付けながら、後ろに腕を伸ばし、つむじ風に掌を翳す。それをモズフェルダムに振ると、つむじ風は勢いを増してモズフェルダムに向かった。


「おのれ!」

自分が発した術を自分に戻し、しかも強化していることに憤ったモズフェルダムが怒りを(あら)わにし、再び風弾を自分に向けられたつむじ風に放つ。するとつむじ風は稲光を発しながら、ジゼルに向かって突進する。


 ジゼルはと言うと、つむじ風をモズフェルダムに返した後、立て続けに火球を撃ち込んでくるホムテクトに、最初の時とは違って手で払うような仕種をし、打ち返している。


 ホムテクトの火球は水だけでなく、稲妻を含んでいるとロファーは思った。時どき光り、(ほとばし)るものが見える。火と水だけならすり抜けたジゼルも稲妻はすり抜けられないのだろう。


(一進一退? いや違う。ジゼルはまだ余裕がある。仕掛ける隙を(うかが)っている)


 その証拠に、二人の攻撃は少しもジゼルに届いていないし、二人の魔導士は焦り始めている。


 ロファーから見ると、二人の魔導士の向こうにジゼルが見える。広場の隅々まで見える立ち位置、これを考えてジゼルは広場の端を左に向かったのだと、ロファーは思った。


 そしてジゼルは広場に結界を張り、人家に被害が及ばないようにし、敵だけではなく、自分も思い通りの術が使える場を作った。


 いつの間にかつむじ風は三本立ち、ホムテクトの放った火を巻き込んでいる。ホムテクトは自分の火を制御できなくなったのか、消そうとしているように見える。


 今度も自分の出番はないのだろうと、なんとなくロファーは広場を見渡す。


 中央にある噴水はいつも通りだ。周囲に丸く花壇があるのもいつも通り。ただ、花は可哀想に風に引きちぎれ、ところどころ燃やされている。そしてその後ろには何もない。あるはずの家々は結界に(さえぎ)られ見えない。


 そうだ、あのあたりにグレインの店があるはずだ。二階は住居で、とロファーが視線を上に向ける。すると……


「ジゼェーラ、上だ!」

思わずロファーが叫ぶ。誰だ? 宙空に(うつぶ)せに浮かんでジゼルを見降ろし、ジゼルに手を翳す者がいる。


 ロファーの叫びに、ハッとジゼルが上を向く。空から降る真っ赤な粒をジゼルが盾のようなものを出して回避した。モズフェルダムがその隙をつき、風弾を飛ばした。


「ジゼェーラに手を出すな!」

ロファーが叫ぶと、モズフェルダムの風弾が消えた。


 宙に浮かんでいた魔導士が地面に降り立ち、広場を見渡す。ロファーを探しているのだ。


「誰だ、隠れているのは?」

そこへジゼルが水弾を飛ばし、すぐさま稲妻を飛ばす。魔導士は、すぐそこにいたホムテクトの肩を掴み、盾にした。


「!」

ホムテクトは声もなくその場に倒れ込み、失神した。あちらこちらで燃えていた火が消える。


「情け容赦ないな」

ポツリとジゼルが呟いた。

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