16
二人と二頭が姿を現したのは、ジゼルが街の魔導士を勤める街の西側の入り口だった。炎が燃え盛る街中にいて気が付かなかったが、陽は傾いて夕暮れが間近に迫っている。
「まずは我が住処に戻る」
いきなり立つ場所が変わって驚くシンザン、それを『よしよし』と宥めて、ジゼルはさっさと馬を走らせる。サッフォはロファーの体勢が整っていないのに走り出してロファーを慌てさせたが、振り落とすことはなかった。
ジゼルは『魔導士の住処』の看板の前で馬を止めると、追いついて止まったロファーの腕に触れる。それからサッフォ、シンザンと触れ、最後に自分の胸に手を当て、よし、と呟いた。
ギーッと門が開くような音がして、それを合図にジゼルがリンゴ畑に馬を進めて行った。
「門を作った?」
ロファーの問いに、ジゼルが首を傾げる。
「ロファー、見えたのか?」
「見えないが、音がした」
「ふぅん……」
ロファーの問いに答えないまま、ジゼルは馬を進めて建屋の前でひらりと降りた。
「サッフォ、シンザンの面倒を見て」
そのまま、建屋の中に入って行く。サッフォに追い立てられるようにロファーも馬を降り、ジゼルを追った。
中に入ると、本棚の前のソファーに座り、抱き合って震えるオーギュとその彼女が目に入る。なるほど、可愛らしい娘だ。
「ロファー……」
オーギュの声は泣きそうだ。
ほっとしたロファーが
「無事のようだね」
と言えば
「無事なもんか。なんで俺たち、ここにいるんだ? 出ようにも、どうしたってドアは開かないし、魔導士は突然飛び込んでくるし」
泣きそうな声のまま、オーギュが苦情を言う。
「そう言えば魔導士は?」
「いきなり入ってくると、ちらりとこちらを見て『お腹空いた』って、奥に行った。俺たち、食われるのか?」
それには、『まさか』とロファーが笑う。
キッチンに行ってみると、竃に火を熾して鍋を温め始めたところだった、ジゼルはパンを数えている。そして
「パンは一人二個ずつある」
と、にんまり笑んだ。
「オーギュはパンを焼けるかな? 明日の朝用のパンを焼いておいて欲しい。食事したら出かける」
腹ごしらえに帰ったか、と呆れるロファーに、
「あの二人にも食事させないと。今じゃなきゃ、いつ帰って来られるか判らない」
と続き、『なるほど』と、ロファーはジゼルを見直した。オーギュたちがこの家の物を勝手に食べるとは思えない。
魔導士様が一緒に食事しないかと仰っている、とオーギュに伝えると、
「一緒に? 俺たちを食べるんじゃなくって?」
と、半ベソを掻く。
「粉を配達に来た時、野菜の皮を剥いていただろう? あれはスープになった。それとパンがある」
「あぁ、たまねぎ」
プッとオーギュが吹き出す。
「メモを見たら突然ここにいたから……何が起きたのか判らなくて」
少し安心したようで、自分にしがみ付いていた娘の手を解く。
「大丈夫だ、ロファーが一緒だし、あの魔導士は面白い」
と娘を宥める。今の今まで娘と一緒に怯えていたのに、切り替えが早いオーギュらしい反応だ。
それにしても、メモを見ただけでここへ飛ばされたのか……やはり魔導術を使ったんだと、オーギュに見せるメモを書いた時のことを思い出した。
「食事がすんだら、また出かける。いつ帰れるか判らないから、明日の朝用のパンを焼いておいて欲しいそうだ」
頼めるか? とロファーが言うと『任せろ』とオーギュが笑う。
「それにしても俺たちは、なんでここに来させられたんだ?」
「うん……」
なんといって説明したらいいだろうとロファーが考えていると、キッチンからジゼルの呼ぶ声がした。
「食事の用意ができた。三人ともダイニングに。早く食べよう」
キッチンに行くと、いつの間にか広くなっていて、四人がゆったり座れるテーブルが配置され、湯気を立てるスープとティーカップが人数分、そしてバスケットに乗せたパン、ティーポットは三つ出ている。
「あれ? キッチンってこんなに広かったっけ?」
不思議そうなオーギュに
「粉を運んだ時は勝手口から食糧庫に行っただけだ。気が付かなかったのだろう」
ジゼルが答える。絶対違うと思ったが、ロファーは黙っていた。
娘の名はフリージア、生まれたその日、庭に咲き誇るフリージアを見て父親が名付けたのだという。その名の通り、可憐で愛くるしく温和しい娘だ。食事しながら訊かれてもいないのに、一人でしゃべるオーギュの横で、フリージアはにっこりとオーギュを眺めている。
「それで? 二人は一緒になる?」
いきなりジゼルがオーギュに問う。
「いや、そうできればいいな、と」
フリージアを気にしながらオーギュが答えると
「なら、すぐに決めるといい。今日から夫婦として、一緒に暮らすのがお勧めだ」
さらりと、ジゼルが決めつける。
「いや、それがそうはいかない。だいたい今日からなんて突然すぎる」
「世の中、何が起こるか判らない」
ジゼルのその言葉に、ロファーはジゼルを見、オーギュはロファーを見た。ロファーの口癖だ。
「先ほどフリージアの家の跡地に行った」
ジゼルが静かに言った。
「跡地?」
初めてフリージアが声を出した。
「魔導士様、跡地とは?」
「……食事がすんだら出かける。帰ってきたら詳しく話そう」
自分で話を振っておきながら打ち切ってしまったジゼルに呆れたが、きっとフリージアの身の振り方を心配している。
それとなく、覚悟することを促し、決定的な知らせの前に考える時間を持たせたのだろう。
「西の街で大きな火事があったんだ。それを鎮める手伝いに行ってきた」
ジゼルを補足してロファーが言った。跡地と言われて気にならないはずはない。せめて火事だと知らせておこう。
「それで、フリージアの家は焼けた? それで家族は?」
青い顔をしてオーギュが問う。オーギュとフリージアにじっと見つめられロファーがたじろぐ。火事と聞けば、家族の安否を聞かれる。そこまで考えていなかった。
チラリとジゼルを伺うと、すました顔でミルクティーを味わっている。
(やられた、言いずらい事を俺に言わせるつもりだ、こいつ)
少しは思いやりがあるのかと、ジゼルを見直した自分の馬鹿さ加減に呆れる。
「うん、屋敷は燃えてしまった。家族についてはまだはっきりとは言えない。街人は広場に集められている」
「それじゃあ、その広場にいる?」
フリージアがホッとした顔で言う。
「いや、それは判らない。何しろ混乱している。確認してくるから」
すでにこの世にいないと言えないロファーだ。
「ただ、最悪の場合も考えて、二人で話し合っておいた方がいいかもしれない」
フリージアはオーギュを見、オーギュはフリージアに頷いた。安心しろ、家族はきっと無事だ、それにおまえには俺がついている、オーギュは不安に震える恋人にそう言いたいのだろう。
そろそろ行く、とジゼルが立ち上がる。
「そうだ、フリージア。あなたの家から馬を一頭助け出した。で、ここまで着いて来て、馬小屋にいる。しばらく借りてもいいかな? 預かっておくよ」
ジゼルにしては優しい口調だ。フリージアはご随意にと答えた。今は馬どころではないだろう。
では出かけると、さっさとジゼルは外に出る。ロファーはオーギュに『留守番を頼むよ』と声をかけ、フリージアには頷いて、ジゼルの後を追った。
外に出ると、サッフォとシンザンはすでに来ており、ジゼルがシンザンにひらりと飛び乗ったところだった。シンザンには鞍もついている。
「ホムテクトは広場だ……最初にやり合ったあの場所で、ヤツはわたしを待っている」
ロファーが馬に乗るのを眺めながらジゼルが言う。
「どうやらほかにも、力を持つ者がこの街に入っている。敵か味方かさえ判らない。敵だと厄介だな」
「どういうこと?」
サッフォの上でロファーが尋ねる。
「わたしが街の出入り口に掛けた術を破らず入った魔導士がいる。味方なら問題ないが、これが敵ならばわたしでも敵わないかもしれない」
「ジゼル」
「おっと、わたしを止めるなよ、ロファー。まだ敵か味方かも判らない。つまり危険かどうかも判らない」
それよりも、とジゼルが言う。
「今度こそ一緒に来て欲しい。わたしの指示に従って、そこにいろと言われた場所から動かず、そして……」
わたしが危険だと思ったら、わたしの名を呼べ。ジゼェーラに手出しするなと大声で叫べ。
「それがわたしを守る。だが、やたらと呼ぶな。わたしの攻撃を遮って、邪魔をしてはいけない」
と、笑った。
更に、
「そうそう、事前にロファーの姿は魔導術で隠す。ロファーの声は相手にも聞こえるが姿は見えない。完璧な保護術と防衛幕を用意する。わたしが死なない限り、ロファーは安全だ」
言いおいて馬を走らせてしまう。
ロファーに抗議などさせない、とでも言うのか。走り出したサッフォの背で、ロファーはジゼルの後ろ姿を見詰めた。




