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ダンスは暁とともに  作者: 寄賀あける


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 ロファー……

 誰かが呼んでいる。

 深い緑色の瞳が覗きこんでいる。

 誰だったか思い出せない。


 ロファー……

 誰かが呼んでいる。

 あなたは太陽の残像、わたしは月の幻影。

 何を言っているんだい? あぁ、髪の色か。


 ロファー……

 誰かが呼んでいる。

 あなたがいなければ生きてはいけない。

 細い腕が絡みつき、柔らかな唇が触れてくる。


 ロファー……

 誰かが呼んでいる。

 せっかくいい夢を見ているのに起こすなよ。


 そう思った途端、今見ていた夢をすっかり忘れて、ロファーは目を覚ました。


 窓の外から自分を呼ぶ声が聞こえている。ベッドから起き上がり、通りに面した窓を開けて下を見ると、こちらを見上げるレオンがいた。


「おはようレオン、朝っぱらからどうしたんだ?」

すぐに店を開けるよ、と窓を閉めるとロファーは階下に足を運んだ。


 昨夜、急ぎの仕事を深夜までかかって仕上げた。あと二時間くらい眠りたい。だけど今日は今日で仕事がある。起こされて丁度良かったのかもしれない。


 ドアを開けるとレオンが転がり込んでくる。ドアノブに『ロファーは店にいる』と書いた札を下げてドアを閉め、

「なにかあったのかい?」

レオンに話しかけた。


 北の湖のドラゴンを旅の魔導士が退治したって話は知っているだろう? と、レオンが言う。


「どうやら長老たち、あの魔導士を街に住まわせると決めたらしい」

「あぁ、ドラゴン退治ね。あれは俺も助かったよ。伝令屋が北には行けなくて、配達できない文書が溜まっちゃて困っていたんだ。いいんじゃないか、噂になっているチビの魔導士だろう? 害はなさそうだ」


「それがさ、街に留まる条件を出してきたらしいんだよ。正式にこの街の魔導士となるなら、助手をひとり付けて欲しいと言ったんだと」


 年齢は十五から二十、独り者であれば性別は問わない。該当者は噴水のある広場に集まるよう、長老が触れを出した。


「だからさ、ロファー、一緒に行こうよ」

「俺は行かないよ」

あっさりロファーが言いきる。


「魔導士の助手だなんて、わけの判らないことはしたくないよ」

「でもさ、ロファー、呼び出しに応じなきゃ、それはそれで怖かないか?」

どうやらレオンは魔導士を怖がって、一人で行く勇気がないようだ。


「そんなにそのチビは怖いのかい? 俺はまだツラも拝んじゃいないからね、怖いと言われてもどうにもしっくりこないんだが」

呆れてロファーが苦笑する。

「行かなかったからって、咎められたりしないだろうさ。だいたい何人対象がいると思ってるんだ? 一人や二人、いなくったって、誰も気が付きゃしないよ」


 行く、行かないはレオンの好きにすればいい、だけど俺は行かない。仕事が忙しくて、それどころじゃない。

「広場には大勢集まっているはずだ。一人になることはないから、安心していい」


 そうだね、そうだよね、みんな一緒だよね。ロファーの言葉にレオンは少し安心したようだ。

「とりあえず俺は行くよ。長老たちに睨まれたくないしね」

レオンを見送ると、ドアノブに下げていた札を外して、閉めておいたドアを全開にした。


 その日は、市場に近い大通りに面したロファーの店の前を通る人影がいつになく少なく、店を覗きこんでくる客もいなかった。きっとみんな広場へ足を運び、魔導士の助手選びを見物(けんぶつ)しているのだろう。物好きなことだ、しかしお陰で仕事が(はかど)ってありがたい。ロファーがそう思い始める頃、レオンが去ってから初めての来客があった。


「よう、ロファー」

入ってきたのは広場に面してパブを開いているグレインだった。パブを開く際、恋人だったミヤコと所帯を持った。それからまだ大して経っていない。


「やあ、グレイン――広場の様子はどうだ? さぞ大勢様が集まっているんだろうね」

「うん、街人のほとんどが来ているんじゃないか? 今は噴水の前に長老と魔導士様しかいないが、その周囲は人だかりだ」

ここに来るのに、その人だかりを掻きわけるのが大変だったとグレインが愚痴る。


「仕事か?」

ロファーの机の上を眺めながらグレインが問う。

「手が離せないほど忙しい?」


「仕事さ。手が離せないほどじゃないが、知っての通り、俺の仕事には期限があるものも多い。早めに進めておくに越したことはない。世の中、何が起こるか判らないからね」

ロファーの『何が起こるか』が指しているのは、数年前にこの店で起きた悲劇だ。店を襲った暴漢にロファーは両親を殺されている。その時ロファーは十三、伝令屋へ使いに出されていたのが幸いし、今もこうして元気でいる。


 だが、明日のことは判らない。引き受けた仕事はできるだけ、仕上げて客に渡したい。だから毎日(こん)を詰めて働いている。グレインとて判っていたが、今日ばかりはそれを無視した。

「手が離せないほどじゃないなら、広場に来て欲しい」


 グレインは長老に頼まれて、ロファーを呼びに来たらしい。

「俺も見物を決め込んで、店の二階から眺めていたんだが……」

当初集められた者たちは、一人二人と帰されて、見物の枠に入っていった。

「どうにも魔導士様のお気に召す者がいない。で、誰かがロファーがいない、と言い出した」


 ロファーと親しい者でロファーを引っ張り出したいヤツはいない。長老だって判ってて知らんふりをしてたんだろうが、指摘されたからにはロファーを呼ばないわけにはいかなくなった。


「二階から見ていたから却って目立ったのかもしれない。長老に目を付けられちまった。ロファーと懇意にしているおまえがロファーを連れてこいと長老が(おお)せだ。頼む、一緒に来てくれよ」

「迎えに行ったらロファーは寝込んでいて来られそうもない。そう言ってくれ」

「ダメだロファー、仮病は使えない。レオンがロファーは来ないって言っていた、と暴露している」

「ねぇ、グレイン、おまえ、少し面白がってない?」


「俺が? まさか! 口達者なロファーが魔導士を言いくるめて、助手はいなくていい、と言わせることを期待しているヤツなんか、この街には一人もいないよ」

ニヤリとグレインが笑った。

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