俺とメイドとお嬢様、時々幼馴染のラプソディ
「またお前か、千堂!本当にキモいんだよ、そのオタクTシャツ!」
朝のホームルーム前、俺――千堂悠真は、クラスの中心で笑う幼馴染の花園沙耶に、いつものように絡まれていた。
正確には、沙耶が連れている取り巻きの一人が、俺の着ているアニメTシャツを指差して嘲笑し、それに沙耶がフンと鼻を鳴らしている、という構図だ。
俺の好きなアニメは『マジカルアイドル☆エトワールズ』。特に、クールビューティーなアイドル、紗英ちゃん推しだ。
今日のTシャツも、紗英ちゃんの決めポーズがプリントされた、俺にとっての勝負服。だが、それが沙耶の癇に障るらしい。
「っせーな、俺の勝負服だっつーの!」
そう反論しても、沙耶は
「だからキモいって言ってんの!あんた、紗英ちゃんって名前が私に似てるからって、気持ち悪いこと考えてるでしょ!」
と、根も葉もない言いがかりをつけてくる。
俺がたまたま好きになったキャラの名前が沙耶に似ていたばっかりに、俺は「変態」のレッテルを貼られ、いじめられるようになったのだ。
精神的な攻撃は、正直堪える。
しかし、何よりも堪えるのは、実の母親が沙耶を溺愛していることだ。
幼い頃から、俺より沙耶の方が可愛がられ、挙句の果てには
「お前なんか男でつまらない、沙耶ちゃんがウチのコだったら良かったのに」
冗談じゃない。沙耶の言ったことを信じ、俺のことは全て嘘だと何時も言われた。
そんなこんなで、高校入学と同時に実家を出て、一人暮らしを始めたのだ。
俺の隣の席に座る水無瀬は、そんな沙耶を冷たい視線で見ている。
彼は俺の唯一の親友で、イケメンでスポーツ万能、そして沙耶の今の「お気に入り」…だったはずなのだが、最近は沙耶に対してはどこか冷たい。
「沙耶、もうやめろ。千堂が嫌がってるだろう」
水無瀬が俺を庇うようにそう言うと、沙耶は不機嫌そうに唇を尖らせた。
「あんたには関係ないでしょ!」
そう吐き捨てる沙耶に、水無瀬は一瞥もくれず俺に話しかけた。
「悠真、大丈夫か?嫌だったら無理しなくていいからな」
その優しさに、俺は胸が温かくなる。水無瀬は昔から俺に優しかった。いつも俺の味方でいてくれた。
その日、俺の平凡で不運な日常は、突然の来訪者によって一変した。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴り、モニター越しに映ったのは、黒髪の美しい少女だった。
「ごきげんよう、千堂様。姫小路莉央と申します。メイドとして雇っていただきたく、参りました」
メイド服に身を包んだその少女は、あまりにも絵になりすぎていて、俺は思わず
「メイド喫茶か?」
と呟いた。しかし、彼女の顔には、どこかやつれたような影が差している。
「あの…どちら様でしょうか?」
警戒しながら尋ねると、彼女は深々と頭を下げた。
「わたくしは、姫小路財閥の令嬢でございました。しかし、父の事業が破綻し、蒸発してしまいました。家も財産も全て差し押さえられ、路頭に迷っております。そんな折、千堂様のことを思い出し…」
姫小路財閥?あの、日本有数の大企業グループか?それが破綻?にわかには信じがたい話だ。そして、俺のことを思い出した、とは一体?
「…幼稚園の頃、千堂様に助けていただいたことがございます。わたくしが迷子になり、泣きじゃくっていた時、千堂様は優しく声をかけてくださいました。その恩を忘れておりませんでした」
幼稚園の、迷子?俺、そんなことしたっけ…?しかし、彼女の真剣な眼差しに、嘘偽りはないように思えた。
「お願いです、千堂様。わたくしをメイドとして雇ってください。住み込みで、何でもいたします。料理も洗濯も、お掃除も…」
その言葉に、俺は思わず吹き出した。
「お嬢様が、メイド?まさか冗談だろ?」
「冗談ではございません!」
彼女は真剣な表情で、俺をまっすぐに見つめていた。その瞳には、切羽詰まったような光が宿っていた。
結局、なし崩し的に彼女を雇うことになった。
住み込み、給料はとりあえず食費と最低限の生活費、という条件で。俺は一人暮らしだし、誰かがいると話し相手にもなる。
それに、なんだか放っておけなかったのだ。
「よろしくお願いいたします、ご主人様」
莉央は、俺の部屋に入ると、深々と頭を下げた。その姿は、まるでアニメのワンシーンのようだった。
そして、翌日。
「ご主人様、朝食をご用意いたしました」
莉央は、朝食の準備を終えたと言って、俺を食卓へと促した。しかし、食卓に並んだのは、真っ黒焦げのトーストと、異臭を放つスクランブルエッグだった。
「ひぃっ!これ、何だ!?」
「スクランブルエッグでございます!ご主人様のお好きなオムライスにしようと試みたのですが、卵が言うことを聞かず…」
彼女は誇らしげに胸を張るが、俺は絶句した。卵が言うことを聞かない、とは一体どういうことだ。そして、この焦げ付き具合は…。
「ご主人様、少々お待ちを。わたくしが包丁で切って差し上げます」
莉央が包丁を手に取った瞬間、台所から黒い煙が立ち上り、焦げ付いたような匂いが充満した。
「火事だあああああ!」
俺は慌てて消火器を探した。姫小路莉央、料理は壊滅的だった。というか、包丁を持っただけで火災が起こるレベルって、もはや才能だろ!
結局、俺が朝食を作り、莉央はひたすら謝罪を繰り返していた。俺は料理が得意だから、別に問題ないのだが、彼女の「何でもいたします」という言葉は、一体どこへ行ったのだろうか。
その日の午後、事件は起こった。
「千堂、ちょっと話がある」
放課後、水無瀬に呼び出され、俺は屋上へと向かった。そこには、沙耶と、もう一人、クラスの美少女である結城有紗もいた。
有紗は茶髪のショートカットが似合う、健康的な印象の美少女だ。
「ねぇ、千堂。あなた、まさか姫小路さんと一緒に住んでるの!?」
開口一番、沙耶が俺を睨みつけた。どうやら、莉央が転校してきたことで、俺と彼女の同居がバレたらしい。莉央は今日から俺のクラスに転校してきたのだ。
「ああ、そうだけど…それが何か?」
俺がそう答えると、沙耶はさらに顔を真っ赤にした。
「あんた、まさか私のことを好きだって言っておきながら、あんな女と同棲するなんて…!」
「はぁ?いつ俺がお前のこと好きだって言ったんだよ。勝手に勘違いしてんのはそっちだろ」
俺は呆れてしまった。沙耶は、俺がどんなことをしても、自分が一番好きだと信じて疑わない節がある。
そのくせ、俺をいじめ、水無瀬に夢中になっている。本当に意味が分からない。
「千堂君…」
有紗が心配そうな顔で俺を見つめる。彼女は、莉央が転校してきてから、どこか落ち着かない様子だった。
「あんたなんか、もうどうでもいいわ!ねぇ、水無瀬!」
沙耶は水無瀬の腕に抱きつき、わざとらしく俺に見せつけるようにした。
しかし、水無瀬は沙耶の手を振り払う。
「沙耶、いい加減にしろ。千堂は何も悪くないだろう」
水無瀬が冷たい声で沙耶を咎める。沙耶は、水無瀬の態度に驚き、顔を凍り付かせた。
「水無瀬…あんた、どうしたのよ急に…」
「どうもこうもない。俺は昔から、千堂のことが好きだった」
水無瀬の言葉に、俺は耳を疑った。え?今、何て言った?
「は…?」
俺が呆然としていると、水無瀬は俺の腕を掴み、真っ直ぐに俺を見つめた。
「悠真、俺は、お前のことが好きだ。だから、あんな女と同居してるお前を見るのが、我慢できなかったんだ」
水無瀬の真剣な告白に、俺は頭が真っ白になった。まさか、親友である水無瀬が、俺にそんな感情を抱いていたなんて…。
「水無瀬君…」
有紗が悲しそうな声で呟く。沙耶は、水無瀬の告白に、完全に打ちのめされたように立ち尽くしていた。
その時、屋上の扉が開き、莉央が駆け込んできた。
「ご主人様!一体何が…!」
莉央は、俺と水無瀬の様子を見て、驚きに目を見開いた。
「姫小路さん!お前は千堂から離れろ!」
水無瀬は莉央をも睨みつける。莉央は困惑した表情で、水無瀬を見つめ返した。
「あの…わたくしは、ただ…」
「もういい!お前らなんか、もう二度と俺の前に現れんな!」
水無瀬はそう言い放つと、沙耶のことは見向きもせず、一人で屋上から立ち去ってしまった。沙耶は、水無瀬の豹変ぶりに呆然とした表情を浮かべていた。
「千堂君、大丈夫!?」
有紗が駆け寄ってきて、俺の腕を掴んだ。
「…ああ、何とか」
有紗は、水無瀬が去った後も、心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。その瞳には、どこか悲しそうな色が宿っていた。
「千堂君、あのね…」
有紗が何かを言いかけたその時、チャイムが鳴り響いた。
「いけない、授業が始まるわ!」
有紗は名残惜しそうに俺から離れ、教室へと駆け戻っていった。
「一体、何だったんだ…」
俺は、呆然としながら莉央と顔を見合わせた。
「ご主人様、水無瀬様は、ご主人様がお好きだったのでしょうか…?」
莉央は真剣な顔で俺に尋ねる。俺はため息をついた。
「…多分な」
それから数日、学校の空気はギスギスしていた。
水無瀬は俺を完全に無視し、沙耶も水無瀬に冷たくされたことでさらに荒れて、俺に当たり散らすようになった。
クラスの雰囲気も最悪で、俺は完全に孤立してしまった。
そんな中、莉央は俺の隣に寄り添い、かいがいしく世話を焼いてくれた。
料理は壊滅的だが、洗濯や掃除は完璧で、俺の生活は以前よりも快適になった。
ある日の放課後、俺は莉央と商店街を歩いていた。
「ご主人様、このお店のコロッケ、とても美味しそうですわ!」
莉央は、コロッケ屋のショーケースに目を輝かせている。本当に、表情豊かな奴だ。
「よし、じゃあ買って帰るか」
そう言って俺が財布を取り出したその時、背後から聞き慣れた声がした。
「ねぇ、千堂…」
振り返ると、そこにいたのは、結城有紗だった。彼女は、どこかやつれたような顔をしていて、俺と莉央を見て、ばつが悪そうに俯いた。
「結城さん、どうしたんだ?」
俺が尋ねると、有紗は意を決したように顔を上げた。
「千堂君、お願いがあるの…水無瀬君を、助けてあげて!」
有紗の突然の言葉に、俺は驚いた。
「水無瀬を?どういうことだよ」
「…最近、水無瀬君、毎日元気がなくて…」
有紗は、悲痛な表情でそう言った。
「…はぁ?水無瀬が元気ない?」
俺は眉をひそめた。
「それに…沙耶ちゃん、最近すごく荒れてて…水無瀬君以外の男子にも、変な絡み方してるの」
有紗の言葉に、俺はますます混乱した。
「一体何があったんだ、詳しく教えてくれ」
俺がそう言うと、有紗は小さな声で話し始めた。
「水無瀬君、千堂君に振られてから、ずっと落ち込んでるの…それで、沙耶ちゃんにも冷たい態度を取るようになって…」
水無瀬が俺に告白し、俺がそれを間接的に断ったことで、彼はひどく傷ついたらしい。
「千堂君、お願い!水無瀬君を助けてあげて!私、水無瀬君が幸せなら、それでいいから!」
有紗は俺の腕を掴み、必死の表情で懇願した。
「結城さん…」
その時、莉央が俺の隣でそっと手を握った。
「ご主人様、水無瀬様は、ご主人様がお困りの時に、いつも助けてくださいましたわ」
莉央の言葉に、俺はハッとした。確かに、水無瀬は俺をいじめる沙耶の横で、いつも俺を気遣ってくれていた。
「分かった。水無瀬を助けてやる」
俺がそう言うと、有紗は涙を流して喜んだ。
「千堂君、ありがとう!」
そして、俺は莉央と有紗と共に、水無瀬の元へと向かった。
水無瀬は、学校の裏庭で、一人で座り込んでいた。いつものイケメンな姿はどこにもなく、髪は乱れ、顔はやつれていた。
「水無瀬!」
俺が声をかけると、水無瀬は顔を上げた。その目には、絶望の色が宿っていた。
「千堂…何しに来た…」
水無瀬は、力ない声でそう言った。
「お前を助けに来たんだよ!」
俺がそう言うと、水無瀬は自嘲するように笑った。
「俺なんか、もうどうしようもないさ…お前には振られたし…」
「誰が振ったって?俺は、お前のこと、友達だと思ってるぞ」
俺がそう言うと、水無瀬は目を見開いた。
「でも…俺、お前のこと…」
水無瀬が言い淀む。俺は、水無瀬の隣に座り、肩を叩いた。
「いいんだよ、もう。俺は、お前の気持ち、分かったから。俺はお前が思ってるほど鈍感じゃねーんだよ」
俺がそう言うと、水無瀬は俯いてしまった。
「千堂…」
「でもな、水無瀬。俺は、男は恋愛対象にみられないんだ。すまない……」
俺は正直に言った。水無瀬は顔を上げて、俺をまっすぐに見つめた。
「…そうか」
水無瀬は、寂しそうに微笑んだ。
「水無瀬様、わたくしは、ご主人様のメイドでございます。ご主人様は、わたくしがお守りいたします」
莉央が水無瀬にそう告げると、水無瀬は驚いたように莉央を見た。
「姫小路さん…」
「水無瀬君、私はあなたのことが好きです!」
有紗が、水無瀬にまっすぐ告白した。水無瀬は、さらに驚いたように有紗を見た。
「結城…」
「水無瀬君、千堂君のこと、諦めて私を見て!私、あなたのこと、ずっと前から好きだったの!」
有紗は、涙を流しながら水無瀬に訴えかけた。水無瀬は、有紗の真剣な告白に、呆然としている。
「水無瀬、お前、この子を泣かせる気か?」
俺がそう言うと、水無瀬はハッとしたように顔を上げた。
「…結城、俺は…」
「分かってる。すぐに私の気持ちを受け入れろとは言わない。でも、私にチャンスをちょうだい」
有紗は、水無瀬の手に自分の手を重ねた。水無瀬は、その手をじっと見つめた。
「水無瀬様、結城様は、ご主人様のことを諦め、水無瀬様を想っていらっしゃるのですわ」
莉央がそう付け加えると、水無瀬はゆっくりと頷いた。
「…分かった。俺でよければ、考えてみる」
水無瀬の言葉に、有紗は顔を輝かせた。
その後、水無瀬は少しずつ元気を取り戻し、有紗との関係も良好になっていった。
沙耶は、水無瀬が有紗と仲良くなっているのを見て、さらに荒れてしまった。
しかし、誰も沙耶を相手にせず、沙耶は孤立していった。
ある日、俺は莉央と共に、学校の帰り道を歩いていた。
「ご主人様、最近、沙耶様はお元気がないようですわね」
莉央が心配そうに呟いた。
「自業自得だろ。俺は、沙耶のことなんか、もうどうでもいい」
俺はそう言ったが、どこか心が痛むのはなぜだろうか。
その時、俺たちの前を、見慣れたシルエットが横切った。
「千堂…」
振り返ると、そこにいたのは、あの花園沙耶だった。彼女は、髪も乱れ、目にはクマができていて、以前のような輝きはなかった。
「…何か用か?」
俺がそう言うと、沙耶は俯いてしまった。
「ごめん…」
沙耶の口から出たのは、意外な言葉だった。
「…何がだ?」
俺が尋ねると、沙耶は顔を上げた。その目には、涙が浮かんでいた。
「全部…全部、ごめん!私、あんたのこと、いじめて…水無瀬のこと、振り回して…本当に、ごめん!」
沙耶は、声を上げて泣き出した。俺は、沙耶の謝罪に戸惑った。まさか、沙耶が俺に謝るなんて、夢にも思わなかったからだ。
「もう、いいよ」
俺はそう言って、沙耶の頭に手を置いた。
「千堂…」
沙耶は、驚いたように俺を見上げた。
「お前も、色々と大変だったんだろ。俺は、もうお前のこと、恨んでないから」
俺がそう言うと、沙耶はさらに大粒の涙を流した。
「千堂…ありがとう…」
沙耶は、俺の胸に飛び込んできた。俺は、沙耶の温かさに、少しだけ、心が揺れた。
その時、莉央が俺の腕を掴んだ。
「ご主人様、わたくしは、ご主人様のメイドでございます。ご主人様は、わたくしがお守りいたします」
莉央は、真剣な眼差しで俺を見つめた。
「莉央…」
俺は、莉央の言葉に、胸が温かくなった。
「千堂様は、わたくしの…ご主人様なのですから」
莉央は、俺の腕にそっと抱きついた。
俺は、莉央の頭を撫でた。俺の隣には、健気に俺を支えてくれるメイドがいる。そして、傷ついた幼馴染と、新しい恋を見つけようとする親友。
俺の日常は、まだまだ波乱万丈になりそうだ。でも、それは、きっと楽しい日々になるだろう。
ラブコメになっている??のかな?
ラブコメわからん……