御神体
────三〇〇年。
私が閉じ込められて、いつの間にか三〇〇年もの月日が経っていた。
村にある神社の御神体は、たいそう綺麗な鏡らしいと皆が噂していた。ただ、御神体には分厚い布が掛けられていて、神主以外は誰も見たことがないらしい。
近所のいたずら坊主は、金ピカで綺麗で、ハッキリと自分の姿が映ったと言っていた。見れたのは一瞬で、直後に神主に見つかって酷くどやされたとも。
誰も見たことがないなんて嘘じゃない。
この村は貧しく、鏡を持っている者がいなかった。水面に映るから自分の顔は知っている。でも、ゆらゆら揺れる顔しか見たことがなかった。
だから、見てみたくなった。
皆が可愛いと言うから、将来は美人になると言うから。
夜中にこっそりと家を抜け出し、神社の本殿に忍び込んだ。今日は満月だ。月明かりのおかげで辺りがよく見える。
祭壇にある御神体に手を触れた瞬間、布がパサリと落ちた。
そうして見えたのは、水面に映る姿とは比べ物にならないくらいに美しい少女だった。
私ってこんなにも美人だったのね。なんて、感動さえしていた。
『うふふふっ』
────え?
初めはなぜ自分が笑っているのかが分からなかった。なぜ、自分が口を動かしているのかも。声を出しているのかも。
『──だから、精一杯生きるわね。ありがとう』
誰に何のお礼を言っているのかも、分からなかった。
私は動いていないのに、私が鏡に布を掛ける動作をした。それなのに鏡はしっかりと見えている。
意味が分からない。
鏡に映る自分が後ろを向いて歩き出した姿を見て、やっと何かが可怪しいと気が付いた。
「待って! ねぇ! 待ってよ!」
いくら叫んでも、鏡の中で後ろ姿になり歩き出した私は立ち止まらなかったし、振り向きもしてくれなかった。この時は何が起きているのか本気で分からなかった。
辺りを見回すと、本殿の中なのは間違いがなかった。きっと狐や狸に化かされているのだろう。それならばと本殿から出ようとしたが、入り口には見えない透明の壁があるようで、外に出られなくなっていた。
「っ、誰か! 誰かっ、助けて──」
どれだけ叫ぼうとも、どれだけ泣こうとも、誰も助けには来てくれなかった。
疲れ果てて眠り、起きて、朝になり、神主が祭壇の前に立ち、何やらやっていた。何度声を掛けても、こちらに気付いてくれない。
誰かが鏡の前に来るたびに、叫んでも、鏡面を叩いても、誰も気付いてくれなかった。
毎日がとてもつまらなかった。疲れや眠気はあるのに、空腹も喉の渇きも感じない。排泄したいとも感じない。
御神体から見える向こう側の世界が、本当の世界のようだった。
神社で執り行われる神事を何度も見た。
あのいたずら坊主が結婚する姿。村が発展していく姿。村が廃れていく姿。本殿が建て替えられても、私は鏡の中の世界にずっとずうっと閉じ込められていた。
あれから三〇〇年が経った。
今、私の目の前にはセーラー服を着た可愛らしい女の子が、立っている。
鏡面を叩いて、泣き叫んでいた。
「ありがとう、大切にするわね?」
満月の柔らかな明かりが、私を照らしていた。
── 終 ──