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05.血濡れの辺境伯

 そうしてひと月ほどたった穏やかな日に、私たちは馬車に揺られていた。

 手にはさっき詰んだ薬草が根っこごとハンカチに畳んで挟まれている。


 新天地での住まいの準備もそろそろ済んでいるはず。ちなみに、家の発注はとっくに一ヶ月前に終えている。


 使用人たちも、王都の人と結婚が決まっているという人以外は、わりと私たちに付いてきてくれることになって、荷造りも一緒に頑張ったんだけれど、これが大変。

 大物家具の処分だってあるし。一子爵家としての歴史もあるから、そりゃ物だって溜まってる。これを仕分けして馬車に乗せて、全くもって大変だった。


 そしてその家がある領都へ向かって移動しているのだ。移動で半月くらい馬に揺られている。


 なんだか突貫工事で王都から追い出された感もなくはない。


 ──あ、私は追い出されたんだっけ。


 良いことといえば、濃い新緑と青臭く爽やかな空気。

 馬車に戻った私たち家族は、あまり代わり映えのしない景色が流れるさまを眺めていた。


「まいぜ、ぶーぐってー」

「マイゼンブークね」

 ペーターの舌っ足らずな言葉を、私が補ってあげる。


「しょの、まいぜんぶーぐって、おおかみさん、いりゅの?」

 続く妹のピアの言葉に目をぱちぱちさせた。


「狼?」

 私は首を傾げた。確かに、こんな木々がたくさんある土地なら、いてもおかしくはなさそうだけれど?

 そう思っていると、前に座っているお父さまがくすくすと笑いだした。


「辺境伯の異名を噂話か何かで聞いたんだね」

 口元を手で覆い隠して笑い顔をしらふに戻しながら、うんうん、と頷くお父さま。


「お父さま、異名って?」

 私はお父さまに問いかけた。


「うん。マイゼンブーク辺境伯……ヴォルフガング・プレゲスバウアーさまって言うんだけれどね、その剣の腕がたつことと、名前に狼の意味を持つことから、『狼の名をその身に持つ、血濡れの辺境伯』って言われているんだよ」

 お父さまはなんてことなさそうにそう説明する。

 かという私はびっくりだ。


 狼?

 血塗れ?


 ──私は十五歳の身でそんな人が治める物騒な土地に放り出されようとしていたの!?


 私が手をわなわなさせているのを見て取ったのか、お父さまが「大丈夫」と私に笑いかけた。


「『血塗れ』の『血』は、魔獣を切り捨てたときの返り血。つまりは領民を守るためについた血だ。問題ないだろう?」

 私はお父さまの説明に納得し、わななきをおさめて頷く。


「それとね、彼のヴォルフガングって名前が、古い言葉で狼という意味を含んでいるらしいんだよ。だから、そんな異名が付いたんだそうだよ」

「なあんだ」

 私はほっとして胸を撫で下ろす。


「彼の腕はその名に恥じないくらい素晴らしいよ。ただ、王都から辺境まで距離があることと、そもそも閣下自身があまり社交がお好きではない方らしくてね。国王陛下が褒賞を与えようと呼んでも来ないらしい。だから、王都で彼を見たことがある人はほとんどいないんじゃないかな」

 そう説明するお父さまの向かいで、私はまだ見ぬ辺境伯閣下を想像する。


 血に濡れて?

 うーん社交ベタで。

 やっぱり剣の腕がたつって言うなら中年の大男って感じ?


 ──うーん、やっぱり怖いなあ。

 と私はヴォルフガング・プレゲスバウアー閣下という方の人となりに、そういう印象を持ったのだった。

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