17.マイゼンブーク辺境伯
謁見室の前室で待っていると、そのときが来て、警備兵に名を呼ばれる。
「お待たせしましました、アルフォンス・ライナー子爵閣下並びに、アルマ・ライナー子爵令嬢。閣下のご面会の準備が整いました。こちらの部屋でお会いになるそうです。どうぞ」
そう言った兵士は扉を開け、丁重に「中へと」と誘うように手のひらで部屋の中を指し示した。
きゅっと私の胃の腑が縮み上がるように緊張が走る。
馬車の中で聞いた、あの異名が私の脳裏をかすめた。
『狼の名をその身に持つ、血濡れの辺境伯』
──どんな人なんだろう。
血と狼のような暴力性が頭に浮かぶ。
しかも、それを置いておいても、そもそも辺境伯とは有力な侯爵と並ぶほどの力を持つ貴族なのだ。
──怖い方じゃありませんように……!
そんな、肩をこわばらせていた私を見て取ったのか、お父さまが少しかがんで柔らかい笑顔を見せてくれた。
「……緊張している? アルマ」
「……はい」
緊張だけじゃないけれど、そこは素直に答えておく。
そんな私を見て、お父さまは、そっと私の頬を撫でる。
「大丈夫。私が付いているよ、アルマ」
そう言って、ぎゅっと手を握ってくれる。その手の温もりで、私はほっと緊張がほどけたように笑顔になる。
そうして、逆にお父さまの手をぎゅっと握り返す。
「ありがとうございます、お父さま。もう、大丈夫」
そう意を決したかのように私は、うん、とお父さまに頷いて見せる。
「じゃあ、行こう」
お父さまが私の手を取る。そして、並んで続く部屋への扉をくぐった──。
部屋に入り、その部屋の主と思われる方が座っている、執務机だろうか。そちらへと向かって、立ち止まってから私たちは頭を下げる。
すると、部屋の奥から低く澄んだ氷のような声がした。
「よく来たな。アルフォンス・ライナー子爵、並びにその息女よ。ああ、顔を上げて良いぞ」
そう私たちに告げる声音には、私たち家族の中での前評判というか噂にはそぐわないような気安さを含んでいた。
私は顔を上げる。
そして、目の前にした人の、一度あったら忘れることは出来ないであろうその容貌にはっとさせられる。
部屋の窓から差し込む光に照らされ、銀糸のごとく細やかに光る細い銀の髪。瞳は深い湖水の奥底の色のようで吸い込まれそうだ。歳の頃は二十代前半と言ったところだろうか。思っていたより若く精悍な印象だった。
ただし、一段と目を引くのは左目。その左目は、他のものを寄せ付けないような威圧感を放つ革製の眼帯で覆われていたのだ。