呪いに抗う彼女と、婚約破棄された侯爵令嬢の決意
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私は侯爵令嬢アメリア・エヴァンスとしてふさわしい存在であり続けるため、常に努力してきた。父と母に誇らしく思ってもらうため、社交界での振る舞いや優雅な舞踏を学び、どんな場面でも恥をかかないよう心がけていた。
けれど、鏡に映る自分の姿を見るたびに、ため息が出る。
私には、他の令嬢たちのような華やかな美しさがない。誰かに「美しい」と言われることもなく、いつも自信を持てずにいた。どんなに頑張っても、自分が他の誰かよりも輝いているとは思えなかった。大きな青い瞳も、少し控えめな金髪も、目立つとは言えない。周囲にはもっと美しい女性たちがいる。エリザ・ウィンストンのように。
彼女は宮廷中の誰もが振り返るような華やかさと堂々たる振る舞いを備えている。けれど、そんな彼女と私はまったく違う。彼女のような目立つ存在にはなれないし、ならなくてもいいと思っていた。私はただ、幼い頃から決まっていたリチャード様との婚約にすがっていたからだ。
「リチャード様……」
鏡越しに彼の名を呟く。リチャード様、王太子である彼は、私の支えだった。私の未来も、私の心も、すべて彼に委ねられていた。どれほど不安であっても、リチャード様と共に未来を歩むことだけが、私の希望だった。
その夜の舞踏会は、いつもと変わらないはずだった。私は彼の隣に立っているだけで幸せを感じていたし、周囲の視線も心地よいものではなかったが、これまでもそうしてやり過ごしてきた。しかし、何もかもがその一瞬で崩れ去った。
「アメリア、僕たちの婚約はここで終わりだ」
リチャード様の言葉が、私の耳に突き刺さる。初めて聞いた言葉なのに、意味を理解するのに時間がかかるほど、残酷な響きだった。
「え? リチャード様……い、いまなんとおっしゃいましたの……?」
声が震えるのを止められなかった。まるで、世界がぐらりと揺れるような感覚が私を包み込む。目の前のリチャード様の冷たい瞳が、いつもの優しさを失っていることに気づき、恐怖に似た感情が胸を掻き乱す。
「アメリア、もう隠し通すことはできない。僕は……別の女性を愛してしまったんだ。彼女と共に生きると決めたから、君との婚約はここで終わりにしよう」
リチャード様の視線がエリザ・ウィンストンへと向けられるのを見た瞬間、すべてが崩れ落ちた。彼女だ……彼女がリチャード様を奪ったのだ。
エリザは、ただのライバルではなかった。私から全てを奪おうとする存在だったのだ。
数年前、まだアメリアとエリザが若い令嬢として宮廷で顔を合わせたばかりの頃から、エリザはアメリアに対して陰湿な嫌がらせを行っていた。外見は優雅で親切を装っていたが、内心では嫉妬に燃え、特に王太子リチャードに近づく相手には、容赦なく嫌がらせを仕掛ける性格だった。アメリアは、その頃からエリザの標的となっていた。
ある舞踏会で、アメリアが初めて王太子リチャードの隣に立ち、話を交わしたとき、その瞬間からエリザは嫉妬に燃え、アメリアを陥れる策を練り始めた。彼女は陰で悪意ある噂を流し、アメリアの評判を落とそうとしたのだ。
「あの子、何をしてもどこかズレてるのよね。まるでセンスって言葉を知らないみたい」
「彼女の容姿は王妃にふさわしくないわ」
こうした噂は徐々に広まり、アメリアの耳にも届き、彼女を深く苦しめた。
さらに、ある舞踏会の前夜、エリザはアメリアが着る予定のドレスに目をつけた。アメリアが華やかに見えるのを許せなかったエリザは、巧妙にドレスに細工を施すことにした。
彼女は誰にも気づかれないよう、アメリアのドレスの裾をわざとほつれさせ、コルセットの結び目もわずかにずらして緩めておいた。
その結果、舞踏会でアメリアがダンスを踊っている最中、ドレスの裾が床に引っかかり、つまずきそうになった。さらに、コルセットが不自然に緩み、ドレスのシルエットが崩れたせいで、貴族たちの冷笑の視線が彼女に集まった。エリザは陰でその様子を見て、ほくそ笑んでいたのだ。
その結果、アメリアは貴族たちから笑い者にされ、大きな屈辱を味わった。それは、アメリアにとって忘れられない悪夢だった。
そして、今夜もまた、華やかな舞踏会の中で、エリザはゆっくりとアメリアに歩み寄る。優雅な笑みを浮かべ、まるで友人のように装いながら、わざと周囲に聞こえるように話しかけた。
「アメリア、本当にそのドレス、素敵ね。布地の質感やデザイン、すごく上品だわ。特にその色合い、あなたが時間をかけて選んだんでしょう? 努力が伝わってくるわ……本当に頑張ったのがわかる。でも、どうしてかしらね? ドレス自体はとても華やかで美しいのに、あなたが着ると少し地味に見えてしまうの。やっぱり、服は着こなす人次第なのかしらね?」
彼女の言葉は一見、褒め言葉のようだった。しかし、その奥に潜む侮蔑と皮肉が突き刺さる。反論したくても喉が詰まり、声が出ない。胸が締め付けられ、息苦しくなる中、周囲の貴族たちの視線が私を貫いている。私はただ、エリザの言葉に耐えるしかなかった。
「それに、どうしてかしら? あなたは礼儀正しくて品があるのに、なぜかいつも印象が薄いのよね。やっぱり、魅力って生まれ持ったものだから、努力じゃ手に入れられないのかしら?」
周囲の貴族たちが笑いを堪えているのが伝わってくる。私はエリザを睨みつけたいのに、悔しさで体が動かず、ただその場に佇むしかなかった。
「リチャード様が私を選んだのは当然よ。だって、私にはあなたにない美しさがあるから。どれだけ頑張っても、持って生まれた魅力には勝てないものよね。彼もそれに気づいたのよ」
エリザは勝ち誇ったようにアメリアを見下ろし、冷たく言い放った。
「そういえば、数年前の舞踏会、覚えている? あなたのドレスがみんなに笑われたあの夜……私が少し手を加えたのよ。可哀想だったけど、あなたに相応しい立場を教えてあげたつもりだったわ」
エリザの冷酷な言葉に、アメリアは顔から血の気が引くのを感じた。エリザは後悔するどころか、むしろ誇らしげにその悪行を語っている。
「でも、もうこれで十分よ。リチャード様は、もう私のものだもの」
エリザはリチャードの腕を取り、二人は笑いながらその場を去っていった。アメリアは怒りと屈辱で胸がいっぱいになり、涙がこみ上げてきたが、何もできずに立ち尽くすしかなかった。
部屋に戻ったアメリアは、深い絶望の中で涙が止まらなかった。エリザから受けた数々の屈辱が蘇り、リチャードまで奪われたという現実が、彼女を打ちのめした。
「なんで……どうして私が、こんな目に……」
私は絶望の底に沈んでいた。すべてを失い、未来も希望も遠ざかっていく。部屋に戻ると、涙が止まらなかった。何もかもが色褪せ、無意味に思えてくる。
その時、扉が静かに開き、幼馴染のジェシカが入ってきた。彼女は私のそばに近寄り、そっとアメリアの肩に手を置いて優しく寄り添った。
「アメリア、大丈夫?」
アメリアはジェシカの優しい眼差しを受け止め、少し落ち着いたように小さくうなずいたが、胸の中にはリチャードへの複雑な想いが渦巻いていた。
ジェシカはその様子を見ながら、アメリアを助けられなかった自分の無力さに胸が痛んでいた。彼女は何度もエリザの言葉を止めようとしたが、宮廷の雰囲気や周囲の貴族たちの冷たい視線に押しつぶされ、自分の声が届かないことを痛感していたのだ。
「ねえ、ジェシカ……どうしてエリザは私にこんなにも執着するのかしら? 王太子妃になりたいだけなら、そこまでして私を貶める必要なんてないはずなのに……」
ジェシカは少し考え込み、真剣な表情で口を開いた。
「本当にそうよね。エリザの行動って、地位を欲しがっているだけとは思えない。何かもっと深い理由がある気がするの」
「深い理由……?」
アメリアが問い返すと、ジェシカは少し顔を曇らせた。
「ええ。何か秘密があるのかも。リチャード様に執着して、あなたを必死に排除しようとする姿が尋常じゃないもの。アメリア、一緒に理由を探ってみない?」
アメリアは静かにジェシカの言葉を受け止めると、深い決意の表情を浮かべてうなずいた。
「そうね……私もエリザがそこまでして王太子妃になりたがる本当の理由を知りたい。あんなに執念を燃やしているなんて、何か特別な理由があるに違いないわ」
二人はそれから数日間、エリザの行動を注意深く観察し、少しでも怪しい点があれば調べることに決めた。エリザが夜遅くに一人でどこかに向かう姿や、誰もいない部屋で独り言を呟く様子など、少しずつ奇妙な点が浮かび上がってきた。
ある晩、ジェシカは意を決してエリザの部屋の扉に耳を当てる。低くささやくエリザの声が、静寂の中に漏れ聞こえてきた。
「……あと一回、今回が最後のチャンス……この呪いを解くためには、転生はもうできない……必ず成功させないと……」
その言葉にジェシカは息を飲み、急いでアメリアの部屋へと戻った。
「アメリア、聞いて……!」
ジェシカは興奮を抑えきれないまま話を伝える。
「エリザは転生を繰り返しているの。何度も生まれ変わってきたけれど、今回が彼女にとって最後のチャンスらしいの。そして、呪いを解くためには、必ず成功させなきゃならないみたい」
アメリアは驚きと同時に、胸の中で一つの謎が解けたように感じた。
「だから、エリザはあんなに必死にリチャード様にしがみついていたのね。もしかしたら、リチャード様と結ばれないと、もう転生できないのかもしれないわ」
「それなら、彼女の思い通りにさせないためにも、彼女の呪いについてもっと調べましょう。何か手がかりがあるはずよ」
二人は夜な夜なエリザの行動を見張り、古い書物や彼女の家族に関する記録を調べ続けた。そして、宮廷の図書館で見つけた一冊の古文書に、転生の呪いについての記述を見つけた。
「……この書にあるわ。転生の呪いは、愛する人と結ばれなければならない。結ばれなければ魂は消滅し、永遠に存在を失う……」
アメリアは声を震わせながら、ジェシカに読み聞かせた。
「つまり、エリザはリチャード様を愛しているわけじゃないのね。ただ呪いから逃れたいがために執着していたのよ」
ジェシカも静かにうなずきながら、「愛というより、恐怖と焦りだったのね……それで、アメリアを陥れてまでリチャード様に近づこうとしていたのね」
調査を進めた結果、二人はエリザが大切にしていた日記を見つけ、その中に転生の呪いの詳細が記されていた。驚くべきことに、その呪いはエリザの父親によってかけられたものだった。
日記によると、『リチャードと結ばれて王太子妃になること』でしか魂が安定せず、転生は10回までしか許されないという。その父親が課した条件を満たさなければ、魂は消滅してしまう。彼は、財産や地位の確保を狙い、エリザにこの呪いをかけたのだ。
さらに、リチャードと結ばれない未来が確定した時点で次の転生が発動する、という残酷な仕組みが施されていたのだ。
「アメリア、エリザは……今まで10回も転生を繰り返してきたのよ」
とジェシカが語るその言葉に、アメリアは驚きと同時に深い理解を得た。
「じゃあ、これが彼女にとって最後の機会なのね……もしリチャード様と結ばれずに王太子妃の座に就けなければ、彼女の魂は消滅してしまうのね」
アメリアはその真実に動揺したが、同時にエリザが必死で私を蹴落とそうとした理由がわかった気がした。
「でもアメリア、彼女はあなたを貶めるためにひどいことをしてきたわ。彼女が妃の座に座ることになんて納得できないわ。あなたの方がその座にふさわしいのに」
ジェシカの言葉に、アメリアは考え込んでいたが、やがてゆっくりと口を開く。
「ジェシカ、私は彼女を許そうと思うの。彼女が10回も転生し、私を敵視しながら生きてきたのは、呪いに縛られていたから。転生という限界に怯える彼女を、憎む気にはなれないわ」
「でも……本当にそれでいいの?」ジェシカはその寛大さに戸惑いながら尋ねる。
アメリアは静かに口を開いた。
「私は婚約を破棄されたわ。それは、リチャード様がエリザを選んだから。だからこそ、せめて彼がその選択で幸せになってほしいの。そして、エリザも呪いから解放されることを願っているわ」と穏やかに語った。
翌日、アメリアはエリザを庭園に呼び出した。満開のバラが咲き誇る中、二人は静かに向き合う。
「アメリア、何の用なの? 恨まれる覚悟ならあるわ……それだけのことをした自覚はあるのよ」とエリザは視線をそらしながら言う。
アメリアは柔らかく微笑み、静かに答えた。
「いいえ、エリザ。私はあなたを恨んでいないの。ただ、あなたが私を遠ざけていた理由がやっとわかったの。あなたが自分の存在を守るために、必死だったのね?」
エリザは驚き、目を大きく見開いた。彼女の心にアメリアの言葉がじわじわと染み渡る。どうして、彼女が自分の秘密を知っているのだろうか? 混乱した表情を浮かべ、エリザは一瞬言葉を失った。
「な、なんで……あなたがそれを……」
肩の力が抜け、視線を落とす。アメリアの優しさに包まれた言葉が、エリザの心に静かに響いていた。自分が抱えてきた苦しみや焦燥感を、彼女は理解してくれたのだ。
「エリザ、私はあなたが王太子妃にふさわしいと思っている。だから、リチャード様と共に幸せになってほしい。そして、呪いから解放されて、本当に自由に生きてほしいの」
エリザはその言葉に驚き、目を潤ませながらも少し口を開いた。
「どうして……どうしてそんなふうに思ってくれるの? 私はあなたにひどいことばかりしたのに」
アメリアは微笑んで頷いた。
「私もずっと、他の誰かと自分を比べて悩んできた。でも、あなたがその呪いに苦しめられ、転生を繰り返す辛さを抱えてきたことは、私の悩みなんて比べ物にならないほどだと思う。だから、もし王太子妃の座があなたを救う道になるなら、私は心からそれを願うわ」
アメリアはエリザの手をそっと取り、続けた。
「エリザ、お父様から受けた呪いが、ずっとあなたを苦しめていたんでしょう? 未来を自分で選べず、ずっとその呪いに縛られていたんだものね」
エリザの目には再び涙が溢れた。かすかに震える声で、彼女は静かに口を開いた。
「……本当は、ずっと怖かった。ただ、魂が消えてしまうのが……自分が何もなかったように消えてしまうのが、何よりも……」
アメリアはその言葉に深く頷き、彼女の肩に優しく手を置いた。
「だからこそ、今度はあなたが自由になれるように、私は支えたいの。あなたが父親の呪いから解放され、自分の意志で心から望む生き方を見つけてほしいの」
エリザは耐えきれなくなったように、ぽろぽろと涙をこぼし、アメリアの手を握りしめながら震える声で謝罪の言葉を口にした。
「アメリア……本当に、ごめんなさい……。私は今まで妃の座にしがみつくために、あなたを陥れて……あんなにもひどいことを……でも、それしかできなかったの……消えてしまう恐怖に勝てなくて……どうか、許して……」
エリザの声は途切れ途切れで、彼女の痛みと後悔が染み込んでいるようだった。涙が止まらず、しゃくり上げながらもアメリアの手を離そうとしない。アメリアはそんなエリザの姿に胸が痛み、静かに彼女の手を包むように握り返した。
「もういいのよ、エリザ」とアメリアは穏やかな声で応え、彼女の背中を優しく支える。
「あなたが恐怖に縛られて、必死に生き抜いてきたことも、わかっているわ。だから、あなたが自由になれるように、私は心からそれを願っているの」
エリザはアメリアの優しさに触れ、涙を流しながらも微笑んだ。その表情には、今まで抱えていた重荷から解放されるかのような安心感が浮かんでいた。
しばらくして、二人は穏やかな表情で向き合い、互いの心に和解の温かさを感じながら、静かにその瞬間を味わった。
そして数日後、エリザは正式に王太子妃として迎えられ、アメリアもまた新たな道を歩み始めるのだった。
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