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温泉ツーリング同好会へようこそ  作者: 秋山如雪
第3章 塩山温泉
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9湯目 放課後に温泉!?

 温泉ツーリング同好会などという、いかにも「怪しい」同好会に入ることになった私。


 入会してから、早くも1か月近くが経っていた。


 5月末。

 いつものように、放課後に狭い部室に行くと。

 先輩たち3人が揃っていた。


「遅れてすみません」

 謝るが、彼女たちは平然としており、少しも苛立った様子はなかった。

 それどころか、まるで私を待っていたかのように、


「よし。瑠美も来たことだし、行くか」

「そうね」

「温泉、楽しみネ!」

 まどか先輩、琴葉先輩、そしてフィオが早くも出かける準備をしていた。


「どこに行くんですか?」

 と、聞くまでもなく、行き先は温泉なんだろうが、私が知りたかったのは、もちろん具体的な「場所」だ。4人の中で、唯一50ccの「原付一種」に乗っている私は、場所によっては、行くだけで疲れてしまうからだ。


 それを察してくれたのか、先輩たち、というより我らが「会長」が鶴の一声を発した。


塩山えんざん温泉だ」


「えっ。塩山温泉? この辺りに温泉なんてあるんですか?」

 そう驚きの声を発していたのは、私が元々、ここ甲州市の出身ではなく、甲府市の生まれだからだ。引っ越してきたのは、中学生の頃。


「あるさ。まあ、放課後だし、時間もないから、サクッと行って帰ってこれるのもメリットだしな」


(知らなかった)

 ここ山梨県で有名な温泉は、石和いさわ温泉や、「信玄の隠し湯」で知られる下部しもべ温泉くらいだと思っていたし、私はそもそも温泉自体にそれほど興味がなかった。


 嬉々として、駐輪場に向かう会長のまどか先輩に、私も含めて残りの3人がついて行く。


 駐輪場から向かうため、それと近場の為、今回はそれぞれが「通学」に利用している、250cc以下のバイクを使うことになった。


 まず、まどか先輩。

 彼女のは、出逢った時に見た、ヤマハのバイク。排気量は125ccと聞いている。見た目はどこにでもありそうな、原付のスクーター。出逢った時は、じっくりと見る余裕もなかったが、よく見ると、鮮やかな青色の車体で、どことなく「夏」を思わせる爽やかな色をしている。シートも広く、乗りやすそうに見えた。


「まどか先輩のは、ヤマハの……」

「シグナスだ」


「へえ。いい色ですね」

「おう。あたしは青が好きなんだ」

 どことなく、男の子っぽくて、さっぱりしている彼女には似合うと思った。


 一方で、

「フィオのバイクは可愛いね」

 見ると、フィオのバイクは、シート以外のほとんどが鮮やかな赤色の車体で、タイヤも小さく、レトロな丸目のヘッドライトが特徴的だった。そういえば、彼女が乗っているドゥカティ モンスターも鮮やかな赤色だった。フェラーリが生まれた国、イタリア出身だから、赤色が好きなのかもしれない。


Grazie(グラーツィエ)! VESPA(ヴェスパ) 125 Primavera(プリマヴェーラ)ネ。ヴェスパは、イタリアのメーカー、Piaggio(ピアッジオ)の小型スクーターでネ。実は、飛行機の技術者が作ったから、unico(ウニコ)、えーとユニークな構造をしてるんだヨ」

 誇らしげに、しかし嫌味を感じさせない明るさで、フィオは話してくれた。彼女は正真正銘のイタリア生まれだから、地元を愛する気持ちがあるのだろう。それにこのバイクは、大昔に某有名映画の女優が乗っていたことでも有名で、実は東南アジアでもライセンス生産され、世界的にも有名なはずだ。


 そして、最後に琴葉先輩だが。

「琴葉先輩だけは、変わらないですね」

 そう。彼女だけは、前にほったらかし温泉に行った時と全く同じ、先端が細長いクチバシのような形状になっているのが特徴的な、黄色いバイク。

 確か、スズキ Vストローム250だったはず。


「そうね。私は別にこれで十分だし。そもそも2台も持つ余裕がないしね」

 だが、本来なら彼女の言うように、高校生の身分で、バイクを2台も持つなどあり得ないはずだ。


 そこが気になったから、2人に聞いてみた。

「お二人はお金持ちなんですか?」

 そのストレートな物言いが受けたのか。まどか先輩もフィオも笑っていた。


「違う違う。あたしのもフィオのも、親のお下がりだ」

「そうなんですか?」


「ああ。まあ、少なくともあたしの家より、フィオの家の方が金持ちなのは間違いないから、2台持つ余裕もあるかもしれんが」

 まどか先輩の言い方が、少し引っ掛かる。というか気になった。もちろん、原因はフィオだ。


「フィオのおうちはそんなにお金持ちなの?」

 彼女は、いつでも明るくて可愛いが、少し小首を捻って、考えてから答えていた。その素振りすら、可愛らしい。


「うーん。どうかなあ。パパは儲かってるって言ってたけど」

「謙遜すんな、フィオ。お前の家は、某食レポ有名サイトで、星5つがつくくらい、評判がいい。さぞ儲かってるんだろうな」

 それが本当なら、確かに羨ましい話かもしれない。


「ワタシには、よくわからないかな」

 そんなやり取りが続いているうちに、時間が経っていた。


「ほら、まどか。さっさと行くわよ」

 ヘルメットをかぶり、先頭を切って、琴葉先輩が走り出していた。慌ててまどか先輩、フィオも後を追い、その後に私も続く。


 どうでもいいかもしれないけど、まどか先輩とフィオ、それに私はスクーターだから、制服でも違和感がないが、明らかにアドベンチャーバイクの琴葉先輩だけは、「旅に行くようなバイク」なのに、制服ということで、違和感があった。


 向かった場所は、学校からわずかに1.5キロほどの、バイクにとっては、ものすごく「近い」場所だった。


 いつも通学で通るゆるやかな坂道を下って、塩山駅方面に向かい、「町屋」と呼ばれる交差点を右折し、「花かげ通り」と呼ばれる道を走る。そこからは完全に、住宅街の中を通る、狭い道だった。

 一級河川の重川の支流、塩川と呼ばれる小さな川を横切る、小さな橋を渡った先にそれはあった。


「えっ。旅館?」

 ヘルメットを脱いで、見ると、目の前には古い建物が建っていた。

 切妻屋根の3階建てくらいの、昔ながらの「昭和」の雰囲気を残した佇まいの、見るからに「旅館」という風情の建物。


 同じくヘルメットを脱いだ、まどか先輩が、建物を見上げながら、声を発した。

「ああ。一種の温泉旅館みたいなもんだな。ただ、日帰り温泉もやってる」


 期待と不安に胸を膨らませながら、私にとっては、初めての「塩山温泉」が待ち受けていた。

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