40湯目 川根温泉への道
2月中旬。
私たちは、いつものように日曜日に、まどか先輩主導の元、分杭先生オススメの、静岡県にある、川根温泉に行くことになった。
待ち合わせ場所は、いつも通り、塩山駅近くにあるコンビニ。
時間は、8時だったが。
「めっちゃ寒い!」
早くも自宅を出て、待ち合わせ場所に向かう、わずかな距離で、私は根を上げそうになっていた。
真冬らしい、朝から太陽が出ている、「関東の冬」らしい、冬晴れのいい天気だが、とにかく猛烈に寒い。
天気予報では、朝から放射冷却で気温が下がり、一桁前半、場所によっては氷点下に下がる場所も県内ではあるらしい。
風を切って走るバイクでは、走行中に浴びる風によって、体感温度は簡単に氷点下に下がる。
しかも、私は寒いのは苦手だ。
首の後ろ、胸の真ん中、背中、くるぶしに2か所と、合計5個も使い捨てカイロを貼ったが、それでも寒い。
まさに、「真冬」のツーリングのツラさを嫌というほど、朝から感じるツーリングの始まり。
いつも通りかと思いきや、最初に来ていたのは、まどか先輩だった。
この人が、琴葉先輩より先に来るのは珍しい。
「おはようございます。めっちゃ寒いですね」
だが、ヘルメットを脱いで挨拶した、私に彼女は、
「おはよう。大した寒さじゃないだろ」
と、ケロっとしていた。
おまけに、格好が春や秋とほとんど変わっていないことに気づき、むしろ防寒しなくて大丈夫なのか、と心配になるくらいだった。
思えば、まどか先輩は、寒さより暑さに弱いことを思い出した。
間も無く、先端が尖ったクチバシのような、Vストローム250に乗った、琴葉先輩が到着。
「おはよう」
降りてきた彼女は、もう完璧にフランスの某有名タイヤメーカーのマスコットキャラクターみたいな、まるで着ぐるみを着ているくらいに厚着していた。
「琴葉先輩。すごい格好ですね」
かえって、着すぎて、動きが鈍りそうな、「亀」みたいな格好に感想を言ったら、
「だってこれだけ寒ければ仕方ないでしょう」
これだけ着ても寒いらしく、彼女は不満気に口に出していた。
それを見て、盛大に笑うまどか先輩。反論する琴葉先輩。
なんだかんだで、正反対なのに、2人は気が合う。
そして、またいつも通りにフィオは15分遅れで到着。
彼女だけは、まともな格好で、全季節対応の厚手のライダースジャケットに、ネックウォーマー、下はチノパンを履いていた。
「じゃあ、行くヨ!」
その、遅れてきたフィオが、喜び勇み、先頭に立つ。
どうやら事前に、まどか先輩から具体的な場所を聞いているらしい。
下道で、まっすぐ彼女は、静岡県を目指す。
後には、私、まどか先輩、琴葉先輩の順で続く。
だが、今回は下道で行くとはいえ、少しルートが特殊だった。
ここ甲州市から川根温泉がある、静岡県島田市までは、下道で直線距離が約170キロ。
国道358号を通り、山を越えて、精進湖に出て、国道139号経由で、富士宮市、富士市を通り、国道1号に合流した方が早い。
だが、事前に、まどか先輩から言い含められていたのか、フィオは、国道358号には入らず、県道と国道140号を経由。
甲府盆地を西へ向かい、やがて国道52号に合流して南下。
つまり、路面凍結の可能性がある、山を越えるルートを避け、山と山の間を抜けるような、国道52号から静岡県へ入ることになった。
もっとも、江戸時代まではこのルートもかなりの難所だったようで、それが山梨県と静岡県の交流を阻み、両者が文化的側面や言葉で大きな隔たりを持つ所以だと言うが。
現代では、並行して中部横断道路が出来て、だいぶ走りやすくはなったが、この国道52号は、トラックの姿が多く、それが原因で流れが悪かった。
やっとのことで、興津駅辺りで、国1、つまり国道1号に入る。
(流れが速い!)
初めて走る、日曜日日中の国1は、トラックだけでなく、近隣ナンバーや首都圏ナンバーの車が多かったが、概ね流れは速かった。
その原因は、信号機の少なさで、静岡市付近は多いが、少し街の中心から離れると、バイパスのような広い道になり、高架を通る、高規格道路になる。
一種の高速道路に近いくらいの、流れの速さは、バイクにとっては快適で、あっという間に安倍川を越えて、静岡県中心部に入る。
もっとも流れが速い分だけ、走行中に襲いかかる「風」で、寒さは増していくから、私は思いきり楽しむことが出来ず、ずっと左車線を走っていたから、いつの間にかまどか先輩に抜かれていた。
途中、道の駅宇津谷峠という、小さな駐車場で休憩を取り、私たちは西を目指した。
静岡県を代表する大河、大井川に差し掛かり、右折。
あとは、川を左手に見ながら、県道をのんびりと北上。
幸い、日が出ていたため、路面凍結には遭わずに、昼頃に目的地にたどり着いた。
そこは、道の駅に日帰り温泉や足湯が併設されている、大きな施設で、バイク専用の駐輪場まで用意されてあった。
初めて見る、静岡県ナンバーに囲まれながら、私たちはその駐輪場に、それぞれのバイクを停める。
目指す日帰り温泉は、目の前。
初めて入る、川根温泉が待っていた。