4湯目 イタリアから来た天使
「Ciao!」
聞いたこともない、外国語だった。いや、あの挨拶は、少なくとも英語ではないが、どこの言葉だっただろうか。
そう思っていると。
「あー! 新しい子がいるネ。新入生? ワタシ、フィオリーナ・碓氷。Piacere!」
いきなり、その金髪美少女に抱き着かれていた。
「えっ、えっ」
しかも、その子、めちゃくちゃ可愛くて、ものすごくいい匂いがした。
いきなりのハグに戸惑っていると、さすがに、まどか先輩と、琴葉先輩が、
「ほら、フィオ。ビックリしてるだろ?」
「離れなさい」
と、少したしなめるように言った為、渋々ながらも彼女は私から離れた。
だが、改めて間近で見ると、物凄い美少女だった。
背は160センチくらいと平均的ながら、ウェーブの効いたブロンドヘアーを背中で束ねたポニーテール風の髪型で、顔は小さく、まるで西洋人形のように整っている。おまけに目の色は青色で、鼻も口も小さく、驚くべき均整が取れている。
腕も足も細いし、スラっと伸びた、生足が制服のスカートから出ているだけで、なんだかドキドキする。それくらい可愛らしいし、ちょっとしたアイドルみたいにも見える子だった。
(天使だ)
大袈裟に思うかもしれないが、それくらい綺麗な子だった。こんな狭苦しくて、埃っぽい部室には、明らかに不釣り合いだ。
「フィオリーナ。いや、フィオは、日本人とイタリア人のハーフなんだ」
「えっ。そうなんですか? フィオリーナ先輩凄い」
咄嗟にそう言うと、件の美少女は、
「No。フィオでいいヨ。みんなそう呼ぶネ。敬語もいらないネ。日本人、固すぎ。で、キミの名前は?」
「あ、はい。大田瑠美です」
なんだかんだで、敬語に慣れてしまっている、純日本人の私は敬語から抜けていなかったが。
「Bene。瑠美、よろしくネ」
「はい。よろしくお願いします」
「あ、ほーら、また敬語。もうワタシたちは、e̱molto buoni amiciネ。Amore e odioなんだから、遠慮することないヨ」
私の頭の中に、大量に「?」が浮かんでいた。英語もわからないのに、イタリア語は高度すぎる。
「ほら、フィオ。イタリア語で言ってもわからんだろうが」
まどか先輩が呆れる中、冷静に分析していたのは、眼鏡をかけた琴葉先輩だった。
「つまり、もう『仲のいい友達』で、『切っても切れない関係』って言いたいのね、フィオは」
「Si!」
飛びきりの笑顔で肯定するフィオ先輩、いやフィオがとんでもなく可愛らしかった。どうでもいいが、琴葉先輩は凄いな。一瞬で訳している。もっとも、フィオと付き合いが長いから慣れているかもしれないが。
ああ。それにしても、この子の屈託のない、太陽のように明るい笑顔は本当に「天使」だ。
この子となら、一緒にいてもいいだろう。じゃなかった、私が一緒にいたい。そう思うようになった時点で、私の心はもうフィオによって、陥落していたのだった。
何よりも、あの物怖じしない性格と、日本人にはないラテン系の明るさ、可愛らしさ、そして綺麗な金髪。
女子の私から見ても、羨ましいくらいに、可愛らしい子だった。
つまり、私はフィオのことを一目で気に入ってしまったのだ。
その瞬間、私はまどか先輩に告げていた。
「まどか先輩。私、この同好会に入ります」
そして、その発言の直後、再度、フィオに抱き着かれていたことは、言うまでもなかった。同時に、まどか先輩にも抱き着かれていたが。
こうして、私の、温泉ツーリング同好会への入部、いやこの場合は「入会」になるのか、はあっさりと決まっていた。
決め手になったのが、まどか先輩の一言ではなく、フィオの存在自体とは、我ながら意外なことだった。
だが、こんな可愛い子と友達になれるなら、いいだろう、という誘惑が勝ってしまった。
ちなみに、余談だが。
「フィオはバイク、何に乗ってるの?」
彼女の要望通り、タメ口で聞いてみたら、あっさり、
「普段は、VESPA 125 Primaveraネ。ツーリング行く時は、DUCATI Monster」
と言っており、イタリア人の血を引く彼女が、イタリア製のバイクに乗っていることに、少しだけ安心する気持ちが沸いてきたのだった。
さらについでだが、フィオは、父親がイタリア人、母親が日本人のハーフらしい。だが、この容姿を見るに、父親の血筋を色濃く受け継いでいるように見える。
姓は、通常、日本では結婚後は、男性の姓を女性が名乗るが、この家ではあえて逆を取り、「碓氷」というのは、母親の姓らしい。
規律に厳しい日本人とは違って、自由闊達なところがある、イタリアらしいと言えば、らしい。
とにかく、私の運命は、意外なところで決定していた。人生とはわからないのだ。