31湯目 千人風呂
目の前に現れたのは、まるで西洋の街中にでもあるような、ロマンティックな洋風建築物。
しかも、驚きながらも、感動したのか、スマホで建物の写真を撮っているフィオに対し、この手の歴史や蘊蓄に詳しい琴葉先輩は、
「まどかにしては、いいチョイスね。今からちょうど100年前の1928年築。国の重要文化財にも指定されているゴシックリバイバル形式の洋風建築物。そして、実は『日本最古の』温泉複合保養施設なのよ、ここは」
と「日本最古の」を強調し、感慨深げに、建物を見上げて、同じように写真を撮っていた。
「お前は、一言多いんだよ」
不満げに突っ込みながらも、やはり写真を撮っているまどか先輩。
私もまた、
「でも、素敵な建物ですね」
みんなと同じようにスマホを構えて、写真に収めていた。
そう。ここはまるでドラマか映画の舞台になってもおかしくはない素敵な雰囲気の宿る場所。
そして、実際に過去に「映画」の舞台にもなっている。
建物に入ってみると、そこはまさに博物館のような雰囲気のある空間になっていた。
白を基調とした明るい室内、天井からぶら下がる瀟洒なシャンデリア、木目調の洒落た階段や欄干。
観光地と言っていいくらいに、綺麗に整備されたその空間に、きちんと「湯」と書かれた暖簾があり、ここがやはり「温泉」だと言うことを明示していた。
その暖簾をくぐり、脱衣所に行き、服を脱ぎながら、私は来る途中で、何度か見た、とある「文字」が気になっており、つい琴葉先輩に質問していた。
「あの、千人風呂って何ですか?」
と。
琴葉先輩は、いつもなら、すぐに教えてくれるのだが、この時ばかりは、何故かまどか先輩と顔を見合わせて、互いに微笑み、
「お風呂に入ればわかるわ」
とだけ返してきたのだった。
恐らく、この二人は以前にも来たことがあるのだろう。
そして、実際に脱衣所から洗い場兼浴槽に通じるドアを開けると。
「Meraviglioso! 素晴らしいネ!」
フィオが、また新たなイタリア語の「褒め言葉」で称えていた。
イタリア語には、一体いくつの「褒め言葉」があるのか、不思議に思えるほどに、彼女の「素晴らしい」の語彙が豊富なことに、私は気づき始めていたが。
それにしても、目の前に広がる、不思議な空間は、確かに「素晴らしい」の一言に尽きた。
大理石造りの豪華な浴槽が、中央にあり、恐らく100人は入れると思われるくらいに、とにかく「広い」。
浴槽の大きさは、幅が4メートルほど、長さが7.5メートルほど。深さも1メートルはありそうで、思ったよりも深い。底には玉砂利が敷かれてあり、足の裏の刺激も気持ちいい。
さらに、その周囲には、イタリアのローマにでもありそうな、同じく大理石の彫刻やステンドグラス。まるで古代ローマにでもタイムスリップしたかのような、異次元空間だった。
まるで、「日本ではない」かのような不可思議にして、美しい、非現実的な空間。
早速、浴槽に面した洗い場で、いそいそと各自、体を洗い流して、間もなく浴槽に浸かったのだった。
その中で、ぷかぷかとお湯に浸かりながら、いつものように琴葉先輩の解説を聞くことになった。
「確か、ここは昭和の初期に片倉財閥の社長が、視察したヨーロッパで感銘を受けて、ヨーロッパの保養施設を参考にした、厚生施設として建てられたそうよ」
「えっ、それじゃ、ここは個人の私財で造られたってことですか?」
「そういうことね」
私にとっては、そっちの方が驚きだった。
これだけ豪華にして、美しい装飾物が並ぶ建物。今回、入浴料しか取られていないが、博物館のような入館料を取ってもいいくらいに、貴重な文化財とも言える。
それが、国ではなく、個人の財産だけで造られ、しかも100年経った今でも現役の保養施設として生きている。
つまり、ここは「生きた歴史的建造物」であるとも言えるのだろう。ただ「見る」だけの建築物ではなく、きちんと毎日「活用」されている。
これを建てた、財閥の社長はとっくに亡くなっているだろうが、死後もこうして後世に残る物を作ったのは、すごいことだと私は思うのだった。
そんなことを考えてると、
「やっぱり、イタリアと日本は似てるネ」
お湯の中で、綺麗な細い足を伸ばしながら、フィオが天井を見上げながら、仰向けの状態で呟いた。
その一言で、私は前にフィオの家に遊びに行った時のことを思い出していた。その時、確かに彼女は「イタリアと日本は似てないように見えて、実は結構似ている」と言っていたし、その理由は、今度教えてあげる、とも言っていたのだ。
理由を聞くと、
「まあ、色々あるけど」
前置きをしてから、彼女にしては、珍しいほど、理路整然と述べてくれた。
「一つには、超高齢化社会ってこと」
「イタリアもそうなの?」
「うん。イタリアも高齢化率はかなり高いし、日本以上に、家族を大事にするからネ。あと、Mammoniが多いネ。というか、多すぎて、結婚できない男性も多いネ」
「マンモーニ?」
「日本語で言うと、マザコンネ」
「なるほど」
フィオの語る、イタリアはなかなか興味深く、まどか先輩と琴葉先輩も珍しく、大人しく聞き耳を立てて聞いていた。
「他には?」
「料理が美味しいヨ。イタリアは日本と並んで、グルメの国ネ。もっとも、イタリアの隣のフランスもグルメの国だけどネ」
「あ、それわかる。日本でもイタリア料理とフランス料理は、人気あるよ」
「それだけじゃ、イタリアと日本が似てるとは言えないだろ? まさか、第二次世界大戦で日本と同盟結んでたからとか言わないだろうな? イタリアはすぐに降参したくせに」
若干、トゲがある言い方で、まるで男の子の知識を披露するかのように、まどか先輩が横から口を出したから、温厚で明るいフィオも、心なしか表情を曇らせたように見えたが、彼女はそのまま続けた。
「モチロン、それだけじゃないよ。土地が南北に長くて、四季があるところ。他には、伝統工芸かな」
「伝統工芸って言うと?」
今度は、琴葉先輩が興味を示し始めたが、こういう真面目そうな話題に食いつくのが彼女らしいところだった。
「靴、鞄、宝石。イタリアにはその手の産業を支える、職人さんがいっぱいいるんだヨ。日本人も手先が器用って言われて、職人さんがいっぱいいるでしょ。イタリアは、実用性よりも『美』を重んじるくらいに、徹底してるけどネ」
「へえ。面白い共通点だね」
これだけで、かなりイタリアの勉強になったため、私はもちろん、他の2人も珍しくフィオには感じ入ったようだったが。
最後に一言。
「ただ、実は悪いところも似てるネ」
「どこ?」
「少子高齢化もそうだけど、低賃金で、景気が悪いところネ。日本も昔と違って、今じゃ、先進国の中でも低賃金でしょ」
「ああ」
「なるほど」
まどか先輩と、琴葉先輩がそれぞれ「苦虫を嚙み潰したよう」な表情を浮かべていたが、確かにそこだけは「良くない」ポイントながらも、両者は似ているのだった。
「モチロン、違う部分もいっぱいあるヨ。イタリア人は、仕事より家族の方が大事。日本人みたいに、仕事狂いじゃないネ」
「それは、よく言われるよ。日本人は、働きすぎって」
もちろん、私としてもそれ自体に否定の念はないし、外国人から見た日本人は、恐らく彼女の言うように「仕事狂い」なのだろう。
そこが、日本の「いいところ」でもあるが同時に「悪いところ」でもある。
ともかく、こうして、「イタリア」のような風景を眺めながら、のんびりお湯に浸かり、イタリアと日本のことを話すという、何とも貴重な時間を過ごすことになったのだった。