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温泉ツーリング同好会へようこそ  作者: 秋山如雪
第1章 温ツーへようこそ
3/41

3湯目 温泉ツーリング同好会

 その日の放課後。


 ホームルームが終わると同時に、クラスの生徒たちが席を立った。

 その瞬間。


「おーい。瑠美!」

 大きくて、張りのある声が、教室の前扉の方から聞こえてきた。聞き覚えのある声で、まどか先輩なのは間違いなかった。


 近づくと、明らかに背丈が小さい、中学生みたいな彼女が立って、微笑んでいた。

「まどか先輩」

「約束通り、迎えに来たぞ。行こう」


 クラスメートたちの奇異の目を背に受けながらも、私は彼女に従って、教室を出た。


「その同好会の部室って、どこにあるんですか?」

 一応、入学してすぐの時期に、部活動を見てみようという興味本位から、部室棟には行ったことがあるが、そんな部、いや同好会なんてなかったような記憶がある。


「来ればわかる」

 多くは語らない彼女に、ついて行くと、行き先はやはり体育館裏にある、部室棟だった。


 我が校の部室棟は、教室がある本棟から離れ、渡り廊下を通って、体育館を抜け、さらにグラウンドに面した裏手に、ひっそりと建っている。


 しかも、今の時代にそぐわないくらい、古い建物だった。


 その2階建ての古い部室棟の2階に彼女は登って行った。

 さらに2階の廊下の一番奥の突き当りまで行って、ようやく足を止めた。辺りには、文芸部と茶道部と、写真部の部室がある。


 明らかに、「文系」の部活動の部室で、決して「体育会系」ではない。


 しかも、部室に割り当てられているのは、正直、とても意外なところだった。


「ちーっす」

 まどか先輩が入って行ったのは、文芸部の部室だったからだ。


「ちょっと、先輩。ここ、文芸部ですよ?」

 当然の疑問をぶつけるも、彼女は少しだけ振り返って、微笑んだまま、


「ああ、ここで合ってる。まあ、ついて来い」

 とだけ言い残していた。


 見ると、文芸部員と思われる、眼鏡をかけた、いかにも「文学少女」的な少女が、制服姿のまま、椅子に座って本を読んでいた。


 まどか先輩の姿を目に止めて、その子は、本を読む手を休め、少しだけ目を上げて、軽く会釈だけをした。

 すでに慣れているのだろう。


 彼女は、そのまま、部室を横切り、部室の入口とは対角線上に斜めに進んだ。


 その先には、「準備室」と書かれた、小さな小部屋があった。そこは、元々は恐らく文芸部用の本を保管する物置みたいな部屋だったのだろう。


 その準備室のプレートの横に、申し訳なさそうに、小さな文字で「温泉ツーリング同好会」と書かれてあった。しかも、手作り感満載の手書きだった。


「新入生を連れてきたぞ」

 そう言って、勢いよくドアを開けたまどか先輩に続いて、私も恐る恐る部屋に入る。


 予想通りというか、予想以上に「狭かった」。通常の部室の半分もない。広さは3畳くらいか。その狭くて、埃っぽい部室には、小さな窓と、古ぼけたホワイトボード、そして、4つほどパイプ椅子が置かれてあった。


 だが、それだけで、もう人が入りきれないくらいにいっぱいになり、いわゆるパーソナルスペースがまるでない。


 そのパイプ椅子の一つに、女子生徒が一人、座って、スマホを見ていた。

 艶やかな黒髪のロングヘアーを持ち、黒いフレームの眼鏡をかけた、清純そうに見える女子で、背が高い。女子にしては高い、身長165センチ程度はあるように思われる。

 まどか先輩と並ぶと、大人と子供並みに違う。


「まどか」

「よう、琴葉。入部希望者を連れてきたぞ」


「希望者じゃないです。ただの見学者です」

 慌てて、私が言い直すのを見て、その子は、大きな溜め息を突いていた。


「はあ。また、まどかったら強引に連れてきたのね。これで何人目だと思う? 前の子には、速攻で逃げられ、その前の子は……」

 たちまち、その子は眉を顰めて、愚痴を続けた。


 互いに下の名前で呼ぶあたり、仲がいい二人なのだと察する。同時に、まどか先輩の性格を改めて再認識した。「押しが強すぎる」というか、「強引」なのだろう。


「まあまあ、琴葉。こいつは大丈夫だよ。原付に乗ってるし」

 いきなり「こいつ」呼ばわりされて、少しだが嫌な気分がした。もっとも、まどか先輩の口の悪さは、今に始まったことではないから、慣れるしかないが。


 2人のやり取りは続いていた。

「原付に乗ってるからって、温泉に興味があるとは限らないでしょ?」

「いや、そんなことはない。バイクに乗ってる奴は、少なからず温泉に対して、興味があるはずなんだ!」


「どういう根拠よ?」

「あたしの勘!」

 琴葉と呼ばれた子は、盛大に溜め息を突いていた。


 その彼女が、私に向き合い、椅子に座ることを勧めてくれた。

 同時に、


「狭い部室で、何のおもてなしもできずに、ごめんなさいね。あと、まどかのことは許してあげて。この子、昔から口が悪いから。わたしは、2-Cの三國みくに琴葉ことは。まどかとは幼なじみなの」

 いきなり、優しい声で、告げてきた。

 まるで、お姉さんか、教師みたいな雰囲気を持つ、優しい人。それが、私の琴葉先輩の第一印象だった。

 人は第一印象で8割方が決まる、という。

 私の中で、彼女は「優しそうな人」だった。この時はそう感じたのだ。


「いえ」

 恐縮していると、その「優しそうに見える」琴葉先輩は、まどか先輩の代わりに説明してくれるのだった。


「実はこの、温泉ツーリング同好会の会長は、まどかでね。今、部員が足りないの。このままだと廃部になってしまうわ」

「メンバーはあとどれくらい必要なんですか?」


「そうね。現在、わたしとまどか、それにもう一人いる2年生と合わせて、3人。生徒手帳に記載されている校則によれば、部活動は『最低5人』、同好会は『最低4人』だから、あと1人ね」

 なるほど。それで、私も含めて手当たり次第に、まどか先輩は勧誘しているわけか、と納得した。


「だって、もう新学期始まって1か月だぞ。本当は4月末には廃部になるところを、あたしが生徒会長と交渉して、無理矢理2週間延ばしてもらったんだ。せっかく先輩たちが作ったこの同好会を、あたしの代で終わらせるのはなあ」


「まどかの気持ちはわかるけど、無理強いはダメ」

「ちっ。わかったよ」

 まるで子供のように、拗ねてしまう、まどか先輩が、少しだけ可愛らしいと思った。


 とりあえず、まずは入る、入らないは別として、話だけでも聞こうと思った。

 会長であるまどかが説明してやる、と張り切っていたが、その前に、彼女の親友の琴葉先輩から「あなたの説明は雑だからダメ」とダメ出しされていた。


 琴葉先輩がわざわざホワイトボードを利用し、マーカーを引いて説明してくれるのだった。随分、しっかりした人に見える。


 つまり、元々はこの同好会は、数年前にバイク通学が認められた頃に作られたという。最初は、本当にバイクに乗るだけの「ツーリング部」に近かったという。


 それが、いつからか、女子ばかりになり、そのうち、「健康」や「美容」を求めるようになったという。


 そして、とある卒業生の先輩が、「温泉」をテーマに掲げ、温泉を目的とした「温泉ツーリング同好会」として正式に結成されたという。


 従って、メインの活動は、放課後の温泉ツーリング。当然ながら、放課後メインだと、学校の近場の日帰り温泉くらいしか行けないだろうと思われる。


 もっとも、土日の休みにも行くらしいから、その時は遠出をするのかもしれない。


 私は、悩んだ。

 何しろ、バイクと言っても、私が持ってるのは、せいぜい50ccの原付に過ぎない。元々、「通学」が面倒だから、親から譲ってもらったにすぎず、つまりは「娯楽」に使うという認識も、目的もなかったからだ。


 話を一通り、聞いて、考え込んでいる私を見て、まどか先輩は、

「温泉はいいぞ、瑠美。そう堅苦しく考えなくてもいい。放課後や、土日にパッと行って、帰ってくるだけだ。それに、土日に用事があったら、そっちを優先させてもいいし、一応、顧問の先生もいる」

 盛んに、私に話しかけて、勧めてきた。


 正直、迷ってはいた。

 まどか先輩は、口は悪いが、根はいい人だし、琴葉先輩も優しそうだ。そして、もう一人の2年生は。


 ん? もう一人の2年生? そうだ。

「あの。もう一人の2年生って?」


「ああ、そろそろ来る頃だな」

「そうね」


 一体、どんな人が来るのだろうか。ある意味、その子次第によっては、私はこの同好会に入るのを辞めるだろう、と決意していた。

 結局、何でもそうだが、「組織」というのは、居心地がいいかどうかで、入るかどうかを決めるものだ、というのが私の持論だった。


 そして、それから3分くらい後。

Ciao(チャオ)! !」


 いきなり、勢いよくドアが開かれ、訛りの強い外国語が聞こえてきた。

 そして、そこにいたのは、金髪の美少女だった。


 予想外すぎる展開に、私の頭は早くも混乱する。

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