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温泉ツーリング同好会へようこそ  作者: 秋山如雪
第6章 みこしの湯
22/41

22湯目 雨の休日

 新学期が始まって、真っ先に行った、秋山温泉でのツーリングから3週間後。


 今度は、まどか先輩が、意気揚々と提案してきた。いつもの放課後のことだ。

「今度こそ、みこしの湯に行くぞ」


「週末ですか?」

「ああ」

 携帯に付属してあるカレンダーを見て、私が問うた質問に、まどか先輩は力強く頷く。


 彼女はシルバーウィーク後半の3連休初日、9月22日、金曜日にみんなで、そのみこしの湯に行くことを提案した。


 だが、私は別のことを大いに懸念していた。


 天気予報だ。

 昨今の地球温暖化のせいで、この年も天気が安定せず、夏が終わったのに、今度は雨ばかり降って、終いには台風が来るという予報も出ていた。

 バイクは、天候に大きく左右される。


 屋根がある、自動車と違い、雨天では余計に気を遣う。


「天気、大丈夫ですかね?」

 だが、まどか先輩はもちろん、琴葉先輩も、フィオも、


「大丈夫だ。どうせ小雨だろ?」

「まあ、まどかは行くと言ったら、聞かないしね」

「大丈夫ヨ。何とかなる!」

 根が楽観的なまどか先輩とフィオは、乗り気で、琴葉先輩は、はっきり言って諦めているように見えた。


 そして、この「天候」が不思議と私と琴葉先輩を結び付けることになるのだ。


 当日の朝、10時に私たちは、塩山駅近くにある、小さなコンビニで待ち合わせをした。

 当日の天気予報は、曇り後雨。香水確率は60%。朝から空はどんよりと鈍色になっており、低く垂れこめた雲が、天空を覆っており、太陽は顔を出していなかった。にも関わらず、夏前の梅雨のように、「蒸し暑い」気温と湿度。


 この時点で、私はすでに「嫌な予感」がしていたのだ。もちろん、私をはじめ、4人ともカッパを持参してきていた。


「怪しい天気だが、近いし、大丈夫だろ」

 銀色に輝くSR400に乗る、まどか先輩は、楽観的だ。


「雨が降っても行くネ!」

 今日は、珍しく遅れなかった、深紅のドゥカティ モンスターに乗る、フィオもまた、天候なんてどこ吹く風のように、気にしてない様子。


 唯一、ウィンドスクリーンがついていて、雨にも強そうなVストローム250に乗る、琴葉先輩だけは、鈍色の空を見上げて、無言だが、不安に満ちた、浮かない表情だった。


 そして、出発からわずかに10分後。

 雨が降ってきた。


 それも、雨脚は次第に強まり、視界が遮られる。天候の推移が速く、あっという間に土砂降りに近い大雨に見舞われていた。


 そもそも私たちは、誰もインカムを持っていない。

 しかも、悪いことに、雨脚から逃げようと、スピードを出していた、先行組のまどか先輩、フィオのバイクが視界からとうに離れ、見えなくなっていた。


 信号待ちで、琴葉先輩のVストロームが私に近づき、シールドを上げて、


「あそこのコンビニに入るわ!」

 大きな声で、彼女が、視界に映る、信号機を越えた先にある、道路沿いのコンビニを指差したため、私は頷いた。


 コンビニの駐車場に緊急避難し、慌ててカッパを着こむ私と琴葉先輩。


 ようやく一息つけたものの、雨脚は弱まるどころか、強まる一方だった。

 仕方がないので、まずはコンビニで暖かいお茶を買って、コンビニの小さな軒下でかろうじて蓋を開けて、飲むことにした。


 雨は、もはやゲリラ豪雨と言っていい様相を呈しており、文字通り滝のような大雨が地面を打ち付ける音が鳴り響き、互いのバイクは、雨ざらしの中、白く浮かんでいた。


 濡れた手をハンカチで拭い、携帯で雨雲レーダーをチェックすると、ちょうど甲州市から甲府市にかけての部分が雨雲に覆われており、少なくともあと30分は強い雨が降ると予想されていた。


 同じように携帯で雨雲レーダーを見ていた琴葉先輩が、小さな溜め息を突いて、呟いた。


「仕方がないわね。しばらくここで雨宿りをしましょう」

「まどか先輩とフィオはいいんですか?」

 完全に置いていかれたことで、私は少なからず不安な気持ちと、心配な気持ちを抱えていたが、琴葉先輩はいつも通り、冷静だった。


「大丈夫よ。行き先はわかってるし、LINEでも送っておけば。それに二人はバイクに慣れてるからね」

「そうですか……」


 とは言ったものの、この猛烈な雨の中、雨音だけを聞きながら、手持ち無沙汰にコンビニの軒先にいても、やることがない。


 そう思って、二の句が継げないでいると、不意に琴葉先輩が、雨に濡れた眼鏡を布巾で拭って、かけ直してから、ポツリと呟いた。


「雨、嫌いなのよね。シールドを開けたら、眼鏡が濡れるし、シールドを閉じたら、雨水で前が見えなくなるから」

「そうですね」

 眼鏡をかけていない私には、わからないが、彼女のように眼鏡を常用し、ツーリング時にも使う者にとって、雨は死活問題なのかもしれない。


 強まる雨の中、普段はあまり話さない、琴葉先輩と2人きり。何を話していいか、わからないと思っていると。


 琴葉先輩が、同好会専用のグループLINEに飛ばしたメッセージが携帯に届いた。


-大田さんとコンビニで雨宿り中。先に行ってて-


 穏やかな笑みを浮かべて、眼鏡越しに彼女は、私に声をかけてきた。それは、「怖い」イメージもあり、裏がある性格と、私が勝手に思っていた、「彼女」らしからぬ、優しい声だった。


「ねえ」

「はい」


「大田さんは、雨、大丈夫だった? あまり雨での走行慣れてないでしょ」

「大丈夫ですよ」


「そう。よかった」

 呟くように、穏やかで、静かな声で言った後、彼女はおもむろに話し始めた。それは琴葉先輩の内面に関わる話だった。


 一向に止む気配がない大雨の中、カッパを着た二人の奇妙な会話が展開されることになる。

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