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温泉ツーリング同好会へようこそ  作者: 秋山如雪
第5章 秋山温泉
21/41

21湯目 最高のぬる湯

 私にとって、「初めて」のまともなツーリングが、始まった。


 ルートとしては、フルーツラインから、甲州街道(国道20号)に出て、大月市付近で、国道139号に入り、途中から県道35号に入り、約1時間15分ほど。


 フルーツラインを抜けて、国道に入ると、交通量は増える。


 だが、ここは山梨県。

 逆方向の東京から山梨に向かう車線は、観光目当てで、首都圏からやって来るライダーや自家用車が多く、混雑していたが、逆にこちらから東京に向かう車線は比較的空いていた。


 それでも、日曜日の昼近い時間なので、交通量はいつもより多い。


 初めて、このKTMで走る、一般国道の大きな幹線。さすがに私は慎重に、緊張気味に走ったが、それでもKTM390デュークの力は、目を見張るものがあり、軽い車体に、思った以上にパワーがあるエンジンのお陰で、すいすい進んで行く。


 国道に入ると、しばらくはずっと上り坂になる。


 大善寺を左手に見て、甲斐大和駅を越え、道の駅甲斐大和を越えると、ひたすら長いトンネルが待っている。


 「笹子トンネル」という、約3キロ近い長いトンネルで、ここを越えると、一気に緑が深くなる。


 曲がりくねった急カーブを回り、笹子駅を越えると、今度はゆるい下り坂になり、やがて、甲州市の隣の町、大月市中心部に入る。


 そこから右折し、国道139号に入るルートを選び、禾生かせい駅という小さな駅の手前から、県道35号に入る。


 そして、しばらく行くと。


(気持ちいい!)

 思わず叫びたくなるような、快適なツーリングコースが待っていた。


 信号機がほとんど存在しないし、交通量も少ない。田園風景の中をひた走る快適なツーリングコースだった。


 しばらく行くと、坂道に入り、雛鶴ひなづる峠という小さな峠道に入る。


 が、そこを越えて、逆に下りに差し掛かると、さらに快適になる。


 信号機がなく、雄大な山、谷、川を臨む、田舎の中の一本道。

 初めて走ったが、そこは山梨県の中心部のような、ごみごみして交通量が多い、国道とは大違いの、快走路だった。


 適度なアップダウン、カーブがあり、初めての本格的なツーリングには適した道だ。


 私は知らず知らずのうちに、スピードを上げており、気がつけば、後ろの3人は思った以上に離れていた。


 この快走路をいつまでも走っていたいと思ったが、途中で右折を指示する携帯のナビに従い、川を越える橋を渡り、坂道を登った先にそれは建っていた。


 秋山温泉だ。


 早速、入口付近にある、バイク専用の駐車場に停める。ヘルメットを脱いでいる間に、3人が追い付いてきた。


「瑠美。思った以上に飛ばすなあ」

「そうね。初めてで、事故らないか心配したわ」

「それだけ気持ちよかったってことネ。良かったネ。いいバイクと出逢えて」

 3人の先輩たちが、口々に意見を述べてきた。


「実際、最高に気持ち良かったです!」


 だが、私としても、この初めてのツーリング、そして初めての中型バイクで、こんなに気持ちよく走れるとは思っていなかった。


 心地よい疲れを抱いたまま、温泉施設に入る。


 靴を脱いで、受付を済ます。


 建物自体は古かったが、中は綺麗で、しかも温泉以外にもプールまで併設されており、日曜日ということで、家族連れも多かった。


 そんな中、早速、脱衣所に向かい、温泉に入る。


 浴室の洗い場で身体を洗った後、早速、風呂に浸かる。


 風呂は、内湯は何種類かあり、比較的暖かいお湯から、ぬるいお湯、ジェットバスのようなお湯まで様々だった。


 外の露天風呂は一種類しかなかった。


 早速、内湯のうちの一つ、一番広い風呂に浸かってみると。


「ぬるいですね」

 思った以上にぬるく、風呂というよりも、プールにでも浸かっているような感覚だった。


「ああ。マジでここはぬるいな」

 熱い風呂が好きな、まどか先輩は、さすがに表情を曇らせていたが、


「でも、こういう暑い日は、これくらいぬるい方が、長時間浸かっていられるから、お得よ」

 琴葉先輩にそう言われると、


「まあ、琴葉の言いたいこともわかるさ。このクソ暑い中、確かに熱すぎる風呂は、あたしも疲れる」

 珍しくまどか先輩は同意していた。


「いいネ! このぬるくて、落ち着くお湯。何時間でも浸かってられるヨ! 泳ぎたくなるネ!」

 フィオは、いつも以上にはしゃいでおり、プールのように泳ぎ出そうとしていた。


「こら、フィオ! やめなさい!」

 それを琴葉先輩にたしなめられて、渋々、親に怒られたように、シュンとなるフィオが可愛かったが、同時に、


(琴葉先輩。お母さんみたい)

 口に出すと絶対怒られそうだから、言わなかったが、私は内心、そう思ってほくそ笑んでいた。


 しかしながら、ここのお湯は、本当に「気持ちよかった」。フィオが言うように、何分でも何時間でも浸かっていられるくらい、ぬるいし、硫黄臭もしないし、肌にも優しい。恐らくアルカリ性だろう。


 このぬるいお湯が実に心地よい。

 湯温計を見ると、ここの内湯は軒並み35度~40度程度しかない。


「でも、本当に気持ちいいですねー。何だか気持ちよすぎて、寝てしまいそうです」

「いいのよ、大田さん。寝てても。最悪、溺れそうになったら、起こしてあげる」

 琴葉先輩に優しそうな瞳を向けられたが、この人は、根が「優しい」のか「怖い」のか時折、わからなくなる。


「ここの温泉はね。自律神経失調症、不眠症、うつ病に効くと言われるのよ。この近郊では珍しい炭酸ガスを含むPH9.8の高アルカリ泉で……」

 ああ。なんだか琴葉先輩の穏やかな声が、子守歌に聞こえてくる。


 そういえば、昨日は今日のツーリングが楽しみで、あまり眠れなかったんだ。

 私の意識は、いつの間にか遠のいていた。


 気がつけば。

「瑠美! 起きて!」

 フィオに大きな声をかけられていた。


「ああ、ごめん。寝てた?」

「完全に寝てたな」

「疲れてたのね、大田さん」

「お風呂で寝たら危ないヨ、瑠美」

 3人から心配されていた。


 どうやら、私はわずかな時間ながら、完全に「落ちて」いたらしい。

 まあ、それほどここの温泉が気持ちよかったということでもある。


 眠気覚ましに露天風呂にも行ってみる。

 3人がついてくるかと思ったら、意外にも琴葉先輩とフィオは、動かなかった。


 代わりに、まどか先輩がついて来た。


 2人で、外のお湯に浸かる。

 外の露天風呂は、中ほどはぬるくはなかったが、程よい暖かさで、これはこれで気持ちいお湯だった。


 珍しくまどか先輩と2人になったので、自然と会話を交わすことになった。彼女と2人という状況は、最近ほとんどなかった。


「どうだ、瑠美? 温ツーは。楽しいか?」

「はい。思った以上に、温泉っていいですね」


「そうだろ、そうだろ」

 まるで、どこかの社長が、我が社が儲かっていると自慢するかのように、小さな胸板を反らして、得意気に頷くまどか先輩が、おかしかった。


「お前も、ようやく中型バイクに乗ったことだし、今度はもっと遠くに行ってみるか?」

「すみません。何だか今まで気を遣ってしまって」


「ああ。そんなこと全然気にするな。むしろ1年生で、こんな時期に一緒に乗れるだけで、あたしは嬉しいぞ」

 この人は、おおらかというか、大雑把というか、豪快というか、どこか大物の社長のような、いやきっと親分肌なのだろう。姉御みたいな雰囲気がある人だと改めて思うのだった。


 日本人は、全般的にシャイだから、他人を褒める言葉を口にするのが、苦手な人が多いと聞く。ところが、まどか先輩にはそういう遠慮的な部分がまるでない。


 思ったことを口にするし、褒めるところは褒める。他人に忖度することがない。ある意味、彼女は日本人的ではないのかもしれない。


「遠くって、どこに行くんですか?」

「そうだなあ」


 いつものツインテールを、さすがに風呂では降ろしている彼女は、いつもは見かけないロングヘアーを背中に垂らしたまま、顎に手を当てて考え始めた。

 小さいのに、どうも大人っぽいというか、達観したところがある人だ。


「思いきって、県外。長野県に行くとかいいな。長野県にもいい温泉はいっぱいあるぞ。逆に高速道路を使って、一気に千葉県とか茨城県、群馬県に行くのもいいな。群馬県には、草津温泉という、温泉マニアの聖地みたいなところもあるしな」

 夢は広がる。というか、恐らくまどか先輩自身が、すごく行きたいのだろう。そんな気持ちが伝わってきたため、私まで楽しくなっていた。


「いいですね。長野でもどこでも付き合いますよ」


「おお。やる気十分だな。これで、来年以降も我が同好会は安泰だ」

 まるで、会社の行く末を気にする社長のようだ。


 懐が深く、さっぱりしているまどか先輩は、私にとっても付き合いやすい。フィオは言うまでもなく、付き合いやすい。

 唯一の問題は、イマイチ考えが読めない、琴葉先輩くらいか。普段は優しいけど、どうもあの先輩は、まだ完全に心を開いていない気がしていた。腹の底が見えない部分があるし、二面性もあるように思える。


 後は、琴葉先輩ともっと仲良くなれれば、私のスクールライフも、バイクライフもきっと今より、さらに楽しくなるに違いない。


 そんなことを思いながらも、気がつけば1時間以上もお湯に浸かり、風呂上がりには、建物の2階にある食堂で、甲州カツ丼を食べて、散々温泉を満喫していた私だった。


 いよいよ、本格的な温泉ツーリングがスタートする。

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