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温泉ツーリング同好会へようこそ  作者: 秋山如雪
第4章 石和温泉
16/41

16湯目 その先にあるもの

 8月。

 夏休みに入った。


 私の普通自動二輪教習は、続いていたが、すでに全工程の8割はこなし、後は見極め検定と言われる、最終段階をクリアし、卒業検定、いわゆる「卒検」を受けて、合格するだけとなった。


 その間、私は部活動を自粛し、バイトに精を出しつつ、教習に注力していた。


 予想外のフィオの応援により、「力」を取り戻した私は、一気に普通自動二輪免許の制覇へと駆け上がって行った。


 本当は、夏休みに先輩たちは、泊りがけのロングツーリングを企画していたらしい。らしい、と言うのは、フィオがこっそり教えてくれたからだ。


 だが、私抜きで、3人だけで楽しむのは、気が引けたそうで、取りやめになったという。


 つくづく、後輩思いの先輩たちだ。


 その期待に応えなければならない。


 そして、8月上旬に見極め教習を無事にクリアし、ついにその時を迎える。


 卒検当日。


 8月中旬。その日は、うだるような暑さだった。

 甲府盆地は、盆地ゆえに、真夏になると、風の逃げ道がなくなり、灼熱地獄と化す。ましてやこの地球温暖化全盛の昨今。


 下手をすれば、東京の都心よりも暑い。


 けれど、バイクに乗るためには、「半袖」は厳禁で、もちろんスカートや短パンも許されていない。その辺りは、自動車学校では特に厳しい。


 仕方がないから、薄い夏用のジャケットを着て、少しでも涼しくなるために、中にメッシュの入ったチノパンを履いてきた。


 そして、その卒検で。


「瑠美! 応援に来たぞ」

「大田さん。がんばって」

「瑠美! Forza(フォルツァ)! Buona(ボナ) Fortuna(フォルトゥーナ)!」

 何と、先輩たち3人ともが、教習所の外にあるベンチに座って、声援を送ってきていた。


 私がフィオに聞かれて、今日が卒検の日だと教えたからだろう。

 フィオのイタリア語は完璧にはわからなかったが、もう慣れていた私は、恐らく「がんばれ。幸運を祈る」くらいの意味だろうと予想する。


 もっとも、これは返って、プレッシャーになる気がする。


 こんな応援の前では、逆に緊張してしまうような気がする。

 それはともかく、先輩たちの応援が嬉しくないはずがない。


「ありがとうございます。がんばります」

 そう、短く告げて、私はゼッケンを受け取りに、教習所内の中央にある、小さなプレハブ小屋に向かう。


 そこは自動二輪用に設けられた、小さな待合室兼教室で、たまに教官がコースの説明や乗り方の説明をするために使用されていた。


 そして、卒検の時は、待合室になる。


 その日、受講する人は私以外に3人いた。私以外を、受験する順番にたどっていくと。


 一人は20代前半くらいの男子。少しイケメンで、スタイルがいいが、この中では一番運動神経がいいことを、一緒に教習を受けたことがある私は知っていた。


 一人は私より少し年上の大学生くらいの女子。少しオドオドした感じの大人しい子だ。


 そして、最後に30代前半から後半くらいの男性。年齢のためか、さすがに落ち着いていた。


 ちなみに、運がいいのか、悪いのか、私の順番は最後の4番目だった。


 こういう時、共に戦う「仲間」のような彼らには「受かって欲しい」と思うものだ。むしろ周りの人が落ちると、不安になる。


 だが、運命とはわからないもので、最初に意気揚々と出て行った、20代前半のイケメンくんは、あろうことか、踏切前で完全に停止していなかったのを減点され、さらに途中でコースを間違えて逆走し、あっさり教習中止になっていた。


(まさか彼が)

 という思いが、私はもちろんあったが、他の受験者にもあったかもしれない。


 続く、10代後半から20代前半くらいの女子。

 彼女は、いつも自信なさげなところがあって、引っ込み思案なところがある。言い換えれば「弱気」だ。


 それが災いしたのか、一本橋をふらふらと走り、あっさり転落して、卒検中止。


 早くも4人中、2人が卒検自体を、中断されて、落第になっていた。

 まだ誰も、最後まで走れていない。


 さすがに不安になる私。


 だが、3人目の30代男性だけは違った。何よりも、年の功というか、堂々としている。見事にコースをクリアし、一本橋はもちろん、すべての課題を難なくクリアして、完走していた。


(すごい。欠点がない)

 そう思えるほどの、万全の走りだった。あれは合格だろう。


 そして、ついに私の番。


(ああ。緊張する。けど、ここまで来たら、やるしかない!)

 気合を入れて、バイクに向かった。


 バイクはまたがる前から、検定は始まっている。サイドスタンドを払い、ミラーを調整し、後ろを見て出発。


 だが、私は思わぬ「失敗」をやらかすことになってしまった。

 コースを間違えたのだ。そのことに気づいた教官に、マイクで指摘されていた。


 通常、卒検には、今まで教習で走ったコースのうちの、どれかを選んで実施されるが、いつもやるAコースと、たまにやるBコースを間違えていた。この日は、Bコースだったのだ。


 だが、後で知ったことだが、コースの間違いは、減点対象にならないという。普通二輪や大型二輪の教習は、「減点方式」だから、最初の持ち点、恐らく100点から、いかに引かれないか、が問題になる。


 その意味で、一本橋は、落ちただけで、検定中止、一発失格になるから、厳しい。


 その一本橋。

 1速で上がった私は、早くもフラついていた。ヤバい。これは、落ちるかも。


 そう不安な気持ちが浮かび上がったが、ふと視界に入ったのが、フィオの笑顔だった。心なしか緊張しているようにも見えるが、あの天使のような美少女の顔が、私に勇気をくれる。


 同時に、以前ここで会った時に、彼女が言っていた、唯一のアドバイスを思い出していた。


―瑠美。バイクのキホンは、ニーグリップネ!―


(そうだ。ニーグリップ!)

 思いきり膝をタンクに押しつけた。すると、不思議なほど車体は安定する。


 後は、前を見て、何とか乗り切ることに成功。


 最大の難関を突破した後は、順調だった。坂道発進、S字、クランク、スラローム、最後に急制動。


 いずれも、何とかクリアは出来ていた。


 終わってみると、真夏ということもあるが、思った以上に汗をかいていた。


 結果を待つまでの間が、一番緊張するが、ここで彼女たちに会っては、返ってぬか喜びさせることになるかもしれないから、私からはあえて会わなかった。


 同時に、彼女たちもそれを察してくれていた。


 そして、ついに結果発表。


「大田さん」


 私の名前が呼ばれた。合格だ。ついに私は、普通自動二輪免許を取得することに成功した。


「良かったな、瑠美!」

「おめでとう」

「Congratulazioniコングラトゥラツィオーニ! おめでとう!」

 まどか先輩が、琴葉先輩が、フィオが、それぞれ笑顔で祝福の言葉をかけてくれた。ああ。私は本当にいい先輩たちに恵まれている。


 同時に、ようやく合格できた。そんな幸福な気持ちの余韻に浸っていると、

「ところで、瑠美。もう乗るバイクは決めたのか?」

 まどか先輩の一言で、私は我に返っていた。


 そして、

「あ、そういえば、全然考えてませんでした」

 あっさりそう返すと。


「何だと。なら、ヤマハにしろ。ヤマハはいいぞ。オシャレだ。カッコいい。ヤマハが一番だ」

「何言ってるの、まどか。バイクと言えば、スズキよ。スズキ以外、選択肢はないわ」

「瑠美。ドゥカティは最高ヨ! あのエンジン音。Bravissimo(ブラビッシモ)、素晴らしいネ!」

 3人の先輩たちは、それぞれの思いを、それぞれ乗っているバイクのメーカーをたとえにして、推してきた。


 だが、私は何も考えていなかったわけではなかった。同時に、自分が乗るバイクは、ホンダでも、ヤマハでも、スズキでも、カワサキでもないと思っていた。国産4メーカーのバイク以外を選択肢に選ぶ。


 これは、すでに私が、「変り者」になっている証拠かもしれなかった。


 薄ぼんやりと、乗りたいバイクはあったが、まだ明確には決めていなかった。

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