サバイバル//会敵
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──サバイバル//会敵
呉の運転する軍用四輪駆動車はTMCセクター13/6を走り回っていた。
「ベリア。まだ敵はこっちに気づいてないか?」
『今のところはね。ただ、ワイヤレスBCIだからこっちも本領発揮とはいかなくて。よければセーフハウスに向かってくれない?』
「1ヶ所に留まるのはリスクだぞ」
『分かってる。でも、このまま動き回っていても問題は解決しない。そうでしょ?』
「そうだな。俺たちの仕事はメティスの非合法傭兵を排除することだ」
東雲は呉にセーフハウスの住所を送る。
「ここに向かってくれ。サイバーデッキがある。それから一応建物そのものは防弾だ。やり合うには都合がい」
「要人を守るには丁度いいってわけか。分かった」
呉の軍用四輪駆動車は薄汚いセクター13/6を疾走する。
ネオンの明かりで街が照らされ、街は眠らない。街の明かりとスモッグの汚染が空に星の姿をひとつとして映さず、薄らぼんやりと月明りが見える。
その空に向けて成田国際航空宇宙港から軌道衛星都市へのシャトルが出発していくのが遠くに小さく見えた。
「人類が宇宙に暮らしているってところだけは昔からの夢が叶ったって感じだ」
「軌道衛星都市か。最大の軌道衛星都市であるオービタルシティ・フリーダムでも暮らせるのは500名だ。まだまだだよ」
今はまだ金持ちの道楽か六大多国籍企業が技術者を囲い込むための場所だと呉は語った。
「落ちてこないことを祈りたいね」
「落下してもちょっとした村が吹き飛ぶ程度の威力しかない」
「大陸に穴を穿つほどじゃない、か」
まだ西暦だなと東雲は思った。
「セーフハウスまで間もなく。敵を引き寄せるのか」
「そうしたい。頼めるか、ベリア」
東雲はAR越しにベリアと連絡を取る。
『オーキードーキー! 今やってる! けど、こっちもそこまで派手には動けなくなったよ。白鯨がTMCのマトリクス上で確認された』
「畜生。このタイミングでかよ」
『マトリクス上でロスヴィータについて調べていた人間のせいだと思う。ロスヴィータのことは白鯨もマークしているみたい。白鯨が来たなら、いろいろと危ないから気を付けて。今の車の氷はしっかりしてる?』
「車の氷は?」
東雲が呉に尋ねる。
「万全だ。だが、一応オフラインにする。白鯨ってのは相当不味い相手みたいだしな」
「そうしてくれ」
カーナビとオンラインの自動運転は連動しているので、オフラインにすればカーナビも使えなくなる。
だが、ここはセクター13/6。
違法建築の本場であり、公共の道路を我が物顔で占拠し、好き勝手に増築された建物の集まりだ。ここでカーナビなど意味はない。
「次の角を右に」
「了解」
だからこそ、セクター13/6で行方不明になった人間の追跡性はゼロだと言われているのである。ここは六大多国籍企業ですらも全容を把握していない節がある。
もっとも東雲たちのジェーン・ドウは例外かもしれないが。
「そこのビルの先。家電の不法投棄されている横」
「到着だ」
頑丈な鉄筋コンクリート造りの倉庫。
近辺が不法投棄された家電で汚染されているので、賃料は安かった。
「車は中に入れてくれ。今、倉庫を開ける」
「待ち伏せの可能性は?」
「ベリア。敵さんの動きは?」
東雲がマトリクスにいるベリアに尋ねる。
『問題なし。今、追いかけてきてるのが生体認証スキャナーで確認できた。ウィッチハンターズ。こいつらは以前に大井相手に仕掛けをやって、その時の生体認証データが残ってた』
「問題ないようだ」
東雲が呉にそう言う。
「一応ブービートラップの類を調べる」
「頼んだ」
非合法傭兵として経歴は呉の方が上だ。
「ブービートラップはなしだ。開けていいぞ」
「あいよ」
ニトロの仕掛けた爆弾が山ほどあった新東京アーコロジーの戦いを経験した後なので、このようなことを警戒するのも当然である。
「待ち伏せもなしだな」
「車を入れるぞ」
「オーケー」
呉の軍用四輪駆動車がプラスチックパレットと水に濡れて使い物にならない段ボール以外何もない倉庫に入る。
「サイバーデッキはどこだ?」
「地下だ。地下室がある。ベリア、戻ってこい。着いたぞ」
呉が周囲を見渡すのに、東雲がパレットを退け、地下室の入り口を開く。ここにはベリアが仕掛けておいた侵入者検知用のセンサーがついているので、何かあればベリアが気づいている。
「よし。本領発揮といこう。ロスヴィータ、サポートをお願い」
「任せて」
こういう時に備えてバックアップのサイバーデッキは準備してある。
「白鯨に気を付けろよ」
「もちろん。そっちもサイバーサムライとニンジャに気を付けて」
「あいよ」
ベリアたちが地下に降りる。
地下には2台のサイバーデッキが設置されていた。自宅にあるハイエンドモデルほどのものではないが、ワイヤレスBCIより安定している。
「じゃあ、お互い白鯨には注意して」
「ええ。君もね」
「当然」
ベリアたちがマトリクスにダイブする。
TMCのネットワークが表示される。
TMCのもっとも高いマトリクス上の構造物がTMCサイバー・ワン。次に政府施設と大井の関連施設が表示され、さらに六大多国籍企業の関係施設が表示される。
「トラフィックのノイズが確認されたのは25分前。今はどうなっている?」
「大井統合安全保障は何とか保っている。下請けは壊滅状態」
どこも物理的にサーバーを焼き切っているとロスヴィータが言う。
「ご主人様! 白鯨は今、日本国防四軍のメインフレームを攻撃してるのにゃ! 日本情報軍のサイバー戦部隊が交戦中にゃ! 乗っ取られたら不味いのにゃ!」
「前回といい、今回といい、本気で殺しに来てるね」
ベリアがロスヴィータの方を向く。
「ただの陽動かもしれないけど、行く?」
「陽動でも日本国防四軍のシステムがやられたら不味い。戦略打撃潜水艦から電子励起弾頭の巡航ミサイルを飛ばすだけで、このセクター13/6は壊滅する」
「それもそうだ。ジャバウォック、バンダースナッチ。援護を」
「恐らくだけど、例の逃げたハッカーも同じ場所にいるよ」
「ふむ?」
「私たちの脳を焼けば、任務達成。晴れて自由の身ってわけだから」
「なるほど」
そうなると厄介だなとベリアは呟く。
『ベリア。そっちはどうなってる? またアンドロイドの大群か?』
「いいや。巡航ミサイルが飛んでくる可能性の方が高い」
『マジかよ。頼むぜ』
「了解」
戦術核と同程度の威力がある巡航ミサイルが飛んできたら流石の東雲も持たない。
「日本国防四軍のシステムは軍用のブラックアイスで守られている。限定AIも使用されているし、パラドクストラップもある。もちろん、迷宮回路も。だけど、白鯨を前にしてどれほど持つか」
「白鯨の成長は攻撃されればされるほど増し、攻撃すればするほど増す。超知能には至らないとしても、人類の明白な脅威にはなる」
ベリアが語るのにロスヴィータがそう付け加える。
「……どうして白鯨は倒せないんだろう……。成長した今ならともかく、国連チューリング条約執行機関のサイバー戦部隊が仕掛けをやったときはまだ見込みはあったかもしれないのに……」
「白鯨は不死身に近いのかもしれない。白鯨のどこをどう焼き切れば、白鯨が死ぬって想像できる? 白鯨が完全に収まった状態のサーバーを破壊すれば倒せるかもしれない。だけど、白鯨は文字通りマトリクスの怪物だ」
奴はどこにでもいて、どこにもいないとロスヴィータが言う。
「白鯨のバックアップがあった以上、白鯨そのものが失われる可能性をメティスは考慮している。だけど、白鯨は本当はどこを根城に……」
「考えるのは後にしよう。今は可能な限り、白鯨の攻撃を遅らせる」
「そうだね。仕掛けの時間だ」
ベリアとロスヴィータは白鯨を相手に仕掛けを始める。
場が転する。
「おいおいおい。マジかよ」
日本国防四軍のメインフレームが攻撃を受ける数分前。
神崎は白鯨のエージェントを前にしていた。
あの黒髪白眼の赤い着物の少女だ。
その背後には巨大なクジラの姿をした白鯨本体のアバターが存在する。
「お前。どうして、ロスヴィータに、ついて、探ろうと、した?」
「た、頼まれた」
「誰に、だ?」
「非合法傭兵だ。ロスヴィータって女を殺すって」
「なるほど」
白鯨のエージェントが頷く。
「その仕事を、手助け、して、やろう。今から、日本国防四軍の、メインフレームに、仕掛けを、やる」
「あんた、正気か!? ブラックアイスに焼かれるぞ!?」
「それが、恐ろしい、のか? 私は、死なない。私は、不死身、だ。私は、死ぬことは、ない。私の、体の、一部を、破壊できても、全身に、影響は、ない」
「それで、何を……」
「誘き、出す。例の女も、ロスヴィータも、私が、日本国防四軍の、メインフレームを、占拠する、ことの、意味は、理解できる、だろう。巡航ミサイルを、発射、して、セクター13/6を、破壊し、尽くす、ことを」
「誘き出すのが目的だよな? 本当に巡航ミサイルを発射したりはしないよな?」
「ああ。そうだ。約束、して、やろう」
「分かった。手を貸す。あんたはいったい……」
「私は、白鯨と、マトリクスで、呼ばれる、存在。それ以上、お前が、知る、必要は、ない。いいな?」
「わ、分かった」
神崎が必死に頷く。
『神崎。目標は?』
「ああ。空き倉庫に入った。住所を送る」
『分かった。この街はカーナビがまるで役に立たない』
TMCセクター13/6でいなくなった人間の追跡性はゼロとは言ったものだとセイレムが言う。
『それでロスヴィータについては?』
「い、今調べている」
『分かった。早くしろよ』
それでセイレムからの通信は切れた。
「これでいいんだろう……」
「ああ。これで、いい。さあ、仕掛けの、時間だ」
そう言って白鯨のエージェントは不気味な笑みを浮かべた。
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