サバイバル//サイバー戦
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──サバイバル//サイバー戦
東雲たちを乗せた軍用四輪駆動車は廃車処理施設を目指すと見せかけて、Uターンした。ただひたすら人気の少ない──ただし人がいないわけではないのが重要──延々と続くゴミ処理施設を走り回る。
「敵の動きは?」
「古いタイプの検索エージェントが私たちのことを嗅ぎまわっている。大井統合安全保障の下請けにも侵入したみたい。脱獄囚の中にハッカーがいたのかも」
マトリクスから戻ってきたベリアが東雲にそう答える。
「やばいのか?」
「そこそこ。白鯨ほどの脅威じゃない。こっちで対処できる範囲内だよ」
「じゃあ、そうしてくれ」
「オーキードーキー」
ベリアが再びマトリクスに潜る。
ベリアの向かう先はBAR.三毛猫。十二分に氷で守られたここならば、脱獄囚に見つかることもない。
もっともベリアを見つけて脳を焼き切ろうとしても、ブラックアイスに逆襲されるだけで終わる可能性は高いが。
「ディーがいないBAR.三毛猫、か」
いつもはディーが話しかけてきてくれるが今はそれがない。
それ以外はいつものBAR.三毛猫だ。
早速TMCセクター12/5の脱獄事件に関するトピックを見つけ出した。
「誰かが大井統合安全保障に仕掛けをやって成功したってことだよな?」
「刑務所の運営は厳密には大井統合安全保障の下請けが引き受けてる。街中の生体認証スキャナーと一緒だ。大井統合安全保障の下請けの氷なら抜けるさ」
今流行りのスポーツマンガのキャラのアバターが尋ねるのにアラブ系のアバターがそう返す。
いつもの三頭身の少女とメガネウサギは白鯨関係のトピックに入り浸っているらしい。ここには姿を見せていない。
つまり、この件は白鯨絡みではないということ。
「つまり、そこそこの腕前のハッカーが50万新円と第三国へのチケットを準備して、連中を脱獄させた? ここに顔写真のある連中を殺すために?」
「どうも六大多国籍企業絡み臭いな。単純な怨恨としては、手が込みすぎているし、執着心が高すぎる。だが、六大多国籍企業絡みならば、納得がいく」
「こいつは誰かの仕事ってわけか」
「そういうことだな」
スポーツマンガのアバターとアラブ系のアバターがそう言葉を交わし合う。
「古臭い検索エージェントがうろちょろしているところを見るに、脱獄囚の中にハッカーだった人間がいるな。この手の検索エージェントを作ったのは神崎って男だ。六大多国籍企業に悪戯が過ぎて終身刑くらった奴だよ」
「聞いたことがある。一昔前の伝説だろ。六大多国籍企業相手に何度もクラッキングを成功させたっていう」
「そう、伝説的だった。だが、今や老いぼれだな。最先端に追いついてない。過去の人間だ。こいつをわざわざ逃がすためだったとしたら、この連中の仕事は失敗に終わるだろう」
どうやら、ベリアたちをマトリクス上で追跡しているのは一昔前に有名だったハッカーのようだ。だが、その腕前は長い刑務所暮らしで鈍った、と。
「だけど、基本は押さえているいい検索エージェントみたいだぜ。構造解析したけれど、ちょっと改良すれば今でも通じる。確かにこいつで六大多国籍企業相手に仕掛けをやろうっていうには無謀だが」
「こいつは自分が六大多国籍企業から狙われているってことを理解しているのかね……。大井統合安全保障は今回の不祥事を全力で揉み消すつもりだ。脱獄囚は間違いなく皆殺しってところだぞ」
「分かっているとは思うぜ。だからこそ、この仕事に賭けているんだろう。自分の命のかかった仕事だ。そりゃあ、それこそ必死になってやり遂げようとするだろうさ」
「だとしても、こいつは自分が特定される可能性を考えてない。こんな検索エージェントを流してたら、逆探知されて、脳みそを焼き切られるぞ」
「流石にそこら辺は偽装しているんじゃないか?」
憶測の続くログが流れる。
「実際に接触してみないと分からない、かな」
ベリアはそう呟いてもう暫くトピックに留まる。
「新情報。ヤクザ、チャイニーズマフィア、コリアンギャングが脱獄囚に懸賞金をかけた。連中に脱獄囚の情報を渡せば5万新円だと」
「マジかよ。六大多国籍企業からの依頼を受けたか……」
「受けただろうな。ヤクザのファミリーのひとつはこの前大井を相手に仕掛けをやった連中の逃走を手助けしたから、大井統合安全保障に潰されている。その後釜に大井の息のかかった人間が座る。順当だ」
「チャイニーズマフィアとコリアンギャングは?」
「連中だって金になってヤクザが手を出している商売なら一口噛ませろって言い出すはずだ。成功報酬は5万新円だが、実際に連中に支払われる額は10倍か20倍だぞ」
「そいつは乗らないと損だな」
これでメティスの非合法傭兵が仮に神崎を使っているとしたら、そいつらは犯罪組織から援護を受けられなくなるとベリアは思った。
それだけでもTMCにおいては大幅な戦力ダウンだろう。彼女たちが約束している第三国へのチケットも怪しくなり始めた。
逃走経路は大井統合安全保障とヤクザ、チャイニーズマフィア、コリアンギャングが塞いでいるのだ。そう簡単には突破できない。
「さらに新情報。賞金稼ぎどもが動き始めた。有名無名を問わず、賞金稼ぎが集まってきている。大井は脱獄囚は死体でも構わないと宣言した」
「わお。西部劇の世界になっちまったな。こりゃあ、脱獄囚側がかなりの不利じゃないか……」
「そうだな。ここまで来ると自棄になった脱獄囚側が何をしでかすか、だ」
ここまでになると脱獄囚側も逃げるのに忙しくて、自分たちを狙っている暇はないだろうなとベリアは判断した。
「東雲。脱獄囚はどうにかなりそう。大井統合安全保障、ヤクザ、チャイニーズマフィア、コリアンギャング、賞金稼ぎの大群が脱獄囚を追っている。けど、心配なのは相手側にハッカーがいること」
『ハッカーか。強盗殺人犯や連続殺人鬼に比べたらまだリスクは低い』
「うん。とりあえずハッカーはこっちで相手するから。東雲たちは引き続き動きながら逃亡を続けて。ロスヴィータの情報が一番漏れてるみたいだから、彼女をなるべく生体認証スキャナーに引っかからせないように」
『了解』
東雲たちの生体認証データはそこまで具体的じゃない。ベリアに至ってはほぼないに等しい。ただロスヴィータと呉は昔メティスに所属していたためか、詳細な情報が漏れている。
「相手がどれほどのハッカーかは知らないけれど、こっちも妨害工作を始めないとね」
ベリアは一度BAR.三毛猫からログアウトする。
「ジャバウォック、バンダースナッチ」
「がおー。何なのだ、ご主人様?」
「今から大井統合安全保障の下請けが運営している生体認証スキャナーに仕掛けをやるよ。偽のデータを流して相手を攪乱する」
「了解なのだ!」
場が転する。
「畜生! 連中、生体認証スキャナーに気づきやがった!」
大井統合安全保障の下請けのサーバーに侵入していた神崎はいくつもの生体認証スキャナーに同時にロスヴィータと呉のデータを掴まされていた。
明らかに妨害されている。
だが、ここまでやるということは大井統合安全保障の下請けのサーバーに相手も侵入しているということだ。
「チャンスではあるか……」
しかし、自分の氷は碌な時間がなく、まともに組み立てられていないものだ。正面から戦えば、負ける可能性は高い。
不意を打たなければならない。
それにはこの大井統合安全保障の下請けのサーバーは向いてない。
むしろ、電子戦で自信がないならば、現実で勝負した方がいい。
「しかし、警備ボットも警備ドローンも氷が昔より強固になってやがる。どう勝負したものか」
『おい。神崎、目標はどこに向かっている。廃車処理施設まで来たがいないぞ』
「待ってくれ。今、追っている」
セイレムが急かすのに神崎が焦る。今の神崎はセイレムに生殺与奪権を握られているのだ。密かに走らせている検索エージェントは、ヤクザたちが脱獄囚に懸賞金をかけたと話題になっているのを掴んでいる。
「生体認証スキャナーの情報をリアルタイムで閲覧。廃車処理施設から順に追っていけ。本物が映っているかどうかは自分の目で確かめる」
そうやってデータを閲覧しながらも神崎は急速に氷を組み上げていた。
敵のハッカーと相手をするにせよ、どこかに仕掛けをやるにせよ、氷がしっかりしていなければ脳を焼かれる。
「畜生、畜生。刑務所にいた間に技術が進んでやがる。追いつかねえと、最先端に追いつかねえと。そうじゃねえと仕事をしくじることになる」
アイスブレイカーも最先端のものを準備する。事前に準備されたアイスブレイカーは大井統合安全保障の下請け程度のサーバーならこじ開けられたが、これから相手にするハッカーには通用しない恐れがある。
「最先端だ。俺はいつだって最先端を追ってきた。今回だって」
アイスブレイカーは出回っていたCrazyIvanを改良する。
即座に構造解析して最新の氷を破れるように改良する。
「まだ腕は鈍ってねえ。俺はいける。いける男だぜ。そうさ、やってやるとも」
神崎は自分にそう言い聞かせて作業を続ける。
『神崎、追加発注だ。ロスヴィータって女について調べろ』
「ロスヴィータ? あんたらが殺そうとしている女のことだろ?」
『ああ。どうして奴が死ななければならないか。それを知っておきたい』
「あんたの雇い主はそれを快く思わないんじゃないかね……」
『自由への切符が欲しかったら、やれ』
「畜生。了解」
こいつは間違いなくドラゴンの尻尾を踏むような行為だが、自分だって昔は六大多国籍企業相手に仕掛けをやっていたんだと神崎は考える。
「ロスヴィータ・ローゼンクロイツとそれに伴うデータについて検索。アイスブレイカーも使って調べろ」
神崎が検索エージェントにそう命じる。
その時TMCのマトリクスのトラフィックにノイズが生じた。
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