サバイバル//脱獄
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──サバイバル//脱獄
TMCセクター12/5にある重刑務所は大井統合安全保障の運営する施設で民営刑務所であった。この手の民営刑務所は利益のために過剰な囚人を収容することで知られ、中の環境は劣悪そのものであった。
だが、その日正午12時丁度に一斉に監獄の扉が開いた。
囚人たちはすぐさま外に出て看守に襲いかかった。
看守の方も容赦なく自動小銃から機関銃までを使って応戦したものの、多勢に無勢であり、瞬く間に刑務所は囚人たちの手に落ちた。
『諸君! 六大多国籍企業の支配によってこのような場所に閉じ込められし、同胞たちよ。君たちにチャンスをあげよう』
刑務所の全てのモニターにデフォルメされたペンギンの姿が映り、そう言う。
『これらの人間を殺したまえ。そうすれば第三国への逃走チケットと50万新円を渡そう。言っておくが早い者勝ちだよ』
「こいつらを殺せばいいのか?」
モニターには東雲たちの顔写真が表示される。
『では、諸君の健闘を祈る!』
そう言ってモニターの映像は途切れた。
「50万新円と第三国へのチケットだって。やるしかねえな」
「てめえ。やるのは俺だ。お前は引っ込んでろ」
「んだと! 死ねや!」
そして、起きるのは囚人同士の殺し合い。
これで収容者約2500名のうち約900名が死んだ。
それから殺し合いを回避した囚人たちが外に逃走する。
脱獄発生から5時間後に大井統合安全保障の緊急即応チームが到着し、まだ残っていた囚人を皆殺しにした。これでさらに約700名が死亡する。
大井統合安全保障は緊急事態を宣言し、セクター12/5を封鎖。これによって逃げ損ねた約400名が捕捉され周辺住民に被害を出しながらも射殺される。
残り約500名の囚人はその他のセクターに逃走した。
その中のひとり神崎征也は六大多国籍企業を相手にしたクラッキングを繰り返したとして終身刑の身にあったが、今回の件で逃走することに成功した。
「畜生。大井のクソ野郎ども、容赦なく撃ってきやがる」
神崎は30代前後の大柄な男で、刑務所で暴力を避けるために鍛え続けた経緯がある。大井の民営刑務所は治安が最悪で、殺人から強姦までなんでもありなのだ。
そこで生き残るために体を鍛えて、刑務所の元ヤクザのボスに恩を売った。
だが、そのボスは囚人同士の殺し合いで真っ先に狙われ、殺された。
それから神崎は必死に逃げ続け、通行人を殺して服を奪い、セクター13/1まで逃げてきたのだった。
武器は看守から奪ったID付き自動拳銃一丁だったが、追跡を恐れて汚水の中に投げ込んでおいた。服には通行人を撃った時の血が染み付いており、辺りを警戒している大井統合安全保障に見つかれば終わりだ。
神崎は凄腕のハッカーだったが、彼は自分の生体認証データを消す暇もなく逃げたため、大井統合安全保障の運営する街の中の生体認証スキャナーに引っかかるだけで不味いことになる。
「畜生、畜生。詰んでやがる。ゲームセットだ」
このままでは逃げ切れないが、大井統合安全保障の連中は生きたまま囚人を捕まえるつもりなど露ほどもない。今回の不祥事が表沙汰になる前に口封じ。
どうせセクター二桁台を適当に捜査すれば刑務所にぶち込める新しい囚人は捕まえられる。ヤクザ、チャイニーズマフィア、コリアンギャングがどうぞどうぞと生贄を差し出すだろう。
だから、連中を頼ることもできない。
「畜生。マジで詰んだ」
詰んだ。終わった。たった30と数年の人生だった。
クソみたいな人生だったが、何かチャンスがあればと思っていたのに。
「あー。いたいた。姉御、いたっす。見つけたっす」
そこで女の声が響いた。
神崎は咄嗟に銃を抜こうとしてそれを捨てたことを思い出した。
「おっと。下手な抵抗はしない方がいいっすよ? ゴム弾っすけど当たると滅茶苦茶痛いっすからね」
口径40ミリのオートマチックグレネードランチャーを構えていたのは小柄な女だった。アラブ系に見えるがよく分からない。
「大井統合安全保障に雇われた賞金稼ぎか……」
「あいにく違うっす。よかったっすね。生体認証スキャナー、引っかかってたっすよ」
自分が大井統合安全保障の賞金稼ぎなら殺してると女は言った。
「姉御。こっちっす。神崎征也を確保」
「よくやった、ニトロ」
そこで二本の角を生やした女が現れた。
「神崎征也だな。なんだかんだで生き残ると予想していたから助かった」
「もしかして、あんたらが刑務所を……」
「だとしたら、どうする?」
「50万新円と第三国のへのチケットって話はマジなのか?」
「ああ。その代わり仕事をしてもらう」
二本の角の女──セイレムはそう言う。
「どんな仕事だ……」
「告知してやっただろう。指定された人間を殺す。それだけだ」
「俺は荒事は専門じゃない」
「あんたの人物像をあたしたちが把握してないとでも思っているのか? あんたは反グローバリストのサイバーテロリスト。そんな人間に荒事は期待していない。あんたはマトリクスで獲物を探せばいい」
「それなら……できると思う」
「よろしい。付いてこい。あんたの身柄はあたしたちで保護してやる」
「頼むぜ」
さっきまで詰みだった人生にチャンスが巡ってきた。
神崎はそうとしか思えなかった。
「こっちにもサイバー戦のやれる人間はいるんだが、まあ腕前はあんたの方が上だろう。このサイバーデッキを使ってくれ。氷は準備してある」
「氷は自作しておきたい。時間制限は?」
「ある。大井統合安全保障があんたを見つけるまでだ」
「畜生」
「まあ、今はまだ大丈夫だ。連中もこんなもので移動しているとは思わないだろう」
移動は運輸会社のトラックだった。
トラックの閉じられた荷台にサイバーデッキが設置され、そこに神崎が横たわる。
「出せ」
「あいよー」
運転はダッシュKが務めていた。ご丁寧に運輸会社の制服を着ている。
「最低限の氷は組みたい。じゃないと、相手に脳を焼き切られる可能性がある。いいだろ?」
「好きにしな。大井統合安全保障があんたの脳みそに鉛玉を叩き込むまでの時間は自由時間だ。成果を出せば、外国に高跳びできる」
「ロシアがいいな。あそこは日本に犯罪者を引き渡さないし、六大多国籍企業の進出も遅れている」
「その夢を叶えるためにも仕事をやりな」
セイレムはそう言ってトラックを走らせた。
車のナンバーと車体はマスターキーが偽造して、登録した。表向きは無害な運輸業者のトラックとして扱われ、大井統合安全保障の検問にも引っかかることなく、セクター13/6を目指して進む。
「おい。電波の状態が悪いぞ。セクターを下ってるのか?」
「今のあんたがお上品なセクターに入ったら蜂の巣にされても文句は言えんぞ」
「クソ」
神崎はマトリクスにダイブする。
事前に登録したIDで行動する。このIDは六大多国籍企業に対するクラッキングには使わなかったIDだ。大井統合安全保障のサイバー戦部隊に見つかる可能性は低いだろう。
それから神崎は検索エージェントを組み上げ、目標のデータを入力し、マトリクス上に解き放つ。
「捕まってくれよ……」
神崎はそう祈りながら、東雲たちの情報の検索結果を待った。
神崎が組んだ検索エージェントはマトリクスの深い場所まで潜り込み、マトリクス上から東雲たちの生体認証データや個人名などを探して報告してくる。
とは言えど、検索エージェントでも探せる情報の9割はジャンク。何の役にも立たない情報だ。だが、1割は有益な情報がある。
「見つけたぜ。こいつで間違いないな」
大井統合安全保障の下請けの生体認証スキャナーのデータサーバーに潜り込んだ神崎の検索エージェントがロスヴィータの生体認証データをキャッチした。
目標は真っすぐ廃車処理施設に向かっている。
「見つけたぞ。相手はセクター13/6の廃車処理施設に向かっている」
「そのまま潜ってろ。追跡を続け、相手がマトリクスに接続したら脳を焼き切れ」
「畜生。分かったよ」
周辺の電波施設からマトリクスにダイブしている人間を探す。
ヒット数が多過ぎる上、個人を特定できる情報がない。
「畜生、畜生。どうにかして見つけねえと」
そうしなければ自由への翼は手に入らない。このクソッタレな企業天国のTMCから逃げ出せない。
このクソッタレな大井の企業天国にいる限り、神崎に未来はない。この仕事でしくじればゲームセット。刑務所に連れ戻されることもなく、脳天に鉛玉を食らってお終いだ。
そうならないためにはとにかくこの仕事を成功させるしかない。
そして、ロシアなりなんなりに高跳びだ。50万新円あればロシアなら十分暮らしていける。少なくともまた仕掛けをやれる環境を整えれば。
「どこにいる……。脳みそを焼き切ってやるよ……」
かつて反グローバリストとして六大多国籍企業を敵に回した男は自分が六大多国籍企業のために使われていることに全く気付いていなかった。
気づいたとしても選択肢はないにしても。
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