肉体改造の是非
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──肉体改造の是非
東雲には疑問なことがいくつかあった。
まずは呉は自らの意志で四肢を切断し、人工のものに入れ替えたのだろうかということ。どうしてそんなことをしようと思ったのかが疑問だった。
「なあ、呉。あんた、自分の意志で四肢を斬り落としたのかい……」
「まさか。子供のころにスクールバスが酷い自動車事故に遭ったんだ。それで四肢を失って、最初はアスリート向けの義肢をつけていた。それでも金がかかってな」
医療費だけで破産しそうになったと呉は語る。
「そして、とうとう両親が過労死して、俺は医療費を払うために働き始めたんだが、そこでジョン・ドウと出会った。ジョン・ドウは俺の医療費を肩代わりする代わりに、四肢を完全に機械化してサイバーサムライをやれと」
「乗ったのか?」
「医療費はいくら働いても払えそうになかったし、乗ったよ。四肢と随伴する筋肉と器官を機械化して、俺はサイバーサムライになった。最初に殺したのはしけた電子ドラッグの売人」
「俺たちと似たようなものか」
「忠誠度テストって奴だな。六大多国籍企業ならどこも同じだろう。まずは軽い殺しをやらせて、どれほど忠実かを確かめる」
そうやって忠誠度を見定めてから使い捨てにするか、あるいは使い続けるかを選ぶというわけだと呉は語った。
「そして、晴れて選ばれれば企業の犬ってわけだな」
「そういうことだ。俺は忠実に殺し続け、企業の犬になった」
「そして、今回は仕事にしくじって企業から追われる身、と」
企業の犬ってのもご主人様は愛護法に違反してるぜと東雲は呟いた。
「そういうものさ、企業ってのは。特に六大多国籍企業ってのははな。俺にとっては重くのしかかっていた莫大な医療費の負担も、企業にかかれば一瞬で支払い完了。連中は動かしている金の規模と人の数が違う」
「俺たち底辺はこそこそ生きるしかないわけだ。世知辛い」
「あんたらは恵まれている方だぞ。風雨が凌げる家。ハイエンドのサイバーデッキ。毎日三食の食事。世の中には路地で寝て、一日中ボロボロになったウェアで夢を見て、二日に一食って人間もいるんだ」
「確かにそう言われれば恵まれている方かもな。いつ使い捨てにされるか分からないリスクを除けば」
「まあ、それはこの界隈の人間全てに言えることだ。俺を雇っていたジョン・ドウも今頃はどうなっているか」
今頃は物理的にクビかもなと呉は全くの他人事のようにそう言った。
「ジェーン・ドウがやたらと高圧的なのも分かった気がする。奴らも自分の首がかかっているんだな。とは言え、あのジェーン・ドウは」
「あのジェーン・ドウは何かあるのか?」
「いや。何でもない。忘れてくれ」
ジェーン・ドウの正体が悪魔であることを明らかにするのは得策ではないだろう。
「しかし、今日日の世の中、そう簡単に肉体を改造できるものなんだな。猫耳先生でも驚いたが、四肢を完全に機械化して、それでいて以前よりも身体能力が向上しているなんて考えられない世界だぜ」
「俺にして見ればあんたの方が驚きだけどな。腹が吹っ飛んだような傷でも次の瞬間には元通りだなんて。あり得るのか……」
呉はそう言って東雲を見る。
「まあ、他人を癒すなんてことはできないが、自分の身体だけならどうにかなる。ちょっとした手品ってところだ」
「手品、ねえ」
「そう、手品。そう思っておいてくれ。説明しても理解できないだろうからな」
東雲はこの世界の、地球の住民に魔術について説明することを諦めていた。
説明したところで、魔力がなければ使えないのだ。ベリアのようにプログラムのコードにして渡すということはできないし、他人が治せるわけでもない。
「あんたのその手品はどこで取得したんだい?」
「ここから遠く離れた場所でさ。俺は二度とそこに行くことはないし、あんたが行っても死が待っているだけだ。あそこは俺たちの行くべき場所じゃない」
「ふむ。俺もそういうものが使えればと思ったんだが」
「諦めな」
もう地球の人間があの異世界に召喚されることはないだろう。魔王は去り、平和が訪れたはずである。
「それより機械化するとどれくらい力が出るんだ?」
「サイバーサムライに必要なのは単純な腕力よりも、反射速度だ。力も人工筋肉次第でかなりでるものの、やはり重要なのは反射速度だ。敵の銃弾を躱し、相手の間隙を縫って獲物を仕留めるには反射速度が重要だ」
「確かにあんたの反射速度はずば抜けていたな」
「俺は自分のことを最高のサイバーサムライだとは思わないが、そう簡単に負けないぐらいの自信はある」
上には上がいるってものだと呉は言った。
「しかし、今後も体を維持していくには金がかかるんじゃないか? その不安はないのかい。ジェーン・ドウがいつまでも食わせてくれるとは思えないぞ」
「そうだな。確かにメンテナンスには金がかかる。そして、この手の仕事に関わっている人間はあっさり引退できるわけじゃない。ジョン・ドウやジェーン・ドウからすれば知りすぎた人間だ」
「だから、殺してしまう。どんな優秀な駒も最後は使い捨てってわけか。やってられねえな」
「だが、そのクソッタレな企業に食わせてもらわなければ、俺たちはそれこそ路地で寝て、電子ドラッグにでも浸るしかなくなる」
「はあ。王蘭玲先生は楽観的に生きろって言ってたけど、こういうことか」
東雲は長く、深いため息を吐いた。
「この世の中、そう簡単には楽観的に生きられないものだ」
「そうらしい。なるべくジェーン・ドウに媚びを売っておくしかないか」
「媚びを売ろうと、逆立ちしようと、ジェーン・ドウは最後にはあんたを消すさ」
呉は達観した様子でそう言った。
「勘弁してほしいぜ。連中のためにせっせと働いているのに最後は使い捨てなんて。昔のサラリーマンより扱いが酷くないか」
「企業に正規雇用されている人間だって知りすぎれば、俺たちのような人間をジェーン・ドウやジョン・ドウが手配して始末する。命の保証なんて、六大多国籍企業の重役にすらない」
社内の権力闘争で脱落すれば、結局は消されるのである。六大多国籍企業の重役であろうと、命の保証なんてものはない。
「生存競争って奴か。随分と原始的な世の中になっちまったな」
「市場の求めに応じ続けた企業の行きついた果てにあるのがこんな世の中だとは、昔の人間は思いもしなかっただろうな」
「全くだ」
もっと未来は輝いているものだとばかり東雲は思っていた。それがこんな野蛮な世の中になっているなど、想像できただろうか?
未来は輝いてるどころか汚染された大気のように鼠色だ。
「さて、これからどう動く? あの家で待ち構えるか?」
「あの家でドンパチされたらかなわんぜ。家主に迷惑がかかる。やるなら、別の場所だ。こちらの迎え撃ちやすい場所。そこに誘き出す」
「できるのかい……」
「まあ、なんとかしてもらうな。なあ、ベリア?」
そこで東雲は後部座席のベリアに声をかける。
「オーキードーキー。任せて。マトリクス上に匿名エージェントを使って情報を流すから。敵もマトリクスからこちらの居場所を探してきたなら、それを逆に利用する」
ベリアはそう言ってワイヤレスBCIからマトリクスにダイブした。
「しかし、迎え撃ちやすい場所というと?」
「周辺にハッキングされるようなものなし。こちらにとって有利な遮蔽物あり。周辺に巻き込みそうな住民なし。そういう場所だ」
「あるのか、そんな場所」
「このTMCセクター13/6についてはそれなり以上に把握しているつもりだ。ここにはゴミ処理施設がクソみたいにある。そこならば丁度いいだろう」
「了解。しかし、ゴミ処理施設のどこに要人を隠す?」
「もちろん、ゴミの中だ。ゴミ処理施設と言ってもいろいろあってな。車両だったりを廃棄するためのものもある。軍用装甲車が廃棄されていたりもする」
「それなら打って付けだな」
「ああ。やってやろうぜ」
東雲は軽い調子で呉にそう言った。
「じゃあ、真っすぐそっちに向かうか?」
「そうするべきだろうな。家で待ち伏せされている可能性も皆無ではない」
「そして、あとは釣り上げるだけ、か」
しかし、そこまで上手くいくだろうかと呉は呟いた。
「まあ、世の中上手くいくことの方が少ないが、それは敵にだって言えることだろう。いつまでも敵に主導権を握られたままってのは気に入らんね」
「それもそうだ。そろそろ反撃しないとな」
「そうそう。今こそ逆襲のときだ」
東雲はそう言って拳を握り締める。
「東雲。残念だけど、君のプランは上手くいかないかもしれないよ」
そこでベリアが声を上げた。
「どうしてだ?」
「セクター12/5にある刑務所で大量脱走事件が起きた。引き起こしたのは恐らく例のウィッチハンターズって連中。逃げた囚人には、私たちの情報が渡されているみたい。私たちを殺せば、報酬があるって」
「マジかよ」
「マジだよ」
ベリアはそう言って渋い顔をした。
「プランBは?」
「ねえよ、そんなもの。こうなりゃ行き当たりばったりだ。このセクター13/6を逃げ回って、大井統合安全保障が事態を収拾するのを待つだけだ」
「了解。居場所については攪乱させておく。ただし、セクター12/5は重刑務所だ。極悪犯が収容されている。死刑判決を受けている人間だっている。全員が君らに敵う能力を持っているとは思わないけれど気を付けて」
「ああ。任せとけ。荒事は俺と“月光”の担当だ」
東雲はそう言ってニッと笑った。
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