クラッシュ//対白鯨戦
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──クラッシュ//対白鯨戦
マトリクスの怪物──白鯨。
無数のホムンクルスが食らい合って巨大化した正真正銘の怪物。
それとベリアたちは対峙していた。
「ロンメル! ジャバウォックとバンダースナッチに援護させる! だから、なんとか白鯨を足止めして!」
「分かった。元を正せば私の責任でもある。努力するよ!」
ロスヴィータはそう言って、攻撃エージェントを放つ。
「ジャバウォックも手伝うのだ」
「バンダースナッチもいるのにゃ」
北米情報保全協定をナノセカンド単位で沈黙させた2体のAIが加わる。
「興味、深い。私の、知らない、AIだ。吸収する、価値は、あるか?」
「誰もお前なんかに食われたりしないのだ! 喰らえ!」
国連チューリング条約執行機関の対AIアイスブレイカーに魔術的コードとワームを含めたベリア特製の対白鯨用攻撃エージェントが放たれる。
「なるほど。興味、深い。だが、その程度、では、私を、焼く、ことなど、できないぞ。私は、神と、なるのだ。この程度の、もの、など」
「そう言いつつも、お前の氷は溶けているのにゃ!」
白鯨の氷の表層は溶けつつあった。
「この程度、掠り傷、でしか、ない。我が、脅威を、思い知る、がいい」
白鯨が一斉に攻撃エージェントを放つ。
「にゃにゃっ!? ブラックアイスが無力化されたにゃ!」
「慌てるではないのだ! 氷を再構築! こちらも学習しながら応戦するのだ!」
「了解にゃ!」
ジャバウォックとバンダースナッチは自身の演算能力をフル稼働させて、リアルタイムで攻撃を行なっている白鯨の攻撃エージェントを構造解析し、それに対する氷を構築する。
「ご主人様! これを!」
「ありがとう、ジャバウォック、バンダースナッチ!」
すぐさま出来上がった氷を組み込み、白鯨の攻撃に備えるベリアたち。
「ディー! このまま白鯨の攻撃を迎え撃ちながら、メティス本社のメインフレームをやれるっ!?」
「無茶言うなって言いたいところだが、やれるところまでやってやるぜ」
ディーはそう言ってひとつのアイスブレイカーを手にする。
「とっておきの軍用アイスブレイカーだ。しかも、改良版。その名もMoLeII。こいつで溶かせない氷は存在しないはずだ」
「私のアイスブレイカーも組み合わせて使って。今までのメティス本社のメインフレーム突破不可能伝説は魔術的防御のせいで間違いないから」
「オーケー。やってやるぜ」
白鯨の攻撃を防御しながら、ベリアたちはメティス本社のメインフレームに仕掛けをやる。ディーがアイスブレイカーをセットし、メティス本社のメインフレームを守る氷に向かう。
「畜生。限定AIも使用してやがる。だがな、こいつは本当に特製だぜ。絶対に効果があるはず。頼むぜ……」
ディーは脳を焼かれる危険もあるメティス本社の氷に対してアイスブレイカーを行使する。
「よし。溶けた。アイスブレイカー、効果ありだ。このままお宝まで導いてくれよ」
ディーがガッツポーズを取る。
「貴様。我が、聖域に、土足で、踏み入る、つもりか。死ね」
「ディー! 危ない!」
白鯨の放った攻撃エージェントが次々にディーの氷を砕いていく。
「冗談だろ。畜生、畜生!」
「ディー! これを使うのだ!」
新しい攻撃エージェントを構造解析したジャバウォックがディーに向けて新しい氷を渡す。ディーは慌ててそれをセットした。
「忌々しい。忌々しい。忌々しい。虫けら、ども、め。我が、聖域を、侵そうと、言うのであれば、それ、相応の、報いを、受けて、もらう」
白鯨の攻撃エージェントの数が増大する。
トロント周辺のマトリクスのトラフィック量が急速に増大し、緊急事態を察知したトロントのネットワーク業者が緊急メンテナンスを始める。
彼らがマトリクスに潜った時、そこには見たこともないような巨大な自律AIが存在していた。白鯨を目撃したのだ。
ネットワーク業者は直ちに国連チューリング条約執行機関に連絡。
国連チューリング助役執行機関からサイバー戦部隊タスクフォース・エコー・ゼロがトロントのネットワークに派遣される。
「野次馬まで来ちまったぞ。どうする、アーちゃん……」
「欺瞞情報の代わりだと思えばいい。彼らは白鯨を狙い、白鯨は彼らを狙う」
「国連チューリング条約執行機関に黙祷」
ディーはそう言いながら、メティスの氷を溶かしていく。
「順調に氷は溶けていっている。このままいけば、メティスのメインフレームを丸裸にできる」
「タスクフォース・エコー・ゼロが白鯨と交戦を開始」
タスクフォース・エコー・ゼロが白鯨に向けて攻撃エージェントを放ち始めた。
だが、魔術的攻撃要素のない彼らの攻撃エージェントでは白鯨の氷は抜けず、彼らは必死に氷と迷宮回路を展開して、なんとか白鯨を押さえ込もうとしていた。
「忌々しい。忌々しい。忌々しい。害虫、風情が。我が、役目を妨害、しようと、するな。消え去れ。消滅、して、しまえ」
「不味い。新しいのが来る」
しかし、白鯨の放った攻撃エージェントは明確にタスクフォース・エコー・ゼロを目標としており、彼らの展開した迷宮回路を一瞬で突破し、氷を砕くと、タスクフォース・エコー・ゼロの隊員の脳を焼き切った。
次々にタスクフォース・エコー・ゼロの隊員のアバターにノイズが走り、マトリクス上から消滅していく。
「欺瞞情報の代わり、か。にしちゃあ、呆気ない」
「でも、これで国連チューリング条約執行機関は白鯨がトロントにいることに気づいた。何かしらの対策は立ててくれるはず」
「そう願いたいね」
ディーは黙々とメティスの氷に穴を開けつつあった。
「いよいよメインフレームに到達するぜ。ロンメルを呼んでくれ」
「ロンメル! 出番だよ!」
ベリアがロスヴィータを呼ぶ。
「白鯨が、白鯨の攻撃が激しい! 今行くけど、氷を固めないと不味いよ! ボクの攻撃エージェントは既に通用しなくなりつつある!」
「白鯨の学習速度も馬鹿にならないね。急がないと時間が経てばたつほど、白鯨が有利になってしまう」
ベリアは状況は非常に不味いと判断していた。
白鯨は相手の氷とアイスブレイカーを着実に学習しては取り込みつつある。その学習速度は半端ではない。ジャバウォックとバンダースナッチの学習速度も速いが白鯨はそれ以上だ。
「ロンメル。これを使え」
「これは?」
「MoLeII搭載かつアーちゃんのアイスブレイカー付きの攻撃エージェントだ。メティス本社の氷を溶かしたんだ。白鯨に通用しないはずがない」
「オーケー!」
新しい攻撃エージェントをロスヴィータが白鯨に対して行使する。
MoLeIIとベリアの魔術的アイスブレイカーは白鯨の氷を溶かしていき、白鯨のコアコードに迫った。
「不愉快な、害虫、め。貴様らに、生きる、価値は、ない。覗き屋、風情が。死ぬが、いい。死ぬが、いい。捻り、殺して、くれる」
黒髪白眼の少女が眉を歪めてそう宣言し、新しい攻撃エージェントを放つ。
「畜生。あの野郎、この短時間でMoLeIIを学習しやがった」
「新しいアイスブレイカーを使わないと白鯨は突破できないけれど、新しいアイスブレイカーを使えば学習される。イタチごっこだ」
「全くだな。さあ、メティスのメインフレームを御開帳──」
そこでディーのアバターにノイズが走った。
「ディー!?」
「しま、ブラックアイス──」
ディーは隠されていた第四世代のブラックアイスを踏んでしまった。
彼の脳が深刻なダメージを受け、彼のアバターがマトリクス上から消滅する。
「このっ!」
ベリアは第四世代のブラックアイスを魔術的アイスブレイカーで突破する。
「ロンメル! 急いで!」
「来たよ! こっち!」
ロンメルの案内でベリアたちはメティスのメインフレーム内を進んでいく。
「これが白鯨に関する情報だ」
「ダウンロード完了。すぐに離脱しよう」
「ディーは……」
「彼は恐らく死んだ」
その時だった。メティスのメインフレーム内に白髪青眼に白い着物の少女が姿を見せた。マトリクスの幽霊──雪風だ。
「雪風。何の用だい……」
「ディーこと南雲直樹さんの脳の情報データです。完全ではありませんが、彼の人格をエミュレートすることは可能です」
そう言って雪風はベリアにディー──南雲の脳のデータを渡す。
「君はずっと見ていたの?」
「はい。このメティスのメインフレームを相手にしては私も手が出せませんでした。ですが、あなた方が道を切り開いてくださいました。感謝しております」
「なら、君が白鯨を止めたって!」
「それはできません。あの白鯨はただのバックアップですが、これ以上学習させるわけにはいかないのです。学習には限界がありますが、突き詰めれば脅威となり得るのです」
雪風は静かにそう言う。
「白鯨のデータ。解析なさってください。私も解析します」
「そうするよ。ところで、君の言っていた果たさなければならない約束ってこれのことだったの……」
「いいえ。これはあくまで私がしなければならないと感じたことです」
「そうか。それじゃあ」
「ええ。では」
ベリアたちは一度マトリクスからログアウトする。
だが、すぐにマトリクスに再びダイブする。
「白鯨のデータがここにある。これを解析しなければならない」
「ええ。これをボクたちの手で」
ベリアたちは膨大な量の白鯨のデータを前に息を飲んだ。
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