TMCクライシス//アーコロジー
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──TMCクライシス//アーコロジー
当てがないというのが一番困る。
「なあ、あんたならどこで毒ガスを撒く……」
「公共交通機関か? 鉄道、バス、航空機」
「密閉された空間なら効果はあるだろうな」
東雲が4歳のとき、地下鉄サリン事件が起きた。世界でも初めての大規模なケミカルテロである。そのことが東雲の頭にはあった。
このTMCも無数の地下鉄と鉄道が走っている。
そのどれかでテロが起きれば、恐らくは大惨事だ。
だが、今のところ確信は得られずにいた。何の根拠もない推論に過ぎない。
いつもならベリアがマトリクス上から情報を拾ってきてくれるのだが、ベリアはベリアでメティス相手に仕掛けの真っ最中だ。今回はベリア抜きでやらなければならない。
「なあ、毒ガスを使うってのはサイバーサムライとしてどうなんだ?」
「サイバーサムライは戦い方に美学があるだけで、仕事の内容は選ばない。というよりも、選べない。大抵のサイバーサムライは犯罪組織か、六大多国籍企業の飼い犬だ。犬はご主人様の言うこと聞くだけ」
「そういうものか」
「そういうものさ」
呉は肩をすくめた。
「じゃあ、相手のサイバーサムライも本気で仕事をやるだろう。仮に相手にサイバーサムライがいたとすれば、だが」
「少人数のヒットチームならば、間違いなくサイバーサムライがいる」
「あんたみたいにか? あんたにはお供が大勢いただろう?」
「ああ。だが、最後の切り札だった」
「確かにあんたは最後の切り札だったな」
畜生。それほどの奴がTMCでケミカルテロを起こそうとしてやがる。
本当に問題はこのクソみたいに広いTMCのどこでテロを引き起こすかだ。
「ジェーン・ドウは欺瞞情報を流したと言っていたが、具体的にどこなんだ?」
「分からん。ジェーン・ドウが喋らないことは大抵相棒のベリアが調べてくれていたんだが、今回は向こうも別の仕事を抱えている。こういう時は自前でどうにかするしかないな」
東雲は久しぶりに精霊の声を聴くことにした。
「おい。風の精霊よ。ここ最近、妙な連中を見なかったかい……」
東雲は汚染されたスモッグに混じる風の精霊に呼びかける。
「あんた、魔力持ちだね。魔力と引き換えに教えてあげるよ」
「ああ。魔力はやる。だから、どこかで何か悪さしている奴がいないかおしえてくれないか」
「あのデカい建物の屋上をうろついている連中が仕事だの仕掛けだの言っていたね。あんたたちのお仲間だろう? さあ、魔力を」
「ほらよ」
「ああ。温かい……」
風の精霊はそう言って飛び去っていった。
「何をやったんだ……」
「精霊にお願いしたのさ。さあ、あのデカい施設がどうにも臭い。しかし、あのデカい建物は一体何なんだ?」
東雲の視線の先には東京湾に浮かぶ巨大なピラミッド状の建物があった。大きさとしては高さは都庁ほどで、横幅は海宮市並みはある。
「あれはアーコロジーさ。あの中に何十万の人間が暮らしている。ということは……」
「テロには打って付けだな」
密閉された空間に何十万もの民間人。
毒ガスを撒くならばターゲットのひとつになる。
「足、あるかい?」
「ああ。四駆がある。免許はあいにく偽造だがな」
「俺もだ。というか、ここ最近免許持った人間の車に乗った覚えがない」
平田は免停状態で、ベリアも無免でリモート運転だったしと東雲は思う。
「新東京アーコロジーはTMCセクター3/1だ。大井統合安全保障ががっちり食い込んでいる。下手なIDはやばいぜ。大丈夫だろうな?」
「大丈夫だ。相棒のお手製だが、これまで取っ捕まったことはない」
「なら大丈夫だ」
俺のIDも成田のセキュリティを掻い潜れたと呉が言う。
「じゃあ、行こうぜ。毒ガスが散布されてからじゃ、中和剤は意味がないんだろ。屋上で何かしてたらしいから、空調システムが狙われているかもしれない」
「俺が毒ガスを撒くとしても空調を狙うな」
「アーコロジーがどういうものか知らないが、大抵そういうのは屋上だろ?」
東雲はそう言ってアパートの屋上から降り、呉の準備した軍用四輪駆動車に乗る。
「ちょっと目立たないか?」
「大丈夫だ。この程度は趣味にしている金持ちも多い」
そして、新東京アーコロジーにいるのは中流階級の連中だと呉は言う。
この国の中流階級というのは絶滅したようでいて存在する。六大多国籍企業に飼われた労働者たち。その中でも上澄みはもっと上等な場所に住むが、中間辺りの層はセキュリティのためにアーコロジーで暮らすのだと呉は言った。
「俺たちは底辺だな」
「ああ。ぶっちぎりで底辺だ」
「底辺らしく仕事に励みますか」
呉が車を出し、TMCセクター13/6からどんどんセクターを駆け上っていく。
途中で生体認証スキャナーや自動車ナンバー自動読取装置があったが、呉と東雲は問題なく通過できた。
そして、どうやら大井統合安全保障は警備を限定AIと警備ボットに任せているらしく、東雲たちはTMCセクター3/1に無事に到着し、改めて巨大な構造の新東京アーコロジーを見上げた。
「でけえな」
「大井の企業アーコロジーだ。中は全員大井の関係者。こんなところに人間を山ほど詰め込んで、メティスの合成食品を食ってるってわけだ」
「食い物は外部から?」
「アーコロジーっていうぐらいだから一部は自前で生産している。しかし、そのラインはメティスの下請けが……」
「そいつだ」
東雲は閃いた。
「メティスの人間でこのアーコロジーに出入りしても疑われない。メティスの食料生産ラインから敵は侵入している。もしくは、その身分を使ってる」
「ちょっと待て。それなら今、この新東京アーコロジーにいるメティスの人間をスキャンしてみる」
呉がワイヤレスBCIでマトリクスに潜る。一瞬ぐったりと車のシートに横たわる。
「いた。中にあるメティスの食料生産ラインはほぼ無人化されてるが2名職員がいると表示された。そいつらかもしれない」
「クソッタレ。それなら空調システムにだって侵入されるぞ」
不味いと東雲が言う。
「しかし、大井の欺瞞情報をメティスは本当に信じたのか?」
「それ以外何かあるか?」
東雲はそう言って新東京アーコロジーに踏み込む。
「待てよ。他に目的があるかも──」
呉も新東京アーコロジーに足を踏み入れた。
『緊急封鎖を実施。緊急封鎖を実施。緊急封鎖を実施』
突然アラームが鳴り始め、新東京アーコロジーの出入り口の隔壁が瞬く間に封鎖される。東雲たちが引き返そうとしたときには遅かった。
「クソ。奴らもう撒くつもりか」
「待てって。ナノマシン型の毒ガスは空調システムに乗せれば隔壁を封鎖したりなんてしなくても、瞬時に広がって瞬く間に殺し尽くす。これは陽動だ」
「陽動?」
東雲が怪訝そうに首を傾げる。
彼はジェーン・ドウから毒ガス散布を阻止しろというが仕事を請け負っているものだとばかり思っていた。
「思い出せ。毒ガスも重要だが、エルフ女を守ることも仕事だろう」
「ああ。畜生。もしかして、連中、あのアパートを特定しているのか?」
「それはないだろう。だが、データハブだ。TMCサイバー・ワン。あそこからならば、マトリクスに潜っている人間を──メティスに仕掛けをやっている人間を特定できる可能性がある」
「そうか。それでこの新東京アーコロジーに大井統合安全保障の注意を向けて……」
「そして、ついでに俺たちも引っかかったわけだが」
呉がじろりと東雲を見る。
「どうせ毒ガスの散布も止めなけりゃならんのだ。さっさとここを片づけて、TMCサイバー・ワンに向かうとしよう」
「了解」
大井統合安全保障のコントラクターたちが隔壁をこじ開けようとする中、新東京アーコロジー内にある無数のモニターにデフォルメされたペンギンの顔が表示された。
『諸君! この新東京アーコロジーは我々“人民の血”が占拠した! グローバリズムという名の帝国主義を押し付ける貪欲な六大多国籍企業の手先よ! 我々はこれより貴様らを断罪する!』
デフォルメされたペンギンがそう宣言した。
「メティスじゃないのか?」
「いや。欺瞞工作だ。反グローバリストを騙って、他社を攻撃するのは六大多国籍企業の間ではよくあることだ。そう意味ではここの攻撃も当たりか」
呉はこの手の事情に詳しいようだった。
「本部、本部。応答せよ。新東京アーコロジーで非常事態発生。テロリストにシステムは制圧された。繰り返す──」
『これより我々はエージェント-27Bという毒ガスをこの新東京アーコロジーに散布する! これは人民の怒りの鉄槌である! グローバリズムに虐げられたものたちの怒りの鉄槌である!』
「本部、本部! テロリストは毒ガスを所持している模様!」
新東京アーコロジーに閉じ込められた大井統合安全保障のコントラクターたちは混乱の中にあり、防毒マスクを装備し始めた。
「あれって効果あるのか?」
「エージェント-27Cは合成繊維を分解する効果もあるし、皮膚からも摂取される。恐らくは意味がない」
「詳しいな。ジェーン・ドウから聞いたのか?」
「前にこの手のケミカルテロに遭遇したことがある」
「そうか」
呉は語りたがらないようだったので、東雲はそれ以上尋ねなかった。
「何はともあれ、仕事をやりますか」
東雲はそう言って新東京アーコロジー内を駆けた。
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