クラッシュ//情報収集
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──クラッシュ//情報収集
メティス本社に仕掛けをやるにはまずは情報収集だ。
ベリアたちはいつものようにBAR.三毛猫を訪れた。
BAR.三毛猫は未だに白鯨関係のトピックが盛り上がっている。
「よう。アーちゃん。それにロンメル、だったか。最近どうだい……」
「やあ、ディー。まずは君にこれを渡しておかないとね」
ベリアはそう言って5万新円を電子取引でディーに渡した。
「この間の白鯨の仕事の報酬。ディーにも手伝ってもらったし、受けとっておいて」
「おいおい。これは紐が付いた金じゃないよな?」
「私が洗浄したから安心して。ジェーン・ドウ、ジョン・ドウと関わり合いになることはないよ」
「なら、ありがたく貰っておくよ」
ディーはそう言って5万新円を受け取った。
「白鯨は進展あり?」
「マトリクス中のハッカーが奴を追いかけている。何人かは脳を焼き切られて殺された。今はそいつらが持ち帰った情報の構造解析中だ」
「やっぱり謎のプログラミング言語?」
「ああ。あのホラー映画に出てきそうな狂気じみた暗号と魔法陣だ。アーちゃんは何か分かったのかい?」
「関わると六大多国籍企業と関わることになるよ」
「そいつは不味いネタだな。だが、興味あり、だ」
「じゃあ、今回も白鯨を相手にする覚悟は?」
「クソ。マジでやばいことやろうとしているな。だが、ハッカーとしては逃せないネタだ。詳細は教えてくれなくてもいい。何をやるかだけ教えてくれ」
「メティス本社のメインフレームに仕掛けをやる」
「おい。ってことは白鯨は」
「詳細を知りたい?」
「いや。いい。ただの覗き魔でいた方が楽な時もある」
ハッカーとして知りたいことと知らない方がいいことのつり合いを取るのはそれなりに経験してきたつもりだとディーは言う。
「しかし、メティス本社のメインフレームか。あそこは都市伝説染みている。人が言うには日本情報軍のサーバーの軍用氷並みかそれ以上だと聞いてるぜ」
「難攻不落、か。その大層な都市伝説を終わらせてやろう」
「お。やる気だな。だが、白鯨がいるとしたらどうする?」
「白鯨には陽動を仕掛ける。そのための情報はある」
ベリアはそう言ってにやりと笑う。
「まさかこの前のコアコードか?」
「その通り。これをマトリクスに流す。白鯨は必死で回収しようとするはず」
「死人が山ほど出るぜ」
ディーは白鯨のコアコードをうっかり拾ってしまった人のことを考えている。
「なるべく個人が拾わないようにする。その代わり企業には拾ってもらう。特に六大多国籍企業にね。六大多国籍企業は白鯨の正体を知りたがっている。食いつくはず」
そして、六大多国籍企業ほどになれば、損害が出ても挽回できるとベリアは言った。それに加えて、六大多国籍企業ならば白鯨の足止めに十分だとも。
「陽動作戦が成功したとして、問題はメティス本社の氷をどうやって溶かすか、だな。手は考えているのか?」
「まだ作戦立案中。それで過去にメティスの件で話題になったトピックがないか、ここに探しに来たの」
「確かあったはずだぞ。メティスに仕掛けをやった連中の話」
そう言ってディーとベリア、ロスヴィータたちはBAR.三毛猫内に設置されたジュークボックスに向かう。
これは過去ログの保管庫だった。
トピックの発言者がいなくなって暫く経つとここにトピックは過去ログとして保管されるようになっている。
ディーはそこからメティスに関する過去ログを探し出した。
「あった。白鯨事件よりずっと前のログだ。メティスのやっているメディホープっていう発展途上国での医療支援サービスで違法な治験が行われているって話だった」
それを調べるのにメティス本社に仕掛けをやった連中がいるとディーは語り、ログを展開した。
過去ログにはアバターの映像も含まれている。
「だから、メティス本社の氷を抜くなんて無理だったんだよ。仮にも六大多国籍企業だぜ? 絶対に失敗する。おまけにカナダ政府はブラックアイスの使用を認めているときた」
仕掛けをやった連中は全員脳みそを焼き切られているとシルクハットを被ったネズミのアバターが発言する。
「それはどうか分からないだろ。メティスが六大多国籍企業なのは確かだが、他の六大多国籍企業のメインフレームに侵入できたって奴の話もある。仕掛けをやってる連中は上手くいっているかもしれないぞ」
それに昔のゲームのキャラクター──そのドット絵のアバターが返す。
「いいや。絶対に無理だ。俺は前にメティスに潜ろうとしたことがある」
「どうなった?」
「失敗した。連中は特殊な氷を使ってやがる。限定AIの氷とも違う、それでいて高度な氷だ。構造解析をしたかったが、防衛エージェントに見つかってな」
帽子ネズミのアバターが肩をすくめる。
「あんたの腕が悪かっただけじゃないのか?」
「いや。六大多国籍企業だぜ。何か特別な技術を持ってるのかもしれない」
「限定AIでもない高度な氷ってなんだよ」
ログが一斉に流れる。
「落ち着け。まずはメティスに潜った連中が戻ってくるまで結論は出せない」
「脳みそを焼き切られてて帰ってこないよ」
「あんたは帰ってこれただろう?」
帽子ネズミのアバターの発言にドット絵のアバターがそう言う。
「よう。俺たちの話してるのか?」
そこで全身に入れ墨を入れた半裸男性のアバターが姿を見せる。
「ほら。戻ってこれたじゃないか」
「危なかったけどな。連中、容赦なくブラックアイスを使ってやがる。脳みそを2、3回焼き切られそうになった」
そう言ってふうと入れ墨男のアバターが息を吐く。
「結果としては単刀直入に言えば失敗。メディホープに関する情報は手に入らなかった。だが、有意義なデータとして連中はがちがちにメディホープに関する情報を守っているということ」
「そいつは臭いな」
入れ墨男のアバターの発言にドット絵のアバターが食いつく。
「おいおい。待てよ。相手は六大多国籍企業だぜ? 連中は研究者の走り書きの一枚だってブラックアイスで守るだろうさ」
企業は、特に六大多国籍企業は産業スパイをクソみたいに恐れているからなと帽子ネズミのアバターが言う。
「ということはメディホープはただの慈善事業じゃないってことになるぜ?」
「また陰謀論かよ」
「ハートショックデバイスのテストだ」
「失せろ、陰謀論者」
「いや。治験はやっているかもしれないけど、合法の可能性もあるだろ?」
「じゃあ、なんで隠すんだよ」
「産業スパイ」
またログが多数の発言者によって埋め尽くされる。
「とにかく、仕掛けは失敗だった。それでも収穫が皆無というわけじゃない。連中の氷の一部を切り取ってきた。本体はもっとデカくて、固いが、表面にも興味深い点がある」
「おい。なんだこれ」
発言が一斉に止まる。
ベリアたちも沈黙していた。
そこにはローゼンクロイツ学派で魔除けを意味する魔法陣が描かれていたのだ。
「フェイクだろ。潜るのに失敗したからって、くだらないものをでっち上げるなよ」
「本物だよ。こいつが俺たちには抜けなかった。既存のアイスブレイカーは効果なし。新しく準備したアイスブレイカーも効果はなかった」
帽子ネズミのアバターが苦言を呈するのを入れ墨男のアバターが否定する。
「MazeRat系列のアイスブレイカーか?」
「ああ。その改良版。大抵の氷は抜けると思っていたが、これがとんと抜けない。なあ、この魔法陣──みたいなコードに見覚えがある奴はいないか」
ドット絵のアバターにそう返し入れ墨男のアバターが列席者たちにそう尋ねる。
「MazeRatで抜けないなんて相当だぞ」
「でも、あれは有名になりすぎたから六大多国籍企業のホワイトハッカーなら対策ぐらいできているだろう」
「外部との通信に割り込んで、氷の反応を読み取り、そこから氷を溶かす代物だからな。外部との通信の際の反応を秘匿できれば」
「だが、MazeRatの改良版なんだろ? 多少なりと効果はあるんじゃないか?」
「相手が対策してたら意味ない」
この時期のBAR.三毛猫はこの話題が一番盛り上がっていたらしく、発言者がわらわらと湧いていく。
「今はMazeRatじゃなくて、この氷に注目してくれ。MazeRatの改良版も見たい奴にはコードを見せるが、この氷は抜けなかった」
そして、沈黙が訪れる。
「こいつがフェイクじゃないって証拠をくれよ」
「あんたが潜ってみてくればいいだろ。俺たちは潜ってきた」
「畜生。マジかよ。俺も同じものに出くわしてたのか……」
帽子ネズミのアバターがそう呟く。
そこでディーがログの再生を止めた。
「有意義な議論はこの辺りまでだ。後は陰謀論とフェイク論争で終わっている」
「MazeRatってそんなに凄いアイスブレイカーだったの?」
「当時はな。今は時代遅れだ。それこそMr.AKとかと比較すれば玩具同然だ」
だが、当時は確かに最先端のアイスブレイカーだったとディーは語る。
「しかし、当時からメティスはこういうものを使っていたのか」
「恐らくはボクが訪れる前から。白鯨の製作者は前々から魔術を使っていたわけだ」
ディーが詳細は聞きたくないと言ったのでオリバーの名前は出さなかった。
「これでもまだ仕掛けをやるかい?」
「もちろん」
ベリアはサムズアップしてそう言った。
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