薔薇の十字//強襲
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──薔薇の十字//強襲
東雲とロスヴィータは宅配のピザを食べていた。
合成品のチーズにサラミにハラペーニョ。どれもそれらしく作られているだけ。
だが、このTMCでその手のことに文句を言ってはいけない。
「ビールはないの?」
「アルコールはない。カロリーフリーのコーラならある」
「じゃあ、それちょうだい」
「ん」
東雲は冷蔵庫からカロリーフリーのコーラを手渡した。
「向こうの食事とどっちが好き?」
「難しい問いかけだな。向こうは食べ物食べているって感触はあった。まあ、調味料が交易の関係で不安定だったりしたけど。けど、味なら合成品でもこっちの方が上。だけど、食ってるのは合成品だと思うとなあ」
複雑なところだと東雲は言う。
「これって、遺伝子改変した大豆やオキアミをタンパク質単位で分解して再構成したものなんだよ。栄養素は外付け。低所得層向けの合成食品はサプリで栄養素補わないといけないんだ」
「サプリなら飲んでる。しかし、この化学薬品感は外付けされた栄養素のせいか」
サラミの脂がなんか臭いと東雲は言う。
「まあ、産業として畜産は死んだからね。今じゃ金持ちの道楽だよ。金持ちが金をかけて、牧場なんて非効率極まるものを作り、下っ端に世話をさせて、できた肉を金持ち仲間で味わうというわけ」
「貧富の格差は広がるばかり、と」
「そう。もはや覆しようがないほどに、六大多国籍企業に富が集中している」
2030年辺りからおかしくなり始めたとロスヴィータは言う。
「昔は民間軍事会社が東京──TMCのお巡りさんをやるなんて考えなかったもんな。ロジスティクスから民間軍事会社まで、か」
「企業は合併と買収を続け、巨大な企業複合体になった」
「そして、あんたはその化け物に喧嘩を売った」
東雲がそう指摘する。
「化け物が本当に化け物だったから喧嘩を売ったのさ。もし彼らにもう少しばかり良心と自制心があったら、ボクだって六大多国籍企業に喧嘩を売るなんて馬鹿なことは考えもしなかったとも」
「六大多国籍企業って時点である程度想像できたんじゃないのか?」
「君はこの合成食料を作っている会社が世界食糧計画に寄付をして、貧しい人々が飢えないように低価格の人工食料を提供しているのに、六大多国籍企業だからという理由で疑うのかい?」
「そりゃあ、まあ。だが、六大多国籍企業だろ? ジェーン・ドウやジョン・ドウがいて、怪しげな仕事をやらせている連中。そいつらを信頼すべきじゃない」
大井にしたところで今回は被害者だが、恨みを買うだけのことはしてると東雲はこれまでのことを思い出して言った。
「確かにボクの見通しは甘かった。六大多国籍企業は所詮六大多国籍企業なんだ。富と権力を独占することだけを考える貪欲なハイエナども。そこに少しでも善性を見出そうとしたボクが間違っていた」
「まあ、やっちまったことはどうしようもない」
「願わくは、この騒動が早期に決着することを祈りたいね」
ロスヴィータはピザを食べる手を止めた。
『東雲? メッセージがあったけど、どうかした?』
そこでベリアが白鯨の対決を終えて東雲との通話に応じた。
「どうもこうも。白鯨を作るのに手を貸したって女を保護している。読み通り、異世界の人間──ハイエルフだ。白鯨を作ったのはメティスだ」
『本当!? 今、どこにいるの?』
「セーフハウスにいる。ジェーン・ドウも知らないはずの場所だ。問題が問題なだけにジェーン・ドウに連絡すると不味いだろ……」
『分かった。でも、本当に白鯨の情報を持っているならジェーン・ドウと取引できるかもしれない。どうせ、ずっとは匿えないんでしょう?』
「7日って契約だ」
7日間は東雲が護衛を引き受ける約束だった。
『マトリクスに繋いで会話……ってのは不味いか。白鯨は撤退したとは言え、自分の製作者を殺すチャンスを狙っているはず。自分の情報が漏れることを防ぐために』
「俺を経由して質問するか?」
『そうしよう』
ベリアがARの向こうのアバターの姿で頷く。
『まず本当にメティスがあれを作ったのか聞いて』
「あれを作ったのは本当にメティスなんだな?」
東雲がロスヴィータに尋ねる。
「間違いないよ。メティスがあれを作った。白鯨と呼ばれるAIはメティス製。メティス・バイオテクノロジーのAI研究のための極秘チームが作った。ボクはそこに所属していたから」
「だ、そうだ」
ロスヴィータの言葉を東雲がベリアに伝える。
『メティスは何の目的で白鯨を作ったか』
「メティスはどうして白鯨を作った?」
メティスは何が狙いなのか。それは長年の白鯨の製作者に対する疑問だった。
「白鯨は世界征服のために作られたのさ。子供染みた妄想だと笑うだろうが、あれにはそれを成せるだけの機能があるんだ。そのことはこれまでの事件のことで知っているだろう?」
「ああ。奴は現実に影響を及ぼせる。なんなら、戦車すらハックする」
白鯨は無人戦車をクラッキングして、乗っ取り、それで攻撃を仕掛けてきた。
『じゃあ、どうして白鯨のコアコードには怨嗟の連なりで出来ているのか。白鯨を作った人なら分かるはず』
「白鯨のコアコードってのにはどうして怨嗟の塊が付いているのだ?」
白鯨のコアコードには攻撃的かつ恨みに満ちた憎悪の連なりがあった。
「それは白鯨が生み出された方法のせい」
「白鯨が生み出された方法──」
そこで東雲が素早く反応した。
「伏せろっ!」
東雲がロスヴィータを押し倒し、ペットボトルのカロリーフリーのコーラが床に撒き散らされる。
それと同時にセーフハウスの玄関が弾け飛んだ。
「畜生。白鯨か?」
『ちょっと待って。今、白鯨はTMCから撤退した。白鯨じゃない』
「じゃあ、大井か? まさか大井の連中が消しに来たのか?」
『それも違う、と思う。大井統合安全保障のトラフィックは通常通り。不審な動きがあるのは──メティスTMC支社』
「メティスか」
東雲は穿たれた玄関からうっすらと軽装攻撃ヘリが見えるのを確認した。
「ロスヴィータ。身体能力強化はどれくらい使える?」
「ボクだって異世界の賢者だよ。それなりには使えるさ」
ゼノン学派ほどではないけれどとロスヴィータは言う。
「よし。ベリア。近くに足を準備してくれ」
『オーキードーキー。それから所属不明機のハックも試してみる』
「ああ。頼む」
東雲は一瞬だが、軽装攻撃ヘリが視界から消えたのを確認した。
こちらから見えないということは向こうからも見えない。
『所属不明機の制御系を一時的に奪取。すぐに奪還される。今すぐ動いて!』
「了解!」
ベリアからの連絡に東雲がロスヴィータの手を引いて走る。
所属不明の軽装攻撃ヘリは攻撃してこず、東雲たちはとあるビルの屋上にあったセーフハウスを飛び出た。
「ロスヴィータ! この高さでも大丈夫か!?」
「ちょっときついかな!」
「分かった! 掴まってろ!」
東雲はロスヴィータを抱きかかえると7階建てのビルから飛び降りた。
そして、そのまま着地する。
「わお。流石は勇者」
「勇者でもミサイルを食らったらお陀仏だ」
そこに“大井統合安全保障”と文字が刻まれた黒い四輪装甲車が走り込んでくる。
『大井統合安全保障から暇をしているのをちょっと拝借。運転はどうする?』
「頼む」
『分かった。乗って!』
装甲車の扉を開き、東雲とロスヴィータが乗り込む。
『軽装攻撃ヘリの制御系が奪還された。飛ばすよ!』
ぐんと加速して装甲車が路地を出て主要道路に乗る。
それと同時に制御系を奪還した軽装攻撃ヘリが旋回して追いかけてくる。
「ロスヴィータ! シートベルトは締めておけ! 連中、まだミサイルを抱えてやがる! 残り3発!」
「分かった! 君は!?」
「ミサイルを迎撃する!」
大井統合安全保障の使用している軽装攻撃ヘリ──スピード・スカウト──とは異なるタイプの軽装攻撃ヘリ──ライト・ハリケーンMK.III──は4発の対戦車ミサイルを搭載可能だった。
そのうち1発は既に東雲たちのセーフハウスに対して使用され、残り3発。
東雲は装甲車の助手席のドアを開けて身を乗り出し、格納していた“月光”を握る。
「“月光”展開」
七本の“月光”の刃が軽装攻撃ヘリに狙いを定める。
そこで軽装攻撃ヘリからミサイルが発射された。
ミサイルは直線を描いて真っすぐ東雲たちの乗る装甲車に迫る。
「撃ち落とせ、“月光”!」
東雲から投射された“月光”の刃がミサイルを迎撃し、空中で爆発させた。
それから間髪容れず、次のミサイルが発射されてくる。
「叩き落とす!」
2発目のミサイルも見事“月光”が空中で撃墜した。
東雲がよく目を凝らしてみると、軽装攻撃ヘリの操縦席は無人だった。
「ベリア。人気のない方向に飛ばしてくれ。軽装攻撃ヘリを撃墜する!」
『オーキードーキー!』
装甲車はさらに加速し、そこから右折して産業廃棄物の処理施設の方に向かう。
『そろそろ人口密集地帯を抜けるよ!』
「了解!」
東雲は軽装攻撃ヘリのローター部位に狙いを定める。
「落ちろ!」
東雲の投射した“月光”の刃が軽装攻撃ヘリのローターを根本から切断し、ローターを失った軽装攻撃ヘリは回転しながら落下していく。
そして、産業廃棄物処理施設の施設内に墜落した。
爆炎が立ち上り、軽装攻撃ヘリは排除され、東雲が一安心したところだ。
「後方から装甲車が来てるよ!」
ロスヴィータがそう叫んだときには遅かった。
後方から迫った四輪装甲車から放たれた対戦車ミサイルは東雲が迎撃する暇もなく、装甲車に迫り、装甲車を弾き飛ばした。
頑丈な装甲車であったことと、敵の狙いが十分でなかったために辛うじて東雲たちは生き残った。東雲は道路に投げ出されて大量に出血するも立ち上がった。ロスヴィータは装甲車の中で失神している。
「クソ野郎ども……!」
東雲は造血剤を五錠口の中に放り込み、飲み下した。
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