ディスポーザブル
本日2回目の更新です。
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──ディスポーザブル
アトランティス・ランドシステムズの雇ったハンター・インターナショナルという民間軍事会社の護送チームは壊滅した。
東雲は護送車両のドアを“月光”でこじ開け、中にある半生体兵器のケージも“月光”でこじ開ける。
半生体兵器を最初に開発したのはメティスという六大多国籍企業で、非常時の自己増殖と戦場でのバイオ燃料の調達を可能にするものだそうだ。
どういう原理で動いているかは知らない。東雲はナノマシンだとか、第六世代人工筋肉だとか言われてもさっぱり分からない。
ただ、言われた通りに半生体兵器のサンプルを回収する。
太い注射器を差し込み、吸い出すようにして回収を終える。
これでお仕事は完了。いや、家に帰るまでがお仕事か。
東雲は小さな金属製の箱に注射器を収めると、護送車両から飛び降りる。
既に遠方からはヘリのローター音がする。それが大井統合安全保障のヘリなのか、あるいはハンター・インターナショナルが差し向けた援軍なのかは分からないが、その音は近づきつつある。
東雲は飛び降りるようにして橋から降りると、すぐに平田の車に乗り込んだ。
「出せ。急げ。ヘリが向かってきてる」
「慌てなさんな。こういう時に急いでいると逆に疑われるってもんだ」
平田はそう言ってゆっくりと車を走らせた。
現場から200メートルほど離れた地点でサーチライトが東雲たちの車に照射される。
『そこの車両、止まれ。繰り返す、そこの車両、止まれ』
「どうするんだ? これでもゆっくり安全運転か?」
ヘリからスピーカーで警告音が響くのに、東雲が平田にそういう。
「分かったよ。飛ばすぞ」
そう言って、平田は新しい電子ドラッグをBCIポートに差し込んだ。
「ふうっ! イエスッ!」
アクセルを全開に踏み込み、平田が車を加速させる。
車は狭い路地を突き進み、TMCセクター9/3から9/4、9/5へとどんどん下っていく。
セクターの前の数字が全体的な治安の良さだとすれば、後半の数字は局所的な治安の数字だと言っていい。つまり、下がれば下がるほど、治安が悪い場所になる。
そして、ヘリの追跡を受けながら、TMCセクター10/2に入る。
ジェーン・ドウが指定したのはセクター10/6。それまでにヘリの追跡を撒かなければならない。ヘリはしつこく追いかけてきており、低空飛行やビルとビルの間を飛行するような危険な飛行も繰り返している。
「なあ、よう! これが終わったら飲みに行かないか! 合成だが美味い酒を出す店を知ってるんだ! 料理も合成品ばっかりだけど美味くてよ! 俺が真っ当に企業の運転手をやっていたときに食わせてもらった場所なんだ!」
平田は完全にハイになっている。
「合成品だけど刺身の盛り合わせとかから揚げとか、美味いんだよ! そりゃ合成品だから食いすぎると腹を壊すけどよう! ああ、あの頃の俺はしゃんとしてたなあ! スーツを着て、重役の送り迎え!」
東雲はそれを聞き流し、上空のヘリを攻撃するタイミングを窺っていた。
「ドアを開いて『おはようございます』って挨拶してさ! 電子ドラッグなんて手を出そうとも思ったこともなかった! それが今ではこの落ちぶれ様! 一度でも事故った運転手にまともな仕事は回ってこねえ! こういう仕事だけさ!」
ヘリが低空飛行して迫ってくる。こちらが発砲しないから安全だと思ったのだろう。
「仕事! 仕事! 仕事! 俺は電子ドラッグを買うために仕事をしてるのか、仕事のために電子ドラッグをやってるのか分からなくなっちまうよ!」
ヘリが低空飛行で迫る。
東雲はしっかりと目標を照準した。
「あの頃に戻りてえなあ! ちゃんとしたスーツ着て、ちゃんとした車に乗って、ちゃんとしたIDで、ちゃんとした仕事がしてえなあ! もう俺はこの手の仕事から降りたいんだ!」
東雲は“月光”をヘリの操縦席に向けて投射する。
“月光”はヘリのパイロットの首を切断し、ヘリがバランスを崩して落下していく。
ガンッと音を立ててヘリが道路に叩きつけられ、ローターが回転しながら、地面を削る。そのままヘリは数十メートル進み、そしてローターが折れて止まった。
「ああ……。終わったのか?」
「終わった。セクター10/6に行け。依頼人が待ってる」
「クソ。もうこのウェアは効かなくなっちまった。もっと派手なウェアが必要だ。向精神薬のオーバードーズで死んだ奴のウェアなんていいかもしれないな」
「報酬で買えよ」
「そうする」
だが、東雲は知っている。この男は報酬を受け取ることもなく、死ぬのだと。
もっと正確に言えば東雲が殺すことになる。
使い捨てな駒なのだ。
恐らくは電子ドラッグ依存症なのをジェーン・ドウは好ましく思っていないのだろう。彼女は賢い殺し屋が欲しいと言っていた。なら、同時に賢い運転手も欲しいはずだ。
電子ドラッグジャンキーは賢い運転手とは言い難い。電子ドラッグ欲しさによからぬことをする可能性がある。
「なあ。俺の話聞いてたか?」
「ああ」
「じゃあ、これが終わったら飲みに行こうぜ。俺たちの団結を祝って」
「そうだな」
あんたは死ぬんだよ。我らがジェーン・ドウにとってはあんたは使い捨てなんだ。
「セクター10/6のどこだった?」
「廃品回収施設」
「分かった」
平田は車を安全運転で走らせる。
ここはセクター13/6ではない。治安は悪い方だが、大井統合安全保障が警備に当たっている。余計な目を引く行為はご法度だ。
彼らの余計な目を引きたくなければ安全運転でことを終わらせるべきだ。
「なあ。何かウェアもってないか? なんでもいいんだ。ないと落ち着かなくてさ」
「残念だが、持ってない」
「そうかい」
それから十数分ずっと平田は唸っていた。
それから車が何度か曲がり、廃品回収施設の看板が見えてきた。
狭い道を進み、廃品回収施設から漂ってくる化学薬品臭に眉を顰め、積み重なった旧式自動車──内燃機関で動くもの──やテレビ、パソコンなどを眺める。
キーボードやマウスのあるパソコンを見つけたときは、それを使ってインターネットができないだろうかと思ったが、それらは長年の風雨にさらされて、動かなくなっているのは確実だった。
ジェーン・ドウは廃品回収施設の中から出てきた。廃品回収施設のトラックが止まっている。そこには武装した民間軍事会社のコントラクターらしき人間がいた。
「お土産は?」
「ここだ」
東雲は素直に注射器の入ったケースを渡した。
「確かに」
中身を見てジェーン・ドウが頷く。
「なあ、俺の報酬はウェアにしてくれないか……。頭がごちゃごちゃしてるんだ」
そこで平田がそう言う。
「使い捨てだ」
「なんだって?」
「ローテク野郎」
東雲は“月光”を抜く。
「おい。そんな。まさか。俺たちはチームだろう? 裏切るっていうのかよ?」
「あんたとチームを組んだ覚えはない。足が欲しかっただけだ」
「畜生、畜生、畜生」
東雲はそれから何も言わず、平田の首を刎ね飛ばした。
頸動脈からまだ生きている心臓の鼓動に合わせて血液が噴き出す。
「ご苦労。報酬だ。BCI手術、受けるつもりになったか?」
「受けるよ」
そこでベリアがそう答えた。
「オーケー。この住所のクリニックに行け。信頼できる医者だ。腕前も一流」
それからベリアとジェーン・ドウが東雲を呼ぶ。
「血が足りないなら合成食品ばかり食ってるな。医者に診てもらえ」
「ああ」
東雲の顔は青ざめていた。貧血だ。
「じゃあな、ローテク野郎。次の仕事までにはBCI手術、終わらせておけ」
ジェーン・ドウはそう言って去った。
平田の死体はコントラクターたちの手によって廃品物の中に投げ込まれた。
「ベリア。BCI手術を受けるのはお前の自由だ」
「うん」
「けど、電子ドラッグだけはやるなよ」
「もちろん」
東雲たちは約束して、クリニックに向かった。
クリニックはTMCセクター13/6にあった。
TMCセクター13/6に。
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