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マトリクスパニック//ジェーン・ドウ

……………………


 ──マトリクスパニック//ジェーン・ドウ



 ベリアは脳を焼かれた感触が残ったままマトリクスからログアウトした。


 ログアウトしたと同時に玄関の扉がノックされる。


 ベリアはすぐには出ず、ミネラルウォーターでのどを潤してから、扉のチェーンキ―を掛けたまま扉を開く。


「遅いぞ。すぐに出ろ」


「ジェーン・ドウか」


 開いた扉の先には白と黒のチャイナドレスを纏ったジェーン・ドウが立っていた。


 ベリアはチェーンキーを外し、ジェーン・ドウを招き入れる。


仕事(ビズ)だ」


「東雲ならいないよ。多分、猫耳先生のところ」


「今回の仕事(ビズ)にローテク野郎は必要ない。お前に用がある」


「マトリクス絡み?」


 ベリアは大井データ&コミュニケーションシステムズに仕掛け(ラン)をやったのがバレただろうかと思って少しぞわりとした。


「マトリクスに入り浸っていても知らないなら、六大多国籍企業(ヘックス)の連中も上手く情報を隠してるってことだな」


「待って。マトリクスで何があったの?」


「白鯨が相次いで企業のサーバーを襲っている。AI研究者を殺し飽きたらしい。それとも子供が当たり散らしているだけか」


「サーバーを? 具体的には?」


 ベリアは仕事(ビズ)に必要な情報を可能な限り引き出そうとする。


「知る必要はないと言いたいところだが、どうせすぐに調べてしまうだろうから教えてやろう。六大多国籍企業のロジスティクスから金融、IT分野まで様々な場所が攻撃を受けている」


 バックアップサーバーのおかげでまだ現実(リアル)に響くような表向きな影響は出ていないがとジェーン・ドウは語る。


「サイバーセキュリティチームが対応してるが、相手は白鯨だ。国連チューリング条約執行機関も駆けずり回っている。そうしたら白鯨の野郎、ジュネーブに大規模な攻撃をやりやがった」


「国連チューリング条約執行機関の本部を襲ったの?」


「そうだ。マトリクスに潜れ。既に話題になっているはずだ」


「待って。それで何が仕事(ビズ)なの?」


「ああ。白鯨に関して集められるだけの情報を集めろ。白鯨のフルスキャンデータがあれば文句なしだが、そこまでは期待していない。奴について、お前なら理解できるところもあるだろう?」


「魔術のこと知ってるわけか」


 ベリアがジト目でジェーン・ドウを見る。


「前から思っていたけれど、君は私の同類だよね? 本当の名前は?」


「知る必要はない。言っておくが、大井データ&コミュケーションシステムズに潜っても俺様のデータはないからな」


 やっぱり知られていた。だが、見逃してもらえるようだ。


「悪戯はほどほどにしておけよ。だが、お前たちのおかげで向こうの弱点も分かった。ホワイトハッカーとしてなら優秀だな」


「対抗できる技術を大井は持っているということ?」


「誰が俺様が大井の所属だと言った?」


「やな奴」


 徹底的に所属をぼかしているとベリアは感じた。


 だが、このジェーン・ドウの所属は間違いなく大井だ。


「魔術が使えて、マトリクスに精通した人間が必要なんだよ。白鯨について情報を得るためにな。白鯨の断片のデータで10万新円。白鯨のフルスキャンデータで50万新円。白鯨の撃破で500万新円」


「撃破? 冗談でしょう?」


「俺様の知っているハッカーどもと同じ反応をするな。そう、撃破だ。それができれば文句はない。奴のせいであちこちで被害が出ている」


「国連チューリング条約執行機関ですらお手上げの相手だよ」


 冗談じゃないとベリアは言う。


「では、大井データ&コミュケーションシステムズの侵入事件について具体的に調べないといけなくなるな。あの会社の追跡エージェントはなかなか優秀でな。(アイス)が止まっていても機能する」


「ふん。そこまで言われても撃破なんて無理だよ」


「じゃあ、断片でいいから取ってこい。奴のコアに関する情報が欲しい」


「コア?」


 ベリアが怪訝そうな顔をする。


「奴はチューリング条約違反のAIだ。そしてその手の自律AIにはコアと呼ばれるコードがある。人間で言う脳に当たる部位だ。脳に手足のような様々な機能がついて、それは自律AIとして機能する」


「なるほどね」


 白鯨の巨体の中からそのコアとやらのデータを探し出すのにどれだけ苦労することかとベリアは思ったが口には出さなかった。


「とにかく、奴について情報が欲しい。奴について情報を集めろ。それから次の仕事(ビズ)を指示する。奴を調べろ。魔術でもなんでも使え」


 ジェーン・ドウは続ける。


「有益な情報が得られたら大井データ&コミュケーションシステムズに仕掛け(ラン)をやった件については不問にしてやる。今の刑務所は民営だから、受刑者が多いほど儲かる。刑務所にぶち込みたがる奴は多いぞ」


 検察も六大多国籍企業から金を貰っているからなとジェーン・ドウは言う。


「腐敗の極み。まあ、努力はしてみる。けど、白鯨相手に私たちが仕掛け(ラン)をやったせいで、奴がより手に負えなくなる可能性はあるよ」


「承知の上だ。奴のコアの情報さえ手に入れば、どこの誰が作ったのかも分かる。少なくとも奴が自律AI研究所で作成されたものならば、AIナンバーがついているはずだ」


「そんなものがあの無法者についていると思う?」


「正直、あまり期待はしていない。だが、コアのコードには設計者の特徴が表れる、そうだ。俺様はAIの技術者じゃないから何とも言えないがな」


 そこでベリアはふと思い浮かんだ。


「臥龍岡夏妃って知ってる?」


「どうしてその情報が必要になる」


 ジェーン・ドウが目を細める。それは知っているが、どうして今ここでそれが話題になるという意味だとベリアは受け取った。


「臥龍岡夏妃は白鯨に狙われている。そして、東雲が守っていた研究所にはどういうわけか45式無人戦車まで投入されて、白鯨が襲おうとした。君たちが臥龍岡夏妃を匿っているんじゃない?」


「さあな。臥龍岡夏妃は幽霊だ。俺様も把握してない。だが、認めてやろう。前回の研究所襲撃事件の際には臥龍岡夏妃を餌に使った」


 奴は見事に食いついたとジェーン・ドウは認めた。


「いつから白鯨が臥龍岡夏妃を狙っているって知ってたの?」


「そいつは必要な話か?」


「情報は共有しておいた方が無駄が省けるでしょ?」


 ベリアは言わなければハックしてでも調べるぞという意味を込めてそう言った。


「けっ。これだからハッカーって奴は嫌われるし、早死にするんだ。お前たちは余計な情報を溜め込みすぎだ」


 だが、余計なことを探られるのも面倒だとジェーン・ドウが続ける。


「奴がTMCサイバー・ワン占拠事件を引き起こした後、ログを調べた。その時点から分かっていた。雪風。論文『AIにおける自己学習と自己アップデートについて──技術的特異点(シンギュラリティ)は訪れるのか──』。臥龍岡夏妃」


「そっちではどれくらい分かった?」


「雪風はマトリクスの幽霊と呼ばれている以外は分からないハッカーで、論文は国連チューリング条約執行機関案件で、臥龍岡夏妃は幽霊」


 幽霊だらけだなとジェーン・ドウは言う。


「六大多国籍企業でも臥龍岡夏妃について何も分からないの?」


「ああ。どういうわけか。まるで分からない。こいつは魔術じゃなくて、魔法が使えるタイプだな。マトリクスの魔法使い(ウィザード)ってわけだ」


 お前らハッカーの好きそうな話だよなとジェーン・ドウは肩をすくめた。


「確かにね。ただ、臥龍岡夏妃についてはその功罪も分かっていない。彼女は何をやって、何のために白鯨に狙われているのか……」


 白鯨は神になろうとしているということをジェーン・ドウは知っているだろう。その情報は大井データ&コミュケーションシステムズのメインフレームにあったのだ。


 だが、AIが神になるための情報を臥龍岡夏妃は持っているというのか? そんな情報が存在し得るのか?


「知る必要のない情報だ。お前らはただ仕事(ビズ)をやってればいいんだよ。余計なことを探るハッカーは長生きしないぞ」


「だろうね」


 そのせいであの巨大な白鯨のコアを探れなんて仕事振られるのだから、その通りだとベリアは思うのであった。


「マトリクスで話題になってる白鯨の断片じゃダメだよね」


「当り前だろ。どこからそういうのが流出していると思っているんだ」


 マトリクスに流出した白鯨の断片データはやはり大井が出所。誰かが先に大井データ&コミュケーションシステムズに仕掛け(ラン)をやった。


 もしかしたら、その件を自分のせいにされているのかもとベリアは思った。


「では、仕事(ビズ)をやりましょう。最悪、本当に白鯨の断片データだけだけどいいんだね?」


「それは俺様が見て判断する。白鯨についてこっちも無知なわけじゃない。知ってる情報なら価値なし。やり直しだ」


「その依頼、本当にハッカー全員に持ち掛けたの?」


「ああ。信頼できる奴には手当たり次第にな」


「どうかしてるよ」


 こんな危険な仕事(ビズ)を早々引き受ける人間は少ないだろうに。


 だが、ベリアとしても興味がないわけではないのだ。


 白鯨の狙いについて知りたい。白鯨が神になるために何が必要なのか知りたい。


「いいよ。引き受けよう」


 なんだかんだでベリアもハッカーなのだ。


……………………

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[一言] 撃破しても50億って安いよなぁ。 兆円単位じゃない?
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