大荒れだったTMC
本日1回目の更新です。
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──大荒れだったTMC
ベリアとディーは東雲から仕事の終了を知らされて、BAR.三毛猫へと向かった。この電子掲示板の連中は大なり小なり噂好きであるがために、今回の事件についても早速噂しているだろうと思われた。
早速トピックが立っている。
“TMCアンドロイド大暴走事件”。
「大暴走事件だってさ」
「確かにあれは大暴走だった」
ベリアが言うのに、ディーが肩をすくめる。
「見てみよう」
「そうしよう」
ふたりはトピックのログを漁る。
「うちのすぐ前の通りをアンドロイドの集団が駆け抜けていったんだ。それから防犯用のテーザー銃でそいつを仕留めてみたら、既に中身が消えていた」
「テーザー銃でハードウェアが焼けちまったんじゃないのか?」
「馬鹿言うな。そんな高威力のテーザー銃は持っていない。それに相手は作業現場の作業補助用のアンドロイドだった。電圧耐性は高いはずだ」
「じゃあ、AIが自殺した?」
ログのほとんどはこんな調子だった。
誰も原因が理解できない。誰も白鯨の仕業だと気づいてない。
「AI研究者の件は漏れてない、か」
「AI研究者?」
「こっちの話」
ディーにもアンドロイドが襲おうとしてたのが、非合法なAI研究者だということは喋っていない。それを告げることで彼が不味い立場になるのを防ぐためでもある。
「議論が堂々巡りだぞ。そもそも暴走したアンドロイドの目的は?」
「いいか。少しばかり思うところがある」
メガネウサギのアバターがそう言う。
「アンドロイドの暴走と言ったら、これまでの事件を思い出さないか。つまりはAI研究者連続殺人事件だ」
「今回暴走したのは研究所の作業補助用のアンドロイドじゃない」
それにTMCセクター11/8から混乱は始まっているんだぞと誰かが言う。
「あんなゴミ溜めにAI研究所なんてないだろう。研究施設はセクター一桁台か、富士先端技術研究所を中心にした高度研究都市にある」
アラブ人のアバターをした男性がそう言う。
高度研究都市──富士先端技術研究所を中心研究部として発展したひとつの街。いくつもの研究所が集まった学園都市。ナノマシンから核兵器研究まで。
「六大多国籍企業の非合法研究者だとしたら?」
メガネウサギのアバターがそう尋ねる。
「もちろん、俺も研究所がTMCのセクター一桁台か、富士先端技術研究所のある高度研究都市にあるものだと思っている」
メガネウサギのアバターは以前ベリアたちに自分もAI研究者だと話していた。
「だが、そこで行えるのはチューリング法違反にならない範囲の研究だけだ。企業がもし、自律AIを求めたらどうする?」
誰もが沈黙する。
「つまり、今回の件は完全に六大多国籍企業絡み?」
三頭身の少女のアバターがそう尋ねる。
「恐らくは。国連チューリング条約執行機関が追っていたのは白鯨じゃない。六大多国籍企業がこっそり開発していた自律AIだ」
わあっと発言者数が増大する。あり得ない。あり得る。陰謀論だ。事実だ。
「静かに! 確かに俄かには信じられない話だが、ここにあるデータがある。AIが自分の脳みそを自分で焼き切る前に採取したデータだ」
メガネウサギのアバターが言う。
「Mr.AKにやられている」
場がざわめく。
「Mr.AKはもう珍しくないアイスブレイカーだ。高校生のガキでもBCI手術を受けているならば、使うような代物だよ」
「だが、Mr.AKはオリジナルとは異なる改変がされている。そこで調べたのだが──」
誰かの指摘にメガネウサギのアバターがテーブルの上にプログラムコードを提示する。Mr.AKオリジナルのものと改変種。それを見て、場がざわめくのがベリアまで伝わってきたし、彼女自身も驚いていた。
「このコードの意味が分かる人間がいるか?」
それはカルネアデス学派による魔法陣と秘匿暗号文字だった。
「魔法陣……? これが改変されたMr.AK?」
「オリジナルとはまるで違う」
「何を学習したらこんなものが書ける?」
場が憶測と驚愕で溢れかえる。
「これが白鯨が我々から学んだことだとすれば、奴の学習機能はイカれている。奴はプログラムの中に魔法陣を刻み込むようなことをし始めた。どうかしているとしか思えない。まるでこの世の技術を嘲笑っているようじゃないか」
腹が立つと三頭身の少女のアバターが言う。
「この魔法陣に見覚えのある人間はいないか? どんな情報でもいい。ゲームだろうと、小説だろうと、マンガだろうと、なんでもいい」
「いいかな」
そこでベリアが声を上げる。
「これは魔法陣だ。この魔法陣はとある魔術カルトで使われていて、その効果は『我らを阻むものを打ち倒したまえ』って意味だ」
実際は呪いと死についても記されていたが、ベリアはこれをお呪いの類だと説明してみせた。異世界の技術なのだ。説明したところで同意が得られるはずがない。
「その魔術カルトというのはカルネアデス学派?」
「!?」
思わぬ発言にベリアが発言者名を確認する。
「ロンメルっていう。この魔法陣が使われているのはカルネアデス学派じゃない?」
そういうのはあるアニメの魔女っ娘キャラのアバターをした女性だった。
「そう、カルネアデス学派のお呪い」
「お呪い? 随分とソフトな言い方。実際は死の呪いに近い呪術だろう」
このロンメルは全て知っているのか? だとしたら、彼女も?
いや、彼女が、か?
「ロンメル。ふたりで話がしたい」
「いいよ。応じよう」
ふたりは魔法陣に関してあーだこーだと憶測を交わすトピックから離れてカウンターにやって来た。
「君が、白鯨を作った?」
「いいえ。ボクは白鯨を作ってない」
ロンメルはすぐさまベリアの疑問を否定した。
「だけど、君はあれをカルネアデス学派の魔法陣だと見破った」
「そう、お互い同郷みたいだね、アスタルト=バアル君?」
ロンメルの魔女っ娘のアバターがにやりと笑う。
「そして、君がそう尋ねるということは、君はボクの後任ではないわけだ」
「後任? 何の?」
「知る必要のないことを知ろうとすべきではないとは言われなかったかい……」
「知る必要がある。君も白鯨の正体には感づいているんだろう」
だから、あの時驚かなかったとベリアが指摘する。
「そうとも、心当たりがある。ところで向こうはどうなった? 魔王軍の侵攻を阻止できたのかい? 竜王ゲオルギウスは?」
「竜王ゲオルギウスは死んだよ。彼の死体を触媒にして、私が召喚され、そして今契約を破棄してここにいる」
「……驚いた。君はそうなると多元宇宙的恐怖という奴なのか?」
「そうとも呼ばれたことはある。でも今はマトリクスを根城にするハッカーだ」
ただの一般市民的な、ねとベリアが言う。
「なるほど、なるほど。吸血鬼たちを味方には付けられたかな?」
「彼らは私が召喚されたときには既に絶滅していたよ」
「そうか。まあ、世は常々そういうものだ」
ロンメルはそう言って肩をすくめた。
「で、白鯨の正体はやはり……」
「カルネアデス学派、ゼノン学派、ローゼンクロイツ学派。恐らくはもっと多くの学派の魔術で作られたホムンクルスがバラバラにされてくっつけられている」
「……バラバラにされただけならば、まだ救いがあっただろう」
「何を知っているの?」
「これ以上は話せない。どこで六大多国籍企業が聞き耳を立てているか分からないし、白鯨そのものだって現れただろう」
ロンメルはそう指摘した。
「君は本当に白鯨を作ってはいないんだね?」
「ボクにその勇気はなかったよ。勇気がなかったんだ」
そう言い残してロンメルはログアウトした。
「意味深な発言。気になるな」
知らない必要性のあることすら調べ抜くのがハッカーだ。まして、知らねばいけないことについてはいうまでもない。
「ジャバウォック、バンダースナッチ。ロンメルというハンドルネームのアバターについて検索して。分かったことは纏めておいて。後で読むから」
『了解なのだ』
ジャバウォックとバンダースナッチがマトリクスの海を漂う。
「さてと、何か話題は……」
ベリアはバーカウンターからテーブルを見渡してぎょっとした。
トピックが立っていたのだ。『“毒蜘蛛”目撃情報』と
“毒蜘蛛”と言えば、間違いなく東雲のことだ。
それを調べているのか? どこまで把握されてしまっているのだ?
戦々恐々とした気持ちでベリアがトピックのログを見る。
「“毒蜘蛛”見つけました! 回転する七本の刃と手に握った一本間違いなしです」
「合成じゃないの?」
「新型のサイバネティックスだろう。テレキネシスが使えるようになるというサイバネティックスの宣伝を見たぞ」
「100%嘘っぱち。これはワイヤーと見たね」
「どんなワイヤーだよ」
どうやら東雲本人よりも“月光”の方が注目を集めているらいし。
「こいつがハンター・インターナショナルを襲撃して、八天虎会の会長を殺って、そんでもってTMCサイバー・ワンに踏み込んで、今回のアンドロイド騒動の中心にいる人間。いったい何者だ?」
「凄腕のサイバーサムライ」
「死神」
「超能力者の方がまだ信じられる。だって、見てみなよ」
トピックのテーブルに画像が広げられる。
「どの写真も顔がぼやけて分からなくなってるんだよ?」
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