保護//逃走
本日1回目の更新です。
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──保護//逃走
『ゼファー・ツー・ゼロよりオーバーロード! 機体の操作権限が剥奪されている! どういうことだ! このままでは墜落する!』
『体当──たりして、死ね────』
『おい! 何だって!? 死ねって言いやがったのか!?』
軽装攻撃ヘリは地上ギリギリのところをローターを傾け、加速しながら突っ込んできていた。ローターは既に地面のアスファルトを削りつつあり、みるみる東雲たちの乗った車に迫っている。
「畜生。畜生。クソッタレめ。今日は厄日か!?」
後ろから迫りくる軽装攻撃ヘリに向かって、東雲は高速回転する“月光”を立ち向かわせる。月光は盾になっているが、遅かれ早かれ、ヘリの墜落とその後の爆発に巻き込まれずには済まないだろう。
ヘリはもう地面に激突寸前。
運命のときが訪れようとしていた。
その時だ。前方に少女が見えた。
白い着物姿の簪を指した白髪青眼の少女──雪風だ。
彼女が東雲たちの進行方向から右を指さすのに東雲が反応した。
「ベリア! 右に曲がれ!」
『ナビには道なんてないけど!?』
「いいからやってくれ! このままじゃお陀仏だ!」
『分かった!』
雪風の指さした地点で右に曲がる。
道があった。
小さな階段で坂道になっている場所を東雲たちの車が揺れながら降りていく。
後方で爆発が生じるのが分かった。軽装攻撃ヘリが墜落したのだ。
ガタンガタンと揺れながら車は降りていく。降りていくというより落ちていくと言った方が正しいのかもしれない。もうブレーキも利いていない。
後方からさらに爆発音が響く。もう1機の軽装攻撃ヘリも墜落したらしい。あるいは撃墜されたか。制御不能になった攻撃ヘリなど撃墜するより他ないだろう。
ここがTMCセクターのどこなのかすら分からないが、少なくとも汚染水はあるようで、汚染水に淀んだ水の精霊の姿が見える。
車は汚染水の流れる川のギリギリ手前で止まり、東雲がはあと息を吐く。
そして、東雲は再び雪風を見た。
彼女はこの川を進むように指示していた。
「なあ、あんた。ARデバイスは持っているか……」
「いいや。ウェアが効かなくなっちまった。また新しいウェアを準備しねーと」
「そうかい。こっちだ。ついてこい」
東雲はどうせこのままならばと雪風の導くがままに進んだ。
雪風は重金属や放射性物質、化学薬品、それらによって変異した病原菌がうようよする汚染水の流れるコンクリートの川岸を進む。東雲たちはただ後をついていった。
そして、雪風が下水道に続くトンネルを指さしたときは流石の東雲も『マジかよ』と思った。だが、金属製の柵は半端に壊れており、人ひとりなら自由に移動できるが、アーマードスーツなら通れないだろう。
今はアーマードスーツからも逃げなければならないとなると、ここに入るのは合理的だ。東雲はハイになった後でふらついている三浦に手を貸し、下水道に入った。
下水道内は電子ドラッグジャンキーと突然変異種の巣窟だった。
四つの尻尾があるドブネズミや、頭がふたつあって疥癬症を起こしたタヌキ。その他、形容のしようのない害獣などがうようよしていた。
電子ドラッグジャンキーは雨風の防げる場所ならどこでもよかったらしく、死人のようにぐったりと倒れている。実際にいくつかは死体だろう。
雪風は道を示し続けていた。
雪風の指示通りに進むと下水道の中で防水加工されたコンソールのある施設に到着した。雪風がコンソールに手をかざすと、施設の強固なシャッターが開き、衛生的なベッドがあり、電気があり、そして冷蔵庫らしきものがある場所が見えた。
「こいつは」
雪風は早く入るように手で促した。
東雲たちが入ると雪風がレバーを指さす。それを下ろすとシャッターが降りた。そして、上げるとシャッターが開く。
「セーフハウスか? 何にせよ、助かった」
東雲がサムズアップするのに雪風は丁寧に頭を下げて消えた。
『東雲、東雲。聞こえる?』
「ああ。聞こえる。何かあったのか?」
『君たちが道路から落っこちてからずっと連絡しようとしていたのに、連絡が取れなかったから心配したんだよ?』
「俺たちが落っこちてから……」
その時には雪風がいた。
まさか雪風がこの部屋に誘導するために通信を妨害した?
いや。ここからは出ようと思えば自由に出られる。いざとなれば“月光”もある。血は足りていないが、造血剤をまた三錠飲んだのでそのうち効いてくるはずだ。
『もしもーし?』
「ベリア。俺たちの現在地は?」
『そこはセクター12/3』
「そうか」
セクター12/1は通りすぎちまったなと思う。
『それからニュースがいくつかあるよ』
「なんだ?」
『君たちを追いかけていたアンドロイドたちは全員が自己を消去した。ハードを焼き切る形でね。復元は不可能。アンドロイドがMr.AKに感染していたのは明らかだけど、どうやって操られていたかのログは消えた』
白鯨は尻尾を掴ませなかったということだとベリアが言う。
「だが、アーマードスーツがあるだろう」
『そう、それ。大井統合安全保障のサーバーを乗っ取った白鯨を大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームが捕獲しようと試みた。無害化は最初から不可能だと思っていたらしい』
「で、どうなった?」
『失敗した。大井統合安全保障のサイバーセキュリティチームは壊滅。白鯨はサーバーを綺麗さっぱりフォーマットした後に、物理的に破壊して、どこかに消えた』
「じゃあ、アーマードスーツへの侵入痕跡なども全部パーかよ」
『そうなるね。とりあえず、大井統合安全保障はバックアップサーバーを緊急稼働させて、事態の収拾を急いでいる』
今はアーマードスーツも制御を取り戻しているはずとベリアは語った。
「で、警備は連中が?」
『既にアーマードスーツと軽装攻撃ヘリを含めた緊急即応チームは撤収して、急遽配備された治安維持部隊が半生体兵器を使って事態をコントロールしようとしているよ』
「半生体兵器って前に分捕った奴か?」
『それ。戦場でのバイオマス転換炉による長時間の戦闘行動可能で、また同様に生物資源を使って増殖する生物学的な兵器。こいつが番犬代わりになって、都市をパトロールしているよ』
「なあ、実を言うとあまり聞きたくないんだが、戦場でのバイオマス転換をってつまり死体を食うのか……」
『そうだよ。こいつらは人間の死体だろうと有害な植物だろうとバイオマス燃料にできる。究極の動力を得た兵器だ。まあ、安心しなよ。こいつらはいつも死体を食っているわけじゃない。緊急時のみだから』
「ぞっとするぜ」
東雲は死体を貪る猟犬どもを想像して身震いした。
『街の治安は回復しつつある。目立ったパニックはもうない。事態は一先ずは鎮静化と言っていいのかな。混乱に乗じた略奪騒ぎなんかもあったけど、そいつらは容赦なく大井統合安全保障のコントラクターたちに銃殺された』
「昔のお巡りさんは発砲しただけで大騒ぎだったんだけどな」
『今は質問は撃ってからだよ』
死体に手錠を掛けるとベリアがからかうように笑った。
『で、そっちは今どこで何をしているの?』
「ああ。例のマトリクスの幽霊──雪風に案内してもらって、セーフハウスらしき場所に隠れているところだ」
『雪風に助けてもらったってこと?』
「そうなるな」
ジェーン・ドウはマトリクスの幽霊は信頼するなと言っていたがと東雲は言う。
『ふむ。今、ジャバウォックとバンダースナッチにログを集めさせているところだけど、どうも誰かがアンドロイドの暴走を防ごうとした形跡があるんだよね』
暴走したアンドロイドを隔壁で閉じ込めようとしたり、電子キーの番号を変えて出られないようにしたり、滅茶苦茶な場合だとリモートタレットを使ってアンドロイドを破壊しようとしたり、とベリアは語る。
「それを雪風が?」
『可能性のひとつとしては。だけど、このハッキングが単独犯だったら驚きだよ。準六大多国籍企業の氷を破って、企業の設備を動かしているんだ。それも複数同時に』
「これまでの連続AI研究者殺人事件の犯人──つまりは白鯨とそいつをやり遂げた人間とどっちが腕は上だと思うかね?」
『間違いなく後者。雪風の方が凄腕のハッカーだね。白鯨は確かに複数のアンドロイドをコントロールしていたけれど、全部手口はセキュリティホールを突いたものだから。アンドロイドのアップデートの瞬間を狙って一撃』
まあ、私たちも同じ手を使いましたけれどとベリアが肩をすくめる。
『対する雪風はセキュリティホールに頼っていない。相手の氷を透明人間のようにすり抜けている。その行為そのものがセキュリティホールを突いているようにも見えるけれど、あれは違う』
ベリアが真剣な表情でそう言う。
『氷を溶かすでも、砕くでもなく、潜り抜けたんだ。氷は視覚化されたマトリクスの中では、半透明な壁に見える。一見すると通り抜けるのは不可能に思える』
ベリアは続けた。
『だけど、すり抜けられるんだ。視覚化されているせいでそう思い込んでしまうだけで、セキュリティは、氷は潜り抜けられる。これは凄いことだよ』
「そいつはいいが、白鯨の方はどうにかならないのか?」
『どうにも。こいつはパワーで破壊していくタイプだ。どんなブラックアイスすらも気にかけない。演算処理にエラーを吐かせて黙らせる。究極のマトリクスにおける押し入り強盗だよ』
ベリアのゴスロリドレスのアバターはお手上げというように両手を上げた。
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