地球の一番長い日//顕現
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──地球の一番長い日//顕現
財団の有する全ての軍事偵察衛星とドローンが、フナフティ・オーシャン・ベースにあるASAの研究施設上空に出現した巨大な鯨と白鯨のアバターを視認していた。
「白鯨が現実に顕現した。なんてことだ」
『財団統合任務部隊-タンゴ司令部より全艦艇へ。白鯨に対する攻撃を許可する。ただちに全ての火力を白鯨に叩き込み、これを抹消せよ!』
日本海軍の駆逐艦から白鯨を見て唸る民間軍事会社のコントラクターたちに財団の司令部から命令が飛ぶ。
財団艦隊から大量の極超音速巡航ミサイルと電磁加速速射砲の砲弾が現実に顕現した白鯨に向けて叩き込まれた。
『財団統合任務部隊-タンゴ司令部よりタイフーン・ゼロ・ワン。爆撃評価を実行し、報告せよ』
『タイフーン・ゼロ・ワンより財団統合任務部隊-タンゴ司令部。白鯨は健在。繰り返す、白鯨は健在。爆撃効果なし!』
フナフティ・オーシャン・ベース上空を飛行するドローンのセンサーには爆撃の影響を全く受けていない白鯨の姿が映っていた。
財団は空母艦載の無人戦闘機も爆撃を実行するも、これもまた効果がなく、白鯨は存在し続けている。
『財団統合任務部隊-タンゴ司令部より水陸両用部隊へ。上陸作戦開始。繰り返す、上陸作戦開始』
そして、攻撃が通じない中で財団は強襲上陸作戦を強行した。エアクッション艇が強襲上陸艦から発進し、無人戦車や歩兵戦闘車、装甲兵員輸送車の揚陸を試みる。
「不味いよ、東雲。財団が白鯨を爆撃したけど全く効果がない。それに加えて財団が本格的な上陸作戦を開始した」
「地獄だな。どうしろってんだ?」
「世界が終わっちゃうかも」
「勘弁してくれ。マジで」
ベリアが肩をすくめるのに東雲がため息。
「お喋りしている場合か。さっさといくぞ。白鯨の本体はここにいるんだろう。最悪、サーバーをぶっ飛ばせばいい」
「了解、セイレム。俺たちは俺たちの仕事をやるか」
セイレムが苛立った様子でそう言い、東雲が渋々動く始めた。
「東雲。雪風からの情報によれば財団の特殊作戦部隊が近くにいる。このまま進めば接敵するぞ。どうする?」
「ぶち殺して進む。それしかない。だろ、八重野?」
「それもそうだな」
東雲が軽く返し、八重野が頷いた。
「私の音響センサーをASAの監視システムと同期させた。これで敵が熱光学迷彩を使用していようとも敵の位置が分かる。そっちにも送信する。ARに表示されるからそれを見て戦闘を行なってくれ」
「グッドジョブ、八重野。やってやろうぜ」
八重野が自身の音響センサーとASAの監視システムの音響センサーを同期させると、財団が送り込んだ特殊作戦部隊の熱光学迷彩を引き剥がした。情報は東雲たちも共有する。
「数は12名ね。全員電磁ライフルで武装してんだろうな」
「他に何を持ってくるってんだ? 水鉄砲か?」
「それだと平和でいいんだけどね。丁度、海も近いしさ」
呉が皮肉るのに東雲がうんざりしながら八重野の後ろから進む。
「いるぞ。クソ、こっちに気づいている! 待ち伏せだ!」
「オーケー! ぶちかませっ!」
八重野が叫び、東雲が“月光”を展開する。
『ウェアウルフ・ゼロ・スリーよりウェアウルフ・ゼロ・ワン。敵のサイバーサムライと接敵。恐らく“ケルベロス”所属だ』
『ウェアウルフ・ゼロ・ワンよりウェアウルフ・ゼロ・スリー。皆殺しにしろ』
『ウェアウルフ・ゼロ・スリー、了解』
東雲たちを待ち伏せていた財団の生体機械化兵が電磁ライフル、グレネード弾、電磁機関銃で東雲たちを出迎えた。
銃弾の嵐が吹き荒れ、一瞬でASAの研究施設が戦場と化す。
「さっさと突破して白鯨をどうにかするぞ。“月光”!」
東雲が叫び、“月光”の少女が召喚される。
「また戦いじゃな、主様!」
「ああ。頼むぜ、“月光”。ブリキ缶野郎どもをジャンクにしてやれ!」
“月光”の少女が刃を構えて東雲の隣に立ち、東雲とともに財団の特殊作戦部隊に対面した。
「俺たちが突っ込む! 続け!」
「了解!」
東雲と“月光”の少女が弾幕を展開する財団の特殊作戦部隊に突撃し、八重野たちが続く。
「おらおら! くたばりやがれ!」
「覚悟じゃ!」
東雲、そして“月光”の少女が生体機械化兵に対して切りかかる。電磁ライフルから叩き込まれる銃弾を弾き飛ばし、肉薄した東雲たちが生体機械化兵を両断。
『クソ。気を付けろ。敵は未知のサイバネ技術を使用している。恐らく偽装投影を利用したリモートエネルギー兵器だ。対サイバーサムライ戦のセオリーに従い、距離を取って交戦せよ』
『了解』
財団の特殊作戦部隊はスモークグレネードを使用して東雲たちの視野を遮断するとありったけの火力を叩き込んで、東雲たちから距離を取るために後退を始める。
「逃がすな! ぶち殺せえ!」
「追撃じゃ!」
東雲と“月光”の少女が逃げようとする財団の特殊作戦部隊を追撃し、追いすがる。敵の放つ銃弾を弾き、グレネード弾を迎撃し、獰猛な獣のように敵を狙い続ける。
『しつこい。サーモバリック弾を使うぞ。戦術リンクで同時交戦だ。準備!』
『了解。リンク接続、コンプリート。いつでも撃てます』
『発射』
複数の特殊作戦部隊のコントラクターたちが戦術リンクによる同時交戦能力によって一斉にサーモバリック弾を発射した。
「不味いっ!」
サーモバリック弾が同時に炸裂し、研究施設の廊下が爆炎と衝撃波に覆われ、破壊の嵐が吹き荒れた。東雲もそれに巻き込まれてしまう。
『やったか』
『待て。生体電気センサーに反応がある。しかし、このパターンは生身の人間だ。まさか機械化していない……』
『そんな馬鹿な』
財団の特殊作戦部隊が狼狽えながらも射撃を続ける。
「内臓がぶっ潰れて血がクソみたいになくなった。ふざけやがって。貧血は俺の最大の敵なんだぞ。造血剤だってもう残り少ないってのに!」
東雲はサーモバリック弾の炸裂の中を生きていた。
内臓が衝撃波で潰れ、骨が折れ、大量出血したものの、元勇者としての意地を見せ、傷を瞬時に回復させると“月光”の刃を財団の生体機械化兵たちに向ける。
「絶対殺す。絶対許さん。死にやがれ、クソ野郎ども!」
東雲が“月光”を高速回転させて敵に向けて突撃。
『撃て、撃て。使えるものは全て使え。相手はあのジャクソン・“ヘル”・ウォーカー以上の脅威だ』
『機械化してもいないというのにどういう絡繰りだ。化け物め』
流石は訓練された特殊作戦部隊のオペレーターの出身である財団の生体機械化兵は突飛な状況であろうと冷静に戦闘を継続していた。
脳に埋め込んだインプラントが平静さを保たさせていることもあるが、それ以上に彼らは修羅場を潜り抜けてきた経験がある。
その正確な射撃が東雲を狙い、高性能大口径ライフル弾が肉と内臓を貫いた。
「クソ、クソ、クソ! バカスカ撃ちやがって!」
「主様! 我が連中の背後に回る! 挟み撃ちじゃ!」
「ああ! やってやろうぜ、“月光”!」
“月光”の少女が加速して第七世代の熱光学迷彩で隠れた財団の特殊作戦部隊の隊列をすり抜け、後方に回り込む。どのような兵器も“月光”には通じず、センサーも捉えることは困難だ。
『偽装投影が抜けたぞ。警戒しろ。あれは交戦能力がある』
『挟み撃ちにされかねない。どうする?』
『ウェアウルフ・ゼロ・スリーよりウェアウルフ・ゼロ・ワン。敵の脅威増大。撤退の許可を求める』
状態を危機的と判断した財団の特殊作戦部隊のコントラクターが指揮官に指示を仰いだ。
『ウェアウルフ・ゼロ・ワンよりウェアウルフ・ゼロ・スリー。財団統合任務部隊-タンゴ司令部から状況ストレンジラブへの移行の可能性が示されている。直ちに合流せよ』
『ウェアウルフ・ゼロ・スリーよりウェアウルフ・ゼロ・ワン。了解。合流する』
指示が下され財団の特殊作戦部隊が撤退を試みた。
「逃がすわけねーだろ。ここで死ね」
「やるぞ、主様!」
だが、東雲が追撃し、“月光”の少女が挟撃。
「さあ、スライスしてやるぜ! 覚悟しな!」
『“ネクストワールド”を使用し、障壁を展開せよ』
東雲が振るう“月光”の刃を財団の生体機械化兵が正確に電磁ライフルで銃撃するとともに“ネクストワールド”による魔術の使用を行う。
「バーカ。もうそいつには備えてあるんだよ。元勇者なめんなよ!」
しかし、東雲の“月光”には障壁砕きが付与されており、容易に基本的な魔術である障壁を引き裂いて、生体機械化兵の首を刎ね飛ばした。
「八重野、呉、セイレム! 敵が総崩れだ! ぶちのめせ!」
「ああ! 東雲に続け!」
財団の特殊作戦部隊が東雲と“月光”の少女に挟み撃ちにされて崩れるのに八重野たちも追撃した。
「よーし! やったぞ。ざまあないぜ、クソ野郎ども」
東雲が壊滅した財団の特殊作戦部隊を見て吐き捨てる。
「ここで止まっている場合じゃない。急がなければ」
「分かってるよ、八重野。進もうぜ。けど、白鯨はもう何かしてるのか?」
「ロスヴィータや王蘭玲からの連絡はない」
「ふうむ。前の事件では世界中の無人兵器がジャックされて大事だったけど、今回は不気味なまでに静かだな。何がしたいんだ?」
「私が知るはずないだろ」
「はいはい。じゃあ、仕事をしましょう」
八重野に急かされて東雲が研究施設内を前進。
「東雲。ちょっと不味い状況になった。ディーが財団のトラフィックを解析してるんだけど、彼ら西海岸に潜んでるアメリカ海軍の戦略原潜に攻撃命令を出そうとしてる」
「おい。まさか、核攻撃か?」
「そう。まだ直接核攻撃を実行するのか、それも高高度爆発で電磁パルスを生じさせるのかは分からない。けど、彼らは核を使おうとしてる」
「クソ。核攻撃なんて喰らったら流石に死ぬぞ」
財団は白鯨に対する艦隊の爆撃が効果がなかったことを受けて、指揮下にあるアメリカ海軍の戦略原潜による核攻撃をオプションに選択した。
「しかし、本当に静かすぎるぞ。前に起きた白鯨事件のときは大騒ぎだった。地球上全てから軌道衛星都市に至るまで。ASAは白鯨を顕現させるのが目的じゃないだろ。白鯨の顕現は何かしらの目的のための手段だ」
「その通りだよ、セイレム。だけど、白鯨は存在するだけで脅威だ。超知能として人類をはるかに上回る技術を有し、そして魔術というこの世界には存在しないはずの技術を使用する。文字通りの化け物」
セイレムが訝しむのにベリアがそう返す。
「基本的に白鯨は以前起こしたのと同じ規模の事件を引き起こせる。世界中の無人兵器、インフラ、マトリクスに繋がれた全てのものをジャックして思い通りに動かせる。財団の艦隊も同様に」
「じゃあ、どうして白鯨は財団を攻撃しないんだ?」
「分からない。けど、ASAは白鯨を現実に顕現させたことで財団の攻撃を凌いでる。もうサンドストーム・タクティカルは壊滅状態だけど、財団の攻撃は無力化されてるし」
「ふうむ。どうも妙な感じだな。白鯨から以前のような狂犬みたいな根性がなくなったみたいな、というか。白鯨なりに考えてるのかもしれないな」
「そうだとすれば猫耳先生の試みは上手く行くかもしれない。そう、白鯨を説得できるかも。彼女が世界を滅ぼしてしまう前に」
「そうなることを神様にお祈りだ」
ベリアがそう言い、東雲がそう言って進んだ。
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