ニイタカヤマノボレ//市街地戦
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──ニイタカヤマノボレ//市街地戦
東雲たちは“ネクストワールド”による死者の世界と現実の接続によって生じたコロンビアの麻薬カルテル“サント・フシール”と白人至上主義ネオナチ集団“アームド・ホワイト”の抗争を避けて進んでいた。
「マジで戦争だぜ。嫌になる」
「厄介なことになっちまったが、こっちはこっちで仕事をせにゃならん。世界が死者で溢れかえる前に」
「あるいは白鯨が世界征服を成し遂げる前に、だな」
呉と東雲がそう言い合って暁の後ろを進む。
「近いぞ。いきなり撃ってくるかもしれないから用心しろ」
「ハローの挨拶代わりにライフルでバンってか。無法極まれり」
暁の警告に東雲がぼやく。
そして、暁について進むと昔はショッピングモールだっただろう建物が見えてきた。構造はショッピングモールなのだが、地対空ミサイル陣地や対空火器陣地、土嚢が積み上げられた重機関銃陣地などがある。
「あれが目的地とか言わないよな?」
「あれが目的地だ」
「あーあ」
暁が軍用装甲車が停止しているショッピングモールの正面ゲートに近づくと武装したサント・フシールの構成員たちが寄ってきた。
「おい。何だ、お前らは? 俺たちが誰だか分かってんだろうな、ええ?」
「落ち着け、兄弟。あんたらのボスの友人だ。エルキン・ラミレスに暁が仕事で来たと知らせてくれ。分かるはずだ」
「ふうん。そこで大人しくしてろ。確認する」
サント・フシールの構成員がそう言ってワイヤレスサイバーデッキから連絡を取る。
「ボス・ラミレスは知ってると言ってるが、生体認証しろと言われてる」
「やってくれ。少し整形したが」
「スキャンする」
サント・フシールの構成員が暁の生体認証を実施した。
「オーケー。行っていいぞ。馬鹿なことはするなよ。殺すからな」
「分かってる、分かってる」
サント・フシールの構成員たちは正面ゲートを開くと、暁たちを通過させた。
「随分とフレンドリーなことで」
「いきなり撃たれても文句は言えない状況なんだ。これでも好待遇と思っとけ」
「へいへい」
暁が進み、東雲たちが続く。
暁はショッピングモールだった建物のテナントのひとつに入った。恐らくはレストランがあっただろうテナントだ。
「おお、暁。久しぶりだな。噂では運び屋の仕事から足を洗ったと聞いてるんだが、俺たちに仕事の話だって?」
「ラミレス。まあ、運び屋は引退したんだがちょっとしたボランティアをな」
問題のエルキン・ラミレスなるサント・フシールの幹部はコロンビア陸軍の軍服を纏ってゴールドの装飾品をたっぷりと装備。そして、首から頬までAR-15ライフルを持った天使の入れ墨を入れている。腰には45口径の自動拳銃だ。
「ボランティアだあ? ジョン・ドウやジェーン・ドウは関係ないってか?」
「そうだ。六大多国籍企業の斡旋した仕事じゃない。あんたも今の混乱は認識してるだろ。通りであんたの部下と“アームド・ホワイト”が戦争してるのを見たぜ」
「あのクソッタレのナチ野郎ども。一度皆殺しにしてやったのに蘇りやがった。信じられねえ。どうなっちまってるんだ、この世の中は。審判の日とやらが来たってのか?」
「違う。宗教は関係ない、ラミレス。問題は“ネクストワールド”ってプログラムだ。そいつが混乱を撒き散らしている。そして、俺たちの仕事ってのはまさにその“ネクストワールド”をどうこうすることだ」
「そいつをどうにかすりゃ、ハワイ王国だのナチ野郎だのはどうにかなるのか?」
「なるはずだ」
暁がそう言うとラミレスはしばらく考え込んだ。
「いいだろう。そっちの仕事を手伝ってやる。だが、条件がある。あんたらの仕事を手伝ってやりたいのは本心だが、クソナチ野郎が俺たちの仕事の邪魔をしてる」
「そいつらをどうにかしろってか?」
「ああ。一時的に押さえ込めればそれでいい。そしたら何だろうと手伝ってやる。格安価格でな。年末の在庫一掃セールだってたまげるぐらいに。どうだ?」
「分かった。武器は貸してくれるか?」
「いいぞ。武器庫から好きなもの持っていけ。部下に案内させる。そっちの連中はサイバーサムライだろ? 俺はサイバーサムライってのは見たことがないんだが、使える連中なのか?」
「イエス。テクノロジーが生んだ化け物だぜ」
「そいつは頼りになるな」
暁の言葉にラミレスが愉快そうに笑った。
それから暁と東雲たちはラミレスの部下に案内されてサント・フシールの武器庫に入った。武器庫には重機関銃や対戦車ロケット、そして自動小銃などがたんまりと保管されていた。伊達にサント・フシールと名乗っていない。
「こいつとこいつを借りるぞ」
暁は大口径自動小銃と手榴弾を手にした。
「ボスからだ。装甲車に乗って前線に向かえと言ってる。現地でこっちの指揮官と合流して、指示を受けろ。指揮官の生体認証データを渡す」
「あいよ」
サント・フシールの構成員が言うのに暁がデータを受け取る。
「じゃあ、行きますか」
「全く。お使いのためのお使いとか、一昔前のRPGかよ」
東雲たちが愚痴りながらサント・フシールの準備した装甲兵員輸送車に乗り込む。装甲車の中は狭くて、シートは固い。
装甲車の無限軌道がガタガタと穴だらけの道路を走り、東雲たちをサント・フシールと“アームド・ホワイト”が戦争と繰り広げている地域に運んだ。
装甲車の重機関銃の銃撃に耐えられる装甲の向こうから銃声が聞こえてきた。
「着いたぞ。降りろ、降りろ。指揮官は近くにいる」
装甲車を運転するサント・フシールの構成員に急かされて東雲たちが戦場になっているホノルルの通りに降り立った。
まさにここは戦場。サント・フシールが立て籠もる建物に迫撃砲が着弾して爆発を起こし、建物からは重機関銃の曳光弾が空を走る。
「指揮官を探さないといけないぜ」
「分かってる。恐らくこっちだ」
東雲が“月光”を握って言うのに暁がサント・フシールが要塞化した建物中に入っていった。銃声が煩くて耳がどうにかなりそうなほどだ。
「ナチ野郎どもをキルゾーンに誘い込め。重機関銃と迫撃砲を主力に集中砲火を浴びせる。この建物とこの建物に新しく重機関銃陣地を構築しろ。建物の占領が市街地戦で勝利する鍵だ。急げ!」
「了解、少佐!」
そして東雲たちは、軍用のタフなワイヤレスサイバーデッキを首に付け、コロンビア陸軍戦闘服とタクティカルベストを装備した男を発見した。男はアメリカ製の自動小銃を手にしながら、部下に指示を出している。
「ウィルマール・ガルシア少佐か?」
「そうだ。お前たちがボス・ラミレスから連絡があった援軍か?」
「ああ。そっちの仕事を助けることになった」
「そいつは助かる。猫の手も借りたいような状況だ」
そこでいきなり建物が揺れた。
「クソッタレのナチ野郎が。さっきから対戦車ロケット弾を撃ち込まれている。建物を制圧するよう指示を出してるが、あのクソ野郎どもいくら殺しても湧いてくるんだ」
「そりゃそうだ。連中は歩く死体だ。いくら殺したって死んでるからそれ以上死にようがない」
「世界はどうなっちまったんだ? これが終末って奴なのか?」
「いいや。ちょっとしたシステムトラブルだよ。世界はこれからも薄汚く続くさ」
現地指揮官であるガルシアが呻くのに東雲がそう軽く返す。
「とりあえず、俺たちは何をすればいい?」
「敵の司令部を叩きたい。敵が無限湧きするなら頭を潰す。そのためにはいくつかの建物を制圧せにゃならん。あんた、ワイヤレスサイバーデッキを持ってないのか?」
「BCI手術は受けてないんでね」
「この世の中にBCI手術を受けてない人間がいるとはね。反生体改造主義者か? キリスト教右派の宗教原理主義者? その手のカルト染みた狂信者にはうんざりさせられる」
「違うよ。俺は神なんて信じてない」
ガルシアが東雲を訝しげに見るのに東雲は首を横に振った。
「ARは付けてる。制圧する建物を教えてくれ。できればそっちのC4Iとリンクさせてくれれば助かるんだが。ほら、友軍誤射はごめんだろ?」
「そうだな。こっちのC4Iへのアクセスキーだ。アドレスはこれ。友軍識別もあるから使ってくれ」
「あいよ」
東雲たちはサント・フシールが有しているC4Iにリンクした。今どきの犯罪組織はちょっと前の軍用レベルの指揮通信能力を有している。独立系民間軍事会社が支援し、システムを構築して、運用しているのだ。
「目標の建物をリンクにアップロードしている。中にいるナチ野郎どもをぶち殺して、制圧してくれ。制圧したらこっちの部隊が後詰で維持する。戦線を作らにゃならん。むやみやたらに広がるのは犠牲が増えるだけだ」
「任せとけ。じゃあ、行ってくる」
ガルシアがC4Iにホノルルにおけるスラムの地図と制圧する建物の情報をアップロードし、東雲たちが動き出した。
「市街地戦だぜ。建物がそのまま陣地になってるし、遮蔽物は多いけど死角になる部分が多過ぎる。ここは慎重にクリアリングしつつ、相互に援護して進むぞ。八重野は俺を援護してくれ」
「分かった」
先頭を進む東雲を八重野が、その後ろを進む呉をセイレムが、相互に死角になる場所をカバーすることとなった。暁は後方を見張っている。
通りではサント・フシールが作った機関銃陣地がけたたましい銃声を響かせて“アームド・ホワイト”の前進を阻止しようしている。サント・フシールが有するアーマードスーツもそれを支援していた。
そこに迫撃砲弾が着弾した。威力からして標準的な81ミリ迫撃砲の砲弾だ。
「迫撃砲!」
「伏せろ、伏せろ!」
陣地にいたサント・フシールの武装構成員たちが地面に伏せ、降り注ぐ迫撃砲弾から身を守ろうとする。砲撃から身を護るための塹壕を掘るのは、ここが市街地であり、アスファルトで覆われた地面のため不可能。
「クソ。砲撃の中を突っ切れってか。どうにかならんのか」
「ベリアたちに支援を要請するというのはどうだ?」
「オーケー。その手で行こう」
八重野の提案に東雲がベリアに連絡する。
『どうしたの、東雲?』
「ベリア。こっちの仕事を手伝ってくれ。俺たちの現在地は分かるか?」
『調べてる。よし、オーケー。把握した。偵察衛星の情報が必要ってところ?』
「いや。ネオナチが迫撃砲で俺たちを砲撃してる。それをどうにかしてくれ」
『オーキードーキー。どうにかしましょう』
ベリアがホノルルのマトリクスから利用できそうなものを探す。
そして、まずはホノルル上空の民間宇宙開発企業の偵察衛星からの映像で砲撃を行なっている“アームド・ホワイト”の迫撃砲陣地を捉えると、そこに向けてジャックした宅配ドローンを突っ込ませる。
爆発する恐れがあるバッテリーを備え付けられている電化製品を輸送中だったドローンが勢いよく迫撃砲陣地に突っ込み、迫撃砲に命中して装填中だった砲弾ごと大爆発を引き起こした。
『東雲。迫撃砲は始末したよ』
「サンキュー、ベリア。前進するぞ」
ベリアからの連絡を受けて東雲たちが戦場と化したホノルルのスラムを進む。
スラムはサント・フシールと“アームド・ホワイト”による混戦状態で、通りの建物から建物に向けて銃火が瞬いている。ときおり対戦車ロケット弾が飛翔して、サーモバリック弾頭のそれが大きな爆発を引き起こしていた。
「滅茶苦茶だな。幸いなのはサント・フシールの連中の場所ははっきりしてるってことぐらいか。向こうにも俺たちの情報は行ってるんだよな?」
「ああ。友軍識別のIDが割り当てられている」
「そいつは安心」
呉が言い、東雲が通りを慎重に進む。
「そろそろ、目的の建物だ。突っ込む準備はオーケー?」
「やってやろうぜ」
東雲たちは“アームド・ホワイト”が要塞化している建物を見た。
建物の外には50口径の重機関銃をマウントしたテクニカル。窓には土嚢が積み上げられて機関銃が二脚を立てて銃撃を繰り返していた。
死者の世界から戻ってきた“アームド・ホワイト”の武装構成員はたっぷりだ。
「あいつら死人だろ。どうするんだ?」
「BAN-DEADを試す。ベリアから試験するように頼まれている」
セイレムが愚痴るのに八重野がそう告げた。
「俺はBCI手術も受けてないローテク人間だからBAN-DEADは八重野たちに任せるぜ。俺はとにかく敵をぶっ潰す。それでいいな?」
「了解。任せてくれ」
「行くぞ。この馬鹿騒ぎを終わらせる」
東雲が手に握っている“月光”の刃が青緑色に輝く。
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