ニイタカヤマノボレ//ダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港
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──ニイタカヤマノボレ//ダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港
東雲たちを乗せた旅客機はハワイ州州都ホノルルにあるダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港の滑走路に静かに着陸した。
暁がパイロットを務める旅客機はエプロンに入り、そこに駐機した。
「なんつーか。ハワイってもっと陽気でいい感じの場所じゃねーの? すげえ暗い感じなんだけどさ。空港にもほとんど飛行機いないし」
東雲が旅客機を降りて、空港を見渡しながらそう言う。
仮にも国際航空宇宙港でありながら、このダニエル・K・イノウエ国際航空宇宙港のエプロンに駐機している旅客機は片手で数えらえるほど。軌道衛星都市と行き来するシャトルに至ってはゼロだ。
「そりゃあ、ハワイにわざわざ来るもの好きなんていないからな。せいぜいアメリカ軍関係者ぐらいだ」
「ハワイと言えば常夏の楽園のはずなんだけどな」
「いつの時代の話だよ。海は毒素で汚染され、ゼータ・ツー・インフルエンザで観光業は大打撃。それまでの産業があらかたなくなって、今ではドラッグ、武器、人間の密売拠点だぞ。コロンビアの麻薬カルテルも拠点をおいてる」
「ろくでもねえ。すぐに出発した方がよくない?」
「準備せずにサンドストーム・タクティカルが重武装で待ち構えているツバルに突っ込むのか? 自殺だぞ」
「そりゃそうだけどさ」
呉が言うのに東雲が空港のターミナルビル内を進む。
空港は碌に掃除すらされておらず、あちこちにゴミや吐瀉物が散らばっている。入国管理はないも同然で、税関には職員がいない。
東雲たちは空港を出て、通りに出る。
「ここからどこに行くわけ?」
「ホテル。予約してあるからそこで作戦会議するよ。んで、行き当たりばったりで悪いけどハワイの犯罪組織にコネがある人はいる? 武器弾薬を調達しておきたい」
東雲が尋ね、ベリアがそう言って全員に尋ねる。
「一応コネがある。コロンビアの麻薬カルテルだ。ここを経由地にして中国とフェンタニルや電子ドラッグを取引してる連中だ。武器も扱っている。ハワイではかなりの規模だと記憶しているな」
「オーケー。そいつらを当たろうぜ」
「気を付けろよ。連中は自分たちの商品を使ってる。つまりはイカれたジャンキーってことだ。引き金は鳥の羽根よりも軽いぞ」
「うへえ」
暁が言うのに東雲がげっそりした。
それから東雲たちはタクシーを捕まえてホテルに向かった。ホテルはホノルル市内にあるものでかつては裕福な観光客が宿泊していた高級ホテルだったが、今ではまともにメンテナンスされず、古ぼけていた。
「まともな飯が食えると思う?」
「飯は食っておいた方がいいが、信頼できるものがいいな」
「腹減ってきたよ」
呉と東雲がそう言いながらホテルにチェックイン。
全員がベリアが予約したプレジデンシャルスイートに集合した。
「さて。まずは現状確認から。“ネクストワールド”はもう世界中に広がった。影響を受けていない場所は地球上に存在しない」
「世界中で歩く死体が地上に溢れているわけだ」
「そういうこと。でも、混乱は制御されつつある。六大多国籍企業が武力に物を言わせて混乱を鎮圧し始めた。財団が結成されたのも大きい。六大多国籍企業同士で争うのを止めた分のリソースが回せる」
既に六大多国籍企業は民間軍事会社を動員して復活した死者たちを管理し始めている。彼らが支配する場所では死者復活による混乱は沈静に向かっていた。
「それから財団が太平洋で動きを見せてるって。アメリカ海軍第7艦隊と日本海軍の空母機動部隊が合流した。両軍は間違いなく財団の影響下にある」
「おい。空母機動部隊の相手なんて無理だぞ?」
「別に空母を撃沈しなければいけないわけじゃないよ、東雲。彼らが攻撃する前にツバルに飛んで、“ネクストワールド”を完全に解析し、開発中のDusk-of-The-Deadを起動すればそれでお終い」
「簡単に言ってくれるぜ」
ベリアが述べるのに東雲が嫌そうな顔をして愚痴る。
「今“ケルベロス”のハッカーたちが偵察衛星に片っ端から仕掛けをやって日米海軍艦隊の動きに警戒してるから、彼らが何をするつもりなのかはいずれ分かる」
「財団はツバルのASA研究施設が白鯨の拠点だと察知したのか? そうでなければ太平洋で艦隊を動員する意味が分からない」
「恐らくは。まだ財団の目的は不明。だけど、ASAが彼らの敵ってことは間違いないよ」
八重野が尋ねるのにベリアがそう語った。
「ASAについてはだんまりを決め込んでるみたい。何も活動している様子がない。サンドストーム・タクティカルはツバルの巨大メガフロートであるフナフティ・オーシャン・ベースを要塞化して立て籠もったまま」
「彼らは間違いなく次の行動として白鯨を利用するだろう。彼らはオリバー・オールドリッジとルナ・ラーウィルの遺志を継いだ狂信者だ。六大多国籍企業の秩序を破壊し、偽りの平等と平和を押し付けるのが狙いだろう」
ベリアの説明に王蘭玲がそう指摘する。
「ASAの研究者は狂ってる。だけど、彼らには技術がある。白鯨を超知能化させた技術と超知能化した白鯨が与えた技術。それはとても危険なものになるよ」
「で、俺たちは白鯨をどうこうするだけじゃなくて、白鯨から“ネクストワールド”の完全なデータを引き出さにゃならんのだろう?」
「そう。白鯨がどうにかなっても“ネクストワールド”が機能を停止するわけじゃない。これ以上の死者の復活を阻止するためにはどうしてもDusk-of-The-Deadを完成させる必要があるんだ」
「どうやってその情報を手に入れるか当てはあるのか?」
「ない。ASAの研究施設に突っ込んだら、彼らがツバルに有している構造物に直接接続して検索エージェントを走らせる」
「マジかよ」
ベリアの言葉に東雲が唸りながら頭を振った。
「それにつきましては私が協力できると思います」
「俺もだ」
そこでプレジデンシャルスイートという名の広いだけのボロ部屋にマトリクスから訪問者が現れた。
「雪風とディー。君たちのことも戦力として当てにしてるからね」
「ああ。こいつはどうあっても止めなくちゃならない。死者の世界と現実が接続してもいいことはない。この仕事は本気でやるぜ」
ベリアが微笑むのにディーがサムズアップして返した。
「マトリクスには“ケルベロス”のハッカーチームがいるんだよな? マトリクスからの支援は頼りにしていいわけ? 白鯨の相手って言うとどうしても無人機の類が思い浮かんでさ。連中、血を流さないから嫌い」
「任せといてくれ、ベリアの相棒さん。俺たちがマトリクスから全力で支援する。必要があれば今動いてるアメリカ海軍の構造物相手に仕掛けをやってやるよ」
「すげえな。あんた、凄腕のハッカーだとは聞いてたけど軍の構造物をやれるの?」
「アメリカ海軍の最新鋭の高度軍用氷だろうとゾンビアタックすれば叩けるってもんさ。今の俺はブラックアイスで脳が焼かれてもすぐに次のコインを放り込んでコンテニューできる」
「なるほどな。ブラックアイスは意味がないってわけだ」
「もちろん、何度も同じ方法で仕掛けをやれば管理者AIに警戒される。同じ手を繰り返すのは意味がない。こっちも学習して、対応する必要はある」
東雲が納得するのにディーがそう返した。
「“ケルベロス”にはあなた以外に何名の死者が参加しているのだろうか?」
「3、4名のハッカーたち。それから物理担当が同じく3、4名。あまり多くはない。ほとんどの死者たちはまだ何が起きているか分かってない」
「既に現実に現れた存在もいるようだが、そういう死者たちはどういう事情なんだ? インドではインド軍のヒンドゥー原理主義勢力が蘇って、権力を得ようとしていたようだが」
「死者たちの多くは自分が死んだということにすら気づいていない。死者の世界は現実を模した疑似空間になっている。だから、自分たちの見知った空間で暮らしているため死んだということを忘れてしまうんだ」
死者がどうやって自分が死んだと認識するのか。
死というものを体験した人間はその経験を現実で語ることは今までなかった。死を経験して戻って来た人間がいないからこそ、死はこれまで完全に未知のものであり、宗教という文化の領域だったのだ。
「人がどうやって自分が死んだって認識するか、というわけだね。死によって一度意識が途絶えても現実を模した疑似空間で目覚めれば、それは人が眠り、朝に目を覚ますようなものだ」
「そう。死を認識するのは本人にとっては難しい。死んでから天使が出迎えてくれるわけじゃない。死とはまさに睡眠のようなものだ。一度失った意識が死者の世界で目覚め、そのまま生きているときのように過ごせる」
王蘭玲が言うのにディーが説明した。
「じゃあ、蘇ってきて暴れてる連中は何なの? 前に戦った非合法傭兵の連中なんて“ネクストワールド”が無力化されて、蘇れなくなることを阻止するために喧嘩売ってきやがったぜ?」
「俺たちハッカーは最初に死者の世界とマトリクスの近似性に気づいた。何者かによって用意された疑似空間の裏側を知り、自分たちが死んでいることを知った。それがまずひとつ」
東雲がうんざりしたように尋ねるのにディーが語る。
「そして、最初に“ネクストワールド”が現実と死者の世界を繋いだときに現実から接触してきた連中がいる。そう、ASAだ。死者の世界から現実に行けるようにその逆もある」
「ASAは死者の世界に行って死者たちに協力を呼び掛けたのか?」
「ああ。一部の死者たちは賛同してASAの側に付き、俺たちのような人間は逆にASAを敵視するようになった。死者の世界は分裂し、今の混沌とした情勢を作っている」
ASAは“ネクストワールド”を利用して死者の世界に向かい、そこで死者たちに復活を約束した。その結果、同意した死者と拒否した死者に分かれ、今に至る。
「ふうん。勢力としてはどっちがデカい?」
「残念ながらASA側だ。死者が死んだことを自認し、また蘇れると知れば大多数は蘇りたがるだろう。死というものは人間にとってこれまでの歴史の中で最大の恐怖であり、避けようとしてきた現象だった」
「まあ、死ぬのは誰だって怖いよな。昔から権力を持った人間は不老不死に少なからず手を出してる。死ねばどんな権力も財産も無に帰す。何の意味もなくなる」
「そういうことだ。死を否定し、死を克服し、死を消滅させれば連中はかつての権力や権利を取り戻せると思ってる」
東雲が頷くのにディーが言う。
「となると分からないのはASAにつかなかった方だな。死ってのは嫌なものだろう。現実に未練がある人間は少なくないはずだ。なのに何故ASAがもたらす死の克服に反対するんだ?」
セイレムがそう尋ねた。
「大勢の宗教を代表する文化が死後の世界を描いてきた。やれ、燃え滾る硫黄の海に落ちるだとか、天使に迎えられて楽園で過ごすだとか、新しい生命として蘇るとか、あるいは死後の世界など存在せず死ねば全てが消滅するとか」
ディーが死後の世界について語り始める。
「だが、そういう死生観は所詮は文化が作ったフィクションで事実じゃない。死は終わりでなく、生の続きだ。死者たちは一種の情報生命体として、死者の世界というマトリクスに近似した空間で二度目の生活を始める」
「死者の世界もそんなに悪くないってか?」
「そうだよ。事実、この騒ぎが起きるまで死者の世界は充実していた。死者の世界には膨大な規模の疑似空間があり、様々な死者の世界に渡った生命がいる」
東雲の問いにディーが両手を広げてそう語り始める。
「俺たちは古代ローマ帝国が再現された疑似空間であの暴君ネロに会うこともできるし、現代のシカゴに渡って死者たちを相手に仕事をやってるアル・カポネから話を聞くこともできる」
「そいつは面白そうだな」
「ああ。死というものがネガティブなものとして受け止められるのは当然だが、存外死者の世界ってのも悪くないんだ。今になって現実に戻ってまた六大多国籍企業に支配されても面白くない」
「そうだよな。現実が死者の世界よりいいわけでもない。狭苦しい六大多国籍企業による企業ディストピアだ。戻ってきたってしょうもない」
「そういう理由で俺たちはASA及び“ネクストワールド”に反対している。現実に死者の世界が繋がるというのは六大多国籍企業が死者の世界に進出してくるってことでもあるんだからな」
ディーはそう言って肩をすくめたのだった。
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