西海岸戦争//マトリクス
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──西海岸戦争//マトリクス
東雲たちが居酒屋で作戦会議をしているとき、ベリアたちはマトリクスからニューロサンジェルスの情報を集めようとしていた。
「さて、何から調べる?」
「ニューロサンジェルスの現状からってところかな。企業戦争については直接は関係ないだろうから、ニューロサンジェルスがどうなっているかを探ろう」
「“ネクストワールド”はどうするの?」
「調査がある程度済んだらBAR.三毛猫でトピックを立ててみる」
「了解」
ベリアが言うのにロスヴィータが頷いた。
「じゃあ、ニューロサンジェルスの現状だけどニューロサンジェルスのALESSの構造物に仕掛けをやるってことでいい?」
「うん。ALESSの氷は砕ける。ニューロサンジェルスに公的な警察機関は存在しないし、カリフォルニア州軍の構造物は高度軍用氷だ」
「それでは早速飛ぼう」
そうベリアが説明し、ロスヴィータが先にニューロサンジェルスのマトリクスに向けてジャンプした。
ニューロサンジェルスのマトリクスが目に前に広がる。
「流石は国際経済都市。六大多国籍企業の馬鹿デカい構造物が並んでる。TMCより小規模と言えど西海岸のもっとも主要な経済都市だ」
「ただ、構造物からのトラフィックが少ない。AELSSがマトリクスでも封鎖を行なっているみたいだ。アトランティス関係の構造物だけが活発にトラフィックを出してる」
「おっと。そのアトランティスの構造物が仕掛けを受けてる。先客だよ。多分、アローの電子戦部隊かな」
「アローの民間軍事会社であるフラッグ・セキュリティ・サービスがその手の電子戦部隊を持ってる。国連チューリング条約執行機関にも委託を受けて、電子戦部隊を参加させてるね」
アトランティスの構造物は外部から攻撃を受けているのが分かった。複数のハッカーによって仕掛けが行われている。
「さて、私たちも仕掛けをやるよ。ニューロサンジェルスのALESSの構造物を相手に仕掛けをやって、ニューロサンジェルスの現状を調べる」
「オーケー。どのアイスブレイカーを使う?」
「Perseph-Oneならどんな氷だって砕けるだろうけど、ASAが作ったものだと考えると使う気になれない。どんなコードが仕組んであるか分からないし」
「じゃあ、軍用氷を砕くなら、このLazyLarryを使ってみる?」
「そうしよう。ちょっと改良すればALESSの氷を砕けるね。ALESSの氷は恐らく限定AIとブラックアイスを使ってる」
「了解。やってみよう」
ベリアとロスヴィータはアングラで出回っているアイスブレイカーであるLazyLarryを改良する。ジャバウォックとバンダースナッチも動員して、白鯨由来の技術──魔術を組み込んでいく。
「これでいい。後はALESSの構造物を実際に調べる。もしかすると、非常時になったせいで氷が強化されているかもしれないから」
ベリアはそう言ってロスヴィータとニューロサンジェルスにおけるALESSの構造物に向かって進んでいく。
「これだ。トラフィックが膨大。これに紛れてアクセスできるね」
「好都合だ。氷はっと」
ベリアがALESSの構造物を守る氷を確認する。
「オーケー。これなら行ける。仕掛けを始めよう。ジャバウォック、バンダースナッチ。やって!」
「了解なのだ!」
ベリアがジャバウォックとバンダースナッチにアイスブレイカーを渡して、ふたりのAIがALESSの構造物に仕掛けを開始した。
単純な演算能力ならば電子猟兵のように脳にインプラントを入れていないベリアたちよりもジャバウォックとバンダースナッチが勝る。
ジャバウォックとバンダースナッチは正確に氷を砕いていく。限定AIをナノセカンド単位で無力化し、多層性の氷を砕き続け、そして最後にブラックアイスを無力化した。
「できたのにゃ、ご主人様!」
「グッドジョブ。じゃあ、中身を拝見と」
ベリアたちはALESSの構造物内に侵入し、内部に検索エージェントを放つ。管理者AIも無力化されており、ベリアたちの行動を検知し、妨害し、通報する存在はいない。
「ALESSのコントラクターの通信が見れるよ」
「どれどれ」
ロスヴィータが報告するのにベリアがデータを読み始めた。
『ミシシッピ・ゼロ・ワンより本部! 近接航空支援を要請! フラッグ・セキュリティ・サービスの機械化歩兵部隊が猛烈な攻撃を仕掛けている! 至急、援護してくれ!』
『本部よりミシシッピ・ゼロ・ワン。近接航空支援の要請を承認。現在、対応可能なのはホーネット・ゼロ・スリーとホーネット・ゼロ・フォー。戦術リンクで呼び出して目標を指示せよ』
これはニューロサンジェルスの災害地帯で戦闘を行なっているALESSの部隊だ。
「ニューロサンジェルスは激戦みたい。ハンター・インターナショナルが介入したって情報も流れてるよ。でも、戦闘地帯は災害地帯だけ。復興されずに放置された場所。汚染と崩壊した建物でいっぱい」
「ふうむ。ニューロサンジェルス内で動きはないのかな。東雲たちが直接関係するのはニューロサンジェルスの企業地区だよ。災害地帯から砲撃でも受けない限り、直接は関係することがない」
「調べてみよう」
検索エージェントがALESSの構造物内を走る。
『ベイカー・ゼロ・ワンより本部。定時報告。現在発令中の警報に従ってニューロサンジェルス市内を警戒している。異常はなし』
『本部より全部隊。引き続き警戒を継続せよ。敵の工作員がニューロサンジェルス市内に侵入したという確証性の高い情報がある』
ALESSの交信記録が流れてきた。
「やっぱりアローは既にニューロサンジェルス市内に工作員を送り込んでる。そいつらはニューロサンジェルスでテロなりなんなりの仕事をやるはずだ。東雲たちに警告しておかないと」
「アローも汚い仕事をするための非合法傭兵やグレーの民間軍事会社を雇っているからね。下手すると東雲たちの仕事とかちあうかも」
ベリアとロスヴィータがそう言いながらしばしALESSの構造物内でニューロサンジェルスの現状を調査し続けた。
「オーケー。ニューロサンジェルス市内にはアローの工作員がいるけど、今はニューロサンジェルス国際航空宇宙港を含めて、インフラは正常に稼働している。騒動が起きたらどうなるか分からないけど」
「アローとアトランティスの戦争は市外だ。今はね」
ニューロサンジェルスに向かうことは不可能ではなく、現状が維持されれば東雲たちの仕事が妨害を受けることもないと分かった。
「さて、お次は?」
「BAR.三毛猫で“ネクストワールド”について話し合う。恐らくはこの仕事の発端も“ネクストワールド”だよ。ジェーン・ドウが早急に情報通信企業である大井D&Cウェストコーストの研究者を確保したいなんて」
「だね。そして、ボクたちが先に“ネクストワールド”について真実にいたり、ジェーン・ドウを、六大多国籍企業を出し抜く?」
「そこまでは。正直、ジェーン・ドウはもう“ネクストワールド”について真実に辿り着いているのかも。“ネクストワールド”の情報を集めろって仕事が回ってこなくなったし」
「だとすると、六大多国籍企業が争っている理由は?」
「疑心暗鬼になってるとか。“ネクストワールド”はこれまでの保安手続きに引っかからず持ち込めて、大規模なテロを起こせる。できることをやる六大多国籍企業が他の企業にこの手のテロを仕掛けないとは限らない」
「ふうむ。ありそうだけど“ネクストワールド”が存在し続ける限り、その懸念は続くことになるね」
ベリアとロスヴィータはそう話し合いながら、ニューロサンジェルスのマトリクスを離れ、BAR.三毛猫に飛び、ログインした。
「あれま。あちこちで戦争しているみたい。企業戦争のトピックだらけだ」
「本当だ。欧州もアフリカも大荒れ」
BAR.三毛猫で目に付くトピックは企業戦争の話題だらけであった。
「そっちには用はない。もうニューロサンジェルスの情報あるし。“ネクストワールド”についてのトピックはある?」
「ないね。まだここのハッカーは誰も“ネクストワールド”を手に入れてないのかな」
「なら、私たちが一番乗りだ」
ベリアがそう言ってBAR.三毛猫でトピックを立てる。
““ネクストワールド”というプログラムについてのトピック”だ。
そして、ベリアは同時にトピックに“ネクストワールド”と雪風から託されたデータベースをアップロードする。
暫く待つとハッカーたちがやってきてアップロードされたデータをスキャンしてからダウンロードし確かめ始めた。
「これ、何なんだ? 協調現実? 新しいARプログラムなのか?」
やって来たグルメドラマのサラリーマンの格好をしたアバターの男性が、ベリアにそう尋ねてきた。
「大井海運本社ビルへのテロに使われたプログラムだよ。マトリクスの理を現実に上書きする。マトリクスで動作するものが、現実で物理として作動する」
「マジかよ。大井海運本社ビル爆破テロにこいつが?」
やってきたグルメサラリーマンのアバターは目を見開くと友人たちに連絡を始めた。それから続々とハッカーたちがトピックに集まってくる。
「これが大井海運本社ビルのテロに」
「どういう原理だ? 説明できる奴、いるか?」
「おいおい。これってダウンロードしても逮捕されないよな?」
トピックがざわめき、説明を求める声が響く。
「さて、説明するから聞いて! これはASAが開発したプログラム。マトリクスの理を現実に上書きするもの。マトリクスで魔術が動作するのは白鯨の件でみんな知ってるよね? これは現実で魔術を使えるようにする」
「そして、この“ネクストワールド”は同時接続者数に応じて上書きされる範囲が決まってくる。で、オカルト話で聞いたことがある人もいると思うけど、マトリクスは奇妙なことが起きる場所。死者の世界に繋がったりね」
ベリアとロスヴィータがそう説明した。
「つまり、この“ネクストワールド”はマトリクスで働く奇妙な現象を、魔術や死後の世界を現実で発現させる、と。マトリクスから電子機器をハッキングするようなマトリクスの話ではなく、物理で」
「そういうことだよ。これを突き止めたのは他でもない雪風。信じるでしょ」
いつものようにメガネウサギのアバターがやってきて確認するのにベリアがそう返した。雪風の名が出ると場がより一層ざわめいた。
「このデータベースは雪風の解析したデータってところか? これは白鯨の新言語だろう。まだ誰も解析できていない」
「そう。恐らくはこれを使えばPerseph-Oneも解析できる」
「ふうむ。面白いことになってきたな」
アニメキャラのアバターもやってきてデータベースを閲覧していた。
「ASAが何を目指しているのか。現状では分からない。けど、この時点で言えるのは彼らは白鯨を超知能化した。彼らは超知能を有し、白鯨が生み出すマリーゴールドを有し、六大多国籍企業と戦争をしてる」
「やばいな。あの白鯨だろ。世界征服をやろうとした殺人AI。そいつが超知能化してるとか、クソみたいに不味いじゃないか」
ベリアの言葉にアラブ人のアバターが唸る。
「ASAについて調べている連中がいる。飯のタネになりそうだってな。そいつらにもこのことを知らせよう。正直、このままだとまた白鯨事件みたいなことになりかねないぞ」
ハッカーたちが仲間たちに急いで連絡を始める。
「よ。お久しぶり」
「ああ。BGM-109君か。君も興味が出てきた?」
やってきたのは以前アルゼンチンのマトリクスで一緒に仕掛けをやったハッカーであるBGM-109だ。
「私はASAについて調べてるから。彼らの動きを探って、その情報を依頼主に売る」
「君は情報屋か。稼ぎ時だね」
「まあ、いくら稼げても世界が終わったら困るけど」
BGM-109はそう言って“ネクストワールド”をダウンロードし始めた。
「世界が終わる?」
「ASAは思想に取り付かれてる。世界を救うってさ。一種の救世主願望。でも、テロや暴動を支援している連中がどうやって世界を救うと思う? 絶対に碌な手段じゃないよね」
BGM-109はベリアにそう返したのだった。
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