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猫耳先生と魔剣

本日2回目の更新です。

……………………


 ──猫耳先生と魔剣



 東雲はTMCセクター13/6で電車を降りると、真っすぐ猫耳先生こと王蘭玲のクリニックに向かった。“月光”はアバター状態を維持したまま、時折倒れそうになる東雲を支えていた。


 流石に診療時間は終わったのではないかと思った時間帯だったが、医療用アンドロイドであるナイチンゲールは普通に受付を行い、暫くお待ちくださいと言った。


 それから10分ほどで診察室に通された。


「酷い顔色だぞ、君」


 王蘭玲が東雲の顔を見るなりダウナーな声でそう言った。


「そういう仕事(ビズ)だったのさ、先生。とりあえず、貧血をどうにかしてもらえるか……。造血剤は使い切っちまった」


「医薬品は決められた分量を守って使用することと言いたいが、その様子ならば仕方ない。まずは輸血をしよう」


 東雲に診察台に横になるように王蘭玲が指示する。


「獣耳の治療師。主様はよくなるのじゃろうな?」


「心配はいらない。ただの貧血で、内臓から出血しているわけじゃないんだろう?」


「それはそうなのだが……」


 “月光”は心配そうに東雲を見て、東雲は何でもないというように手を振る。


「彼女は異世界の住民?」


「そういうことになる」


「興味深い」


 王蘭玲はそう言って“月光”を見た。


「しかし、この間の子といい、君の周りにはちびっ子が多いね」


「我はちびっ子ではない、獣耳の治療師。齢3000歳を超える存在だ」


「ふむ? それにしては発育が悪いようだが」


「そんな外見などどうでもよいじゃろう。我は主様の役に立っておる」


 “月光”はそう言って胸を張った。


「君が気にしないというならば、私も気にするまい」


 ただ、と王蘭玲が言う。


「君の趣味なのかと思ったよ」


「おい。よしてくれよ。俺はスレンダーな女性が好きだが、先生ぐらいの年齢じゃないと恋愛対象にならないぜ」


「また露骨なお誘いだな」


 王蘭玲は素知らぬ顔をして、輸血の準備を整えた。


「主様。血は戻ってきておるな」


「ああ。もう大丈夫だろう」


 貧血による眩暈は急速に収まりつつある。


 輸血で血液が回復しつつあり、そのことに“月光”と東雲が安堵の息を吐く。


「この間の子も数千歳の子供なのか?」


「ベリアか。恐らくは。異世界では長命種ほど魔力の量と質が高かった。俺は……まあ、勇者だったから、その特典みたいなもので魔力はあった。だが、もっぱらその魔力は“月光”に注いでいたよ」


 王蘭玲が尋ねると、東雲が答える。


「“月光”とは……」


「魔剣。そしてそこにいる少女こそ“月光”の化身──アバターだ」


 王蘭玲が静かに尋ねると東雲が“月光”を指し示す。


「魔剣という兵器が人間の姿をしているのか。奇妙な感覚だ。兵士が戦場でボットを人間のように扱うという話は聞いたことがある。兵士たちは自らが使うボットに愛着を持ち、そのことが擬人化へと繋がるのだと」


「そういうものじゃない。“月光”は本当に人の姿になれる」


「それは分かるよ。現に君の前にいるのだからね」


 だが、それが生じるプロセスというのは気にならないかいと王蘭玲が尋ねる。


「何故、兵器が少女の姿を取る必要があるのか。インターフェイス? 剣はそこまで複雑な武器ではない。振って、斬るものだ」


 王蘭玲が続ける。


「今どきのAI搭載型のアーマードスーツなどと違って、複雑なインターフェイスを簡略化するための擬人化されたそれは必要ないだろう」


 それでは何故少女という姿を取る必要があったのか。


「先生。付喪神って知ってるよな?」


「ああ。長く年月の経ったものには神が宿るという」


「それだ。“月光”は最初に鍛えられたのは3000年以上前。神が宿るには十分な時間だろう。これは便利、不便の話じゃない。世の理の話だ」


 東雲が語る。


「紆余曲折を経て、“月光”は長い年月を旅し、そしてある城に封印されていた。呪われた魔剣として。主を殺す魔剣として。その時には既に“月光”は今の姿を取れるようになっていた。3000年の時を経て、まだ切れ味を損なわない剣として」


 そこでふうと東雲が息を吐く。


「最初は俺は“月光”が今のような姿になれるなんて知らなかったし、そういうものが必要だとも思わなかった。先生が言ったように剣ってのは振って、斬るだけの兵器だ。複雑な操作は必要なく、複雑なインターフェイスは必要ない」


 東雲はそう言う。


「ただ、俺は剣としての、魔剣としての“月光”に見惚れた。呪われた魔剣。ぞくぞくするじゃないか。まさに男のロマンだ。俺は“月光”を前に誓いを立て、“月光”を握った。そして、アバターとしての“月光”に出会った」


 東雲が“月光”のアバターを見たのは、彼が“月光”を握ってからだった。


「“月光”の魔剣としての歴史を教えてくれた。歴代の持ち主がどうなったかについても知らされた。呪われた魔剣であることをとくと教えられた」


「主様。わざわざ語る必要などない。我が主様にできることをしただけの話なのだ。それ以上でも、それ以外でもない」


「いいや。必要はあるさ。“月光”の歴史を俺は教えられ、手放すように言われた。だが、俺は惚れちまったんだ、“月光”に。呪われた魔剣だぜ? 呪いを対価に超強力な力を発揮する魔剣だぜ? ロマンだろ、そんなもん」


「主様……」


 東雲がそう語り、“月光”は頬を赤らめていた。


「つまり、君の貧血の原因は“月光”なのだね?」


「ああ。そうだ。どういう仕組みになっているかは説明しにくいが」


「使用をやめるつもりは……」


「ないね。“月光”は俺の相棒だ。これまでも、これからも」


 王蘭玲の小さな問いかけに東雲ははっきりとそう返した。


「医者としては健康に害のあるアルコール、タバコ、ドラッグは止めたいところだが、魔剣となるとどうしようもないね。折り合って付き合っていきたまえ」


「そうするよ、先生」


 輸血パックが空になると、東雲は半身を起こした。随分と楽になった。


「造血剤だ。用法容量は可能な限り守るように」


「助かる」


 東雲は王蘭玲から造血剤の入った紙袋を受け取った。


「それからこれは救急隊員が使うものだが、緊急時の造血作用を促すためのナノマシン入りの鉄分剤だ。これは本当に追い詰められたときに使いたまえよ。要らぬ時に使うと血圧が跳ね上がるからね」


「お守りとして取っておくよ」


 東雲はもうひと袋の紙袋を受け取った。


「さて、時間的にも丁度いい。下でラーメンなどどうだい?」


「いいね。腹が減っていた」


 王蘭玲が立ち上がるのに東雲もナイチンゲールに点滴を外してもらい、靴を履いて、立ち上がった。


「東雲ー!」


 そこでベリアの声がした。


「君のもうひとりの相棒も来たようだよ」


「そうみたいだ。ロマンチックなデートとはいきそうにないな」


 東雲が呆れたようにそう言う。


「主様。我は引っ込んでおっても良いのじゃぞ。あのものにも帰ってもらえばよかろう。主様は獣耳の治療師のことを本当に好いておるように思えるのじゃが」


「気にするな。飯はみんなで食った方が美味い」


 それに恐らく脈なしだと東雲は自嘲した。


「今日も業務は終了だ。夜の方が患者は多いが、私はちゃんとした朝型人間でね。夕食を済ませたら、カルテの整理をして寝るよ」


「下のラーメンは中華そば?」


「ああ。合成品だが、有害物質はなく、汚染された形跡もない。衛生上問題はない。それにほどほどに美味しい」


「それはいいことだ」


 東雲は地球に帰ってからまだラーメンを食べていなかった。


 というのも、ラーメン屋台から酷い化学薬品臭がするからである。


 合成品だと言っても限度というものがあるだろう? と東雲は思うのであった。


「東雲。無事だったかい?」


「無事ならここには来ていない。そっちこそどうだったんだ。あれから連絡がなかったが、暴走アンドロイドは何をしてたんだ」


「それは追々話すよ。それからジェーン・ドウが来てる」


 ベリアが親指で背後のジェーン・ドウを指し示す。


「よう。ちゃんと仕事(ビズ)はこなしたようだな。最終的な結果はどうであれ、お前に与えられた仕事(ビズ)はちゃんと果たされた」


 ジェーン・ドウがそう言ってクリニックの壁によりかかったまま言う。


「忠実な犬は、忠実に仕事(ビズ)をするものさ、ジェーン・ドウ」


「結構だ。その姿勢を我々は評価する」


 そして、東雲にチップを手渡した。


「4万新円。無駄遣いはするなよ」


「だから、あんたは俺のお袋かよ……」


 東雲が呆れる。


「次の仕事(ビズ)までには体を治しておけ。それからちっこい方。余計な詮索はするな。命取りになるぞ」


 ジェーン・ドウはそう言って立ち去っていった。


「さて、金が入ったし、奢るぜ、先生」


「ありがたく奢ってもらおう」


 そして、東雲たちは下の中華料理屋に降りた。


……………………

本日の更新はこれで終了です。


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[一言] 一気読みしました 要所で出てくるサイバーパンク味が最高……しゅき……
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