TMCサイバー・ワン
本日2回目の更新です。
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──TMCサイバー・ワン
「今向かっている。しかし、データハブとかデータセンターとかなんなんだ?」
全く意味が分からないと東雲が言う。
『君だってハブ港とか聞いたことはあるでしょう? 貨物を積みかえたり、集積したりする港。それのデータ版。膨大なデータが集められ、分類され、放出される。そのための通信インフラが整えられた施設』
歩きながら尋ねる東雲にベリアがそう説明する。
「マトリクスってのはもう、もっと混沌として、拠点とかないものなんじゃないか? それにインターネットって核戦争に備えて作られたものなんだろう? どこか1ヶ所が核攻撃を受けても、動作し続けるシステムだって」
『そう。その通り。だけど、ネットの情報は年々膨大になっていって、データハブなしでは産業用のデータインフラがパンクするってことが分かった』
だから、とベリアは続ける。
『これまでは自由に港を行き来していたのを、ちょっとばかり大きな港を使ってやりとりしようってことになったわけだよ』
「ふうん」
東雲の認識していたインターネットとは回線さえ繋げばどことでも自由にやり取りできるというイメージだったが、今はデータハブなるものが存在するらしい。
やはり、よく分からない。
よく分からないが、重要で、マトリクスが関わっていることはしっかりと理解した。
「スタンドアローンで稼働しているデータセンターってのは? スタンドアローンってどういう意味だ?」
『スタンドアローンってのはマトリクスに接続されていないということ。その端末単独で稼働している状態を差す。今の君からARデバイスを取り上げたらまさにスタンドアローンのボッチってこと』
「クソ。分かったよ。で、データセンターってのは?」
『TMCサイバー・ワンのデータセンターは国会図書館のバックアップを兼ねたものらしい。少なくとも最初はそうだった』
TMCサイバー・ワンの旧式名称は国会図書館第77分館だったとベリアは話す。
『それから様々なマトリクス上のデータを収集するようになり、TMC最大、いや世界最大のデータセンターになった。膨大なデータがそこには眠ってる』
「そいつが目当てか」
『それを奪うのが目的か、あるいはそれを破壊することが目的か。いずれにせよ、何かをやろうと思って大井のアンドロイド工場をハッキングして、ここまで来た。そして、敵は恐らくAIだ。チューリング条約違反の自律AI』
「ジャバウォックやバンダースナッチみたいな?」
『彼女らよりも恐らくは高度。学習量が違うんだと思う』
ベリアは少し考えてからそう言った。
『がおー。ジャバウォックなのだ。ご主人様、TMCサイバー・ワンは現在閉鎖状態なのだ。管理AIである“スクナビコナ”が外部からの一切の連絡に応答せず、データの流れも止まっているのだ』
『不味い兆候。大井のアンドロイド工場暴走事件と同じかもしれない』
施設のロックと内部の人間の殺傷。
東雲にも嫌な予感がしてきた。
『けど、大井のアンドロイド工場暴走事件と同じなら、国連チューリング条約執行機関が動くはずだけどな』
『ふーははは。そんなこともあろうかと大井のアンドロイド工場暴走事件は大井の開発中だった自律AIの暴走という情報を匿名エージェントを使って広めておいたのだ』
ジャバウォックがにやりと笑う。
『国連チューリング条約執行機関は大井と喧嘩になって、TMCのマトリクス上からも物理媒体上からも排除されたのだ、ご主人様』
『よくやった、ジャバウォック。これで国連チューリング条約執行機関を気にせず仕事ができる。まずはTMCサイバー・ワンに仕掛けだ。TMCサイバー・ワンを電子的に封鎖する』
自慢げなジャバウォックとアバターを移動させているベリア。
「電子的に封鎖してどうするんだ?」
『敵の狙いがTMCサイバー・ワンのデータセンターから情報を盗むことならば、電子的に封鎖しておかないと。あそこは膨大な通信をやり取りできる施設なんだ。100ペタバイトの情報でも1秒足らずで送信できる』
「マジかよ。想像もできねえ」
通信量の桁が違い過ぎて東雲の想像の及ぶものではなかった。
『バンダースナッチ。来て』
『うにゃー。ご主人様お呼びかにゃ?』
『TMCサイバー・ワンの通信ラインに迷宮回路を設置。レベルは最大。可能な限り突破不可能なものにして。それから増殖型ワームによる過剰な通信負荷。相手は力尽くで迷宮回路も突破するだろうから、可能な限りそれを遅らせる』
『了解だにゃ』
バンダースナッチが操作に取り掛かる。
『ジャバウォックは私と来て。バンダースナッチが迷宮回路を設置する前にTMCサイバー・ワンの内部に突入。バックドアを開ける。敵には気づかれないように。TMCサイバー・ワンの氷はこれで破って』
『了解なのだ、ご主人様』
TMCサイバー・ワンというマトリクスでも重要な場所にはそれ相応の氷がある。それを破れるだけのアイスブレイカーを今のベリアは持っていた。
TMCサイバー・ワンへベリアとジャバウォックが飛び込む。入るまでは無料。入ってからシステムを掌握するには有料だ。通行料はアイスブレイカーで。
アイスブレイカーが一瞬でTMCサイバー・ワンのアイスに穴を開け、バックドアを作る。これでTMCサイバー・ワンの正規の通信手段がバンダースナッチによって塞がれても、ベリアとジャバウォックは行動できる。
「TMCサイバー・ワンについた。大井統合安全保障は来てない。TMCサイバー・ワンは連中の管轄外なのか……」
『TMCの所有物だ。TMCの運営には六大多国籍企業と政府が関わっている。意志決定はそこまで早くないはずだよ』
「なら、急がないとな」
TMCサイバー・ワンは高い塔が聳える建物で、高さ847メートル。無線通信も可能なようになっている。
TMCサイバー・ワンの敷地は芝生の植えられた国立図書館第77分館時代の外庭園と無機質なコンクリート製の建物が存在している。
そこで東雲は殺気に感づいて“月光”を素早く抜いた。
芝生の中からリモートタレットが現れ、東雲に向けて銃撃を加えてくる。
「ハードな仕事になりそうだぜ」
東雲はそこら中から現れて東雲を狙うリモートタレットめがけて“月光”を投射する。展開した八本の刃が踊り、TMCサイバー・ワンの自衛機能を破壊していく。
リモートタレットの引き金を引いているのも今はAIなんだろうと思うと、国連チューリング条約執行機関の必要性が分かる。このままだとマトリクスどころか現実までAIに乗っ取られてしまうと。
『東雲。“スクナビコナ”の氷が思った以上に固い。物理的な手段で突入して。幸い、内部の酸素が抜かれていたり、有毒ガスが発生しているのは確認していないから』
「了解」
リモートタレットを全て沈黙させて、東雲は強化ガラスとシャッターで区切られたTMCサイバー・ワンの正面入り口を見る。
「ベリア。正面入り口には誰もいないか?」
『いない。生存者は個室に隠れている』
「オーケー」
“月光”に魔力と血を注ぎ、その輝きを増した“月光”でTMCサイバー・ワンの正面入り口を思いっきり切断する。そして、強引に身体能力強化によって切断口をこじ開けて、東雲はついにTMCサイバー・ワンの施設内に入った。
東雲は頭が若干ふらつくのを感じた。
貧血だ。
身体能力強化と造血剤でとにかく血液を補充する。
『よし。一部の機能は掌握した。暴走アンドロイドと思しき存在がデータセンターに押し入ろうとしている。何を盗み出すつもりなのか、暴走アンドロイドに潜ってみる。運がよければそのまま制圧できる』
「運がよければ、ね」
東雲は自分がツイてない人間だという自覚がある。
恐らく幸運に期待しても無駄だろう。
『暴走アンドロイドが4体そっちに向かった。銃火器で武装。手榴弾も持っている。民間人はこっちで保護するから存分に戦って!』
「了解。そのつもりだ」
“月光”の刃が剣呑に輝いた。
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