シンジケート//扉を蹴り破る
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──シンジケート//扉を蹴り破る
東雲と八重野はジェーン・ドウからの仕事を引き受けてから、まずは問題の極東道盟について知るために改めて清水の下を訪れた。
「やあ、東雲さん。チャイニーズマフィアの件、やっぱり探るのかい?」
「そういう仕事が回ってきたんでね。連中について知ってることを教えてくれ。9000新円払う」
「取引成立だ」
東雲が清水の端末に金をチャージした。
「まずこのチャイニーズマフィアのルーツは上海だ。上海は第三次世界大戦でアジア・太平洋合同軍の上陸作戦で滅茶苦茶になった。インフラは崩壊。瓦礫の山になった」
「それで上海から脱出を?」
「イエス。上海復興事業で他のチャイニーズマフィアや政府から追い払われた連中が日本に難民として移って組織したものだ。元人民解放軍のお偉方がいて、旧中国政府関係者に伝手があるから中国本土と繋がっている」
「どうせ違法薬物や銃火器の取引だろう」
「それから人身売買。第三次世界大戦でシステムが吹っ飛んだ国民管理から抜け落ちた無戸籍の人間なんかを中国から連れ出して売ってる。臓器目的だったり、労働力目当てだったり、性的搾取目的だったりね」
「別に驚かないね。このセクター13/6にはそういう経緯で連れてこられた人間が大勢いる。街に看板出してるクリニックがどこから臓器やら何やらを調達しているかと思えば」
東雲はそう言って肩をすくめた。
「まあ、中国政府にも14億人の国民は重すぎたということだね。今や上海、マカオ、香港なんかは独自の自治政府と経済圏を構築している。六大多国籍企業による租借地とでも言うべきか」
「けど、今も中国は強いんだろ?」
「どうだろうね。軍事力としては昔からの水準を維持している。装備も統一ロシアより高度なものになっている。だが、彼らが恐れているのは外国からの侵攻ではなく、自国における分離独立と政変だよ」
清水がしたり顔でそう語る。
「上海自由地域、マカオ特別経済区、自由香港共和国。第三次世界大戦の後でどん底に落ちた中国経済の中で自分たちだけが生き残ろうとした連中だ。第三次世界大戦で壊滅的打撃を被った旧中国政府は独立を認める羽目になった」
「裏切者どもか。こうだろ。中国の見放された地域から出稼ぎにきた連中を低給与でこき使い、そして上にいる連中はその分大儲けする。上の連中は六大多国籍企業と手を組んでいるって話」
「東雲さんも奴隷の絡繰りが分かってきたね。そうさ。見捨てられた中国の貧困層はこの3つの中国内自治共和国に出稼ぎにいって搾取される。彼らが報われることはない。もう畑は何も実らず、動物は危険な感染症を持つようになったからね」
「農村部は壊滅、と」
第三次世界大戦を始めとする大規模な環境破壊が招いたのは途上国の農村部への致命的な貧困問題だった。
農業という一次産業が壊滅したのは多くの国にとって打撃だったが、特に産業構造において一次産業が占める割合が大きな発展途上国は壊滅した。
「まあ、そんなわけでね。今の中国政府は旧政府を恨んでいる。自分たちの祖国を滅茶苦茶にした第三次世界大戦を引き起こした指導部を。そして、今の中国政府と国際刑事裁判所から逃げた連中が黒社会に」
「縛り首から逃れた戦争犯罪者も含まれてるってわけだ。だが、日本政府は国連加盟国でローマ規程に参加してる。引き渡す義務があるんじゃないか?」
「言っただろう、東雲さん。このセクター13/6における失踪者の追跡性はほぼゼロだってね」
「ここに潜伏しているわけか」
「その通り」
清水がそう言って合成酒を口に運ぶ。
「シンプルに聞こう。連中の居場所。連中のボス。連中の装備と練度。それらについて教えてくれ」
「連中はセクター13/6にあるホテルを根城にしている。地下にプールがあって、裸の女たちがいて、夜はお楽しみのホテルだ。場所のデータを送るよ」
清水がそう言って東雲の端末に情報を送った。
「で、連中のボスは元中華人民共和国国家保安部の台湾に対する工作部門に所属していた張敏。こいつも中国政府と国際刑事裁判所から追われる身だ。旧政府派閥と今も組んでるって話だな」
「なるほど。その手の連中で側近や部下は固められているってわけか?」
「や。人民解放軍の将校や下士官、情報機関の関係者、共産党幹部。その手の連中でいっぱい。ちょっとした軍隊だね」
「装備と練度は?」
「中国製の武器を装備している。最新の武器も今の人民解放軍に残っているシンパから調達して売り捌いている。何せ人民解放軍は第三次世界大戦の後で中央の力が弱まって軍閥化したからね。独自に稼いでるのさ」
「そいつは結構なことで。強化外骨格や生体機械化兵、電磁ライフルは? 普通の銃火器やロケットランチャーは想定してる」
東雲がそう尋ねる。
「強化外骨格はもちろんあるよ。中国北方工業公司製の奴だ。生体機械化兵もいる。元人民解放軍の海軍陸戦隊特殊偵察部隊。あそこの機械化率も高い」
「元特殊作戦部隊ということは練度もなかなか、か」
「東雲さんは痛い目に遭ったことがあるから分かるだろうけど、警備ボットや警備ドローンもいる。それから違法改造された戦闘用アンドロイドも」
「また血を流さない連中のオンパレードか。全く、嬉しくて涙が出るぜ」
東雲はもううんざりというようにため息を吐いた。
「東雲。無人警備システムのハッキングなら任せてくれ。チャイニーズマフィアの構造物程度、私ならば突破できるはずだ」
「そいつはいいニュースだ。嬉しくなってきた」
八重野が言うのに東雲がサムズアップする。
「だが、残り3時間で大井統合安全保障の強襲制圧部隊が来る。急いだ方がいい」
「ああ。急ごう。じゃあ、清水。酒で死ぬなよ」
八重野が急かすのに東雲たちは酒場を出た。
それから治安の悪い繁華街を進み、特に治安の悪い風俗街に入る。
風俗街は東アジアやロシアから人身売買によって連れてこられた男女がおり、彼らは性的に搾取され、経済的に搾取されている。その末に行きつくのは電子ドラッグだ。
華やかな街には暗い影が落ちている。
「八重野。ここはヤクザ、チャイニーズマフィア、コリアンギャングのたまり場。絶対に喧嘩を売るなよ。いいな?」
「分かっている」
八重野が憤慨したようにそう返した。
「ここだな」
東雲が赤い照明で照らし出されている40階建てのホテルを見上げる。
“ニューワールド・ロマンス”という安っぽいフォントのホログラムが浮かんでいる。それと際どいポーズで踊る女性たちのホログラム。
「全く。風紀紊乱も甚だしいな。こういう街だとしても」
「性産業は金になる。犯罪組織にとっては」
東雲が渋い顔をし、八重野が平然とそう言った。
「じゃあ、乗り込むぞ。ハッキングの準備をしてくれ」
「極東道盟の氷を破った。構造物に侵入。無人警備システムをワームで制圧。よし。大丈夫だ」
「オーケー。乗り込もうぜ」
東雲はホテルのエントランスに向かっていく。
数名の警備要員が、ブランド物のスーツの上からボディーアーマーとタクティカルベスト、そして人民解放軍の最新のブルパップ式の自動小銃を構えている。
「ハロー。極東道盟のアジトで間違いないか?」
「何だ、お前たちは。客じゃないなら失せろ」
「質問には答えないってか。なら、突破させてもらうぜ」
次の瞬間、東雲と八重野が一斉にチャイニーズマフィアの警備要員を切り捨てた。
警備は警告を発することもなく倒れ、血が撒き散らされる。
「突っ込むぞ、八重野。面倒なことは抜きだ。ボス以外は叩き切って片付ける」
「了解した」
東雲は“月光”を展開してホテルのエントランスに飛び込む。
「カチコミだ!」
「叩きのめせ!」
チャイニーズマフィアの警備要員の装備は民間軍事会社のそれと比べるとまちまちで強化外骨格を装備したり、自動小銃や機関銃ではなく低威力の短機関銃を装備したものもいる。
だが、今は等しく全て敵だ。
「八重野! 無人警備システムを敵に向けられないか!?」
「無理だ。敵味方識別システムを再構築するのにはかなりの時間がかかる。我々だけでやるしかない」
「畜生」
東雲は強化外骨格を装備して7.62ミリの機関銃で攻撃してくる警備要員に“月光”を投射して叩き切り、沈黙させ、返す刀で別方向から対物狙撃銃で狙ってくる敵を斬り殺した。
「援軍を呼べ! 殴り込みだぞ!」
「増援が向かっている! 持ちこたえろ!」
ホテルのカウンターを遮蔽物に銃撃を続ける中国人たちが叫ぶ。
「増援が来る前に片付ける」
八重野がカウンターの臨時機関銃陣地に飛び込み、警備要員たちを惨殺した。
「援軍が来ちまったぜ。突破するぞ!」
「気を付けろ。中国製の生体機械化兵だ」
次の敵の増派で派遣されてきたのは強化外骨格を装備した部隊と身体を高度に機械化した生体機械化兵だった。
生体機械化兵は口径14.5ミリの中国製の電磁ライフルで武装し、東雲たちを銃撃してくる。
「クソ野郎ども。片っ端からジャンクにしてやる」
東雲は“月光”を高速回転させて銃弾を防ぎつつ、一方で“月光”を投射して増援の警備要員たちを斬り伏せる。
「畜生! 敵はサイバーサムライだぞ! どこの連中が派遣してきやがった!?」
「いいから黙って撃て! 奴らを殺せ!」
激しい銃撃の中、動いたのは八重野だった。
八重野は銃弾をすいすいと躱し、電磁ライフルで攻撃していた生体機械化兵を超電磁抜刀で斬り倒した。
「いい感じだ、八重野! このままぶっ潰していこうぜ!」
「ああ! 全員撫で斬りにしてやる!」
東雲と八重野はチャイニーズマフィアの元人民解放軍の軍人たちを相手に大暴れする。ギャングから昇進して雇われた一般人連中は真っ先に殺されており、今は重武装の元軍人たちが東雲たちと交戦している。
「対戦車ロケット! 叩き込め!」
「後方に注意! 撃て!」
中国製のサーモバリック弾頭のロケット弾が東雲たちの周りに叩き込まれた。
激しい衝撃波が発生し、東雲の内臓がミキサーにかけられたようになる。
「このっ! このクソ野郎! いい加減にしやがれよ!」
東雲が弾頭を再装填して発射準備に入っていた警備要員に“月光”を投射し、対戦車ロケットランチャーの射手は死亡。
だが、既に装填されていたサーモバリック弾頭が死の間際に引き金が引かれ、ホテルの天井に命中。爆風によってチャイニーズマフィアの警備要員が纏めて死亡する。
「イエイ! ラッキーストライク! 八重野! そっちは大丈夫か!」
「大丈夫だ! 今、制圧している! もう少しだ!」
「任せたぜ!」
東雲は八重野にそう言い、中国製の軍用ボディで武装した生体機械化兵を相手にする。
「くたばれ、クソサイバーサムライ!」
「くたばるのはてめえだ、ブリキ缶野郎!」
生体機械化兵が電磁ライフルを乱射するのに東雲は“月光”を高速回転させて肉薄し、生体機械化兵を“月光”の刃で串刺しにする。
「お、おのれ……」
「ざまあみろ。人様にバカスカ銃弾を撃ち込むからだ」
そこで東雲は気づいた。軍用ボディから蒸気が発生していることに。
「しまった!」
廃熱処理に失敗した軍用ボディが熱暴走を起こして爆発し、装備していた武器弾薬も勢いよく誘爆する。
大爆発。
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