シンジケート//情報屋
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──シンジケート//情報屋
東雲たちはジェーン・ドウに言われた仕事であるTMCで暴れた六大多国籍企業の動きについて探ることにした。
まず当たるのは情報屋だ。
「八重野。別についてこなくてもいいんだぞ」
「いや。私も同行する」
東雲がいつもの酒場を目指して繁華街を歩くのに、八重野がついてくる。
「まあ、大人しくしていてくれるならついてきてもいいぞ」
「ありがとう」
東雲と八重野はTMCセクター13/6の繁華街を歩く。
昼間でもセクター13/6は物騒だ。
ギャングたちは昼間から電子ドラッグをキメて屯しているし、連中は通行人などを襲って金や臓器、インプラントを奪う。
ただの電子ドラッグジャンキーも危険人物だ。突然刃物や銃を振り回して暴れ出し、一般市民が巻き添えになる。
これらから身を護るには警察権を握っている大井統合安全保障から見放されたセクター13/6では自衛するしかない。
発砲しても警察庁や大井統合安全保障に通知が行かないIDが抹消された銃が、このセクター13/6では大量に出回っており、電子ドラッグより安く手に入る。
「相変わらずクソみたいな街だぜ」
“美味しい”“愉快”“寿司”とホログラムが表示されている店の隣で電子ドラッグジャンキーが蜂の巣にされて腐臭を放っていた。異臭のする嘔吐物と黒くなった血がそのまま残っている。
「これがストリートというものだろう。社会の掃きだめ。コンクリートのサバンナ。電子ドラッグを買う金のために殺し、遊ぶ金のために殺し、ただ暇つぶしに殺す」
「全く。こんな場所に骨を埋めるしかないとはな。悲しくなってくる」
「ストリートで犬に食われて死ぬよりマシだろう」
八重野はそう言って肩をすくめた。
「さて、まずは清水に会おう」
清水がよくいる酒場に東雲たちは入った。
合成アルコールの化学薬品臭がする酒場の中で東雲は清水を見つけた。
「清水。久しぶりだな」
「久しぶりだね、東雲さん。何か情報をお求めかい……」
清水は相変わらず何が混じっているか分からない酒を飲んでいる。
「この前、TMCで暴れた連中がいるだろう。成田国際航空宇宙港を襲撃し、セクター9/3の居酒屋を襲撃し、大井医療技研を襲撃して生物医学的サンプルを奪取した連中」
「知ってるよ。いくら払う」
「7000新円」
「オーケー、オーケー。前払いだよ」
「分かってるよ。端末貸せ」
東雲が清水の端末に7000新円をチャージする。
「極東道盟っていうチャイニーズマフィアがグローバル・インテリジェンス・サービスに手を貸したってもっぱらの噂だ。六大多国籍企業の民間軍事会社だって、この天下のTMCでこっそり活動するには苦労する」
「知ってる。俺たちも国外で活動するのは苦労した」
「なら話は早い。武器などの装備を他国に、特に島国の日本に持ち込むには正規の手段は通じない。正規のルートから運び込もうものならばすぐに大井統合安全保障などの警察権を持つ民間軍事会社に察知される」
「で、犯罪組織を使う」
「そう。グローバル・インテリジェンス・サービスもそうした。犯罪組織である極東道盟を利用して、装備の類を持ち込んだ。銃火器から自爆ドローンまで」
「そいつはジェーン・ドウが気に入らないニュースだな」
「そうだろうね。もう大井統合安全保障はこの取引の件を嗅ぎつけつつある。またこのセクター13/6に強襲制圧部隊が投入されるのは時間の問題かもしれないね」
清水はそう言って肩をすくめた。
「また大騒ぎか。だが、そのチャイニーズマフィアどもも自分たちが大井統合安全保障に狙われていることぐらいは分かるだろう。今頃夜逃げの準備か?」
「かもしれない。それか底抜けの楽天家の集まりなのか」
「いずれにせよ大井統合安全保障によって殺されるだろうな。遅かれ、早かれ」
東雲が頷く。
「大井統合安全保障の強襲制圧部隊がくれば皆殺しだけど、ちょっと知りたいことがあるなら、先に接触することをお勧めするよ」
「どうせ大した情報は持ってないだろ。大井統合安全保障にお任せするさ。連中がきれいさっぱり生きていた証を消し去ってくれるだろう」
「タンパクだね。俺の情報によればあんたの連れのジョン・ドウはグローバル・インテリジェンス・サービスと繋がっている可能性があるってようやく情報が出てきたところなんだがね」
「知ってる。ジャスパー・アスカムだろう。グレイ・ロジカル・アナリティクスって会社の所属。グローバル・インテリジェンス・サービスとはそこで取引してた」
「参ったね。東雲さんのところのハッカーは優秀でいらっしゃる」
清水が降参というように片手を上げた。
「それよりも次の攻撃が企てられてないか知りたい。グローバル・インテリジェンス・サービスの連中は完全に撤退したのか?」
「さてね。それこそ極東道盟に聞けばいいんじゃないかい?」
「クソ。あいつらの相手はできないんだよ。俺はジェーン・ドウの所属だから、ジェーン・ドウが許可しない限り連中には手を出せない。そういう決まりだ」
「じゃあ、待つことだね。大井統合安全保障の強襲制圧部隊が暴れた後は必ず死体漁りがうろついて臓器やらデバイスやらを売買する」
「普段なら嫌な連中ながら役には立つ。待つとしよう。情報が入ったら教えてくれ。金は出してやる。もうTMCが他所の六大多国籍企業の連中によって滅茶苦茶にされないという保証が欲しい」
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「そいつは難しいね。今は全体的にホットな時期だ。メティスの白鯨を巡る問題、そしてマトリクスの魔導書問題。そこら中に戦争の火種がある」
「何してるんだ、大井統合安全保障は」
東雲はそう言って呆れた。
「東雲さんも海外で仕事したことがあるんだろう。必ず民間軍事会社の警備には穴があるってものだ。民間軍事会社がどうやって儲けるかと言えば過大請求をして実際のサービス以上の金を手に入れることなんだからね」
「悪徳商売の極みだな」
民間軍事会社は大井統合安全保障やALESSのような直接戦闘に関わるような部隊も、後方の兵站やインフラの整備を行う会社も、とにかく過大請求で儲けようとする。第二次湾岸戦争──イラク戦争からその傾向は顕著だった。
「ああ。そういえばアトランティス・ユナイテッド・タワーが襲撃されたのは東雲さんの仕事だろう。あれはどう処理されたか知ってるかい……」
「さあね。少なくとも大井統合安全保障は追いかけてきてない」
「それもそうさ。あれは反グローバリストのテロだってことになった。反グローバリズムを掲げる極左暴力集団が強襲されて裁判もなしに皆殺しにされた。そもそも本当にテロリストかどうかも分からないのに」
「このご時世に反グローバリストやってる時点で間抜けだろう。六大多国籍企業に喧嘩売って無事で済むと思っている奴はクソボケだよ。脳みそお花畑にもほどがある」
「東雲さんは今の体制を受け入れているみたいだな」
「おいおい。TMCがどこから食料を買ってると思うんだ? 全部メティス・バイオテクノロジー製だぜ。カナダや中南米で生産される人工食料がなければ俺たちは纏めて飢え死にになるだろう」
反グローバリストは国際貿易の拡大が自国の経済的自立を脅かし、一方的に価値観を押し付けられると思っている。
だが、六大多国籍企業というグローバリズムの最たる存在が今の世界を支配しているのにそんな言い分は聞いてもらえるどころか、テロの罪を擦り付けられて殺される世の中である。
「体制にむやみやたらに逆らって、殺されるよりも従順な奴隷でいるよ。どこか外国の環境が破壊されようが、経済的に搾取されていようが、価値観を押し付けられようが、その日の飯が食えて眠る場所があるなら十分」
「まあ、下々のものたちはそんなものだろうね。六大多国籍企業は遥か高みにある存在だ。逆らえる相手じゃない。逆らっても待っているのは死だけだ」
「グローバリゼーション万歳。資本主義万歳。マルクスは資本主義が行きつくところまで行きついたら共産主義の時代が来るって言ってたんだけどな」
「共産主義は帝政ロシアや中国のような資本主義が碌に根付いていない場所で起きたから、失敗したのかもね。だけど、カール・マルクスは19世紀の人間だ。ナノマシンの必要性や大規模な環境破壊、六大多国籍企業の台頭まで予想はできてない」
「所詮は地球が健全であった19世紀の戯言か。今じゃ何もかも滅茶苦茶。経済も、環境も、価値観もクソッタレのどん底に落ちてる」
「東雲さんは特にこのセクター13/6に生きてるからね」
「うんざりしてくるよ。街に出かけて死体を見ない日はない」
東雲がそう言ったときARに通知が来た。
ジェーン・ドウだ。
「呼び出しだ。酒はそこそこにしておけよ。健康に悪い」
「今のご時世健康に悪くないものなんてないさ」
東雲はそう言って八重野を連れて酒場を出た。
「ジェーン・ドウか」
「ああ。セクター4/3の喫茶店に来いとさ。一緒に来るか?」
「そうさせてもらおう」
「あいよ。じゃあ、行きましょう」
東雲たちは電車に乗ってセクター4/3を目指した。
大井統合安全保障のしっかりとした巡回が行われており、電子ドラッグジャンキーの死体が転がっていることもない清潔で金持ちのための場所だ。
「遅いぞ」
ジェーン・ドウはイライラした様子で東雲たちを待っていた。
そして、スキャンを終えて個室に通される。
「仕事かい……」
「そうだ。仕事だ。前のグローバル・インテリジェンス・サービスの連中の騒動に極東道盟というチャイニーズマフィアが関わっている。第三次世界大戦の後で新政権に追われて日本に逃げてきた連中だ」
「聞いてるよ。情報屋からね。グローバル・インテリジェンス・サービスの仕事を手伝ったんだろう。大井統合安全保障の強襲制圧部隊がまたセクター13/6で暴れると思うとげっそりするぜ」
ジェーン・ドウが天然コーヒーを片手に言うのに東雲がチーズケーキを口に運びながらそう返した。
「馬鹿な連中だよ。大井統合安全保障のケツを舐めてれば生き延びられたのに、一時の儲けのために馬鹿をやった。この大井の天国であるTMCで他の六大多国籍企業に手を貸すのはチンパンジーより間抜けだ」
「で、そのお馬鹿さんたちに何か用事かい? 結局、大井統合安全保障の強襲制圧部隊が皆殺しにして、セクター13/6は大荒れになるってだけの話だろ?」
東雲が怪訝そうにジェーン・ドウに尋ねた。
「そうもいかん。大井統合安全保障の強襲制圧部隊がやるのは皆殺しだけだ。情報の回収や尋問、拷問の類はやらない。サクッと殺して事件解決ってわけだよ。しかし、俺様は情報が欲しい。連中の握ってる情報が」
「死体漁りが盗んだデバイスを売りに出すよ」
「おい。俺様が意地汚い死体漁りなんて信頼しているように見えるか? 俺様は死体漁りの情報は当てにしない。生の情報が欲しい。つまりは極東道盟が生きたまま握っている情報だ」
「ちょっと待てよ。そいつらは大井統合安全保障の強襲制圧部隊が皆殺しにするんだろう? 俺に大井統合安全保障の強襲制圧部隊が突入してくるのに怯えながら、チャイニーズマフィアを尋問したりしろって?」
「そうだ。それが仕事だ。大井統合安全保障の強襲制圧部隊は拠点の制圧を5時間後に控えている。それまでに情報を奪ってこい。お前ならチャイニーズマフィアごとき相手するのは楽だろ」
「気軽に言ってくれるぜ」
東雲は心底嫌そうな顔をしてジェーン・ドウを見た。
「命令だ。やれ。お前の相方のハッカーどもはマトリクスで大暴れしているから支援はないぞ。そこのちびのサイバーサムライを頼れ」
「任せてくれ」
ジェーン・ドウがそう言い、八重野が頷く。
「欲しい情報はグローバル・インテリジェンス・サービスのどのような作戦を支援したか。これからも支援する予定はあるのか。他の犯罪組織は関わっていないかだ」
「俺たちと犯罪組織は不可侵条約を結んでるだろ」
「連中がこっちに被害を与えない限りの話だ。連中はアトランティスに味方した。条約は無効だ。さあ、さっさと仕事にかかれ。時間がないぞ」
ジェーン・ドウはそう言ってコーヒーを飲み干した。
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