企業亡命//研究所
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──企業亡命//研究所
東雲たちはチェックポイントを次々に通過していく。
チェックポイントはレベルに応じて強化されており、アトランティス・バイオテックの研究所にもっとも近い場所では、地対空ミサイルを搭載した車両と軍用装甲車、そしてアーマードスーツが警戒に当たっていた。
「レベル2のコントラクターか? 何の用事だ?」
「研究所の警備を手伝えという命令だ。命令書はこれだ」
「待て。確認する」
強化外骨格を装備したALESSのコントラクターが尋ねるのにセイレムがデジタル上で命令書を渡した。
「確認した。通れ。ディレクティブ72発令下だ。厳重に警戒しろ」
ALESSのコントラクターは東雲たちを通過させた。
「研究所の内部構造は頭に叩き込んでるな?」
「大丈夫だ」
呉が尋ね東雲たちが頷く。
「シエラ・ゼロ・ワンよりチャーリー・ゼロ・ワン。これより研究所内に侵入する。生体認証スキャナーのハッキングは完了したか?」
『チャーリー・ゼロ・ワンよりシエラ・ゼロ・ワン。ハッキング完了。タンゴ・ゼロ・ワンの到着予定時刻は1425。変更なし。現地に留まれる時間は3分だ』
「時間厳守だな」
東雲がそう呟く。
「いくぞ。急がないと輸送チームに置いていかれる。研究者をすぐに連れ出して、輸送チームに予定通り合流するんだ」
「分かっている」
東雲が言うのに八重野が頷き、研究所の入り口に向かう。
研究所の生体認証スキャナーが東雲たちをスキャンするが、問題は起きない。生体認証スキャナーのハッキングは完了している。
「目標はカフェにいるはずだ。すぐに合流しよう」
東雲たちは研究所に入り、カフェに向かおうとする。
「そこで何をしている」
だが、予定外のことに研究所内にはALESSの重武装のコントラクターたちがいた。
「最悪」
「突破するぞ」
東雲が心底嫌そうな顔をし、セイレムが前に出る。
超電磁抜刀でセイレムがALESSのコントラクターを強化外骨格ごと斬り倒し、一気に交戦状態に突入する。
「敵だ! コントラクターに偽装している!」
「制圧しろ!」
ALESSのコントラクターたちが一斉に銃口を向けてくる。
「ミンチにしてやるぜ」
東雲が銃弾を叩き込んでくるALESSのコントラクターに向けて高速回転する“月光”を叩き込んだ。血飛沫が舞い散り、肉片が飛び散る。
「遮蔽物! 遮蔽物!」
「どうして無人警備システムが動かない!?」
ALESSのコントラクターたちは研究所の高級感を感じさせるお洒落なインテリアの影に隠れて東雲たちを銃撃する。
「本部、本部! ヴァンデンバーグ・アトランティス・インスティチュートにて侵入者と交戦中! 応援を求める! 聞こえてるのか! おい!」
「通信妨害だ! C4Iシステムをハッキングされてるぞ! 畜生!」
ALESSの無線機オペレーターが叫ぶのに他のコントラクターが銃撃を続ける。
『東雲。ALESSのC4Iシステムを部分的にマヒさせている。けど、向こうのサイバーセキュリティチームが対応すると思う。急いだ方がいいよ』
「そうするよ。ありがとな」
『お土産忘れないでね』
ベリアがウィンクして通信を切る。
「警備は全滅させないとダメだろうな。ヘリを呼ぶときに妨害があるのは困る」
「どれだけの警備がいるのか確認している」
東雲が遮蔽物に隠れて言うのに八重野がワイヤレスサイバーデッキで研究所の構造物をハッキングする。
「生体認証スキャナーが把握しているALESSのコントラクターは1個小隊40名。全員がこっちに向かってきている。装備の中にはアーマードスーツ、オートマチックグレネードランチャーや分隊支援火器もある」
「あーあ。随分な歓迎っぷりで。楽しくなってくる。全員叩き切って、ルーカスを連れ出すぞ。警備は全滅させる」
「分かった。やってやろう」
東雲がいい、八重野が急ごしらえの機関銃陣地から射撃を続けるALESSのコントラクターたちを睨みつける。
「3カウントで機関銃陣地を制圧する。俺が先頭に立つから続け。いいな!」
「いいぞ! 一気に殲滅しよう!」
「3カウント!」
3──2──1──。
「突撃!」
東雲が“月光”を高速回転させて機関銃陣地に突っ込む。銃弾が弾かれ、激しい金属音を立てながら東雲が機関銃陣地に突撃した。
「おらあっ! くたばりやがれ!」
「クソッタレ──」
機関銃陣地で機関銃を操作していたコントラクターの首が刎ね飛ばされ、周りのコントラクターたちも東雲の後に続いた八重野たちによって強化外骨格ごと叩き切られた。
「よっしゃあ! 次来いや!」
「言われるまでもなく来てるぞ! アーマードスーツ6体を含む歩兵部隊!」
「ぶっ潰してやる!」
東雲が勇猛果敢にもアーマードスーツを含めたALESSの歩兵部隊に突っ込む。
アーマードスーツは30ミリ機関砲とオートマチックグレネードランチャーで東雲を集中攻撃するが“月光”が弾いて攻撃は到達しない。
「血を流してくれるから大歓迎だぜ、ベイビー!」
東雲はニッと笑うと“月光”の刃を投射しALESSのアーマードスーツを乗員ごと貫き、“月光”にたっぷりと血を吸わせた。
「東雲! 突出し過ぎるな!」
「大丈夫だ! そっちこそ撃ち漏らすなよ!」
「ああ!」
東雲は警備部隊の奥に潜り込んで暴れ、呉たちは東雲が撃破しそこなった敵を叩き切っていく。片っ端から皆殺しだ。
「無人警備システムの相手をしないでいいってのは最高だな」
「東雲。警備は片付いた。カフェに向かうぞ」
「あいよ」
東雲が“月光”を格納して、呉たちと一緒にカフェに向かう。
「ルーカスは来てるか」
「カフェには何名かいる。研究者とカフェのスタッフ。今、生体認証を行なってルーカスを探しているところだ」
「見つけたら教えてくれ。ベリア、外の警備は動いてないか?」
セイレムが生体認証を行うのに東雲がベリアに尋ねる。
『静かなものだよ。けど、気を付けて。ALESSの緊急即応部隊が汚染源に到着した。化学戦部隊も。そろそろテロが欺瞞工作だとバレるよ』
「もうかよ。でも、混乱は続いてるだろう?」
『それは続いている。今やニューヨークはスズメバチの巣。迂闊に首を突っ込むと蜂の巣にされても文句は言えない。それを制圧しようってのは骨が折れるよ。ALESSとハンター・インターナショナルが同時に展開しても』
「そいつはいいや」
東雲は上機嫌に口笛を吹く。
「生体認証完了。いたぞ。ルーカスだ」
「時間は1410。余裕あるな。連れて行こうぜ」
セイレムが告げるのに東雲が片手を振ってそう言った。
「き、君たちが引き抜きチームか? 間違いないか?」
「間違いないよ。魔女の城からお姫様を助けに来た王子様だ。残念なことにあんたはおっさんだがな」
ルーカスは40代ほどの北欧系の男だった。
ブランド物のスーツと白衣を身に着けており、清潔感のある姿をしている。
「ルーカス・J・バックマンだな。引き抜きに同意するな? 何か問題は?」
「同意する。連れていってくれ。企業亡命は私の意志だ。もうアトランティスにはいられない。彼らの倫理観は狂っている」
「恋人は友人は?」
「いないよ、そんなもの」
ルーカスは残念そうにそう言った。
「持ち出すデータもないな? 全ての処理はできているな?」
「大丈夫だ。今ごろ全てのデータは消去され、偽の情報が上書きされている。この日のために準備してきた。さあ、連れ出してくれ」
「分かった。ついてこい。ヘリが来る」
時刻1415。
『本部よりニューヨークに展開中の全部隊へ。化学テロはデマだと判明した。繰り返す化学テロは欺瞞だと判明。混乱に乗じた破壊工作に警戒せよ。暴徒鎮圧作戦に参加中の部隊は引き続き暴動を鎮圧せよ』
ついに化学テロがただの着色ガスによるものだとバレた。
時刻1420。
『チャーリー・ゼロ・ワンよりシエラ・ゼロ・ワン。タンゴ・ゼロ・ワンは間もなく研究所前の広場に到着する。ドローンの映像によればALESSのヴァンデンバーグ人工島における部隊は警備を続けている』
時刻1423。
「来たぞ」
「お迎えの到着だ」
タンデムローターのALESSの塗装がされた大型輸送ヘリが研究所前の広場に着陸した。ダウンウォッシュから身を護るように東雲たちが顔を覆う。
「乗り込め! ALESSの早期警戒管制機にはもう捕捉されている!」
「了解! 八重野、ルーカスを連れてこい!」
医療チームの佐伯がヘリから叫ぶのに東雲たちがヘリに乗り込む。
「ルーカス・J・バックマン? 医療記録は見せてもらった。今からスキャンを行う。この中に入ってくれ。全てのナノマシンと生物医学的処置について把握する」
「分かった」
佐伯がそう言ってルーカスを機動衛生ユニットの中に入れる。
『少し揺れるぞ。ALESSのドローンが近づいている。衝突を避けたい』
「なるべく揺れないようにしてくれ。精密作業になる」
インカムで暁が操縦席から伝えるのに佐伯がそう言ってスキャンの進行状況を眺めていた。ナノマシンや生物医学的処置、発信機の類について詳細な情報のスキャンが行われていく。
「バイオウェアを確認。これから撤去する。オペの準備を」
「了解」
佐伯たち医療チームが機動衛生ユニットの中に入って手術を始めた。
そこでヘリが少しばかり揺さぶられる。
ハンター・インターナショナルの無人戦闘機だ。
『こちらハンター・インターナショナル・エアロスペース・サービス・アバランチ戦術戦闘飛行隊所属機。そちらの所属と任務を述べよ』
『ハンター・インターナショナル所属のニューヨーク管轄司令部直属のピジョン輸送飛行隊。現在、緊急即応部隊の化学戦部隊を輸送中』
『目的地は?』
『ニューアーク・リバティ国際航空宇宙港』
『待て』
この時点でニューアーク・リバティ国際航空宇宙港では着色ガスによるテロが起きたはずだ。それもまだ着色ガスだとは判明していない。
『確認した。いいフライトを』
ヘリの機内に安堵の息が流れる。
『タンゴ・ゼロ・ワンよりチャーリー・ゼロ・ワン。撤退の準備はできているか?』
『チャーリー・ゼロ・ワンよりタンゴ・ゼロ・ワン。タンゴ・ゼロ・ツーが輸送機で待っている。空港の外は大騒ぎだ。今のうちに脱出したい。予定通りに到着してくれ』
『タンゴ・ゼロ・ワン、了解』
輸送ヘリは真っすぐニューアーク・リバティ国際航空宇宙港に向かう。
「バイオウェアを撤去した。まだ麻酔が効いているが意識はある。厄介なバイオウェアだった。心臓に作用するバイオウェアで定期的に外部から特殊な信号を受信しないと、心臓の筋肉は急速に細胞死を起こし、心機能が停止する」
佐伯が血を帯びた手術衣を脱いでそう言う。
「もう大丈夫なんだな? うっかり目標が死ぬ可能性は?」
「ない。本人は健康そのものだ。酒もタバコも使ってないらしい。ただ、麻酔のせいで動けないからストレッチャーで輸送機に運び込む必要がある」
「準備はできてる。さっさと運んでずらかろう」
佐伯が報告し、セイレムがそう言う。
『ブリッツ・ゼロ・ワンより本部! ニューアーク・リバティ国際航空宇宙港にて化学兵器による攻撃と思われるものを受けている! 化学戦部隊をこっちにも回してくれ!』
『本部よりブリッツ・ゼロ・ワン。緊急即応部隊は現在他のテロ攻撃の可能性があり、派遣できない。現有戦力で対応せよ。汚染源への接近は禁止。化学戦部隊を待って行動するように』
アトランティスの無線通信が流れてくる。
「暁、間に合いそうか……」
『努力している。AELSSのドローンが飛び回っていて、空中衝突警報装置のアラームが鳴りやまない。少しばかり遅れるかもしれないな』
「了解。急いでくれ。これで仕事は終了なんだから」
暁が答えるのに東雲がため息を吐く。
『ニューアーク・リバティ国際航空宇宙港が見えてきたぞ。もう少しで逃げられる。これ以上ALESSやハンター・インターナショナルの妨害がなければ』
「だと、祈りたいね」
ヘリはニューアーク・リバティ国際航空宇宙港への着陸態勢に入る。
『レパート・ゼロ・ワンより本部! ヴァンデンバーグ・アトランティス・インスティチュートにて交戦の痕跡あり! 技術者または研究者が拉致された可能性がある! 警報を発令することを推奨する!』
『本部より全部隊へ。不審な車両または航空機に警戒せよ』
そこでルーカスが引き抜かれたことが判明した。
「あーあ。最悪だ」
東雲が額を押さえた。
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