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企業亡命//偵察

……………………


 ──企業亡命//偵察



 東雲たちは食事を終えてから部屋に戻り、酔いを醒ますと仕事(ビズ)の前に偵察に向かうことにした。


 すなわちヴァンデンバーグ人工島に。


「ヴァンデンバーグ人工島に橋は3ヵ所。どれもマンハッタンに繋がっている。橋にはチェックポイント。ALESSの軽装備のコントラクターと生体認証スキャナー」


「オーケー。テロの警報が発されたらここをALESSのIDで通過することになる。トロントのときのようにIDが偽造とバレるのはごめんだぜ」


 東雲と八重野はコンビを組んで偵察を行なっていた。


 テロのデマを流す地域の偵察は呉とセイレムがやっている。


「行けるところまで行ってみよう。先に進むぞ」


 東雲がドイツ製の高級SUVを運転し、ヴァンデンバーグ人工島に入る。


「随分と複雑な構造をしているな。島というよりオイルリグって感じだ」


「ニューヨークには港湾施設がある。船の行き来を遮らないように高い構造物になっているんだ。船が人工島の構造物に遮られることなく移動できるように」


 海上に高く存在するヴァンデンバーグ人工島に東雲と八重野が言葉を交わす。


「高層ビル。全てアトランティスのものか?」


「95%はな。ヴァンデンバーグ人工島はマンハッタンの都市開発が限界になったときに、それを解決するために作られたものだ。アトランティスが開発資金を100%出していて、事実上のアトランティスのものだ」


 八重野がそう説明する。


「あんた、ニューヨークで仕事(ビズ)をやったことは……」


「数回ある。それなりには詳しいつもりだ」


「じゃあ、期待させてもらうよ」


 東雲たちはチェックポイントのALESSのコントラクターの視線を受けつつもヴァンデンバーグ人工島に入った。


「流石に警備が固いな。そこら中にALESSのパトロールがいる。軍用四輪駆動車に乗って、巡回している。そして軍用四輪駆動車にはガトリングガンがマウントされている」


「対戦車ミサイルをマウントした車両や地対空ミサイルをマウントした車両もある。連中は刺激したくないな」


「全くだ」


 八重野がそう言い、東雲が頷く。


「そう言えばニューヨーク管轄のALESSの指揮官はイザック・アルグーって男らしいが知っているか、八重野……」


「聞いたことはある。悪名高いバトナの虐殺に関わっているらしい。第二次アルジェリア紛争でフランス軍がアルジェリアを自由化したときに、イスラム原理主義の民兵組織がバトナで蜂起した」


「で、それを虐殺した」


「そう。戦車と装甲車で7日かけて大量の民兵と一般市民を虐殺した。フランス軍は一切の関与を否定している。フランス軍を支援した民間軍事会社(PMSC)のスポークスマンも同様に」


「やれやれ」


 八重野が淡々と説明し、東雲が呆れた様子でヴァンデンバーグ人工島の中を眺めた。


 高層ビルが連なり、ARには企業の宣伝ホログラムが流れている。アトランティス関係の会社のホログラムばかりだ。


「ビルの屋上にはレーダーと地対空ミサイルが配備されている。ニューヨーク市民は二度も911を起こされては敵わないってことだ」


「本当にヘリで脱出できるのか心配になってきたぜ」


 高層ビルの屋上には地対空ミサイル。ハイジャックされた航空機がニューヨークのビルに突っ込む前には撃墜できるようになっている。大型旅客機も一撃で撃ち落とせる大型弾頭の地対空ミサイルだ。


「ALESSの警備が思ったより厳重だな。そこら中をガトリングガンをマウントした軍用四輪駆動車がうろうろしてる。パトロールは戦闘用アンドロイドを連れていて、戦闘用アンドロイドは重武装だ」


「そのようだな。IDが偽装だとバレたら蜂の巣にされるだろう」


「最悪」


 八重野がヴァンデンバーグ人工島の警備に当たっているALESSのコントラクターたちを見てそう言うのに東雲がうんざりした様子だった。


「タリホー。アーマードスーツを視認。レベル3へのチェックポイントだ。俺たちの今のIDではレベル3には入れない。レベル4をぐるっと回ったら帰ろう」


「分かった」


 八重野はそう言い、レベル4の様子をゆっくりと観察していった。


「無人警備システムは隠されているな。それらしい反応はあるとベリアが言っている。表向きは血の通った人間がサービスを提供していますということにしたいらしい」


「ロボットやAIよりも人間によるサービスがもてはやされるのは謎だな。私にとっては人間はロボットよりもミスを起こすという認識だ」


「ヒューマンファクターか。どうせAIの引き金を引いているのは人間なんだろう? ロボットは人間様の言うことを聞くだけだ。ミスは人間と同じ程度だろう」


「AIは表向きは引き金を引かないし、ミスもしないということになっている。しかし、ロボットが狙いを定めた目標が間違っている可能性もある。ロボットのセンサーは完璧でないし、限定AIも有能とは言えない」


「ロボットの方がミスが多いのか?」


「オープンデータから導き出される統計上はな。だが、今の世の中はロボットに頼らなければ成立しないようになっている」


「誰も戦争なんて危ないことはやりたくないし、どの国も少子高齢化。今は少子高齢化は国の人工子宮による人口増加政策と国による子育てで回復しつつあるけど、それでも誰も軍人になんて安い給料でこき使われて危ないことはしない」


「そういうことだ。それでも軍人や警察官は一定数存在する。軍はナノマシン治療の無料化や美容整形外科のサービスで若者を釣っている」


「自衛隊もただで免許が取れるって宣伝してたっけ」


「今の日本国防四軍も似たようなものだ」


 ぐるりと東雲たちはヴァンデンバーグ人工島を巡った。


 高層ビルが隙間もなく聳えたち、その先にはアトランティスの厳重に警備された区画が見えるがアトランティスの研究所そのものは見えない。


「これぐらいだな。ホテルに戻ろう」


「分かった」


 東雲の運転で車はホテルに戻る。


 そして、東雲たちは引き抜きチームの指揮通信チームの部屋に向かった。


「偵察完了だ。情報はこの通り」


「ご苦労だった」


 東雲がARデバイスから指揮官のリアムにデータを送る。


「概ね予想通りだな。ALESSのパトロールとチェックポイントのユニットは通常業務部隊だ。すなわちALESS上層部はニューヨーク市で、ヴァンデンバーグ人工島で、テロが起きるとは思っていない」


 リアムがそう言って第一段階が解決されたと付け加える。


「テロの欺瞞情報を流す場所については?」


「この情報を見てくれ。ALESSとハンター・インターナショナルの緊急即応部隊(QRF)以外に脅威はない。そして、ALESSのパトロールは核兵器(N)生物兵器(B)化学兵器(C)に対する備えが万全ではない」


「その状態でニューヨークの経済中枢を攻撃する、と。ALESSとハンター・インターナショナルがテロがデマだと気づくのにはどれほどかかる?」


「専用の測定装置を持ったALESSの化学戦部隊が展開するまで最低でも20分。ただ、ガスがただの着色ガスだと判明しても現場はパニックだ。チェックポイントのコントラクターも防護装備を持っていないから逃げるしかない」


「パニック」


 リアムの説明に東雲がそう指摘する。


「その通りだ。大パニックになるだろう。この国は2048年に反連邦主義者が実行したワシントンメトロでの炭疽菌によるバイオテロを受けている。警戒心はかなり高い。相当なパニックになるだろう」


「それもテロが起きるのは金持ちの暮らす経済中枢。ALESSはどうあっても対応しなければならない。それでいて防護装備と測定装置を持った化学戦部隊が展開するまでは時間がかかる」


「その間にチェックポイントを暴徒が突破し、略奪を行うことも計算の内だ」


 セイレムが指摘するのにリアムが頷く。


「ALESSは相当な戦力をテロの起きた地域に投入せざるを得ず、他は手薄になる。混乱によって指揮系統が狂い、AELSSの制服を着ていれば自由に動ける」


「ヘリの移動についても大丈夫そうか?」


「問題ない。ALESSの緊急即応部隊の暗号コードも取得している。偽装は完璧に行えるだろう。そして、得てして大事件が唐突に起きたときは軍も警察も独自の判断で動くことが推奨される」


「第二次世界大戦のドイツ軍からの伝統だな。ガチガチに計画通り、命令通りに動くというのは即応性に欠ける」


「ALESSの最高経営責任者(CEO)は元アメリカ特殊作戦軍(SOCOM)司令官のローガン・M・テイラー海軍大将だ。特殊作戦部隊は特に現場での判断を重視する」


 セイレムが言うのにリアムがそう説明した。


「軍人ばかりだな。ALESSのニューヨーク管轄の司令官はフランス軍の将軍。イザック・アルグー。こいつも乱暴な奴らしいぜ。アルジェリアで虐殺を起こしたとかで」


「それについては警戒している。イザック・アルグーは市街地戦と低強度紛争のプロだ。どうやって市街地における混乱を鎮圧するかについて理解している。だが、化学テロに対処するのは初めてだ」


「奴が着色ガスにビビってくれればいいんだが」


 東雲が愚痴る。


「たとえイザック・アルグーが軍人上がりの強権的な人間だろうと今は民間軍事会社(PMSC)のコントラクターだ。顧客は大事にしないといけない。金持ち相手には発砲しづらいだろう。暴徒には容赦なく発砲を命令するだろうが」


「ALESSの装備はなかなかのものだったな。とてもじゃないが普通のお巡りさんのそれには見えない。重武装も甚だしい。手錠かける気なんて全くないだろう」


「アメリカの警察機関の重武装化は今の始まったことじゃない。ここは銃乱射事件が起きるし、テロの対象にされるし、反連邦主義の民兵(ミリシア)や白人、黒人、アジア人の人種差別主義者がうようよしている」


「そういう連中を制圧するのには手錠と警棒じゃなくて、機関銃とグレネード弾ってわけだ。ニューヨークも治安は悪そうだが、いざ混乱が起きて暴れる連中はいるのか?」


 リアムの説明に東雲が尋ねる。


「ギャング。アイルランド系のユニオン・ウェスタン。黒人系のパワー・オブ・ブードゥー。アジア系のアジアン・スクラム。こいつらはニューヨークに縄張りを持っていて、何でもやる。ほぼマフィアの下っ端だ」


 リアムがニューヨークの地図を指さしながら説明した。


「次に白人至上主義者のサンズ・オブ・ジェネラル・フォレスト。黒人至上主義のブラック・ファースト。中華系至上主義者の渾沌。どいつも武装して殺し合っている。武器の調達はギャングやマフィアから」


「チャンスのある人種坩堝が今やバルカン半島並みの弾薬庫だな」


 リアムの言葉に輸送チームのアダムが肩をすくめる。


「それからニューヨーク市の独立を主張する民兵(ミリシア)のニューヨーク・リバティ・フロント。こいつらはかなり訓練された連中だ。元軍人が多く所属している。それでいてガチガチの反連邦主義者だ」


 それに加えてとリアムが続ける。


「こいつらは他のギャングや人種差別主義者と違って核戦争や化学テロに備えている。つまり防護装備を持っているというわけだ」


「おや。となると、化学テロが起きても連中は通常営業ってわけか。どさくさに紛れて独立宣言でもやっちまうかね」


「それもいいだろうが、こっちにも計画がある。テロの宣言はこの民兵(ミリシア)の名前で行うつもりだ。こいつらは危険思想の持ち主で、それでいて技術がある。爆弾を作ったり、毒ガスを作ったりする技術が」


「そいつはいい。テロに真実味が出る。ALESSだって本気にするだろうな」


「してもらわないと困る。ついでに民兵(ミリシア)の方にもテロが起きるという情報を流す。反連邦主義者のローンウルフ型テロリストがニューヨークで化学テロを起こすという情報をな」


「それに乗じて暴れてくれることを祈るね」


 リアムの計画には民兵(ミリシア)の動きも組み込まれていた。


「それから民兵(ミリシア)が動けば人種差別主義者が動く。ニューヨーク・リバティ・フロントは極右の連中だ。まず黒人至上主義者がリベラルなので暴れる。すると自然に白人至上主義者、中華系至上主義者が暴れ始める」


「ニューヨークの弾薬庫がドカン」


 リアムの説明に医療チームの佐伯が呟くようにそう言った。


「ALESSは間違いなく対テロマニュアルに従って戒厳令を布く。そこら中にALESSのコントラクターが動員されるだろう。ストリート、ビジネスビル、そして空港」


「ALESSの制服を着て、ALESSのコントラクターのIDを持っていればどこをうろついても怪しまれない。便利な状況になるな」


「ALESSが全てを鎮圧するまで1時間以上はかかる。それまでにルーカス・J・バックマンをヴァンデンバーグ・アトランティス・インスティチュートから連れ出し、ヘリに乗せてバイオウェアを撤去し、空港から逃げ出す」


「オーケー。やってやろう」


 東雲はそう言ってサムズアップした。


……………………

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