セクター8/3の戦闘
本日2回目の更新です。
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──セクター8/3の戦闘
警備ボットのガトリングガンが火を噴く。
並大抵の遮蔽物は警備ボットのガトリングガンの射撃に耐えられない。
東雲は“月光”をフル回転させて銃弾を防ぎながら、とにかく逃げ回る。
警備ボットの弾が切れるまで逃げ回るか、あるいは反撃するかだが。
「畜生、畜生。この状態で警備ボットを狙えるか……?」
警備ボットはセンサーで周辺を索敵しながら、東雲の逃げた方向に向かってきている。警備ボットが全力で追いかけてきたとしても逃げ切れるだろうが、周辺被害は洒落にならないものになる。
「ジャバウォック。解析は?」
『そう急かさないでほしいのだ。こいつ、迷宮回路のせいで解析を困難にしてあるのだ。しかも、今もデータを収集しながら進化しつつあるのだ』
「データ? どこから?」
『ハックした警備ボット。大井統合安全保障の警備ボットの氷を抜くなんてとてもじゃないが普通のプログラムじゃないのだ。その上氷のデータを収集し、防衛しようとしているのだ』
「もういい。焼き切れ」
『ダメなのだ。ご主人様からデータを集めるように言われているのだ』
「畜生。ベリアの奴、何しているんだ?」
そこで警備ボットのセンサーが東雲を捉えた。
東雲は再び“月光”を高速回転させ、銃弾を弾きながら逃げ続ける。
「クソ。警備ボットの分際で。叩き切ってやる」
東雲は覚悟を決めた。
弾切れを期待するには警備ボットの搭載している弾丸の量は多過ぎる。ただし、一発でも弾の命中を許せば大口径ライフル弾は東雲の肉体をミンチにするだろう。
だが、このまま逃げ回っているよりリスクは低い。
警備ボットを正面に捉え、銃弾を弾きながら、東雲が突撃する。
“月光”を構え、身体能力強化を最大限まで行使し、銃弾の通り過ぎる速度と同等に加速すると“月光”の刃を警備ボットのセンサーと銃座の両方を狙って振り切った。
警備ボットのガトリングガンが金属音を立てて弾き飛ばされ、センサーが同時に切断される。目標を失った警備ボットは数メートル進むと、そのまま動かなくなった。
「次!」
既に東雲は次の警備ドローンが迫っているのを捉えていた。
“月光”を投射し、目標を撃墜する。
「そして、警備ボットのお替わり!」
警備ボットが全速力で東雲のいる通りに突っ込んできて銃弾をばら撒く。
そこで大井統合安全保障のティルトローター機が侵入してくるのが東雲に見えた。
ガンと対物狙撃銃から放たれた大口径ライフル弾が警備ボットに叩き込まれ、警備ボットが狙いを東雲からティルトローター機に移す。
ティルトローター機は急旋回して銃撃を回避し、離脱していった。
「隙あり!」
警備ボットに“月光”が一閃。
センサーとガトリングガンを破壊された警備ボットが機能を停止する。
「ジャバウォック。念のために警備ボットから俺のデータを削除しておいてくれ」
『了解なのだ。それぐらいなら手隙のエージェントにやらせるのだ』
エージェントが何か東雲は分からなかったが、まあ消してくれるなら問題ないだろうと思っていた。
「それで解析は?」
『迷宮回路をようやく捻じ伏せたところなのだ。これで解析できるはず──』
ジャバウォックの声が止まったと同時に銃声が響いた。
「畜生。まだ警備ドローンが……」
『あーあー! 自殺しやがったのだ! こいつ、自分で自分を撃ちやがったのだ!』
「AIが自殺した……」
『ここまでのAIならば自殺することぐらい考え付くのだ。ロボット三原則なんて実在しないのだ』
そもそもロボット三原則があったら、警備ドローンも警備ボットも成り立たないのだとジャバウォックは言う。
「連中はAIが全て判断して射撃しているのか?」
『厳密にはそういうのは自律型致死兵器システム規制条約があるから、あくまで引き金を引くのは人間なのだ。今回は人間がトリガーを引くシステムをハックして、こいつらが引き金を引いていたのだ』
「AIはあくまで目標を示すだけですってか」
『そういうことなのだ。自律型致死兵器システム規制条約はチューリング条約とも関わってくる面倒な条約だから、どの企業もAIに引き金を引かせようなんて考えないのだ』
「だが、この連中は人に非ざるものながら、兵器の引き金を引いた」
『そうなのだ。あ。やばいのだ! 国連チューリング条約執行機関が来たのだ!』
ARからジャバウォックの姿が消える。
それと同時に中型ティルトローター機が東雲のいた場所に向けて降下してくる。
大井統合安全保障の使用しているティルトローター機と同型だが、塗装が違う。真っ白い塗装に黒い“UNTTEA”の文字。
国連チューリング条約執行機関だ。
国連軍機から青いヘルメットの兵士たちが下りてきて銃口を東雲に向けてくる。
東雲は既に“月光”を格納しており、銃口を前に素直に両手を上げて抵抗の意志がないことを示す。
「国連チューリング条約執行機関だ。ここにいたアンドロイドは?」
青いベレー帽を被って防弾ベストとタクティカルベストを身に着けたスリムなアフリカ系の男が東雲に訛りのない日本語で尋ねる。
「電子ドラッグジャンキーと撃ち合って全滅したよ」
「嘘を吐くな。電子ドラッグジャンキーが警備ボット2体を破壊できるはずがない」
「俺が来た時はこうなっていたんだ。知るかよ」
東雲はそう言って国連チューリング条約執行機関の将校を睨み返す。
「データは?」
「ダメです。アンドロイドはどれもメモリを損傷。データは残っていません」
「クソ。警備ボットは?」
「氷が抜かれてます。大井の報告通りです」
「収穫なしか」
ベレー帽を被った国連チューリング条約執行機関の将校がため息を吐く。
「本当に何も見なかったんだな? 非合法なAIとの接触は?」
「おい。俺の首の後ろを見ろよ。これでAIとお喋りできると思うか?」
東雲はそう言って首の後ろにBCIポートがないことを示した。
「おいおい。今どき、BCI手術も受けていないのか?」
「個人的な信条でね」
「反生体改造主義者か? まあ、それなら接触する可能性はないか」
東雲は国連チューリング条約執行機関の兵士たちがアンドロイドの残骸を回収していくのを眺めた。破壊された警備ボットや警備ドローンは大井のもののためか、ほとんど手を付けていない。
「あんたらはどうしてここに?」
「マトリクス上で自律AIと思しきプログラムがこの付近の大井統合安全保障の警備システムをジャックしたのを確認した。そのためだ」
「そうかい」
どうやらジャバウォックは上手く隠れていたらしい。
「撤収だ。帰ってもう一度何か残っていないか調べる」
「了解」
そうして国連チューリング条約執行機関のティルトローター機は破壊されたアンドロイドを回収して飛び立っていった。
「連中、行っちまったぞ、ジャバウォック」
『連中の検索エージェントがまだマトリクス上をうろうろしているのだ。これは暫くそっちの援護はできそうにないのだ』
「ベリアは?」
『ご主人様はまだ仕掛けの最中なのだ。きっと重要な情報を掴んで戻ってくるのだ。それまでジャバウォックは連中の検索エージェントから逃げるのだ』
それではなのだと言って、ジャバウォックはAR上からまた姿を消した。
「おい。ベリア。さっさと帰ってきてくれよ。ローテク人間にこれは辛いぜ」
そう言って東雲はセクター8/3から8/4まで歩いた。
アンドロイドは姿もなく、精霊たちの目撃証言も途絶えた。
TMCセクター8/1はまだマシとして、セクター8/3以降はセクター13/6と変わりない。そう、ゴミ溜めだ。汚染水に宿った水の精霊からは、電子ドラッグジャンキーが殺されて流されていったという話が聞けただけだった。
死体は全裸だったそうだ。
「全裸、ねえ。まさか、洋服を奪ってるってことは……あるかもしれないな」
となると、狙うべきはもっと治安のいいセクターか?
東雲はそう考えながら、セクター8/1まで戻り、電車に乗ってセクター7/1に向かった。マトリクスでグリッドを潰していくように虱潰しで調べることにしたのだ。
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本日の更新はこれで終了です。
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