トロント//情報収集
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──トロント//情報収集
東雲たちが武器の輸送の手筈を整えているとき、ベリアたちはマトリクスに潜り、トロントのメティス・バイオテクノロジー本社についての情報を集めていた。
「メティス本社の構造物は相変わらずの難攻不落の氷だ。白鯨はいなくなったとは言え、こちらもディーを欠いている。手出しはできそうにないね」
メティス本社のシステムは一切手が出せそうにない。
「さて、ベータ・セキュリティの方は、と」
「そう簡単にはいきそうにないよ。ベータ・セキュリティのカナダにおける構造物はかなり強固だ。準軍用氷。当然ながらブラックアイスも」
ベリアがトロントにおけるベータ・セキュリティの構造物を見るのに先に様子を偵察していたロスヴィータがそう言った。
「ふうむ。何とかベータ・セキュリティの氷を抜かないといけない。どうもトロントにおける生体認証スキャナーはベータ・セキュリティの直轄だ。生体認証スキャナーを誤魔化さないと本社には入れない」
「やれやれ。どうあっても難しい仕掛けになりそうだ」
ベリアがトロントの警備システムの構造物を見渡し、ロスヴィータが肩をすくめた。
「そういうものだよ、私たちの仕事は。トロントのベータ・セキュリティやメティスの構造物に迂闊に手を出して本番の前に警戒されることは避けよう。別の場所で情報収集だ」
「了解。BAR.三毛猫だね」
ベリアたちはBAR.三毛猫に向かい、ログインする。
「集める情報は?」
「メティス・バイオテクノロジー本社の現実の情報とベータ・セキュリティのマトリクスにおける情報」
「分かった。多分、ログに何か残っているはず」
ベリアたちはジュークボックスに向かう。
「メティス本社の情報、と」
詳細な検索ワードを入力して、ベリアがログを探る。
「ヒット。“メティス・バイオテクノロジー本社警備システム誤作動事件”」
「味気ないトピックだね。それだけ?」
「メティスの話題はいろいろあるけれど、メティス本社の現実のおける情報はあまりないね。ここってハッカーのたまり場だし」
「まあ、全く何もないよりいいか」
ロスヴィータが言うのにベリアがログを再生する。
『で、メティスに認定された訪問者が当日IDカードを忘れて、警備ボットに蜂の巣にされた。警告も何もなしにいきなりガトリングガンでミンチだ』
パズルゲームのキャラのアバターを使っている女性がそう言った。
『あそこの警備は半端じゃねえ。要塞みたいなものだ。ベータ・セキュリティのコントラクターがうようよしているし、本当に人間が引き金を引いているのか怪しい警備システムがわんさかだ』
アメリカのカートゥーンのキャラをした男性が肩をすくめて語る。
『オンタリオ湖の神経毒で汚染された水中には鯱の脳神経要素をバイオミメティクスした──つまり鯱の思考で自律的に行動するってこと──自律型潜水機が徘徊している』
『悪趣味。メティスらしい。こいつは軍用の河川哨戒艇ぐらいなら余裕で噛み砕ける。タングステン製の牙で。前にメティスに抗議デモを行なった連中がオンタリオ湖にボートを出したが、死体はミンチより酷かったとさ』
カートゥーンキャラのアバターがそう言い、パズルゲームキャラのアバターが肩をすくめる。
『唯一の陸路はベータ・セキュリティの警備部隊と警備システムに守られている。橋を突破するにはそれこそ戦車でも持ってこないとな』
『仮に橋が突破できても、メティス本社が攻撃を受ければ特殊執行部隊が飛んでくる。皆殺し部隊だ。特殊な複合装甲のボディと8000メートル先の戦車も木っ端みじんにできるデカい電磁ライフルを装備した連中』
『トロントならティルトローター機で3分以内にこんにちは、だ。一番早く動くのは緊急即応部隊だろうが、事態が悪化した場合には特殊執行部隊が来る』
ログが流れていく。
『そして、ベータ・セキュリティはメティスの警備業務を引き受けているが、メティスにはそれとは別に保安部が存在する。主に社内の警備システムを運用している連中だ。今回しくじったのは連中じゃないのか?』
パズルゲームキャラのアバターがそう尋ねた。
『ああ。本社の警備システムはメティスが直接運用している。メティスにとっては軍や警察から高給を餌にコントラクターとして引き抜かれた連中は信用できないことらしい。このパラノイア振りは六大多国籍企業だな』
『訪問者をミンチにしたのはベータ・セキュリティかメティスの保安部か。メティスはもう記録の抹消を始めているだろうな』
『メティスは件の訪問者がどの地点で殺されたのかも明らかにしていない。そもそもこれは事件ではなく、事故ってことらしい』
『クソッタレだな』
それからメティスと六大多国籍企業を批判する発言が相次ぐ。
『もう六大多国籍企業批判はいい。問題は連中の警備システムだ。メティスの保安部はそこまでデカくはない。それこそベータ・セキュリティのような民間軍事会社に比べればな』
パズルゲームキャラのアバターがそう言う。
『六大多国籍企業の保安部はどこもあまり規模は大きくない。連中が重視しているのは情報漏洩の阻止であり、情報を守ることだ。だから、目立つことを嫌うし、下手に規模をデカくして逆に情報漏洩が起きることを嫌う』
『アトランティスは例外だな。あそこは保安部がそのままそっくりひとつの企業になっている。グローバル・インテリジェンス・サービス』
『フォート・ミード事件で現職の大統領を失脚させたアメリカ国家安全保障局の将軍が立てた企業か。確かにあれは異質ではあるな』
グローバル・インテリジェンス・サービス。企業の情報保全や安全保障面の情報分析を行う企業だと表向きには説明されている。
実質的には非正規のアトランティスの保安部だ。アトランティスのために情報を集め、分析し、提供する。その情報を元にアトランティスの正規の保安部が脅威を排除する。
『それでも保安部に武装したコントラクターはいない。そういうものはいくら信頼できなかろうが、民間軍事会社に任せるしかない。じゃないと経済効率が悪い』
『民間軍事会社を雇って、社内でさらに警備要員を雇うのは二度手間だからな』
パズルゲームキャラのアバターの発言にカートゥーンキャラのアバターが同意する。
『それでいて民間軍事会社に社内を探らせることは拒否している。社内の警備は企業の保安部だ。連中は警備システムで社内を見張っているってわけだよ』
『警備ボットに警備ドローンってところか。重武装の襲撃者に襲われたらお手上げだろうな。六大多国籍企業の警備システムをハックして落とすことは難しいだろうが、物理で潰す分には装備があればできる』
電磁パルスガンやパルスグレネード弾があれば簡単とカートゥーンキャラのアバターが言った。
『メティス本社は入るまでは大変だが、入ってしまえば楽勝ってことかね』
『どうかね。メティスだって本社に突入されたら、ベータ・セキュリティを社内に呼び込むだろう。やってくるのは間違いなく特殊執行部隊だ』
『特殊執行部隊はテロリストと民間人の区別がつかないような連中だぞ。そんな奴らをメティスが本社に入れると思うか?』
『メティスは多少なりの従業員の犠牲は容認するだろうさ。そんでもって、お悔やみ申し上げますってお手紙と端金が渡されるだけ』
『お気の毒様です。粗品をどうぞってわけだ』
やれやれというようにカートゥーンキャラのアバターが肩をすくめる。
『そういや、ベータ・セキュリティの特殊執行部隊にはあの有名なネイビー・SEALsオペレーターのジャクソン・“ヘル”・ウォーカーが移籍したんだろ?』
『ああ。確認殺害戦果646名の殺しのプロの中のプロだ。ネイビー・SEALsの高度サイバネ部隊チーム13に所属していたが、高給でベータ・セキュリティに引き抜かれた。アメリカ特殊作戦軍は怒り狂ったって話だ』
『機械化率88%だろう? 脳みそ以外はほぼ機械だ』
『ベータ・セキュリティに移籍してからさらに機械化率が上がったらしいぞ。もう脳みそすら残っているか怪しいな』
ベリアはこの会話が気になって検索エージェントにジャクソン・“ヘル”・ウォーカーなる人間について探らせた。
検索エージェントが結果を持ってきたのでログの再生を一時止める。
「ジャクソン・H・ウォーカー元アメリカ海軍大尉。ネイビー・SEALsの75%以上機械化された人間だけが所属するチーム13に所属。第六次中東戦争と第三次湾岸戦争に従軍。その功績により議会名誉勲章を受ける」
「だが、彼はベータ・セキュリティにアメリカ海軍の給与より20倍の給与を示されてベータ・セキュリティに移籍。その後、ベータ・セキュリティにてインストラクターを務めつつ、自身も特殊執行部隊に所属」
「明らかにヤバイって人間。東雲が嫌がりそう」
「機械化された兵士は血を流さないからね」
ベリアとロスヴィータがトピックで話題になっていたジャクソン・H・ウォーカーのデータを見て言葉を交わす。
「ログに戻ろう」
ベリアたちがログを再び再生する。
『ジャクソン・“ヘル”・ウォーカーはトロントのストライキ潰しにも関わっているって話だ。形だけは残っていた労働組合にトドメを刺した。文字通り息の根を止めた。労働組合の幹部たちの頭にきっちり2発だ』
『そして、労働組合は解散。メティスは好きなように給与を設定でき、いつでも従業員を解雇できるようになった。メティスの下請けも同じように』
『六大多国籍企業の従業員でも下っ端は使い潰されるだけだな』
カートゥーンキャラのアバターとパズルゲームキャラのアバターがそう言い合う。
『奴はもっとヤバいことにも関与しているぜ。こいつはメティスの首切り役人だ。メティス内で失脚した重役や用済みになった非合法傭兵を始末している。サイバーサムライをその機械化率を上回る身体で殺してるのさ』
『ソースはどこだよ?』
『カナダにいるハッカーに聞いたんだよ』
『労働組合幹部暗殺はソースがあるが、そっちは伝聞じゃねえか』
『本当だよ。どうせ六大多国籍企業は隠蔽してるさ。だから、ソースはない』
ログが伝聞や憶測で流れていく。
『サイバーサムライの平均的な機械率は75%。ジャクソン・“ヘル”・ウォーカーはそれを上回ってることだけは確かだ。メティス・バイオテクノロジー製の重装ボディに収まれば、サイバーサムライだって殺せるだろうさ』
『おまけに脳みそも強化脳がインプラントされている。だから、変態染みた構造のボディでも自由に動かせる。それこそサイバーサムライが刀を振るのと同じ速度で四本の腕を使って四丁の電磁ライフルがぶっぱなせるってわけだ』
機械化された身体の話になると発言者の層が変わった。
ハッカーでも機械化された人間に接触するのは医者か、サイバネ技術者、あるいは同業のサイバネアサシンかサイバーサムライだ。
普通のハッカーはあまり関わらない。
『サイバーサムライも大概化け物どもだが、ジャクソン・“ヘル”・ウォーカー級の機械化人間も化け物だな。メティスはそんな連中を各地に配備している』
『連中はその真価を示すだろうさ。企業同士のクソみたいな戦争でな。大量の一般市民の犠牲とともに。特殊執行部隊は確かに機械化率の凄い連中かもしれないが、倫理観は原始人以下だよ』
ベリアはそこでログを畳んだ。
「ログは3年前。ジャクソン・H・ウォーカーってコントラクターはまだベータ・セキュリティに在籍しているかな。どう思う、ロンメル?」
「ベータ・セキュリティのコントラクターは常時契約じゃないから分からない。必要に応じて契約したり、切ったりする。企業にとっても大規模な常備軍を抱えておくのはコストがかかるって理由でね」
「大井統合安全保障と同じか。そんなものだよね、民間軍事会社なんて」
ロスヴィータの言葉にベリアが肩をすくめた。
「でも、少なくともベータ・セキュリティが特殊執行部隊として雇っているのは、ジャクソン・H・ウォーカー級の人間。東雲たちには警戒するように伝えておこう」
ベリアはそう言ってBAR.三毛猫からログアウトした。
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