コンフリクト//ジェーン・ドウ
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──コンフリクト//ジェーン・ドウ
メティスからの4人目の企業亡命があってから4日後。
東雲とベリア、ロスヴィータ、八重野はジェーン・ドウの呼び出しを受けて、TMCセクター4/1の喫茶店の個室へと来ていた。
「仕事だ」
ジェーン・ドウはそう切り出した。
「いよいよメティスが反撃に向けて動き始めた。このTMCにもメティスの非合法傭兵が侵入した、という知らせを受けている。規模不明で、目的不明ではあるが」
「そいつらを始末しろと?」
「そうだ。今回は毒ガスを撒くにせよ、爆弾でどこかをふっ飛ばすにせよ、それそのものが目的になるだろう。複数個所に同時に攻撃を行う可能性もあるが」
「情報が少なすぎる」
東雲は不満そうにそう言った。
「なら、ひとつ教えてやる。数週間前に統一ロシアからスーツケース核爆弾が紛失したとの情報が入った。高脅威目標捜索追跡確認作戦でも行方不明になったのが確認されている」
「おい。まさか」
「分からん。メティスは統一ロシアに食料を売っているが、統一ロシアに噛んでいるのはトートだ。もちろん、ロシアが第三次世界大戦後の内戦であちこちに核が流出したことは事実だが」
そのうち何発かがテロリスト、軍閥、そして六大多国籍企業に流れただろうとジェーン・ドウは言う。
「流石にTMCに核は持ち込ませないだろう?」
「前はスーツケース核爆弾よりデカい戦車を持ち込まれたんだぞ。あり得ないとは言えない。これまで企業間紛争で核が使われたことはないが、これから先のことは何も分からない」
「マジかよ。最悪だぜ」
流石の東雲も核兵器は想定していなかった。
「スーツケース核爆弾は威力としてはそう大きくはない。まあ、他の戦術核と比較すればの話だがな。TMCで炸裂すれば、大量殺人が可能だろう」
「俺は爆弾の解体なんてできないぞ」
「基本的な措置についてはARで教えてやる。それからそこのちびのサイバーサムライが爆弾解体については知っているはずだ」
ジェーン・ドウはそう言って八重野を見る。
「ある程度は爆弾の解体もできる。経験もある」
「上等だ。爆弾が時限起爆状態になっていたら解体しろ」
「ああ」
八重野が頷く。
「しかし、メティスはそこまでやるのかね……」
「連中は技術者の引き抜きに苛立っている。何千億もの損失だ。報復にTMCをふっ飛ばしてやろうと考えても不思議じゃない。それも動いているのは非合法傭兵だ。いざって時は知らん顔できる」
ジェーン・ドウはそう言って紅茶を口に運んだ。
「その非合法傭兵についちゃ、もうちょっと情報はないのかい?」
「ない。メティスの非合法傭兵が動いたのを確認したのはこっちの企業スパイだ。連中はメティスが非合法傭兵を動かしたとしか分かっていない」
「ふうむ。前にみたいに明確な目的がないのがな。手当たり次第の無差別攻撃だろ。どうしたものかね」
最悪そこら辺で核を炸裂させるだけで効果があるんだと東雲は言う。
「どうにかして防ぐのがお前らの仕事だ。それから脅威は核だけとは限らん。核は物理な報復手段だ。電子な報復も考えなければならん」
「つまり私たちの出番だね」
「そういうことだ、ちびのハッカー。ある意味じゃそっちの方が面倒だろう。敵の物理担当の連中は、TMCに乗り込んでくるだろうが、ハッカーはどこから仕掛けてくるか分からん」
「まあ、白鯨の時もそんな感じだったよ」
ベリアはそう言って肩をすくめた。
「仕事の説明は以上だ。お前らは敵の攻撃を防ぎ、TMCにおけるいかなる損害も出さないことが仕事だ。報酬は20万新円。攻撃の程度によってボーナスは出してやる」
「あいよ。引き受けましょう。なんとかするよ」
「そうしろ」
ジェーン・ドウはそう言って行けというように手を振った。
東雲たちはそこで喫茶店を出る。
「さて、面倒な仕事を回されたぞ。攻撃の規模は前回のTMCに対するテロ以上だ。何せ今度は核ときて、どこで炸裂させてもいいんだからな」
東雲がそう愚痴る。
「しかし、TMCの経済に本格的に影響を及ぼそうというならば都市部を狙わなければ。それからスーツケース核爆弾でも最大の効果を及ぼすならば高い場所で炸裂させなければならないだろう」
「そうなのか? そう言えば広島と長崎でも原爆は空中で爆発したんだっけ」
「ああ。核のような威力ある爆弾を炸裂させるときは、爆発の効果を最大にするために上空などの高い場所で炸裂させる。地上で爆発しても放射性降下物が発生するが」
「ふむ。そう言えば核と言っても威力はそれほどでもないと言っていたな」
そこで東雲がベリアたちを見る。
「そうだね。冷戦時代に作られた特殊核爆破資材の核出力はTNT換算で10トンから1キロトン。それでも大きさは大きい。恐らく統一ロシアから流出したスーツケース核爆弾はもっと威力が小さい」
「つまりTMCの経済活動に影響を及ぼそうと言うならば、正確に狙いを付けなければいけないというわけか」
「だね」
ロスヴィータがそう言い、東雲は考え込んだ。
「つまり、狙うなら人口密集地か、あるいは経済活動の中枢地点。セクター一桁台の企業街か、あるいは」
「住宅街」
「多く殺すか、それとも大損害を出させるか」
ベリアが言うのに、東雲はそう呟いた。
「どうにも分からないな。以前のテロと同じならば敵の破壊工作部隊の規模は小さいはず。それでいてジェーン・ドウは複数同時攻撃もあると言っていた」
「以前よりも規模が大きい?」
「だとすれば、不味いな。こっちは呉の代わりに八重野がいるだけでこっちのできることは同じなんだ」
「私たちは援軍に呼べそうな仲間がいない」
「ジェーン・ドウが動かしている非合法傭兵が俺たちだけじゃないといいんだが」
東雲はそう言って肩を落とした。
「流石に4名にTMCの全域を守らせようとはしないだろうさ。ジェーン・ドウは大井統合安全保障を含めて複数の部隊を動かしているはずだよ」
「私は私にできることをするつもりだ」
「君はそれでいいけどさ。仕事を成功させるには味方が必要だよ」
「他の連中は信頼できない」
「私たちのことは信頼してくれるんだ」
「ああ」
ベリアが嬉しそうに言うのに八重野は素直に頷いた。
「そいつは嬉しいが、俺たちだけじゃ荷が重いのも事実だ。ジェーン・ドウは大井統合安全保障を当てにするなとは言っていないが、大井統合安全保障が介入してくるなら俺たちも問題になってくる」
「武装して、ドンパチやったら事情を聴かれるし、最悪拘束されるよね」
「そうだよ、畜生。だから、大井統合安全保障はそこまで当てにできない。以前のテロから考えるに大井統合安全保障はTMCがテロに晒されてもジェーン・ドウから情報を受け取っていない」
「公式にも、非公式にも、TMCは平和ですってことか」
「そういうことだな」
全く、情報秘匿も大概にしてもらいたいぜと東雲は愚痴った。
「けど、ジェーン・ドウだって損害が出るのは嫌がるはず。そう考えれば私たちに無茶振りはしないだろう。それなりに現実的なプランになるはずだよ」
「そうか? 白鯨のときはかなり無茶振りされた気がするけどな」
軌道衛星都市に行ったりいろいろあったけどと東雲が思い返した。
「それで、どうする?」
「私とロスヴィータはマトリクスを見張る。君と八重野は物理担当で、核爆弾なり、化学兵器なりが叩き込まれるのを阻止して」
「あいよ。こっちの電子支援もしてくれよ?」
「分かってるよ。こっちはロスヴィータもいるし、ジャバウォックとバンダースナッチもいる。マトリクスから可能な限り支援するよ」
任せてとベリアがサムズアップした。
「とりあえずは情報収集だな。ベリアたちはマトリクス上での襲撃について調べていてくれ。俺たちは情報屋を何人か当たってみる」
「オーキードーキー」
東雲たちは帰宅し、ベリアは早速マトリクスにログインする。
「さて、ロンメル。いつものように情報を探ろう」
「了解。じゃあ、BAR.三毛猫へ」
ベリアとロスヴィータはBAR.三毛猫にログインする。
「気になるトピックは?」
「やっぱりマトリクスの魔導書絡みのトピックが伸びている。けど、統一ロシアの核爆弾やTMCに対するテロの情報はないよ」
「ふむ。情報を流してみようか?」
「ソースを聞かれたらどうするの? ジェーン・ドウだとは言えないよ」
「確かに。それは問題だ。ジェーン・ドウ以外のソースから統一ロシアの核爆弾とテロについての情報を掴まなければならない」
とりあえずはとベリアはそう言ってBAR.三毛猫のジュークボックスに向かう。
「統一ロシアの核流出についてのトピックを検索」
ベリアはそう言ってジュークボックスを操作した。
「何件かヒットしたね。一番関係ありそうなのは“統一ロシア内戦統合”かな」
「これになかったら他のトピックにはなさそうだね」
ベリアとロスヴィータはトピックを再生する。
「問題としてデカいのは統一ロシアの核流出だ。極東ロシア臨時政府は日本に樺太と北方四島と一緒に潜水艦発射弾道ミサイルを弾頭ごと日本に売ったって話だ」
「在日米軍の一部が撤退しても日本が侵略されていないのはそれが理由かね」
「統一ロシアは樺太と北方四島を返せと文句を言っても攻めてはこないものな」
日本がロシアの流出核兵器で核武装したというのは当時噂になっていたらしい。
「日本に本当に核が流れたかは不確かだが、中東には本当に流れたようだぜ。イスラエルがイランを爆撃した事件があったろ。あれはまさにロシアの分離独立勢力から購入した核を爆撃したって話だ」
「それ以前にイランは核武装してたんじゃないのか?」
「そいつが弾頭があまり実験できずに巨大化してて、開発していた弾道ミサイルに搭載できなかったらしい。で、ロシアから購入したって分析だ」
「ふうむ。イスラエルが一時期までミサイル防衛に熱心ではなかったのはそういう理由かね」
あまり関係のない話題が進むのにベリアはログを早送りする。
「六大多国籍企業の保安部は独自に高脅威目標捜索追跡確認作戦を行なっている。その過程で六大多国籍企業が核を手に入れたって話もあるぞ」
「六大多国籍企業が核を手に入れてどうするんだ? 他の企業に叩き込むってのか?」
「あり得なくもないだろう。何、反グローバリストのテロにすればいいんだ。それで素知らぬ顔をしてTMCやロンドン、フィラデルフィア、トロント、ベルリン、シドニーといった都市をふっ飛ばす」
「確かに効果はあるだろうな」
いずれも六大多国籍企業の本社が置かれている場所だ。
「だが、六大多国籍企業だって核の運用は難しいぜ。いくら六大多国籍企業でも弾道ミサイルや巡行ミサイルで武装しているわけじゃない」
「おいおい。アトランティスはイギリス海軍の戦略原潜の運用を請け負っていて、核兵器のメンテナンスや戦略核の維持を行なっている」
「だからって核が発射できるわけじゃない」
議論が民間軍事会社による核運用に移るのにベリアがログを飛ばしながら見ていく。
「統一ロシアは未だに保有している核兵器について全てを把握していない。六大多国籍企業だろうが、テロリストだろうが、分離独立勢力は金さえ払ってくれるなら核兵器を売っただろうさ」
「そして六大多国籍企業に金があまりあるほどにある、と」
「そういうことだな」
関係ある議論はここまでだった。
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