調査//確認作業
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──調査//確認作業
東雲たちが真っ先に目指したのはTMCセクター13/6の情報屋である清水のいる酒場だった。清水は基本的に前にあった居酒屋か、あるいは雑居ビルの地下にあるバーを根城にしている。
東雲たちはバーの方で清水を見つけた。
「よう、東雲さん。何かお探しかな……」
清水は何が入ってるかも分からない酒のグラスを手に東雲たちを出迎えた。
「あるハッカーを探している。最近セクター13/6に引っ越してきたハッカーだ。結構なサイバーデッキと一緒に越してきたはずだ」
「いくら払うかね……」
「7000新円。いいだろ?」
「いいとも」
東雲はチップを渡し、清水は端末で7000新円引き落とす。
「あるチャイニーズマフィアのフロント企業である引っ越し会社がデカくて、高価なサイバーデッキをセクター13/6に運び込んだ。このセクター13/6には似合わない荷物だから覚えていたそうだ」
「で、そいつは生きてるのか?」
「チャイニーズマフィアだって高価な荷物を持ってるから襲うわけじゃない。相手がハッカーか何かなら、恩を売っておいて、後で情報でも仕入れた方がいい」
「もうそいつは何か仕事をしているのかい?」
「いや。チャイニーズマフィアが言うには、死んだみたいに静かだとさ。実際のところ、死んでるんじゃないかって噂だ」
清水はそう言って肩をすくめた。
「じゃあ、そいつをどうこうしてもチャイニーズマフィアは気にしないな?」
「ああ。引っ越しの代金の支払いは終わっているし、金払いも良かったそうだからな。チャイニーズマフィアとしてももうどうでもいいらしい。ブラックアイスでも踏んでくたばったハッカーに仕事はさせられない」
「オーケー。そいつの居場所は?」
「この住所だ。どういう仕事だい……」
「ちょっとした確認作業さ」
「やっぱり知りたがりのハッカーは早死にするか」
「あんただって知りすぎな情報屋だぜ」
清水が愚痴るのに、東雲がにやりと笑った。
「俺は知っていることを無駄に吹聴はしない。知っていることを知られなければ、命までは狙われない。だが、ハッカーたちは自慢したがる。自分はどこどこの情報を盗んだとマトリクスで自慢したがるんだ」
「そりゃあ、確かに早死にするな」
「賢く生きないとな。全ては自己責任の世の中だぜ」
清水はそう言って酒のグラスを空にした。
工業的化学合成で作られたアルコールとよく分からない化学薬品の入った酒をよく飲めるものだと東雲は感心する。
「じゃあな。また情報を頼むぜ」
「ああ。毎度あり」
東雲はバーを出て、地図を確認する。
「このセクター13/6で行方不明になった人間の追跡性はゼロではないのか」
「ある意味では追跡性はゼロだ。外部からここを覗き込んでも何も分からない。だが、ここに住んでいる人間には他所から来た人間は目立つ」
結局のところ目立ちはしても名前までは分からないがと東雲は言う。
「清水も例のハッカーが“レックス・ジャック”だとは言ってない。ただの目立つサイバーデッキを抱えていた人間だとだけ。そういう意味ではやはりセクター13/6での追跡性はゼロだ」
「なるほど」
八重野は納得したようだった。
「さて、じゃあハッカーの確認作業と行きましょうかね」
東雲はセクター13/6という薄汚れた街を進む。
例のサイバーデッキを運び込んだハッカーの居場所は、繁華街から大きく外れた住宅街にあった。
住宅街といっても静かで、暮らしやすい場所ではなく、酷く水質汚染された水道水が流れ、下水道を突然変異のネズミが駆けまわる場所だ。
「相変わらずの違法建築ぶりだぜ」
東雲は建築基準法など無視して建てられた建造物群を前にため息を吐く。
「で、ハッカーの野郎はここの四階か」
東雲は太陽光の差し込まない、他の建物の影となっている建物を見る。
「404号個室」
「ふうん。なんともハッカーの好きそうな部屋番号だ」
八重野が言うのに、東雲がそう言って階段を上り始めた。
「とりあえず、変な連中はいないようだな。クリアだ。後はハッカーがどれだけ用心深いかだが」
東雲は用心しながら、ハッカーの部屋に近づく。
そして、アメリカの刑事ドラマでやるようにドアの横の壁に背を向けてドアをノックする。こうしないとノックしたと同時にドアごとショットガンの類で撃たれることもあるのだ。
「おい! 誰かいるか!」
東雲がドアをノックして尋ねるが返答はない。
「死んでいるようだ、か。案外、本当に死んでるんじゃないか?」
「私が突入する。援護してくれ」
「あいよ」
八重野がドアを蹴り破り、東雲が“月光”を構える。
「ブービートラップの類はない。物音ひとつしない」
「畜生。この異臭は死体だ」
東雲の鼻は腐臭を嗅ぎつけていた。
八重野と東雲は部屋の中を進み、異臭の元となっている場所に来た。
そこには死後2週間ほどの腐乱死体が転がっていた。
「こいつが“レックス・ジャック”だと思うか……」
「分からない。サイバーデッキをチェックしてみよう」
八重野はそう言って、腐乱死体の転がる横にあるサイバーデッキにBCI接続する。
「当たりだ。こいつが“レックス・ジャック”だ。ん? このアバターは」
「どうした?」
「いや。見覚えのあるアバターだと思って。ああ。やはり。こいつはストロング・ツーと名乗っていたハッカーだ。会員制電子掲示板のログイン記録もある。私はそこの会員ではないが、こいつは外でも有名だった」
「ストロング・ツーね。阿呆っぽい名前だ」
ワンは誰だよと東雲が突っ込み、死体を見る。
「どういう死因だ? 心臓発作か?」
「専門家に見せれば体内の健康管理ナノマシンが記録している死亡時のデータが見れるだろうが」
「はあ。じゃあ、後はジェーン・ドウに任せるか」
東雲はジェーン・ドウの端末IDに『対象発見。されど、死体』というメッセージを送った。それから死体をしげしげと眺める。
「外傷らしい外傷はないな。心臓発作か?」
「可能性としては。しかし、心臓病や高血圧の薬は見当たらないな」
「医者に見せられない理由があったのかもな」
何せ六大多国籍企業に狙われるぐらいだしと東雲は言った。
「マトリクスでは有名になったハッカーだが、ブラックアイスで脳を焼かれるわけでもなく、心臓病で死ぬとは。世の中、意外なこともあるものだな」
「やっぱりネットは時間を決めてやらないと体に悪いぜ」
「いつの時代の話だ」
八重野は呆れたように肩をすくめる。
「ジェーン・ドウの迎えが来るまでこの腐乱死体と一緒なわけだが。こいつは何をしてマトリクスで有名になったんだ?」
「様々なマトリクス上の難所に攻撃を仕掛けて成功させたそうだ。それこそアメリカ国防総省のような場所に対して」
「ふうん。で、よからぬことを探し当てて、狙われた、か」
「ああ。早死にするハッカーだ。だが、この様子だと殺される前に普通に死んだようだな。死体に争った形跡はない」
「このセクター13/6でわざわざ殺人現場を偽装する必要もないしな。こいつが明らかに銃や刃物で殺されていたって、大井統合安全保障は調べやしない」
「そうだな。しかし、チャイニーズマフィアはこの男を使おうと考えていた」
「それが気に入らない誰かが六大多国籍企業に先んじて殺した?」
「可能性としてはあまり高くはないが、人はどうしようもない理由で死ぬこともある」
「それは確かに」
東雲はこれまで殺して来た人間のことを思ってそう言った。
「しかし、こいつはどう見ても自然死だ。この辺のチャイニーズマフィアにバレないようにしたとしても慎重すぎるし、毒殺なんかの場合はナノマシンが記録してるんだろ?」
「ああ。メティス製の健康管理アプリに連携したナノマシンやHOWTech製のネットワーク接続型診断装置などに連携したナノマシンで」
「じゃあ、毒殺して死体を偽装しても意味がない」
どうせバレちまうと東雲は言った。
「だが、事件性が全くないなど考えられるだろうか? こいつは六大多国籍企業からも狙われ、そしてチャイニーズマフィアにも目を付けられていた。マトリクスでの活動を見る限り、こいつを殺したいと思っていた人間は大勢いる」
「死因は分かっても、死んだ理由が分からないか。案外、しょうもない理由だったりするんだよな」
「可能性はゼロではないが、こいつの置かれていた状況を考えるならば病死できたのは奇跡に近い」
八重野はそう言ってまたサイバーデッキを調べる。
「ブラックアイスなどを踏んだ痕跡はないし、ワームやウィルスの類も検出できない。こいつはマトリクス上でブラックアイスはもう恐れる必要はないと言っていたが、それは本当だったようだ」
「ブラックアイスって踏んだら脳を焼かれるんだろう?」
「ああ。しかし、私はブラックアイスを踏んだハッカーを何名か見たが、必ずしも脳を完全に焼かれるというわけでもない」
「あいにくブラックアイスでくたばった人間は見たことがない」
東雲がそう言って死体を眺めていたときチャイムが鳴った。
「誰だ?」
「ジェーン・ドウの使いだ。死体を回収しに来た」
「あいよ」
東雲がそう答えると作業着姿の男たちが部屋に入ってきた。
「思ったより状態が酷いな」
「死体は死体だろ。腐ってるとは言い忘れたが」
「ちゃんと伝えてくれ」
男たちが死んだハッカーのBCIポートにコンピューターを接続する。
「死因は分かったかい」
「心臓麻痺だ。だが、いきなりのことだったようだな。メディカルログには兆候も、治療した様子も見られない」
男はそう言って持ってきた死体袋にハッカーの死体を入れる。
「ジェーン・ドウはなんて言ってた?」
「ご苦労だったと。これが報酬だ。1万新円」
「あいよ」
東雲は報酬を受け取ると、八重野の方を向いた。
「行こうぜ。仕事は終わりだ。また何かあればジェーン・ドウから呼び出しがある」
「ああ」
東雲と八重野はハッカー“レックス・ジャック”の家を出る。
「ジェーン・ドウは捜索すべき相手が死体でも満足した、か」
「ふうむ。まるで死んでるかどうか確かめたかったみたいだな?」
「そうかもしれない。ジェーン・ドウは最初からあの男に聞くことなどなく、死んだかどうかだけを確かめたかっただけなのかもしれない」
「死んだかどうか」
八重野が考え込むのに東雲も考えてみる。
確かに探していた人間が死体になっていても、あの気難しいジェーン・ドウは満足して報酬を渡した。聞くことがあったならば、本来は仕事は失敗だ。
「ジェーン・ドウはあの男に何か仕込んだんだろうか?」
「分からん。わざわざ死因を教えたあの男の行動も謎になる」
いまいち不可解なものを抱えながら東雲たちは帰宅した。
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