交差点
本日2回目の更新です。
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──交差点
ジェーン・ドウは東雲がオンラインARデバイスに変えたのをどこかで知ったかのように、東雲のARデバイスにメッセージを送ってきた。
「ベリア、仕事だ」
「了解」
東雲たちは徒歩でジェーン・ドウに指定された場所に向かう。
場所はTMCセクター13/6のマンガカフェだった。
「遅いぞ」
ジェーン・ドウは紙媒体のマンガ本を読みながらそう言う。
「あんたもそういうノスタルジーなものを楽しむことがあるんだな」
「古い作品は電子化されていない。最近の作品でも作家の意向でされないこともある。別にノスタルジーというわけでもない」
ジェーン・ドウはそう言って、マンガ本を畳んだ。
「仕事だ」
そして、東雲のARにデータを送りつける。
目標は八天虎会会長。
八天虎会は今、分裂の危機と他所の犯罪組織との抗争を抱えており、脆弱。その分、会長であるこの男の警備は固い。
だが、それでいて人間不信な面もあり、警護は戦闘用アンドロイドにやらせている。
それも生粋の女好きのため、アンドロイドは全て女性型。
まれに組織の人間が護衛に就くことを許すことがある。
本人自身もサイバネティクス手術を受けており、年齢の割には動くと思われる。
そう記されていた。
「なあ、こういう人間と俺たちのルールは平行線じゃなかったのか?」
「向こうから交わってきたんだ。それを叩きだすための仕事だ。やるなら、それなりの報酬は払う。2万新円だ」
「サイバーデッキ買ったの知ってるのか」
「手駒が何をしているか把握するのも、俺様たちの仕事のひとつだ」
お前たちは俺様の駒だとジェーン・ドウは言う。
「金はいるだろう。デカい買い物をしたばかりだ。それにこれからもっとマトリクスで仕事をするなら、いい回線、いい氷、サイバーデッキの改良が必要になるはずだ。この手のことは沼だぜ」
そう言ってジェーン・ドウはベリアを見る。
「それもそうだ。お金は確かにあればあるほどいい。だけど、今回の仕事を受けて、犯罪組織に狙われるような可能性は?」
「全くないとは言わないが、低い可能性だ。お前らが上手くやれば向こうは気づくことなく、八天虎会は壊滅。そうなれば後を追いかけてくる人間なんてのもいない」
お前らが上手くやれるかどうかだよとジェーン・ドウは言う。
「仕事の報酬はいいが、本当に仕事だけの関係で終わるんだろうな? 面倒ごとはごめんだぜ」
「言っただろう。お前たちの腕前次第だと。それにアトランティス相手にあれだけやらかしておいて、それより立場の弱い犯罪組織の方が心配になるか?」
「畜生。分かったよ。受けよう」
言われれば確かに六大多国籍企業相手に仕掛けていた時の方がヤバイ。犯罪組織より権力と資金力と暴力を有しているのだ。それも合法、非合法問わず。
「マトリクスでおままごとしてるんじゃなければ、目標の位置を特定するのも簡単だろう。せいぜい頑張れよ、ローテク野郎」
ジェーン・ドウはそう言って立ち去っていった。
「なあ、探せるか?」
「大丈夫。任せて」
「頼むぞ」
今はベリアの技術だけが頼りだ。
ふたりは自宅に戻り、ベリアはマトリクスに潜る。
ベリアはマトリクス上で2体のAIを組み上げていた。
“ジャバウォック”と“バンダースナッチ”だ。
「ご主人様。何を検索するのだ?」
「八天虎会会長の居場所。TMCで稼働中の戦闘用アンドロイドの履歴から当たって」
「了解なのだ」
正式に言えばジャバウォックとバンダースナッチはAIではないかもしれない。ベリアはホムンクルスを作る技術を利用して、2体を生み出したのだ。
ホムンクルスの肉体ではなく、その精神を生み出す技術を使い、それにアバターという肉体を与えた。
ジャバウォックはドラゴン娘で、赤毛をポニーテイルにし、二本の角が生え、瞳孔は爬虫類のそれで、髪の毛と同じ色合いの赤い鱗に覆われた尻尾が伸びている。
バンダースナッチはトラ娘で、黒白のユキヒョウに似た模様のショートボブの髪の毛に、ケモミミが生えており、髪の毛と同じ白黒の尻尾が生えていた。
どちらもベリアのアバターのゴスロリドレスと同じ意匠で、色だけが赤と白の色違いなだけのドレスを纏っている。
彼女たちは検索エンジンであると同時に、強力な氷でもある。
「検索中、検索中……」
「目標発見。TMCセクター6/4を自動車で移動中」
「目的地捕捉。TMCセクター7/2の八天虎会所有のビル」
ジャバウォックとバンダースナッチが早速仕事をこなした。
「そのままマークし続けて。東雲、場所が分かった。TMCセクター7/2の本拠地に向かっているよ。どうする?」
東雲のARにアクセスしてベリアが尋ねる。
『確実な場所で仕留めたい。移動中を襲うのが理想的ではあるけれど、セクター7/2なら大井統合安全保障の警備範囲内だ。移動中の道路でトラブルを起こせば、連中が駆けつけてくることになる』
「オーケー。これからビルと戦闘用アンドロイドの制圧準備に入る」
『そんなことできるのか?』
「私もマトリクスでおままごとをしていたわけじゃないんでね」
ベリアはそう言ってにやりと笑った。
既にジャバウォックとバンダースナッチがビルの警備システムに侵入を開始していた。マトリクス上に浮かび上がるTMCのネットワークの映像に、八天虎会が所有するビルの氷が表示されている。
ベリアはジャバウォックとバンダースナッチがアイスブレイカーで氷を溶かしていくのを眺める。
このアイスブレイカーはベリアのお手製だ。足は付かない。
アイスブレイカーが氷を溶かし切り、ベリアがぽっかりと開いた穴から内部に侵入する。様々なシステムが視覚化されて表示されている。
その中から警備システムを見つけ出し、ジャバウォックに掌握させておく。
バンダースナッチは万が一、敵が氷を突破されたことに気づいて、防衛エージェントを放った時のためのベリアを守る氷として残しておく。
「東雲。今、どこら辺?」
『電車でセクター7/2についた。これから行動する』
「了解。仕掛けのときは教えて。戦闘用アンドロイドを制圧するから」
ベリアは八天虎会所有ビルのネットワークから八天虎会会長を守るアンドロイドのシステムに侵入する。こういう穴があると仕事がやりやすい。
アンドロイドのシステムは氷に守られていたが、八天虎会のネットワークからは無防備だった。
「よしよし。制圧できるね。ちょいと盗み聞き」
ベリアがアンドロイドの視聴覚システムに侵入する。
『会長。本当によろしいのですか? 抗争になりますよ』
『ボケ。もうなってるだろうが。相手は大井をバックに付けたからって調子に乗ってるが、大井とて組んだ相手が無能と分かれば手を切る』
そうすりゃ終わりよと白髪の混じった髪を短く切り揃えた男が言う。どうやらこの人物が八天虎会の会長で間違いないようだ。
『そうですけど、会長。こっちも六大多国籍企業をバックに付けとかないと不味くないですか』
『馬鹿野郎。誰が六大多国籍企業の犬なんぞになるか。俺たちは俺たちのルールで動いている。向こうがシマ荒らそうって気なら痛い目見てもらうだけだ』
へえ。六大多国籍企業──それも大井をバックに付けた別の犯罪組織と揉めてるのか。ジェーン・ドウの正体は大井の企業工作員かもしれないなとベリアは考える。
『それにしても最近妙に物騒なのがうろついているらしいな』
『へ? 物騒と言いますと?』
『“毒蜘蛛”だ。例のサイバーサムライ。八本の刀を使うから“毒蜘蛛”だと。そいつがかなり暴れているらしい』
『そいつは物騒ですね。サイバーサムライってことはどこかの企業の犬ですか?』
『分からんが、フリーランスなら雇いたいところだな、兵隊揃えねえと』
お生憎様。その“毒蜘蛛”に君は狙われてるんだよとベリアが思う。
『とにかく、兵隊を集めろ。連中が仕掛けてくる前にこっちから仕掛けるぞ』
『はい、会長。それでは──』
そこで東雲から連絡が入った。
『目標のビルの前まで来た。車両は?』
「到着。地下の駐車場に入った」
『じゃあ、始める。サポートを頼むぞ』
「オーキードーキー!」
八天虎会の会長が乗った車と前後のバンから戦闘用アンドロイドが降車して、二列に並び、盾を作る。その盾の中を八天虎会の会長が通っていく。
そこで一斉に戦闘用アンドロイドがバグを起こして崩れ落ちる。
『な、なんだあっ!?』
そして、そこに東雲が乱入するのが見えた。
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本日の更新はこれで終了です。
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